あーちゃんとおかあさん

あーちゃんは、まだどこの施設にも通えていない。
正確に言うと、保育園に入りたいのに、入れない。

この町は「待機児童ゼロ」を掲げている。
けれど実際には、条件に当てはまらず数字に載らない「隠れ待機児童」がたくさんいる。
あーちゃんも、その一人だった。

同じ年頃の子と遊びたがるので、週に一度、習い事に通っている。
それが、たまらなく嬉しいらしい。

「きょう、たいそうきょうしつ?」

違うよ、と答える前に、もう続きがくる。

「いついけるの?」

「6回寝たら」

「たいそうきょうしつ、いきたい。あと、6かい、ねたら?」

「そうだね。あと6回寝たらだよ」

「じゃあ、いまから、ねる」

起きたばかりなのに、布団へ向かおうとする。
寝たら体操教室に行けると思っているらしい。

時間の感覚は、まだない。
こちらも、どう説明したら伝わるのか分からない。

「今寝ても、体操教室は行けないんだよ」

「なんで?」

言葉に詰まる。
そして、禁じ手だと分かっていながら、教育テレビをつけた。
体操教室への思いを、いったん断ち切るために。

夜になって、また言う。

「たいそうきょうしつ、いきたい」

「明日はお休みだから、行きたいところに連れて行ってあげるよ」

「ほんと! うれしい!」

「うん。どこでも連れて行ってあげる」

少し考えてから、あーちゃんは顔を上げた。

「じゃあ、あーちゃん、ほいくえん、いきたい!」

まっすぐで、曇りのない瞳がこちらを見つめる。

「……ごめんね。保育園は、無理なんだ」

理由を説明する言葉は、見つからなかった。
大人であることが、こんなにも無力に感じられた。