未来へ広がる、中九州の空

7月25日。

朝からわたしは緊張していた。準備はちゃんとしてきたつもりだけれど……1人で参加すること、そして何と言っても翔太と一緒に泊まりに行くことが、わたしを落ち着かせなくさせた。

「……大丈夫? そんな緊張して」
「えっ? まぁ、大丈夫じゃないかな……」

いつも朝のホームルームぎりぎりの時間に登校しているわたしが、朝の6時前から起きている。お母さんはそれだけで驚いていた。

「じゃ、行ってきます」

朝の8時に磯子駅集合。起きてからずっと部屋の中をうろうろと歩いていたわたしは、待ち合わせ30分前にも関わらず、家を出た。

(どうしよう……)

ちょっと急げば、家から駅までは10分もかからない。いつもより少し遠回りするルートを選んで、駅まで歩く。もちろん、緊張を紛らわせるためでもあった。

(いよいよか……)

前日、希ちゃんと優香ちゃんからは「頑張っておいで」とDMが来た。意識しないつもりで過ごしていたのに、そのお陰で一層意識するようになってしまった。あまり良く寝れなかったのは、きっとそのせいでもある。

「あら、真帆ちゃんじゃない」

大きく迂回して駅まで歩いていると、歩道橋で翔太のお母さんの声が聞こえる。後ろを振り返ると、翔太達も磯子駅に向かっているところ。スマホに目をやると、いつの間にか集合5分前になっていた。

「あっ……お早うございます」

ドスンと肩にかけていたカバンを下ろして、歩道橋の真ん中で挨拶をする。お母さんは「始まるね」と優しく微笑んでくれた――。

磯子駅から横浜駅までは電車。どうやら横浜駅からバスに乗るらしい。

いつも降りる山手駅からは4つ目。10分ほどで到着するけれど、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車。最初は「キツい」と思っていたけれど、途中で「満員で良かった」と思うようになっていた。

……もし空いていたら、どこに座れば良いか悩んでいたと思うから。

横浜であっても7月下旬は湿気が凄い。満員状態の電車の中は、空気がこもっていて呼吸がしにくいだけじゃ無くて……Tシャツもすっかり汗をかく。「しまったな……」と思ったけれど、もう遅い。なるべく体を動かさないようにして、せめてもの抵抗をする。

朝の横浜駅。初めての経験だった。電車がゆっくりとホームに入って行くと、零れ落ちそうなほどの人達がすでに待ち構えている。

(これ、みんな……乗るの?)

うんざりしながら下りる準備をする。ドアが開くと、気持ち良い外の空気がぶわっと車内に入り込む。……それと同時に、ほとんど全員が電車を降りる。一斉に。

わたし達は意思と関係無く、人の波によって電車から押し出されるように、降りた。

「……苦しかった」

ようやくしゃべることができた、一言。Tシャツをはたきながら汗を少し乾かしていると、「……俺も」と翔太がぼそりと呟く。

「離れないでねー。こっち」

お父さん達が階段の下を指さしながら、わたしに達に声をかけてくれる。雑踏の中で迷子にならないように、翔太と一緒について行った。

「……人、凄くないですか」
「まぁ、横浜駅だからね」

改札を出ると、人の数は多少減ったけれど……右から左へと、足早にみんな移動している。お母さんに向かって話かけると、「ターミナル駅だから」と笑って返されてしまった。

「あっちの方にバス停あるよ」

横浜駅の構内をはぐれないようについて行く。5分ほど人の流れに沿って歩いて行くと……建物の中に入り、急に静かになった。

「ここ。ワイキャット。あそこでチケット買うからね」
空港をミニサイズにしたかのような空間。『YCAT』で『ワイキャット』と読むらしい。みんな荷物を下げた人ばかりで、ここから空港に向けてのバスが出るとのことだった。

「……暑かった……」

券売機の前でカバンを下ろして、お金を出す。冷房の風が、汗をかいた背中に届くと、思わず「はぁ」と息が漏れた。

「真帆ちゃん。あそこから出るから」と、お母さんは目の前のバス停を指さししながら言う。良く見てみると、確かに3人ほど並んでいるのが見えた。

「あっ、はい」

チケットを口に加えながら、わたしは急いでバス停へと向かう。黄色い線に沿って並んだところで……ちょうど『羽田空港』と書いてあるバスが、けたたましいエンジン音と共に、構内へと入ってきた。

「これですか?」お母さんに質問すると、穏やかに「そう」とだけ言って、頷いた。大きい荷物を、入口で預けて……バスの中に入る。磯子駅から出る市営バスとは違っていた。「リムジンバス」という名前らしく、左右に2席ずつのバス。

(あっ……)

「どうしよう」と悩んでいるわたしに、「そこ、座って」と翔太が言ってくる。

(ちょっと……)

「ほら、早くってば」わたしを窓側に座らせて、翔太も急いで座った。

……わたしの隣に。

距離がほぼ無くなって……頭が真っ白になってしまった。翔太は正面を向いたまま、何も言ってくれない……。

「……後ろから人、来ただろ。しょうがないって」

それ以上、何も言うこと無いまま、羽田空港に向けてバスは出発した――。