未来へ広がる、中九州の空

「希ちゃんで良かったな。聞かれてたのが……」

小さく胸を撫で下ろす。もし他の人に聞かれていたら、大変なことになってたと思う。

健人くんの話は、本当かどうか……まだ分かっていないのに。噂だけが教室内を駆け巡りそう。

(本当に、良かった……)

わたしは安堵のため息をついた。

山手駅に向かう、帰り道。上り坂も大変だけれど、下り坂も意外と太ももに力を入れないとバランスが崩れてしまう。

入学して約半年。だいぶ慣れてはきたけど、まだまだローファーにはキツい。

「ね、良かったね。他の人じゃなくて」

優香ちゃんも思い出すように、優しく呟いた。

わたしも優香ちゃんも、横浜駅方面と逆のホーム。「大船行」の電車がやってきて、わたし達は乗り込む。

午後の4時。まだ電車の中は空いていて、優香ちゃんと一緒に座ることができた。

「でも、どうなんだろうなぁ……」

車内にたくさん貼ってある広告に目を向けながら、優香ちゃんがボソリと言う。発車してすぐ、トンネルに入るから、最後まで言葉を聞き取ることができなかった。

「えっ? 何が?」
「ん? さっきの話だよ」

ようやく耳が慣れてきて、わたしは優香ちゃんに聞き返す。優香ちゃんなりに真剣に考えてくれているのが伝わって、何だか心強い。

「翔太のこと?」
「そう。真帆ちゃんは……やっぱり待つしかないのかなぁ? って思って」
「……」

もちろん、わたしから聞くことだってできる。「あの話、本当なの?」って。それは優香ちゃんだって分かってると思う。

でも、わたしにはできない。……それも優香ちゃんは分かってると思う。

「そうだね……まぁ、良いかなって思ってるけどね」
「そうなの?」

トンネルを抜けて、電車は根岸駅に到着した。次がわたしが降りる磯子駅。優香ちゃんは、さらに次の新杉田駅で降りる。

一緒にいることができるのは、あと5分も無かった。

「真帆ちゃんは……? どう思ってるの?」

優香ちゃんの言葉が、わたしの胸の奥に入り込んでくる。「えっ?」って言うのが精一杯だった。

「どう……って?」
「それは……翔太くんのことだよ」

しばらく無言で景色に目を向けた。小学校の頃からずっと大好きだった翔太。中学の頃は、たぶん片思いで終わってる。

でも……このことを優香ちゃんに伝えるには、『5分』は短すぎると思った。

「……どうなんだろ」

きっと、わたしのこの一言で、優香ちゃんは分かってくれるような気がした――。
「もしかしたら……翔太、好きでいてくれてるのかな……」少し希望があるような気がして、わたしは心がぎゅっとなった。

「あ、磯子だね。じゃあね」
「優香ちゃんも。……今日、聞いてくれてありがと」

カバンを肩にかけて、手を振りながら電車を降りた。

改札口を出て、右に曲がる。ずっと真っすぐ続いている歩道橋。突き当りを左に曲がって5分ほど歩いたら、家に着く。

でも、たまに散歩代わりに右から帰る時もある。

磯子は小さい街だから、どっから曲がっても迷うことは無い。

今日はどっちから帰る?

◆いつも通り、突き当りを左に曲がる→第2章へ
◆まだ時間も早いから、考えことをするために、突き当りを右に曲がる→第3章へ