魔王と表現した時、現代人ならば大抵どんなビジュアルを思い浮かべることだろうか。
角の生えた巨漢の鬼?あるいは長髪で偉そうな俺様系美青年?大体そのどちらかであるのは恐らく、日本で流行した数々のゲームやライトノベルの影響が過分にあるものと考えられる。最近はエロゲー仕様で妙にエッチでボインな女魔王というのもいるようだが。エロゲや男性向け小説でないのなら、多分前者二つを思い浮かべる人の方が多いのではなかろうか。
さて。自分、日高紫苑の目の前には、その魔王を名乗る人物がいる。放課後、いつもものごとく本屋で文庫本をしこたま買い込んで学校から帰るその道の途中でのこと。突然目の前が真っ暗になったら、目の前に玉座がある不思議なお城っぽい場所にいたという展開だった。事故に遭っていきなり死んで転生しました、なら完全にテンプレだったが微妙に違うと言えば違う。なんせ、その予兆らしきものが全くなかったものだから。
大きなシャンデリアがかかり、真っ赤な絨毯が敷かれ、磨き上げられた大理石の壁が光るそれはそれはいかにもな西洋のお城の一室。ずらり、と並んだ兵隊達。制服姿の女子中学生が存在するにはさぞかし場違いもいいところだろう。
ついでに言うと。目の前の魔王を名乗った金髪の青年は――ただ今、見事に紫苑の前で土下座をかましているわけで。手を合わせて「ごめん!」と既に三回以上は繰り返されているところだ。
「あの、すみません。謝られても、状況が理解できなければ受け取りようがないんですけど」
セーラー服のスカートをひっぱり、紫苑は魔王に視線をあわせる形でしゃがみこむ。可愛いヒヨコみたいな金髪の頭がなんだか可愛らしい魔王様だ。いきなり謝られたこともあって、なんだか憎める気がしない。
「僕、現状ではあなたが魔王ということしかわからないんですよね。あ、先に名乗った方が筋でしょうか。僕は日高紫苑といいます。一応は、現代日本での女子中学生というやつなんですけど」
「ううう、本当にごめん。ごめんよ。ただの子供を巻き込むつもりなんかこれっぽっちもなかったんだ……。むしろ異世界転移なんて迷惑極まりないことやるつもりなかったんだよ、そっちの世界の本は私もいっぱい読んでるからなんとなく想像はつくんだけど!」
「……なんというか、話が早そうでそこは助かりますけど」
どうやらこの魔王様とやらは、自力で何度も現代日本に遊びに来たことがある人物であったらしい。しかもライトノベル系をがっつり読んでいると来た。
ああいうものを読んで、自分も試してみよう!ではなく。自分はああいうことはしないようにしよう、と思うあたりがなんとなく好感を持ってしまう。いや、別に異世界転生系の物語を否定するわけではないのだが、あれは物語だからこそ許されるものであり、現実で起きたらたまったものではないわけで。
よほど現実が嫌いであったり地獄であったりでもしなければ――理屈が通用しない異世界なんぞ、行きたいとは思わないに決まっているのである。それも片道切符なら尚更、モンスターがうようよしてて携帯電話も通じないような世界なら余計に、だ。
「……この世界……君たちでいうところの異世界ってやつなんだろうけれど。リア・ユートピアって呼ばれてるこの世界には、隣接して魔界と呼ばれる場所があってね。そこから、悪魔やら堕天使やらを呼び出して、使役することができる召喚魔法があるんだ。私が、呼び出そうとしたのはそっちの世界のモンスターだったんだけど……直前にその、ちょっといろいろあって動揺しちゃって。それが魔力に出てしまったみたいで」
しょんぼりした様子で、ゆっくりと頭を上げる魔王。男性にしては少し長めの金髪に、キラキラとした大きな青い眼が印象的な青年だった。案外年は離れていないのかもしれない。身長はそれなりに高そうだが、顔立ちは随分幼い印象を受ける。
「そうしたら、座標がズレて……君が呼ばれてしまったみたいで。ごめんよ、ちょっと準備に手間がかかるけど、すぐに元の世界に戻すようにするから。……あ、一応名乗っておくと私の名前はアーリア・ランネル。アーリアでいいからね」
「はあ。……それで、確かに派手な貴族風のマント着てたりとかはして服装だけは魔王っぽいですけども。……どうして、それで魔王なんです?貴方は普通に、人間と同じ見た目に見えますけど」
「えっとそれは……って、興味持ってくれるのかい?怒ってないの?突然召喚されて巻き込まれたのに」
「だってあなた、ちゃんと謝ってくれましたし」
きょとん、とした顔の魔王アーリアに、紫苑は苦笑して返した。
確かにいきなりすぎて驚いたのは事実だ。けれどざっと見たところ持ってきた荷物がなくなっている様子もないし、自分は怪我もしていない。向こうも謝罪して状況説明してくれたし、すぐに返してくれるとも約束してくれている。自分も自分で、急いでいた用事があったわけでもない。どうせただでさえ放任主義の親は長期出張で家をあけている。家事が滞る以外に特に問題はないのだ。
ここまでいろいろ揃っていて、どうして目の前の彼を過剰に責め立てる理由になるだろう。――まあ、本当に魔王なんてものが存在するのか?という疑問がないと言えば嘘にはなるが。彼がコスプレだろうと本物だろうと、悪い人間でなさそうならばそれでいいのだ。
人間、大事なことは本質である。何かに一生懸命になれる奴に、きっと悪い奴はいない。紫苑は今までの人生でなんとなくそれを学んできている。大して長くも生きてはいないが。
「準備に時間がかかるんでしたら、その間にあなたとこの世界のお話を聞かせてくださいよ。僕も本はたくさん読むので、自分が知らない知識には非常に興味があります。今日もたくさん本を買って帰る予定だったんですよ」
ほら、とちらりと彼に手提げ袋の中身を見せる。そこに多く詰まったカラフルな文庫本の背表紙を見て、おお!とアーリアは眼を輝かせた。
「あ、ほんとだいっぱい入ってる!ていうか三十二国旗の続き出たの!?マジで!?」
「ええ、先日発売されたんですけど、全然重版間に合わなかったみたいで……って、あなた本当に通なんですね。このシリーズ、人気はあるけど文字数も多いし初心者向けではないことで評判なんですが」
「この先生の話は読めば読むほど味が出るタイプだからねえ。日本とリア・ユートピアの両方に共用アンテナこっそり立ててるから、向こうに派遣した現地調査員といつでも情報交換できるんだよ。新刊出るって聞くたびに、こっそりお仕事中にそっちの世界に侵入して本買いに行ってたっけ」
「いいんですか魔王がそんな簡単に仕事サボってて……」
「いいの!……あ、みんなごめん、隣の部屋に魔法陣の準備しておいて。この子を返さないといけないから」
後者は、アーリアが部下達に指示を出したものである。
さて、ここまで聴いて紫苑は、ん?と首を傾げることとなった。西洋のお城っぽい雰囲気であるため、ここもよく使い古されたテンプレートな『中世の西洋風異世界』であるのかと思っていたが。実際は違うのだろうか。彼の物言いだと、まるでこの世界に携帯電話が存在するような口ぶりであるのだが。
――まあ、よくよく考えたら、異世界が中世風でなければいけない理由なんてないですしねえ。昔発売された人気ゲームの影響なんでしょうけど。
そして、この人物はしょっちゅう現代日本に行っては、そういうサブカルチャーに触れて戻ってくるくらい現世のことを気に入ってくれているらしい。元の世界に帰ることができないのは困るが、時間があるならライトノベル談義などできそうな気がしないでもない。
特に三十二国旗の話ができそうなのはポイントが高い。あのシリーズは絶大な人気を誇る反面、長きに渡る超長編ということもあって好む世代がわりと二十代、三十代に偏っている傾向にあるのだ。元々社交的ではない紫苑には友達が少ないが、そうでなくてもクラスであの本について話題に出している者は多くはない。発売されたらしい、と聴いても“ふーん、それ面白いの?”くらいな反応だ。長すぎて新参者がなかなか手を出しにくいという問題もあるのだろうが。
「あっと、ごめんね。話が逸れちゃった」
ぱっと顔を上げて謝ってくる、魔王。――だんだんと、脳内でさえそう呼ぶのに違和感を覚えるようになってくる。
自分達が想像する、頻出する魔王とはあまりにも印象が違う。どちらかといえば、勇者と言われた方がしっくりきそうな気がしてならない。
「君が想像している通り、私は人間だよ。まあ、俺は個人的には、妖精の血が入っていようがモンスターとのハーフだろうが、本人が人間だと思っていればみんな平等に人間だと考えるけどね。……魔王なんてものをやってるのはそうだなあ、平たく言えば私が『世界征服を目論んでる』ってことになるからかな!」
「はあ」
「正確に言うと……勇者を倒さないといけない立場だから、魔王を名乗っているって言った方が正しいんだけど……」
彼がここまで語った、まさにその時である。バタン!といきなり背後の大扉が開いた。はっとして振り返ればそこには、真っ青な顔をした眼鏡の兵士の姿がある。その右腕はだらりと下がり、真っ赤な雫が伝っていた。思わず息を呑む、紫苑。
「リョウスケ、どうした!?」
先程まで笑っていたアーリアの顔から笑顔が消えた。ふらつきながら入って来た兵士に、他の部下達よりも早く駆け寄っていく。
「す、すみませんアーリア様。……失敗しました」
「報告は後でいい、怪我の治療を……!」
「このままで、は、西の国は滅んでしまう……」
彼はアーリアの腕に縋りつき、かすれた声で告げた。早くなんとかしなければ、このままでは、そう繰り返しながら。
「勇者・マサユキは……自分がどれほど恐ろしいことをしているか、全く理解していないのです……!」
***
リア・ユートピアという世界に関して説明するのは、少々複雑であるという。無邪気で面倒見のいいアーリアは、何やらデバイスを使って画像を空中に表示することにより、細かなところまで紫苑に解説してくれた。どうやら当初の西洋風のお城のイメージとは異なり、この世界の科学技術は随分と進んでいるらしい。少なくとも空中にホログラムを表示してプレゼンテーションができている限り、映像に関する技術は現代日本を上回っているのかもしれなかった。
「魔王、なんてわかりやすいものが出現したのは私が最初なのだろうけど。その前から、この世界にはトラブルが絶えなかったらしい。世界というのは次元の狭間でいくつも点在しているんだけど……君たちの地球と違って、リア・ユートピアは少々不安定な場所に位置しているらしくてね。その影響からか災害は多かったし、戦争も少なくなかったらしいんだ。異世界から人が迷い込むということも希にあったらしくて。それは、科学技術が発展する前から、魔法文明が栄えていたというのが大きいんだろうけど」
元々魔法文明の豊かな世界であったところに、後から異世界人が来訪して科学技術を広め、今の世界として組みあがったということらしい。
問題は、この世界の人々が誰しも多少なりに高い戦闘能力や頑強な肉体を持ち合わせていたということと、一部の地域は人が足を踏み入れることのできないモンスターの巣窟になったままであるということ。数多くの種族、宗教が入り混じり今だに混沌とした状況が続いているということらしかった。
特に近年最悪だったのは――それぞれの宗教が信じる女神様が合わせて三人も存在し、揃いも揃って仲が悪かったこと。それぞれ好き勝手に、後先も考えずに異世界召喚をやらかしたということである。
「さっきリョウスケが西の国と言っただろ?この世界にも複数国はあるけど、人が住んでいるとされているのは俺達が現在いる大陸だけなんだ。おおよそ大陸の形は菱形に近い形でね、東西南北でそれぞれカラーが異なるというわけ。東の地域は主に女神『メリッサ』を唯一神と信じる宗教を持ち、西の地域は女神『マーテル』を信じている。南の地域は女神『ラフテル』だな。私達が今いるこの城がある北の地域には特に宗教が伝わってないので、無宗教の人たちは大抵ここに逃げ込んでくるわけ」
「宗教問題は昔から難しいでしょうね。自分のところの神様がたった一人だと信じていたら、他の神様の存在なんで認められるはずがありません。それで戦争になることは、現代の地球であっても珍しくはないですから」
「そういうこと。しかもリア・ユートピアでは神様は目に見える形で実在していて、自らが争いを主導してくるもんだから厄介極まりないわけだ。全員が『平和を守る神聖な女神』ってポジションなのに、冗談みたいだろ?」
「うわあ……」
ライトノベルではよく、うっかり死んだり異世界に迷い込んだ主人公の前に女神が現れて、「ごめんなさい、間違って呼んじゃったので、おわびに何かチート能力を授けてあげます!」とか言ってくるのがテンプレである。世界を守るための女神様が、そんなバランスブレイカーを作って世界を崩壊させていいものかという突っ込みはあるが――まずそれ以前の問題で、何故だか大抵やらかしてくる神様というやつは絶世の美貌を持つ女神様と相場が決まっているのだ。
その女神様とやらが、この世界では当然のごとく複数存在しているときた。しかもその全員が宗教上の理由で超絶に仲が悪く、当たり前のように人々を争いに巻き込んでいるという。
どこが平和の女神やねん、というツッコミをしたくなるのも仕方のないことではあるだろう。
「四つの地域の戦力は、ほぼほぼ拮抗している。ゆえに女神達は神様だけに許された特別な力を使って、それぞれ異世界から勇者を呼び出し、味方につけようとしたってわけだね。……そうなると当然、女神がいないせいで勇者が呼べない北の地域は大ピンチで、やむなく私が飛び出していくハメになったんだけど」
まあその説明はおいおいね、とアーリア。
「女神は全員同じ能力を備えている。世界が危機に瀕した時、勇者を異世界から呼び出し、一つだけ最強の力を授けることができるということ。例えば……『どんな相手でも奴隷にできる能力』とかね」
「そんなの与えて大丈夫なんですか。もし呼び出した勇者が邪悪な心を持っていたりしたら……。というか、そんな能力を持った相手が仮に純粋な勇者であっても、欲望にかられたり正義を盲信して暴走しないとは言い切れないわけで……あ」
「まあ、お察し。君が思った通り大変なことになったんだよねえ」
地図の映像をタップして、情報を切り替えていくアーリア。紫苑もそれを覗き込む。それぞれの地域にて、呼び出された勇者は一人ずつ。どういう因果かは知らないが、全員が地球人によく似た容姿であるように思われた。ひょっとしたら本当に、全員現代日本からの転移者や転生者というやつだったりするのだろうか。髪の色が黒ではない者もいるが、それだけでは判別をつけることはできない。
西の女神、『マーテル』に呼び出された男性が『マサユキ』。写真通りの容姿であるならば、年齢は四十代から五十代といったところ――いわゆる『おっさん勇者』というやつだろうか。
東の女神、『メリッサ』に呼び出された女性が『アヤナ』。化粧をしているので年齢がわかりにくいが、十代後半から三十手前であるだろう。案外若いのかもしれない。派手に着飾っているようだ。
そして南の女神『ラフテル』に呼び出された青年が『リオウ』。多分、イケメンには分類されるだろう。どこか冷たい面差しの十代後半くらいの青年が写っている。
「本来ならね。異世界から人を呼び出して、それで世界を救ってもらおうなんて行為そのものが褒められたことじゃないんだ。失敗して君を呼んじゃった俺が言うのもアレだけど」
申し訳なさそうに眉を寄せて、アーリアは告げる。
「何故ダメなのかといえば、単純明快。その世界のバランスを壊し、あるべき物語を崩してしまうから。君が現代日本に生きているなら、桃太郎の話くらいは知っているだろう?桃太郎が鬼ヶ島に到着する前に、高い科学技術を持つ軍隊がトリップしてきてどっかんばっかん砲撃して、鬼を全滅させちゃったらどうなる?物語は完全に崩壊する。主人公の見せ場を完全によそからきた『異物』が奪ってしまっていることになるしね。全く文化も技術も違う存在を異世界から呼んだ上、チートな能力を授けて世界を救ってもらおうなんて後先考えてなさすぎるよ。他力本願もいいところだしさ」
「ああ、それは……確かに」
というか、桃太郎の話も知っているのか、と紫苑は思う。さきほどから会話をしていると、アーリアの言動はどうにも違和感が強い。見た目は金髪碧眼の白人の青年だが(日本語は喋っているけれど)、考え方はだいぶ現代の日本人に近いような印象を受ける。というか、異世界人という雰囲気が殆どしない。現代の知識に精通しすぎているし――無理やり紫苑にわかるようにあわせて説明しているという風でもなさそうだ。
そういえば、この城は北の地域にあって、勇者がいない代わりに自分が飛び出していった、と彼は言っていた。つまり、彼自身は他の勇者達と相応に渡り合える実力者であったということだ。――果たして異世界人に頼りっきりのリア・ユートピア人に、チート勇者を制するだけの能力はあったのだろうか。
ひょっとしたら、彼は。
「女神達は、自分が統治する平和な世界を作るため、自分以外の女神とその信者達を倒す為に必要な力を得ることしか考えていなかった。早い話、素質さえあれば性格は度外視された勇者ばかりが三人も集まってしまったんだ。……そんな人間を三人も呼び出したらどうなると思う?チート能力だけ貰って殆ど女神の言うことを聴かないか、あるいはその能力をいいことに好き勝手にやるに決まっている。結果、世界の状況は勇者達を呼び出す前より、さらに悪化してしまう結果となった」
男性にしては細く、綺麗な指がホログラムをなぞる。彼がタップしたのは、西の女神に呼び出された勇者・マサユキの写真。彼に関する詳細なデータが表示されたので、言われるまでもなく紫苑はそれに眼を通していた。
そして、渋面を作ることになる。予想はしていたが、これはちょっとあんまりにあんまりではないか、と。
「勇者であるマサユキ・モトムラに与えられた能力は……『自分が望むスローライフを絶対に実現する力』、ですか」
女神の力は、絶対だ。勇者達は皆、女神に呼び出されるためだけに理不尽な事故に遭い、そして転生を与儀なくされた。ただし、三人が三人ともそれぞれ現世で不遇であったため、現代日本にはほとんど未練のようなものを持っていないのだという。
勇者マサユキも、その一人。女神に与えられた力を使って、西の国に理想の農園を作り、ゆったりまったり過ごすことに決めたらしい。平和な世界に相応しい、平和なチート能力であるように見えることだろう。問題はその能力が強すぎた結果、いらぬ争いの種を蒔きに撒きまくったことである。
彼の力は『己が望んだスローライフを実現するためならば、周囲が困ろうが誰が死のうが迷惑を被ろうが強制的に排除する』力であったのだ。
例えば、自分の農園を作るために土地が必要であったとする。そのための土地を確保するために「ここを農園にするぞ!」と宣言すれば――本来そこにあった森も村もみんな強制的に立ち退きを余儀なくされることになるのだ。住む場所を奪われた人々は路頭に迷うし、別の国に流入して住処を奪い合うことにもなる。また、そこに住んでいたのがモンスターの類であるならば、人間を逆恨みして別の村や街を襲うようになるということもあるだろう。
農園に植える種が必要ならば、彼はその力で絶対に必要な数を手に入れてしまう。そうなればそのツケは、本来その種を大切に保管していた他の農園が支払うことになるだろう。誰が盗んだ?と騒ぎになれば当然揉める。そして、割を食うのは、やらかした本人ではない別の誰かになるのは明白なのだ。
「一見安全で平和に見える能力でも、行き過ぎれば大きなトラブルや争いを招く結果になる。しかも本人は、自分のスローライフのせいで散々他人に迷惑をかけていると苦情が来ても、頑なに『自分はまったり農園生活がやりたいだけから、戦争やらモンスター退治やらはそっちで勝手にやってくれ、巻き込むな』の一点張りと来た。いや誰のせいだよ、って話だろ」
「なんて迷惑な……」
「本当にね。おかげで俺が当地する北の国に、西の国からも次々人が逃げてきてるし……影響もこっちの国にまで及びつつあるんだよ。女神は女神で、ちっとも他の国と戦う気配がない勇者に対して匙を投げてるしね」
「自分で呼び出しておいて、ですか。というかなんでそんな能力にしちゃったんですか」
「平和な農園を作る能力なら、平和的に世界を統治できるとでも思ったんじゃないかい?実際全くそんなことはなかったわけだけど」
大体、紫苑も状況を理解した。そういえば、ライトノベルの流行の一つに『魔王退治を断っておっさんがスローライフをする』というのもあったような、なかったような。見事にそのテンプレに当てはまっているわけだが――やはりどんな力であっても過ぎたるは及ばざるがごとし、というわけだ。
その時、隣室からアーリアの部下らしき者が走ってきて、何やらアーリアに耳打ちをした。すると魔王はええ、と苦い顔をして額に皺を作る。
「……あー、ごめん、紫苑。もうちょっと待ってて。時空が安定しないらしくて、もう少し召喚魔法の完成に時間がかかるんだって。客室を用意しておくから、そっちでくつろいで待っててもらってもいいかい?」
どうやら、すぐに帰ることになるかと思いきや、意外と魔法の形成に手間取っているらしい。異世界というものは、次元の狭間に点在するものと言っていた。そういうトラブルも時には起こりうるのだろう。紫苑としても、不安定な状況で無理やり発動させられて、再度事故が起きるよりは遥かにマシである。
ただし。
「……それでもいいのですけど。もしまだ時間があるのなら……一つ、よろしいですか?」
お節介なのは、わかっている。しかしどうにも、紫苑には目の前にいる青年が――魔王、なんて名目の別の何かに見えて仕方ないのだ。
近代的理性に近い、常識を持っている。魔王だなんて呼ばれながらも、人に悪意や危害を加えようという意思を感じない。
何より彼の対応や考え方はあまりにも人間くさくて――ほっとけないと思ってしまう。そこに、多少なりに紫苑自身の好奇心があることは否定しないが。
「僕は、ただの女子中学生で。女神に呼ばれたわけでもなければ、チートなんて力もありませんから……だからこそ、できることもあるんじゃないかと思うんです。この世界のバランスを崩したり、壊さない範囲で」
余計なことかもしれないけれど、でも。
困っている人を、このままほっといていいものだろうか。
「ちょっとだけ。お手伝いさせてはもらえませんか」
角の生えた巨漢の鬼?あるいは長髪で偉そうな俺様系美青年?大体そのどちらかであるのは恐らく、日本で流行した数々のゲームやライトノベルの影響が過分にあるものと考えられる。最近はエロゲー仕様で妙にエッチでボインな女魔王というのもいるようだが。エロゲや男性向け小説でないのなら、多分前者二つを思い浮かべる人の方が多いのではなかろうか。
さて。自分、日高紫苑の目の前には、その魔王を名乗る人物がいる。放課後、いつもものごとく本屋で文庫本をしこたま買い込んで学校から帰るその道の途中でのこと。突然目の前が真っ暗になったら、目の前に玉座がある不思議なお城っぽい場所にいたという展開だった。事故に遭っていきなり死んで転生しました、なら完全にテンプレだったが微妙に違うと言えば違う。なんせ、その予兆らしきものが全くなかったものだから。
大きなシャンデリアがかかり、真っ赤な絨毯が敷かれ、磨き上げられた大理石の壁が光るそれはそれはいかにもな西洋のお城の一室。ずらり、と並んだ兵隊達。制服姿の女子中学生が存在するにはさぞかし場違いもいいところだろう。
ついでに言うと。目の前の魔王を名乗った金髪の青年は――ただ今、見事に紫苑の前で土下座をかましているわけで。手を合わせて「ごめん!」と既に三回以上は繰り返されているところだ。
「あの、すみません。謝られても、状況が理解できなければ受け取りようがないんですけど」
セーラー服のスカートをひっぱり、紫苑は魔王に視線をあわせる形でしゃがみこむ。可愛いヒヨコみたいな金髪の頭がなんだか可愛らしい魔王様だ。いきなり謝られたこともあって、なんだか憎める気がしない。
「僕、現状ではあなたが魔王ということしかわからないんですよね。あ、先に名乗った方が筋でしょうか。僕は日高紫苑といいます。一応は、現代日本での女子中学生というやつなんですけど」
「ううう、本当にごめん。ごめんよ。ただの子供を巻き込むつもりなんかこれっぽっちもなかったんだ……。むしろ異世界転移なんて迷惑極まりないことやるつもりなかったんだよ、そっちの世界の本は私もいっぱい読んでるからなんとなく想像はつくんだけど!」
「……なんというか、話が早そうでそこは助かりますけど」
どうやらこの魔王様とやらは、自力で何度も現代日本に遊びに来たことがある人物であったらしい。しかもライトノベル系をがっつり読んでいると来た。
ああいうものを読んで、自分も試してみよう!ではなく。自分はああいうことはしないようにしよう、と思うあたりがなんとなく好感を持ってしまう。いや、別に異世界転生系の物語を否定するわけではないのだが、あれは物語だからこそ許されるものであり、現実で起きたらたまったものではないわけで。
よほど現実が嫌いであったり地獄であったりでもしなければ――理屈が通用しない異世界なんぞ、行きたいとは思わないに決まっているのである。それも片道切符なら尚更、モンスターがうようよしてて携帯電話も通じないような世界なら余計に、だ。
「……この世界……君たちでいうところの異世界ってやつなんだろうけれど。リア・ユートピアって呼ばれてるこの世界には、隣接して魔界と呼ばれる場所があってね。そこから、悪魔やら堕天使やらを呼び出して、使役することができる召喚魔法があるんだ。私が、呼び出そうとしたのはそっちの世界のモンスターだったんだけど……直前にその、ちょっといろいろあって動揺しちゃって。それが魔力に出てしまったみたいで」
しょんぼりした様子で、ゆっくりと頭を上げる魔王。男性にしては少し長めの金髪に、キラキラとした大きな青い眼が印象的な青年だった。案外年は離れていないのかもしれない。身長はそれなりに高そうだが、顔立ちは随分幼い印象を受ける。
「そうしたら、座標がズレて……君が呼ばれてしまったみたいで。ごめんよ、ちょっと準備に手間がかかるけど、すぐに元の世界に戻すようにするから。……あ、一応名乗っておくと私の名前はアーリア・ランネル。アーリアでいいからね」
「はあ。……それで、確かに派手な貴族風のマント着てたりとかはして服装だけは魔王っぽいですけども。……どうして、それで魔王なんです?貴方は普通に、人間と同じ見た目に見えますけど」
「えっとそれは……って、興味持ってくれるのかい?怒ってないの?突然召喚されて巻き込まれたのに」
「だってあなた、ちゃんと謝ってくれましたし」
きょとん、とした顔の魔王アーリアに、紫苑は苦笑して返した。
確かにいきなりすぎて驚いたのは事実だ。けれどざっと見たところ持ってきた荷物がなくなっている様子もないし、自分は怪我もしていない。向こうも謝罪して状況説明してくれたし、すぐに返してくれるとも約束してくれている。自分も自分で、急いでいた用事があったわけでもない。どうせただでさえ放任主義の親は長期出張で家をあけている。家事が滞る以外に特に問題はないのだ。
ここまでいろいろ揃っていて、どうして目の前の彼を過剰に責め立てる理由になるだろう。――まあ、本当に魔王なんてものが存在するのか?という疑問がないと言えば嘘にはなるが。彼がコスプレだろうと本物だろうと、悪い人間でなさそうならばそれでいいのだ。
人間、大事なことは本質である。何かに一生懸命になれる奴に、きっと悪い奴はいない。紫苑は今までの人生でなんとなくそれを学んできている。大して長くも生きてはいないが。
「準備に時間がかかるんでしたら、その間にあなたとこの世界のお話を聞かせてくださいよ。僕も本はたくさん読むので、自分が知らない知識には非常に興味があります。今日もたくさん本を買って帰る予定だったんですよ」
ほら、とちらりと彼に手提げ袋の中身を見せる。そこに多く詰まったカラフルな文庫本の背表紙を見て、おお!とアーリアは眼を輝かせた。
「あ、ほんとだいっぱい入ってる!ていうか三十二国旗の続き出たの!?マジで!?」
「ええ、先日発売されたんですけど、全然重版間に合わなかったみたいで……って、あなた本当に通なんですね。このシリーズ、人気はあるけど文字数も多いし初心者向けではないことで評判なんですが」
「この先生の話は読めば読むほど味が出るタイプだからねえ。日本とリア・ユートピアの両方に共用アンテナこっそり立ててるから、向こうに派遣した現地調査員といつでも情報交換できるんだよ。新刊出るって聞くたびに、こっそりお仕事中にそっちの世界に侵入して本買いに行ってたっけ」
「いいんですか魔王がそんな簡単に仕事サボってて……」
「いいの!……あ、みんなごめん、隣の部屋に魔法陣の準備しておいて。この子を返さないといけないから」
後者は、アーリアが部下達に指示を出したものである。
さて、ここまで聴いて紫苑は、ん?と首を傾げることとなった。西洋のお城っぽい雰囲気であるため、ここもよく使い古されたテンプレートな『中世の西洋風異世界』であるのかと思っていたが。実際は違うのだろうか。彼の物言いだと、まるでこの世界に携帯電話が存在するような口ぶりであるのだが。
――まあ、よくよく考えたら、異世界が中世風でなければいけない理由なんてないですしねえ。昔発売された人気ゲームの影響なんでしょうけど。
そして、この人物はしょっちゅう現代日本に行っては、そういうサブカルチャーに触れて戻ってくるくらい現世のことを気に入ってくれているらしい。元の世界に帰ることができないのは困るが、時間があるならライトノベル談義などできそうな気がしないでもない。
特に三十二国旗の話ができそうなのはポイントが高い。あのシリーズは絶大な人気を誇る反面、長きに渡る超長編ということもあって好む世代がわりと二十代、三十代に偏っている傾向にあるのだ。元々社交的ではない紫苑には友達が少ないが、そうでなくてもクラスであの本について話題に出している者は多くはない。発売されたらしい、と聴いても“ふーん、それ面白いの?”くらいな反応だ。長すぎて新参者がなかなか手を出しにくいという問題もあるのだろうが。
「あっと、ごめんね。話が逸れちゃった」
ぱっと顔を上げて謝ってくる、魔王。――だんだんと、脳内でさえそう呼ぶのに違和感を覚えるようになってくる。
自分達が想像する、頻出する魔王とはあまりにも印象が違う。どちらかといえば、勇者と言われた方がしっくりきそうな気がしてならない。
「君が想像している通り、私は人間だよ。まあ、俺は個人的には、妖精の血が入っていようがモンスターとのハーフだろうが、本人が人間だと思っていればみんな平等に人間だと考えるけどね。……魔王なんてものをやってるのはそうだなあ、平たく言えば私が『世界征服を目論んでる』ってことになるからかな!」
「はあ」
「正確に言うと……勇者を倒さないといけない立場だから、魔王を名乗っているって言った方が正しいんだけど……」
彼がここまで語った、まさにその時である。バタン!といきなり背後の大扉が開いた。はっとして振り返ればそこには、真っ青な顔をした眼鏡の兵士の姿がある。その右腕はだらりと下がり、真っ赤な雫が伝っていた。思わず息を呑む、紫苑。
「リョウスケ、どうした!?」
先程まで笑っていたアーリアの顔から笑顔が消えた。ふらつきながら入って来た兵士に、他の部下達よりも早く駆け寄っていく。
「す、すみませんアーリア様。……失敗しました」
「報告は後でいい、怪我の治療を……!」
「このままで、は、西の国は滅んでしまう……」
彼はアーリアの腕に縋りつき、かすれた声で告げた。早くなんとかしなければ、このままでは、そう繰り返しながら。
「勇者・マサユキは……自分がどれほど恐ろしいことをしているか、全く理解していないのです……!」
***
リア・ユートピアという世界に関して説明するのは、少々複雑であるという。無邪気で面倒見のいいアーリアは、何やらデバイスを使って画像を空中に表示することにより、細かなところまで紫苑に解説してくれた。どうやら当初の西洋風のお城のイメージとは異なり、この世界の科学技術は随分と進んでいるらしい。少なくとも空中にホログラムを表示してプレゼンテーションができている限り、映像に関する技術は現代日本を上回っているのかもしれなかった。
「魔王、なんてわかりやすいものが出現したのは私が最初なのだろうけど。その前から、この世界にはトラブルが絶えなかったらしい。世界というのは次元の狭間でいくつも点在しているんだけど……君たちの地球と違って、リア・ユートピアは少々不安定な場所に位置しているらしくてね。その影響からか災害は多かったし、戦争も少なくなかったらしいんだ。異世界から人が迷い込むということも希にあったらしくて。それは、科学技術が発展する前から、魔法文明が栄えていたというのが大きいんだろうけど」
元々魔法文明の豊かな世界であったところに、後から異世界人が来訪して科学技術を広め、今の世界として組みあがったということらしい。
問題は、この世界の人々が誰しも多少なりに高い戦闘能力や頑強な肉体を持ち合わせていたということと、一部の地域は人が足を踏み入れることのできないモンスターの巣窟になったままであるということ。数多くの種族、宗教が入り混じり今だに混沌とした状況が続いているということらしかった。
特に近年最悪だったのは――それぞれの宗教が信じる女神様が合わせて三人も存在し、揃いも揃って仲が悪かったこと。それぞれ好き勝手に、後先も考えずに異世界召喚をやらかしたということである。
「さっきリョウスケが西の国と言っただろ?この世界にも複数国はあるけど、人が住んでいるとされているのは俺達が現在いる大陸だけなんだ。おおよそ大陸の形は菱形に近い形でね、東西南北でそれぞれカラーが異なるというわけ。東の地域は主に女神『メリッサ』を唯一神と信じる宗教を持ち、西の地域は女神『マーテル』を信じている。南の地域は女神『ラフテル』だな。私達が今いるこの城がある北の地域には特に宗教が伝わってないので、無宗教の人たちは大抵ここに逃げ込んでくるわけ」
「宗教問題は昔から難しいでしょうね。自分のところの神様がたった一人だと信じていたら、他の神様の存在なんで認められるはずがありません。それで戦争になることは、現代の地球であっても珍しくはないですから」
「そういうこと。しかもリア・ユートピアでは神様は目に見える形で実在していて、自らが争いを主導してくるもんだから厄介極まりないわけだ。全員が『平和を守る神聖な女神』ってポジションなのに、冗談みたいだろ?」
「うわあ……」
ライトノベルではよく、うっかり死んだり異世界に迷い込んだ主人公の前に女神が現れて、「ごめんなさい、間違って呼んじゃったので、おわびに何かチート能力を授けてあげます!」とか言ってくるのがテンプレである。世界を守るための女神様が、そんなバランスブレイカーを作って世界を崩壊させていいものかという突っ込みはあるが――まずそれ以前の問題で、何故だか大抵やらかしてくる神様というやつは絶世の美貌を持つ女神様と相場が決まっているのだ。
その女神様とやらが、この世界では当然のごとく複数存在しているときた。しかもその全員が宗教上の理由で超絶に仲が悪く、当たり前のように人々を争いに巻き込んでいるという。
どこが平和の女神やねん、というツッコミをしたくなるのも仕方のないことではあるだろう。
「四つの地域の戦力は、ほぼほぼ拮抗している。ゆえに女神達は神様だけに許された特別な力を使って、それぞれ異世界から勇者を呼び出し、味方につけようとしたってわけだね。……そうなると当然、女神がいないせいで勇者が呼べない北の地域は大ピンチで、やむなく私が飛び出していくハメになったんだけど」
まあその説明はおいおいね、とアーリア。
「女神は全員同じ能力を備えている。世界が危機に瀕した時、勇者を異世界から呼び出し、一つだけ最強の力を授けることができるということ。例えば……『どんな相手でも奴隷にできる能力』とかね」
「そんなの与えて大丈夫なんですか。もし呼び出した勇者が邪悪な心を持っていたりしたら……。というか、そんな能力を持った相手が仮に純粋な勇者であっても、欲望にかられたり正義を盲信して暴走しないとは言い切れないわけで……あ」
「まあ、お察し。君が思った通り大変なことになったんだよねえ」
地図の映像をタップして、情報を切り替えていくアーリア。紫苑もそれを覗き込む。それぞれの地域にて、呼び出された勇者は一人ずつ。どういう因果かは知らないが、全員が地球人によく似た容姿であるように思われた。ひょっとしたら本当に、全員現代日本からの転移者や転生者というやつだったりするのだろうか。髪の色が黒ではない者もいるが、それだけでは判別をつけることはできない。
西の女神、『マーテル』に呼び出された男性が『マサユキ』。写真通りの容姿であるならば、年齢は四十代から五十代といったところ――いわゆる『おっさん勇者』というやつだろうか。
東の女神、『メリッサ』に呼び出された女性が『アヤナ』。化粧をしているので年齢がわかりにくいが、十代後半から三十手前であるだろう。案外若いのかもしれない。派手に着飾っているようだ。
そして南の女神『ラフテル』に呼び出された青年が『リオウ』。多分、イケメンには分類されるだろう。どこか冷たい面差しの十代後半くらいの青年が写っている。
「本来ならね。異世界から人を呼び出して、それで世界を救ってもらおうなんて行為そのものが褒められたことじゃないんだ。失敗して君を呼んじゃった俺が言うのもアレだけど」
申し訳なさそうに眉を寄せて、アーリアは告げる。
「何故ダメなのかといえば、単純明快。その世界のバランスを壊し、あるべき物語を崩してしまうから。君が現代日本に生きているなら、桃太郎の話くらいは知っているだろう?桃太郎が鬼ヶ島に到着する前に、高い科学技術を持つ軍隊がトリップしてきてどっかんばっかん砲撃して、鬼を全滅させちゃったらどうなる?物語は完全に崩壊する。主人公の見せ場を完全によそからきた『異物』が奪ってしまっていることになるしね。全く文化も技術も違う存在を異世界から呼んだ上、チートな能力を授けて世界を救ってもらおうなんて後先考えてなさすぎるよ。他力本願もいいところだしさ」
「ああ、それは……確かに」
というか、桃太郎の話も知っているのか、と紫苑は思う。さきほどから会話をしていると、アーリアの言動はどうにも違和感が強い。見た目は金髪碧眼の白人の青年だが(日本語は喋っているけれど)、考え方はだいぶ現代の日本人に近いような印象を受ける。というか、異世界人という雰囲気が殆どしない。現代の知識に精通しすぎているし――無理やり紫苑にわかるようにあわせて説明しているという風でもなさそうだ。
そういえば、この城は北の地域にあって、勇者がいない代わりに自分が飛び出していった、と彼は言っていた。つまり、彼自身は他の勇者達と相応に渡り合える実力者であったということだ。――果たして異世界人に頼りっきりのリア・ユートピア人に、チート勇者を制するだけの能力はあったのだろうか。
ひょっとしたら、彼は。
「女神達は、自分が統治する平和な世界を作るため、自分以外の女神とその信者達を倒す為に必要な力を得ることしか考えていなかった。早い話、素質さえあれば性格は度外視された勇者ばかりが三人も集まってしまったんだ。……そんな人間を三人も呼び出したらどうなると思う?チート能力だけ貰って殆ど女神の言うことを聴かないか、あるいはその能力をいいことに好き勝手にやるに決まっている。結果、世界の状況は勇者達を呼び出す前より、さらに悪化してしまう結果となった」
男性にしては細く、綺麗な指がホログラムをなぞる。彼がタップしたのは、西の女神に呼び出された勇者・マサユキの写真。彼に関する詳細なデータが表示されたので、言われるまでもなく紫苑はそれに眼を通していた。
そして、渋面を作ることになる。予想はしていたが、これはちょっとあんまりにあんまりではないか、と。
「勇者であるマサユキ・モトムラに与えられた能力は……『自分が望むスローライフを絶対に実現する力』、ですか」
女神の力は、絶対だ。勇者達は皆、女神に呼び出されるためだけに理不尽な事故に遭い、そして転生を与儀なくされた。ただし、三人が三人ともそれぞれ現世で不遇であったため、現代日本にはほとんど未練のようなものを持っていないのだという。
勇者マサユキも、その一人。女神に与えられた力を使って、西の国に理想の農園を作り、ゆったりまったり過ごすことに決めたらしい。平和な世界に相応しい、平和なチート能力であるように見えることだろう。問題はその能力が強すぎた結果、いらぬ争いの種を蒔きに撒きまくったことである。
彼の力は『己が望んだスローライフを実現するためならば、周囲が困ろうが誰が死のうが迷惑を被ろうが強制的に排除する』力であったのだ。
例えば、自分の農園を作るために土地が必要であったとする。そのための土地を確保するために「ここを農園にするぞ!」と宣言すれば――本来そこにあった森も村もみんな強制的に立ち退きを余儀なくされることになるのだ。住む場所を奪われた人々は路頭に迷うし、別の国に流入して住処を奪い合うことにもなる。また、そこに住んでいたのがモンスターの類であるならば、人間を逆恨みして別の村や街を襲うようになるということもあるだろう。
農園に植える種が必要ならば、彼はその力で絶対に必要な数を手に入れてしまう。そうなればそのツケは、本来その種を大切に保管していた他の農園が支払うことになるだろう。誰が盗んだ?と騒ぎになれば当然揉める。そして、割を食うのは、やらかした本人ではない別の誰かになるのは明白なのだ。
「一見安全で平和に見える能力でも、行き過ぎれば大きなトラブルや争いを招く結果になる。しかも本人は、自分のスローライフのせいで散々他人に迷惑をかけていると苦情が来ても、頑なに『自分はまったり農園生活がやりたいだけから、戦争やらモンスター退治やらはそっちで勝手にやってくれ、巻き込むな』の一点張りと来た。いや誰のせいだよ、って話だろ」
「なんて迷惑な……」
「本当にね。おかげで俺が当地する北の国に、西の国からも次々人が逃げてきてるし……影響もこっちの国にまで及びつつあるんだよ。女神は女神で、ちっとも他の国と戦う気配がない勇者に対して匙を投げてるしね」
「自分で呼び出しておいて、ですか。というかなんでそんな能力にしちゃったんですか」
「平和な農園を作る能力なら、平和的に世界を統治できるとでも思ったんじゃないかい?実際全くそんなことはなかったわけだけど」
大体、紫苑も状況を理解した。そういえば、ライトノベルの流行の一つに『魔王退治を断っておっさんがスローライフをする』というのもあったような、なかったような。見事にそのテンプレに当てはまっているわけだが――やはりどんな力であっても過ぎたるは及ばざるがごとし、というわけだ。
その時、隣室からアーリアの部下らしき者が走ってきて、何やらアーリアに耳打ちをした。すると魔王はええ、と苦い顔をして額に皺を作る。
「……あー、ごめん、紫苑。もうちょっと待ってて。時空が安定しないらしくて、もう少し召喚魔法の完成に時間がかかるんだって。客室を用意しておくから、そっちでくつろいで待っててもらってもいいかい?」
どうやら、すぐに帰ることになるかと思いきや、意外と魔法の形成に手間取っているらしい。異世界というものは、次元の狭間に点在するものと言っていた。そういうトラブルも時には起こりうるのだろう。紫苑としても、不安定な状況で無理やり発動させられて、再度事故が起きるよりは遥かにマシである。
ただし。
「……それでもいいのですけど。もしまだ時間があるのなら……一つ、よろしいですか?」
お節介なのは、わかっている。しかしどうにも、紫苑には目の前にいる青年が――魔王、なんて名目の別の何かに見えて仕方ないのだ。
近代的理性に近い、常識を持っている。魔王だなんて呼ばれながらも、人に悪意や危害を加えようという意思を感じない。
何より彼の対応や考え方はあまりにも人間くさくて――ほっとけないと思ってしまう。そこに、多少なりに紫苑自身の好奇心があることは否定しないが。
「僕は、ただの女子中学生で。女神に呼ばれたわけでもなければ、チートなんて力もありませんから……だからこそ、できることもあるんじゃないかと思うんです。この世界のバランスを崩したり、壊さない範囲で」
余計なことかもしれないけれど、でも。
困っている人を、このままほっといていいものだろうか。
「ちょっとだけ。お手伝いさせてはもらえませんか」



