未来へ広がる、中九州の空

夜の6時を過ぎると、後から後から……お客さんが入ってくる。「常連さんも多いみたいだけど、うちらみたいな観光客も結構いるな」とお父さんは言っていた。

お店を出て商店街を抜けると、グラデーションのように徐々に暗くなっていく空。

あまり空を見上げることは無い1日だったけれど、視界を遮る建物が、ほとんど無いことに気が付いた。

「……突き抜けるような空だな」

ぼんやりと空を見上げる翔太に、「それって昼間の青空の時、言うんじゃない?」と言うと、ちょっと恥ずかしそうにしていた。

「美味しかったです。ありがとうございます」
「そう? なら良かった。今度は冬、来ると良いよ」

温泉へと向かって歩きながら、お母さんが教えてくれた。とにかくお魚が美味しい大分。でも一番なのは「関アジ」と「関サバ」という魚らしい。

「関サバと関アジはね……冬が旬だからね」
「へえ……関サバと関アジか」

「そう。食べたらビックリするよ? 今日の魚とは比べ物にならないよ。味も、歯ごたえもね」

特に関サバは、大分市内でも人気のあるお魚らしい。四国と大分の間を『豊後水道』と呼び、そこの荒波で揉まれているから、身が引き締まって物凄く美味しいとのことだった。

(冬か……まだ絶対に、来よう)

じめっとする夜道。時折吹いてくる、心地良い風を浴びながら、「翔太とまた来たいな」と思いながら、お風呂へと向かって行った。

「別府の温泉、有名だからね。良い記念になるだろ」
「普通の温泉じゃないの? どうせ」

スマホで道を確認しながら歩くお父さん。前を歩きながら、翔太と話をしている。

「ね、どの温泉行くんですか?」

わたしはお母さんと後ろを一緒に歩く。磯子は温泉が無い。近くに銭湯はあるらしいけれど、天然では無いし、そもそも行ったことは無い。

「できるだけ地元密着の温泉に行くらしいよ。お父さん」
「ああ……ネットにお勧めで出てるような場所じゃ無くて……ですか?」

「そう。さっきのお魚もそうだけどね。やっぱり地元の人が知ってる所が一番良いのよ。温泉なんか、全然違うから」
「わたし、温泉行ったこと無いな。楽しみですもん」

昼間、ずっと目にしていたもうもうと立ち上る、白い煙。だいぶ陽も落ちて、別府が夜に包まれると……これまた、風情たっぷりの景色が広がる。

「別府の温泉、基本的に熱いから。覚悟しておいてね」とお母さんが言っていた。

10分程度歩くと、いかにも地元の人だけが来ていそうな温泉。そんなに大きな建物じゃないし……1人だったら見落としてしまいそうだった。そして、建物は驚くほど古い。

「こういうのが、良いんだよ」とお父さんが言っているのが聞こえた。

「300円ですか? 1人」
「そんなもんだろ、別府なら」

あまりの安さに驚いた。熊本の温泉だと400円だったり500円だったりが多いらしく、「300円は流石に無いな」と言っていた。1時間後に入口に集合することを決めて、わたしはお母さんと一緒に、暖簾をくぐって行く。

「あっつ!!」

話の通り、大浴場で手だけをそっと湯船に入れてみると、驚く熱さ。……まるで熱湯だと思った。周りの人達を見てみると、熱いのは熱いらしい。顔をしかめながら、ゆっくりと湯舟に腰を下ろしていた。

(これは……マジ無理かもな……)

想像を遥かに超えていた。「これくらい熱くないとね……」と、お母さんもかなり我慢しながら湯船に浸かる。

そもそも、お湯の熱さ以外に驚くことがあった――。

よくテレビで見るような、シャワーが備え付けになっていなかったから。「浴槽のお湯で体を洗うんだよ」と事前にお母さんが教えてくれたけれど……1人だったら絶対にヤバかった。

シャワーが付いていないから、部屋の中心部分にはデンと大浴場があるだけ。

そして、大浴場の縁に、腰をかけてはいけない。座ってはいけない。……らしい。

「地べたに座りながら、体を洗う所もあるよ」と、教えてくれた。別府の地元の人が使う浴場は、小さなルールが場所ごとにあるらしい。「入る時に、良く見ておくと良いよ。次に来るなら」と言っていた。

(……せっかく来たしな……)

ちょっと我慢しながら、ゆっくりゆっくり……湯船に腰を下ろしていく。

(痛てて……)

熱さを通り越して、痛いと感じるお湯。20秒くらい肩まで浸かるのが、限界だった。