未来へ広がる、中九州の空

「真帆―!」

太ももに力を入れて、坂道を上る。後ろから希の声が聞こえて、わたしは振り返った。6月も終わり、7月に入ると……朝なのにかなり暑い。背中にじんわりと汗をかいてることに気付く。

「あ、希ちゃん! おはよー」

わたし――宮川真帆は、栄ケ丘高校に通っている高校1年生。

JR横浜駅から4つ目にある、山手駅。駅前からずっと延びてる坂を、10分ほどかけて毎日上る。

「……あっついね」

日に日に湿気が強くなっていく気がして……

この坂を3年間も上ることができるんだろうか?

そう考えると、最近ちょっと気が重い。

「ねー……暑い。坂、キツ過ぎ……」

わたしを後ろから追ってきた希ちゃんは、もっとキツかったはず。はぁはぁと、肩で息をしてる。

「希ちゃん、今日は朝練無いんだ?」
「うん。珍しくね。助かった」

同じクラスの川上希ちゃん。入学直後で緊張してたわたしに、声をかけてくれた。すっごく明るい。隣駅に住んでることもあって……すぐに仲良くなった。

希ちゃんは吹奏楽部に所属している。

うちの高校の吹部は、毎年全国大会に出るほどの強豪らしい。朝練は基本毎日。土日も学校で朝から夕方まで練習がある。

「本当、よく頑張るね。毎日さ」
「……仕方無いよ。強いからね、うち」

キツさを思い出しているのか、希ちゃんは目に力無くつぶやいた。

「でも、好きだからね」

急に希ちゃんの瞳に、輝きが戻る。帰宅部のわたし。部活の話を目を輝かせながらしゃべる希ちゃんが、ちょっとうらやましい。

「真帆も、何かやったら? まだ間に合うって」
「……いやぁ、良いよ。特にやりたいことも無いし」

中学の時は、美術部に入っていた。別に絵が好きだった訳じゃ無い。入学した時に「うちの美術部って、みんな漫画読んでるらしいよ」って聞いたから。楽な部活ってことで、美術部を選んでいた。

「まぁ、真帆は忙しいか」

悪戯に微笑みながら、わたしにちらりと視線を向ける希ちゃん。

10分ほどの急な坂道が終わると、今度はずっと平坦な道が10分ほど続く。希ちゃんを置いていくように、わたしは歩くスピードを上げた。……ちょっと顔が熱くなっていた。

「あっ……待ってよ」
「……」

「図星なの?」

わたしを追いかけながら、まだイジワルな声をかけてくる。

「ねえってば」
「もう……そんなんじゃ無いって」

視線を合わせること無く、わたしは答えた。

「でもさ、どうなんだろうね? 翔太くん」
「……」

奥村翔太。わたしの幼馴染。幼稚園の頃からずっと一緒で、高校も同じ。……クラスも同じ。

「『どう』って? 翔太がどうしたのよ」
関係無い、とばかりに感情を込めること無く、捨てるように言い返した。

「良いねぇ。青春だね。吹奏楽が青春の私とは、違うね」

6月。『栄高祭』と呼ばれる文化祭があった。全部生徒の手作りで、地域の人も沢山来たし、他の学校の人達も大勢やってきた。かなり有名な文化祭らしくて……入学するまでわたしは知らなかった。

『おい、翔太―? 文化祭だよ?』
『真帆ちゃんに告れば良いのに……』

わたしと希ちゃんは聞いてしまった。文化祭の当日に。

外階段で風を浴びて、休憩してるわたし達の耳に入ってきたのは……同じクラスの健人くんの声だった。

『ずっと好きって言ってたじゃんか……真帆ちゃんのこと』

階段に座りながら、タピオカを飲んでいた。恥ずかしくなって、それ以上聞くことができなくて……階段を下りて外に出てしまった。

ちょっと蒸し暑かった、外階段。それが原因だからなのか、汗がにじんで、鼓動がいつも以上に大きくわたしの中で響き渡っていた。

……それ以来、翔太とはぎこちなくなっている。

「別に良いってば。それよりさ……急がないと遅刻しちゃうよ?」

興味深々な表情で見つめてくる希ちゃんに、スマホの画面をバッと見せる。時間は8時15分になろうとしていた。

「あっ……本当だ! 急がなきゃ……!」

校門の前は、最後のアップダウン。カバンを押さえながら走り抜けた。

昇降口までは、ずっと1本道が続いていて、沢山の桜の木がわたし達を出迎えてくれる。

栄ケ丘高校は、春は桜が満開で、とっても綺麗。

――これも、入学して初めて知った。