可愛いの定義



 可愛いの定義って小さくて、ふわふわ、もふもふの手触りが一般的だ。
 俺、真城龍之介(ましろりゅうのすけ)高校二年生。身長183cm、体重63kg、適度に筋肉がついている。所謂、細マッチョというやつだ。『誰もが羨む体型と顔面』と俺の姉、真城花音(ましろかのん)は言う。小さくて、ふわふわ、もふもふなど程遠い。俺は、鏡の中の現実と理想の違いにため息を吐いた。
そんな姉に、ある事がバレて鍛え直された。顔に似合う所作や髪型・持ち物『見た目通りのスマートな男子』となって、高校生活を送ってきた。

「龍之介、今日これからカラオケ行こって言ってるけどどうする?」仲田が聞いてきた。
「俺はいいわ……」
「え!? 龍之介がいねぇ〜〜と女子受け悪いって」仲田のダル絡みを避けた。
「また今度な」
 俺は、某スポーツメーカーのバックパックを持ち教室を出た。
 
  *

 今日は、俺にとっての大切な時間。とある店からの帰り道。路地裏で何やらもの騒ぎの声がした。
「この野郎!」
「……うるせぇな、誰も睨んでねぇ〜〜だろう。自信過剰か」
「んっだと! てぇめ〜〜!」
 男同士で争う声が聞こえる。見る気はなかったが、圧倒的に強い方の男が俺と同じ制服で、俺より随分、身長が低く幼い顔をしていた。
 いやいや、見ている場合じゃない。俺は、取り敢えず、関わらないように逃げようとした時、ものすごい勢いで飛んできた何かとぶつかった。それが人だと気付き、押し退けて立ち上がった。その足元に、ニットで作られたミニくまマスコットの無惨な姿を見付けて____

「……大丈夫か?」童顔男が話しかけてきた。
「おい、まだ終わってねぇ〜〜ぞ!」 
「……くま子に! なにすんだ!」
無惨なくま子(ミニくまのマスコット)を守りたい一心で、姉の花音伝授、空手(黒帯)奥義ぐーを打ち込んだ。それが相手に見事命中。
「……あ」我に返った俺は、くま子を拾い両手で包んだ。
「お、マジか……」隣にいた童顔男が話しかけてくる。
「どこ行きやがった!」
「……チッ、こっち来て」

  俺の腕を掴んで童顔男が走り出した。ある路地に入り、追手ってくる奴らをやり過ごした。
「おまえ、つえぇなぁ……っ!」
  童顔男の口が切れ血が滲んでいた。俺は、トートバックから薄ピンクのハンドタオルを出して、童顔男の口元を拭いた。
「……あ、これ使えば」
 童顔男は、礼をいい、タオルで口元を拭いた。そして、俺の手から落ちたくま子を拾って、はははと楽しげに笑い「何これ…可愛い……」と言ってまた笑う。俺は、それを奪い取り全力で走って逃げた。

 *

 俺は、昨日の事件のせいで一睡も出来なかった。あの童顔男が、同じ学校なのが気になって仕方がない。朝起きて、直したくま子(ミニくまマスコット)をじっと見つめながら、ずっと考えいた。
 突然、部屋のドアが開いて「りゅう! いつまで寝てんの!」花音が入ってきた。
 俺は、慌てて持っていたくま子を後ろに隠したが、スーパーウーマン(花音)に取り上げられた。

「りゅ〜〜う〜〜の〜〜す〜〜け〜〜ま〜〜たこんな物を〜〜また、あんな目に遭いたいわけ?」花音が、俺の頬にくま子をグリグリ押し付けた。

「やめてよ…ねぇちゃん…くま子が可哀想」俺の顔に、押し付けてくる花音の手からくま子を取りめそめそ泣いた。
「用意出来てるなら、早く学校行かないと遅刻するわよ!」
「嫌だ! 学校行きたくない!」
「何言ってんの!」
 花音は、力強くで俺を部屋から連れ出し玄関まで引っ張ってきた。
「あらあら、朝から騒がしいわね。りゅうちゃん忘れ物」母の乙葉が弁当を持ってきた。
「学校行きたくない!」俺が、駄々をこねていたら首根っこを掴まれた。
「いつまでも泣いてんじゃね……とっとと行けよ!」
見た目、ゆるふわ清楚系乙葉は、至近距離で汚い言葉の羅列をいい「はい、弁当。けんちゃんが作ったんだから残したらタダじゃすまねぞ!」玄関のドアが閉まった。真城家、乙葉は一番『漢』(おとこ)である。

  *

 登校中、あの童顔男に会わないか内心ヒヤヒヤしながら正門を入った。俺は、昇降口で上履きに履き替え、二年三組の教室へ向かった。教室の前まで来て、安堵のため息を吐いてからドアを引いた。
 俺の隣りの席に人が集まっていた。高二になってから、一度も見たことがない隣りの席に座っている人物は、黒髪、長めの前髪がふわっとウェーブかがっている。くりっとした目元が印象的な所謂、俺が求めてやまないゆるふわ可愛いが詰まったような容姿だった。
「りょう、おはよう」仲田が俺に手を振った。
「あ……おはよ」
「りょう、会ったことなかったっけ? まひろ…星野真紘(ほしのまひろ)…」
「真城龍之介!」星野は、仲田達を割って立ち上がり、上着のポケットから何かを取り出して俺の目の前に差し出した。それは、昨日から行方不明だった生徒手帳。顔写真が貼ってあるページだった。更に星野は、パラパラめくり俺が密かに愉しんでいるお気に入りシール達のページを開いた。

  見られた……俺の聖域が……

「ましろちゃん、よろしくね」
 星野は、にっこり笑った。俺は、星野が持ってる生徒手帳を奪い取った。

  うん、今日死のう……

「え? りょう、真紘……知ってんの?」
「い……や、知らない……」
「え? 覚えてない? ほら、くま子に代わっておしおきよ!」
星野は、某少女アニメの決め台詞に乗せて左避け、右避け、左受け払って右ストレートをやってみせた。俺があの時、夢中で放った花音伝授の奥義……。
「え?! くま子? 何それ?」仲田が笑った。
「くま子って何? 真城くん」傍にいたクラスの女子が言う。
 星野は、俺の目の前で同じ動きを繰り返す。思考回路がショート寸前……いや、そんなこと言ってる場合じゃない。
 俺は、机を両手で叩き星野を連れて近くの男子トイレに入った。俺は、星野を壁に押し付け逃げられないようにした。

「……おい」
「や〜〜ん、ましろちゃんの凄み刺激的〜〜」星野は、わざとらしく語尾に抑揚を付けた言い方をする。
「くま子を……」
「……え?」星野が驚いた顔をした。
「……悪く…言わないで……」

俺は、目から大量の涙を流していた。それに、ぎょっとし星野は「は? 誰も悪くいってねぇ〜〜だろう。あっそうだ、これ」ハンドタオルで、俺の目元を拭き俺の手に握らせた。

  あの時の……

 更に泣き出した俺に星野は、オロオロ慌てし出した。
「おまえの中のくま子設定はどうなってんだ」星野は、再び泣き出した俺の目元に、さっきのハンドタオルを押し当てた。
「うっ……可愛いは正義だ!」
「はいはい、そうそう…そうな」星野は、あやすように俺の背中をとんとん叩いた。
 泣くはずじゃなかったのに、緊張と不安と日々の鬱々としたものが溢れて止まらなかった。

 *

 世界で一番会いたくないやつと、同じ学年で同じクラスとかこの先、絶望でしかない。出会いで、特級呪物(人の目には触れてはいけないの意)晒し、更にあんな大泣きする醜態まで致死量超えてる。俺は、両手で顔を覆い項垂れた。
 そして、今、絶賛授業中なのだか隣の席から視線を感じ、目線をやると星野がこちらを見ていた。俺は、咄嗟に教科書で顔を隠したが、今度は、机をコツコツと指でやってくる。鬱陶しくて、星野を睨むと「教科書見せて」小声で言ってきた。
 仕方なく、星野の方へ机を寄せ教科書を見える位置へ広げた。何気に隣りの席を見ると、星野は机に突っ伏し爆睡中。俺は、その気持ち良さそうに寝てる顔に悪態をついて改めて顔を見た。
 天使の絵みたいな前髪、緩やかな曲線の眉毛と、長い睫毛はくるっと上にカーブを描いていて、口元は適度に厚みのある唇。その唇の端が切れて若干赤くなっていた。

「……何?」星野は、薄目を開けニヤッと笑う。
「っ! 何でも…ない」 俺は、無意識に伸ばしていた手を慌てて引っ込めた。
「ふ〜〜ん……可愛い」星野が揶揄うように笑う。
「真城? どうした?」先生が急に立ち上がった俺に声をかけてきた。
「……なんでもない……です」俺は、慌てて座り隣りの星野を睨んだ。
「ましろちゃん…可愛い」星野は、楽しそうに笑った。

 クッソおおおお! 絶対! わざとた!

 *

 担任の佐々木先生が「HR終了します」と言うと教室が騒がしくなった。俺は、鞄に教科書や筆記用具を入れ席を立った。

「星野! また、おまえ他校の生徒と喧嘩したって! 大人しくしとけって言っただろう!」佐々木先生は、教室を出ようとした星野を捕まえた。
「はいはい、すみませんでしたね」星野は、悪びれる様子もなく、しれっと教室を出て行こうとする。
「星野! 居残って反省文な!」
「え〜〜〜〜今から用あんだけど」
佐々木先生は、星野を引っ張り教室から出て行った。それを横目に、教室を出たところで仲田と出会した。
「ましろちゃ〜〜ん」
「悠介……その呼び方やめろよ」
「冗談冗談!」仲田は、俺の肩をバシッとやって笑う。
「あれ? 真紘は?」
「ああ、先生に連れていかれた」
「また、まひろ…ほら、あいつ…あの顔だろ舐められやすいんだよ。喧嘩売られても相手にすんなって言ってんのに」仲田は、困った顔で苦笑した。
「仲良いんだな」
「まぁな、同中で高校だけでも出とこうぜって、高二になって来なくなってさ、心配しててたんだけど…気まぐれでも来てくれんならいいかなって」仲田は、屈託なく笑う。

 仲田こと仲田雄介は、誰にでも話しかけるコミュ力の持ち主。俺の見た目が好奇の目で見られがちで、高一の時は一人だった。その方が、都合よかったしバレなくて済んだ。高二も同じなんだろうと思っていた。俺の噂は、皆、知っていて話しかけてくることもなく、雲の上の存在とか、王子様だの勝手に容姿だけが噂になっていた。そんな中、仲田だけが普通に話しかけてきてくれて、本当にいいやつだと思った。まぁ、俺をダシにやたら女子と交流したがるのは厄介だけど。

「だからさ、あんなんだけどりょうの事気に入ってるみたいだし、仲良くしてやってよ」仲田は、じゃぁといい駅の改札口に向かって行った。
 そう言われても、星野に気に入られているようには見えない。何処をどう見て俺なんかを可愛いと言ってるのか、寧ろ、揶揄って面白がっているだろう。それに、俺の密かな趣味がバレてるし、兎に角! 要注意人物なのは間違いない。
 俺は、駅のトイレに入った。誰にも見つからないように、かぎ針編みで作ったニット帽を被って、お気に入りのトートバッグを鞄から出しニンマリ笑った。
「よし!と」俺は、可愛い物・毛玉に取り憑かれたニッター。もふもふ、ふわふわ、ファンシーな物が好き。
 俺の癒やし、お世話になっているカフェ兼、毛糸専門店『mofomo』。

「あっ! りゅうくん、いらっしゃい」
可愛いってこういう人のことをいうのだと思う。ここの店主、由麻さんが俺の顔を見てにっこり笑った。
「……こんにちは」
「帽子出来たんだ…似合ってる」
 由麻は、背伸びして俺の被っているニット帽をいいねと褒めてくれた。
「ありがとうございます」
「ゆっくり見てって」由麻は、毛糸を入れるカゴを差し出した。
俺は、首を縦に振りカゴを受け取った。気になっていたパステルカラーの毛糸を何個かカゴの中に入れた。
 店の外から店内を覗く人物が目に入った。顔を背けたが、気付かれ手を振ってきた。
「ましろちゃ〜〜ん」

 星野! なんでいんだよ!

「え? りゅうくんお友達?」カウンターにいた由麻が、嬉しそうに微笑んだ。
「そうでーーす。星野」
「違います!」俺は、星野を押し退け会計を済ませた。
「また来てね」由麻は、俺に無視されてる星野を見て困惑しながら手を振った。俺は、まだ居る星野を店の外に押し出した。
「……なんなだよ」俺は、上から星野を睨んだ。
「なんか、ましろちゃん追っかけてたらここに入ってったから」星野は、臆する事なく応えた。

 はぁ? 付けてきたってこと?

「揶揄って楽しいかよ……」
「揶揄ってねぇって」
「よ〜〜……まひろじゃねか。この前はよくもやってくれたなぁ」
 見るからに不良と呼ばれる二人が、こちらに寄ってくる。オールバック金髪の男は、星野に近付き胸ぐらを掴んだ。ここは、俺にとって大事な大切な店の前だ。

  やめてくれ!

「……(俺の)神聖な場所を汚すな!」俺は、星野を掴む男の腕を掴み睨んだ。
「んっだと〜〜こらぁぁ!」
 俺は、男の攻撃を無意識に避けていた。星野は「や〜〜るぅ!」といい、俺の腕を掴んで走り出した。そして、あるアパートの前で足を止めた。
「……寄ってく?」星野がそのアパートを指差す。
「いい……」
俺は、星野の腕を払い自宅の方へ歩き出すと、空からポツポツと雫が落ち始めた。次第に強まり、俺は、持っていたトートバッグが濡れないように抱えた。
「傘貸すから……寄って行けよ。それ濡れんだろう?」星野が俺の持っていたトートバッグを指差す。
 俺は、仕方なく傘を借りるため星野に付いて行った。古びた二階建てのアパート二〇五号室。星野は、持っていた鍵で開けて俺を促した。

「いや、傘貸してくれたらいい」
「いいから、入れって!」
 星野は、強引に俺を部屋へ招き入れタオルを差し出した。それを受け取り濡れた髪を拭いた。
「大分、降ってきたっぽいからゆっくりしてけよ……俺しかいねぇし、適当に座って」

 打ち付ける雨音が激しさを増す。傘を借りても、びしょ濡れなのは確かだ。諦めて星野に従いなんとなく畳の部屋に座った。
 外観とは違い、部屋は思った以上に綺麗だった。必要最低限のものがあり、素行が悪い星野だか、至って普通の家庭のように思た。
取り敢えず俺は、スマホの画面をタップし母、乙葉にメッセージを送った。そうしないと俺の命が危ない。友人の言葉に反応した乙葉は、今度連れて来なさいその後に、キラキラしたスタンプが送られて来た。誰があんな修羅の家に連れて行くかと独りごちた。それに、星野を友人といったが実際そうじゃない。

「暖かい飲み物、探したんだけどさ……コーヒーしかなかったわ」星野は、カップを近くのテーブルに置いて座った。星野も濡れた髪をタオルで拭きながら、コーヒーを飲んでいる。
「……頂き…ます」俺は、湯気の立つカップを持ち少しずつ飲んだ。ブラックコーヒーの苦味に顔を顰め、カップを置いて窓の外に目をやった。まだ、雨が強く降っていて止む様子がない。
 成り行きでこうなったけれど、何を話していいか分からない。俺は、またカップを手に取って褐色の液体を見つめた。

「なぁ……」
「え……?」
「くま子見せてよ」星野が俺に手を差し出した。
「……なんで?」
「可愛いから」

またそうやって揶揄って……

「嫌だ」
「じゃさ、なんか作ってよ」星野は、俺の横に座って大きな目をキラキラさせた。
 星野の子供みたいな目に逆らえず、俺は、さっきの店で買った毛糸と道具を鞄から取り出した。かぎ針に糸を掛けて輪にして、小さなボールを幾つか作り簡単なチャームを作った。

「え?! こんなんできんの! すけぇ!」星野は、チャームを手に取ってまじまじ見ていた。
 正直、褒めてもらうと嬉しい。けど、やっぱり褒められるのは慣れてない。
「……気持ち悪いとか思わないの?」
「え?……何が?」
「男がこんな……」
「なんで? 俺こんなの作れねぇもん」
「……そろそろ、帰る」俺は、トートバッグに道具と毛糸をしまった。
「え? ああ……」星野は、俺の後を付いて来て傘を差し出した。
「これ…貰っていいか?」星野は、さっき作ったチャームを持っていた。
「……いらなかったら捨てて…これ、ありがとう」俺は、傘の礼をいいドアを閉めた。階段を早足に下りて、借りた傘を差さないまま歩いた。

 誰かにもっと褒められたいなんて、思った事なかったのに……

  *

 真城家のドアを開けると、たまたま花音に見つかり「何やってんの! 傘持ってんなら使いなさいよ!」とタオルを俺に投げて来た。

あ……そっか傘……

妹の詩乃が、五キロのダンベル片手に「うるさいなぁ……ああ、りょう兄…帰ってたんだ」と涼しい顔でいう。
「ちょっと! 風邪引くからちゃんと拭きな!」花音は、俺の濡れた髪をタオルでわしわし拭いた。
「花音姉は、構い過ぎたって…いい加減、弟離れしたら?」詩乃は、短いため息を吐いて苦笑した。
「はぁ?! 床が濡れるから言ってんでしょ!」花音が、詩乃を睨んだ。
 俺は、始まった兄弟喧嘩を横目に脱衣所へ入った。

 はぁ……真城家(うち)は、どうしてこんなに騒がしいんだ……

「一人になりたい……」俺は、長いため息を吐き独りごちた。