亡くなる寸前、拓斗の脳裏をよぎった走馬灯は、全てがゲームに関することだった。
幼いころに両親と遊んだボードゲーム、初めて自分のお小遣いで買ったアクションゲーム、親友のシュウと自作した同人ゲーム。
ああ、完成させたかったな……。
願望と後悔が入り混じる中で、視界が徐々に暗転していく。
音が消え、色が消え、やがて意識が途絶えた。
闇の中をさまよい続けた拓斗は、真っ白な世界で目覚めた。
眩惑に目を細めながら、困惑する頭でここがどこかを考える。
陽だまりのように暖かく、初めてなのにどこか安心する場所。
頬をつねる古典的な方法を試すと痛みを感じた。これは夢ではない。
「生きてるのか……?」
自分を落ち着かせるために声を出した。
「死んでるよ」
しかしその幻想は背後から響いた声によって否定された。
振り返るとそこには一人の女性がいた。
光沢を放つシルクの布を身にまとい、金色のウェーブがかった髪の毛を背中まで伸ばしている。
人間からは感じたことのないオーラに、極めつけは頭上の輪っか。
「天使……?」
「違う、神様。あんたは二週間前に死んだ。それでようやく順番が回ってきて天界にやってきたわけ」
神様は拓斗の欲していた情報を見向きもせずに言った。その視線は眼前のモニターに向けられている。
自分の置かれている状況よりも驚かされたのは、神様がいる一画だった。
渦高く積まれた古今東西のゲームソフト。最新機種まで網羅されているゲーム機の数々。そしてそれらを一心不乱にプレイする神様。
「なんだよ、これ! ガードできねえじゃん!」
神様は高校生の拓斗の母親と同年代に見える。そんな人が感情をむき出しにしてゲームをプレイする姿は、他の何よりも新鮮に映った。
ゲームオーバーになった神様は、怒りに任せてコントローラーを投げ捨てようとするが我慢する。
「ふぅー深呼吸。アンガーマネジメント、アンガーマネジメント」
神様が電源を切ろうとした瞬間、拓斗が待ったをかけた。
「惜しかったのに、諦めるんですか?」
「はぁ? だってこいつチートじゃん」
神様は棍棒を持った鬼のボスを指さして愚痴る。
「さっきの薙ぎ払いはパリィで対応できます。それ以外の動きは完璧だったので、もう一回やってみましょう」
励ましによってやる気を取り戻した神様は、再びコントローラーを握った。
ボスのHPが半分を切ったとき、咆哮と共に薙ぎ払いが繰り出された。完璧なタイミングで押されたボタンによってボスに隙が生まれる。
「うまい! 完璧です!」
「っしゃあ! ここで三連撃を叩きこむ!」
ボスの巨躯が地に沈むと、二人は自然とハイタッチをかわした。
神様は自分の立場を思い出したのか、コホンと咳払いをして表情を作り直す。
「拓斗、もう分かってると思うけどあんたは死んだ。そしてここは天界の入口」
薄々理解はしていたが、いざ言葉に出されると複雑だった。
「安心して。前科もないようだから、天国に行けるわ」
神様が指を鳴らすと、雲の上へと続く階段が現れる。
「……あの、神様」
神様は横目でセーブをしながら「うん?」と軽く返事をする。
「俺にはまだやることがあります。蘇らせてください」
無理を承知で拓斗は頭を下げた。
「ごめん、ルールで決まってるから」
この手の頼みは慣れているのか、神様は眉一つ動かさない。
「そこをなんとかお願いします!」
「ダメなものはダメ。これ以上逆らうと地獄行きよ」
冷酷に告げられるが、拓斗は折れなかった。
「……あんたの未練はなに」
「え!?」
「勘違いしないで、話を聞くだけだから。あんたにはゲームで助けてもらったしね」
頭を上げた拓斗は、ありのままの気持ちをぶつける。
「全国学生ゲームコンペティションに出たいんです」
ゲームという単語に神様のこめかみが反応した。
「お願いします。優勝する自信があります!」
「どんなゲームを作ってるの?」
「異世界転生した主人公が、勇者の旅に同行してスクープ写真を撮ってお金を稼ぐ──」
「もしかして……『勇者専属カメラマン』?」
「知ってるんですか!?」
「体験版をプレイしたもの! ステルスと写真撮影の要素マッチして面白かったわ!」
友人ですらプレイしてくれなかった体験版を、崇高な存在の神様がプレイしていたのだから驚きを隠せない。
「将来有望なゲームクリエイターが……残念だったわね」
「お願いします。シュウと二人でコンテストに優勝したいんです!」
高校三年生の拓斗にとって、今年がラストイヤーとなる大会。その思いは誰よりも強い。
「応援はしたい。でも死んだ人間を現世に蘇らせることは、世の理に反するの」
強い意志を持つ拓斗と同じ目をしていた神様。
自分が現世に蘇るという世界線が存在しないことを確信した拓斗は、消え入りそうな声で礼を言ってから天国へ続く階段を上り始めた。
いっそ地獄に落としてくれと言わんばかりに悲壮感が漂う背中を見た神様は、顔を歪めて頭をかいた。
「あーもう! 待ちなさい。一つだけ方法があるわ」
拓斗は階段を転げ落ちながら、神様のもとに戻る。
「ほ、本当ですか!?」
「ただし、条件がある」
神様から条件を聞かされた拓斗は悩んだ。
しかしそれは一瞬のことで、親友と一緒にゲームの続きを作成する道を選んだ。
「蘇るからには最高のゲームを作りなさい。面白くなかったら地獄に落としてやるから」
「はい!」
拓斗は決意を胸に、拳を強く握った。
神様が手をかざすと、眩い閃光が辺りを包む。
次の瞬間には拓斗の姿は消えていて、神様とゲームだけの空間に戻っていた。
「何やってるのかしらね、私は」
神という任を忘れ、あの瞬間だけ一人のゲーマーに戻ってしまったことへの反省。
しかしそれも一瞬のことで、コントローラーを握ってゲームを再開した。
目を覚ましたのはそよ風が吹く草原だった。
草木のにおいは一切ない。あるのは誘導するかのように等間隔で並べられた木だけ。
それが自分の置かれている状況を確信する決め手となった。
「まさか、本当に……」
はやる気持ちを抑えつつ歩を進めると、おあつらえ向きな村が現れる。
『冒険者の町、シイル』
一歩足を踏み入れた瞬間、視界の上部に文字が現れて消えた。
「ここは──俺たちが作った『勇者専属カメラマン』の世界だ」
『死んだ人間を現世に蘇らせることは、世の理に反する』
ここは"ゲームの世界であって、現世ではない"。
神様の機転に感謝して、まずは酒場を目指した。
RPGの情報収集は酒場が基本だ。
時間をかけて作っただけあって、建物は現実世界と比べて遜色ない。
酒場からは賑やかな声が漏れ聞こえていた。
わくわくしながら扉を開けた瞬間、それまでの喧噪が嘘のように静まり返った。
アンダーグラウンドに迷い込んだ一人の青年。歓迎されていないのは明白だった。
「こ、こんにちはー……」
震える声で挨拶をするも誰も返してくれない。
カールした口ひげが特徴的なマスターから、目線でカウンター席に座るよう促された。
デザインしたキャラクターが動いている感動を噛みしめながら、指定された席につく。
「注文は?」
「オレンジジュースを」
「なんだい、それは?」
「あー『すこやかジュース、さわやかな風を乗せて』」
マスターはドリンクの準備にとりかかる。
この世界にはオレンジジュースなんてメニューは存在しない。
「シュウのやつ、変な名前付けやがって……」
センスを嘆きつつ運ばれてきたドリンクを口に含むが、それは色付きの水だった。
味の設定をしていないので当然だ。その代わりHP回復効果があるので、少しだけ元気になった。
チビチビとドリンクをすすりながら、これからについて考える。
もっぱらの課題はシュウと出会う方法だ。
拓斗はゲームの中に転生したが、シュウは現実世界に生きている。スマホが機能すれば万事解決だが圏外なので使えない。
長方形の板と化したスマホを弄びながら考えてみたが、妙案は浮かばなかった。
誰かに話を聞こうにも、完全なアウェーでは動きにくい。客の中にはモンスターもいるので、トラブルに発展した場合には死を覚悟する必要もある。
手詰まりを感じていると、酒場に一匹の魔物がやってきた。
ひときわ手の込んだグラフィックはNPCのそれとは違う。
「魔王!」
気づいた時には、拓斗は叫んでいた。
ドラゴンと人間を掛け合わせた見た目の魔王が、射殺すような視線を向けてくる。
「なんだお前、見たことない顔だな」
胴体を真っ二つにするくらい造作もない爪を見て、拓斗は恐ろしいビジュアルにしたことを後悔した。
受け答えを間違えれば即、ゲームオーバーだ。
「俺は……このゲームの創造主だ」
「はぁ?」
酒場の客と顔を見合わせた魔王は、一瞬の間を挟んでから大笑いする。
「また変なキャラ作りやがって。このセンスはシュウの奴だな」
「シュウを知ってるのか!?」
拓斗は興奮を抑えられず前のめりになる。
「知ってるも何も、このゲームの制作者だからな」
「俺だって──どこに行けば会えるか教えてくれ!」
「今はいない」
この世界のルールを知る必要があると判断した拓斗は、魔王の隣に移動して根掘り葉掘り尋ねるのだった。
「NPCやモンスターが自由に動けるのは、ゲームが起動されていない間だけなんだな」
「その通りだ」
魔王はドリンクを豪快に煽り、ゴブリンはカードに興じている。
誰一人、決められた役割を演じていなかった。
「シュウには待ってればそのうち会えるのか……」
「残念だがそれは無理だ。声を聞くことはできるが、姿を視認する方法はない」
「それとこっちから、シュウに話しかけることも無理だぜ」
隣のテーブルで酒を煽っていたゴブリンが補足をする。
「ありがとう、大体わかった」
拓斗なりにこの世界の攻略方法を導き出す。
「一方的に見られている環境、まさにゲームと同じだな」
マジックミラーのような世界といえば想像しやすいだろう。
「こっちからシュウに話しかけられないのは、プログラム外の行動だからだ」
「理解が早いじゃねえか。つまりお前の目的を達成するのは不可能ってわけだ」
魔王は『元気のみなもと爆裂肉』にかぶりつく。
「確かに会うのは難しい。でも会話ならできるはずだ」
「さっきの発言と矛盾してるぞ?」
「いや、俺は神様の力によって蘇った」
自分はこの世界のルールが唯一適用されない存在──それが拓斗の主張だった。
今度は魔王が質問をする番だった。
「神様? つーかお前何者だ」
「俺は拓斗。シュウと一緒にこのゲームを作ってた」
「おーそういや声が似てる気がするな」
魔王は見た目とは裏腹にずいぶんとフランクな性格らしい。
「ちょっと待て。さっき蘇ったって言ったよな。つまりお前は──」
「ああ、俺は死んだ」
「へぇ、そうなのか」
「……それだけか?」
「ん? だって死ぬのなんて普通だろ。俺様はもう何百回と死んでるぞ」
拓斗はめまいを覚えた。
魔王は強さのバランスを検証するため、幾度となく死を経験している。
人間とゲームの登場人物の死が同義でないことを一生懸命教えたが、知能のステータスが低く設定してある魔王にはうまく伝わらなかった。
「知能の値を少し上げるか……? いやそうすると魔法が効きにくくなる」
ゲーム制作者としての悩みは尽きない。
「シュウはいつ頃に作業を始めるかわかるか?」
「前は四六時中起動してたが、今は一日に数分だ」
「数分!?」
シュウがゲーム制作を中断していると知った拓斗は、気が気でなかった。
「ちょうど拓斗が死んだ時期と重なるから、相当ショックだったんだろうなあ」
魔王は他人事のようにゲラゲラと笑いながら、肉のおかわりを注文する。
「なあ拓斗。お前のこと手伝ってやるから酒を追加してくれよ。制作者なら簡単にできるんだろ?」
居ても立っても居られなくなった拓斗は、酒場を出て一心不乱に駆け出した。
ただひたすら南東に向かう。
製品版なら魔物とエンカウントしているが、作りかけの世界ならその心配もない。
はじまりの町シイルの南東、そこには氷の神殿が広がっている──はずだった。
拓斗は息をのむ。
氷の神殿とは到底呼べない張りぼてが放置されている状況。周りのオブジェクトも全てが中途半端で、二割も完成していない。
その後も各地を訪れてみたが、町をはじめとしたほとんどが拓斗の死んだ時から進展がないのが明らかになった。
「嘘だろ……」
拓斗は膝から崩れ落ちる。
全国学生ゲームコンペティションまでにゲームを完成させるのは不可能だった。
はじまりの草原に戻った拓斗は、大の字になって空を見上げる。
気づけば夜が訪れ、空には満点の星空が輝いている。
「綺麗だな」
夜になると空は星で覆いつくされるというのはシュウのアイディアだ。この星空も二人で協力して作り上げた傑作と言える。
世界に時間という概念を設定しているだけで、現実世界とリンクしているわけではない。
シュウが来た時、独特な音がすると魔王から情報を得ていた。
おそらくそれは使用しているゲーム制作ソフトの起動音。この世界に来てから拓斗は一度もそれを聞いていない。
ゲームの制作が中断していることよりも、気がかりなのはシュウの精神状態だ。
「なにやってんだよ……!」
やり場のない怒りと不安を空に向かって吐き出す。
スマホを取り出してシュウにメッセージを送るが、圏外で送信不可の通知が届く。
「くそっ──!」
拓斗はスマホを投げ捨て、そのままふて寝をしようと目をつむる。
しばらくそうしていたが、おもむろに立ち上がると草原に転がったスマホを拾い上げてポケットにしまう。
「こんな場所にスマホが落ちてたら、ゲームをプレイした人のノイズになるからな」
ゲームクリエイターとしての拓斗はまだ死んではいなかった。
朝を迎え、再びシイルを訪れると昨日と変わらない光景が広がっていた。
NPCにとって今は休日のようなもの。敵味方関係なく戯れる光景に慣れるのには、まだ時間が必要だ。
町を散策していると上機嫌な魔王が鼻歌をうたいながらやってきた。
「よお拓斗!」
「ずいぶんと上機嫌だな」
「カジノで買ったんだ。お前も行くか?」
「遠慮しとくよ」
制作者であるがゆえに効率の良い稼ぎ方を知っているので面白みがない。
魔王はコインと交換した金の篭手を大事そうに抱えている。
試しに持たせてもらうと、重さを設定しているわけではないので綿毛のように軽かった。
「なあ、教えてくれ。何でそんなに頑張れるんだ?」
「シュウと一緒にゲームを完成させたい。それだけだ」
「お前は──」
突如世界に鳴り響いた重厚な音によって、魔王の声はかき消された。
戸惑う拓斗。しかしそれは一瞬のことで、すぐにこの音がゲーム制作ソフトの起動音であることに気づく。
NPCたちは慌てた様子で所定の位置に戻り、それぞれの役割を演じ始める。
魔王も雄々しい翼で空に飛び立ち、魔王城の方角に消えていった。
三歩進んだら方向転換して再び三歩進む。一定の距離を保って犬を追いかけるなど、プログラム通りの動きを始めるNPCたち。
そんな中で、拓斗だけは予想通り自由に動くことができた。
この世界の向こうにいるシュウの姿を想像して空を見上げる。
思い切り息を吸い込むと、大声で叫んだ。
「おーーーーーーーーい!!!!!」
NPCたちは己の仕事を全うしつつ、突飛な行動を始めた拓斗を横目で観察する。
「聞こえるかシュウ、拓斗だ! ちょっと話がある!!」
返事はない。
でも空の果てから確かな動揺を感じた。
ひたすらに呼びかけること数分、その時は唐突にやってきた。
「…………拓斗?」
名前を呼ばれた瞬間、手足の先が痺れた。
自らを奮い立たせるように、思い切り空に叫んだ。
「そんなに声を張り上げなくても聞こえてるよ」
「そうか。久しぶりだな、シュウ」
「うん。とりあえず背中を向けてるのはどうして?」
シュウの声は世界全体に響いている。そこでようやくシュウがモニター越しに眺めているであろう方向を知ることができた。
反対を向いてから改めて空を見上げる。景色としては昨日と何も変わらないが、その先にシュウがいると確信できるのは大きな違いだ。
拓斗は自分の身に起こったことを包み隠さず話した。
普通の友人なら相手にしてくれないような絵空事も、シュウなら真剣に聞いてくれると思ったからだ。
「色々言いたいことはあるけど……また一緒にゲーム作ろうぜ!」
その言葉で締めて返事を待つ。
何よりも熱中していたゲーム制作。沈みきった気持ちを再浮上させるには、それが一番効果的だと拓斗は確信していた。
しかし、
「……ごめん」
それきり、音が途切れた。
カットがかかったように、NPCたちが役から離れる。
「おい、シュウ!」
その声は虚しく空に吸い込まれた。
茫然自失のままシイルの町を離れ、どこかも分からないまま岩場の陰に腰を下ろす。
何がいけなかったのかを考えても答えは出ない。
それがもどかしくて拳を握ると、爪が深く食い込んだ。
「残念だったなあ」
いつの間にか魔王が隣にいたので、拓斗の心臓が跳ねる。
「な、なんで!?」
驚くのも無理はない。拓斗の背後には大きな岩があって、突然現れるのは不可能な状況だ。
「この岩、すり抜けられる」
折りたたまれた魔王の翼が岩を貫通している。
「本当だ。当たり判定の設定し忘れてる……」
失意の状況でも無意識にスマホでメモをする辺りは、根っからの制作者である。
「それでさっきの続きなんだけど」
「ああ、頑張れる理由だっけ? 言った通りだ。シュウと一緒に──」
「でもおかしいだろ」
魔王は起動音によってかき消された、その先の言葉を口にする。
「お前はシュウに殺されたんだぞ?」
幼いころに両親と遊んだボードゲーム、初めて自分のお小遣いで買ったアクションゲーム、親友のシュウと自作した同人ゲーム。
ああ、完成させたかったな……。
願望と後悔が入り混じる中で、視界が徐々に暗転していく。
音が消え、色が消え、やがて意識が途絶えた。
闇の中をさまよい続けた拓斗は、真っ白な世界で目覚めた。
眩惑に目を細めながら、困惑する頭でここがどこかを考える。
陽だまりのように暖かく、初めてなのにどこか安心する場所。
頬をつねる古典的な方法を試すと痛みを感じた。これは夢ではない。
「生きてるのか……?」
自分を落ち着かせるために声を出した。
「死んでるよ」
しかしその幻想は背後から響いた声によって否定された。
振り返るとそこには一人の女性がいた。
光沢を放つシルクの布を身にまとい、金色のウェーブがかった髪の毛を背中まで伸ばしている。
人間からは感じたことのないオーラに、極めつけは頭上の輪っか。
「天使……?」
「違う、神様。あんたは二週間前に死んだ。それでようやく順番が回ってきて天界にやってきたわけ」
神様は拓斗の欲していた情報を見向きもせずに言った。その視線は眼前のモニターに向けられている。
自分の置かれている状況よりも驚かされたのは、神様がいる一画だった。
渦高く積まれた古今東西のゲームソフト。最新機種まで網羅されているゲーム機の数々。そしてそれらを一心不乱にプレイする神様。
「なんだよ、これ! ガードできねえじゃん!」
神様は高校生の拓斗の母親と同年代に見える。そんな人が感情をむき出しにしてゲームをプレイする姿は、他の何よりも新鮮に映った。
ゲームオーバーになった神様は、怒りに任せてコントローラーを投げ捨てようとするが我慢する。
「ふぅー深呼吸。アンガーマネジメント、アンガーマネジメント」
神様が電源を切ろうとした瞬間、拓斗が待ったをかけた。
「惜しかったのに、諦めるんですか?」
「はぁ? だってこいつチートじゃん」
神様は棍棒を持った鬼のボスを指さして愚痴る。
「さっきの薙ぎ払いはパリィで対応できます。それ以外の動きは完璧だったので、もう一回やってみましょう」
励ましによってやる気を取り戻した神様は、再びコントローラーを握った。
ボスのHPが半分を切ったとき、咆哮と共に薙ぎ払いが繰り出された。完璧なタイミングで押されたボタンによってボスに隙が生まれる。
「うまい! 完璧です!」
「っしゃあ! ここで三連撃を叩きこむ!」
ボスの巨躯が地に沈むと、二人は自然とハイタッチをかわした。
神様は自分の立場を思い出したのか、コホンと咳払いをして表情を作り直す。
「拓斗、もう分かってると思うけどあんたは死んだ。そしてここは天界の入口」
薄々理解はしていたが、いざ言葉に出されると複雑だった。
「安心して。前科もないようだから、天国に行けるわ」
神様が指を鳴らすと、雲の上へと続く階段が現れる。
「……あの、神様」
神様は横目でセーブをしながら「うん?」と軽く返事をする。
「俺にはまだやることがあります。蘇らせてください」
無理を承知で拓斗は頭を下げた。
「ごめん、ルールで決まってるから」
この手の頼みは慣れているのか、神様は眉一つ動かさない。
「そこをなんとかお願いします!」
「ダメなものはダメ。これ以上逆らうと地獄行きよ」
冷酷に告げられるが、拓斗は折れなかった。
「……あんたの未練はなに」
「え!?」
「勘違いしないで、話を聞くだけだから。あんたにはゲームで助けてもらったしね」
頭を上げた拓斗は、ありのままの気持ちをぶつける。
「全国学生ゲームコンペティションに出たいんです」
ゲームという単語に神様のこめかみが反応した。
「お願いします。優勝する自信があります!」
「どんなゲームを作ってるの?」
「異世界転生した主人公が、勇者の旅に同行してスクープ写真を撮ってお金を稼ぐ──」
「もしかして……『勇者専属カメラマン』?」
「知ってるんですか!?」
「体験版をプレイしたもの! ステルスと写真撮影の要素マッチして面白かったわ!」
友人ですらプレイしてくれなかった体験版を、崇高な存在の神様がプレイしていたのだから驚きを隠せない。
「将来有望なゲームクリエイターが……残念だったわね」
「お願いします。シュウと二人でコンテストに優勝したいんです!」
高校三年生の拓斗にとって、今年がラストイヤーとなる大会。その思いは誰よりも強い。
「応援はしたい。でも死んだ人間を現世に蘇らせることは、世の理に反するの」
強い意志を持つ拓斗と同じ目をしていた神様。
自分が現世に蘇るという世界線が存在しないことを確信した拓斗は、消え入りそうな声で礼を言ってから天国へ続く階段を上り始めた。
いっそ地獄に落としてくれと言わんばかりに悲壮感が漂う背中を見た神様は、顔を歪めて頭をかいた。
「あーもう! 待ちなさい。一つだけ方法があるわ」
拓斗は階段を転げ落ちながら、神様のもとに戻る。
「ほ、本当ですか!?」
「ただし、条件がある」
神様から条件を聞かされた拓斗は悩んだ。
しかしそれは一瞬のことで、親友と一緒にゲームの続きを作成する道を選んだ。
「蘇るからには最高のゲームを作りなさい。面白くなかったら地獄に落としてやるから」
「はい!」
拓斗は決意を胸に、拳を強く握った。
神様が手をかざすと、眩い閃光が辺りを包む。
次の瞬間には拓斗の姿は消えていて、神様とゲームだけの空間に戻っていた。
「何やってるのかしらね、私は」
神という任を忘れ、あの瞬間だけ一人のゲーマーに戻ってしまったことへの反省。
しかしそれも一瞬のことで、コントローラーを握ってゲームを再開した。
目を覚ましたのはそよ風が吹く草原だった。
草木のにおいは一切ない。あるのは誘導するかのように等間隔で並べられた木だけ。
それが自分の置かれている状況を確信する決め手となった。
「まさか、本当に……」
はやる気持ちを抑えつつ歩を進めると、おあつらえ向きな村が現れる。
『冒険者の町、シイル』
一歩足を踏み入れた瞬間、視界の上部に文字が現れて消えた。
「ここは──俺たちが作った『勇者専属カメラマン』の世界だ」
『死んだ人間を現世に蘇らせることは、世の理に反する』
ここは"ゲームの世界であって、現世ではない"。
神様の機転に感謝して、まずは酒場を目指した。
RPGの情報収集は酒場が基本だ。
時間をかけて作っただけあって、建物は現実世界と比べて遜色ない。
酒場からは賑やかな声が漏れ聞こえていた。
わくわくしながら扉を開けた瞬間、それまでの喧噪が嘘のように静まり返った。
アンダーグラウンドに迷い込んだ一人の青年。歓迎されていないのは明白だった。
「こ、こんにちはー……」
震える声で挨拶をするも誰も返してくれない。
カールした口ひげが特徴的なマスターから、目線でカウンター席に座るよう促された。
デザインしたキャラクターが動いている感動を噛みしめながら、指定された席につく。
「注文は?」
「オレンジジュースを」
「なんだい、それは?」
「あー『すこやかジュース、さわやかな風を乗せて』」
マスターはドリンクの準備にとりかかる。
この世界にはオレンジジュースなんてメニューは存在しない。
「シュウのやつ、変な名前付けやがって……」
センスを嘆きつつ運ばれてきたドリンクを口に含むが、それは色付きの水だった。
味の設定をしていないので当然だ。その代わりHP回復効果があるので、少しだけ元気になった。
チビチビとドリンクをすすりながら、これからについて考える。
もっぱらの課題はシュウと出会う方法だ。
拓斗はゲームの中に転生したが、シュウは現実世界に生きている。スマホが機能すれば万事解決だが圏外なので使えない。
長方形の板と化したスマホを弄びながら考えてみたが、妙案は浮かばなかった。
誰かに話を聞こうにも、完全なアウェーでは動きにくい。客の中にはモンスターもいるので、トラブルに発展した場合には死を覚悟する必要もある。
手詰まりを感じていると、酒場に一匹の魔物がやってきた。
ひときわ手の込んだグラフィックはNPCのそれとは違う。
「魔王!」
気づいた時には、拓斗は叫んでいた。
ドラゴンと人間を掛け合わせた見た目の魔王が、射殺すような視線を向けてくる。
「なんだお前、見たことない顔だな」
胴体を真っ二つにするくらい造作もない爪を見て、拓斗は恐ろしいビジュアルにしたことを後悔した。
受け答えを間違えれば即、ゲームオーバーだ。
「俺は……このゲームの創造主だ」
「はぁ?」
酒場の客と顔を見合わせた魔王は、一瞬の間を挟んでから大笑いする。
「また変なキャラ作りやがって。このセンスはシュウの奴だな」
「シュウを知ってるのか!?」
拓斗は興奮を抑えられず前のめりになる。
「知ってるも何も、このゲームの制作者だからな」
「俺だって──どこに行けば会えるか教えてくれ!」
「今はいない」
この世界のルールを知る必要があると判断した拓斗は、魔王の隣に移動して根掘り葉掘り尋ねるのだった。
「NPCやモンスターが自由に動けるのは、ゲームが起動されていない間だけなんだな」
「その通りだ」
魔王はドリンクを豪快に煽り、ゴブリンはカードに興じている。
誰一人、決められた役割を演じていなかった。
「シュウには待ってればそのうち会えるのか……」
「残念だがそれは無理だ。声を聞くことはできるが、姿を視認する方法はない」
「それとこっちから、シュウに話しかけることも無理だぜ」
隣のテーブルで酒を煽っていたゴブリンが補足をする。
「ありがとう、大体わかった」
拓斗なりにこの世界の攻略方法を導き出す。
「一方的に見られている環境、まさにゲームと同じだな」
マジックミラーのような世界といえば想像しやすいだろう。
「こっちからシュウに話しかけられないのは、プログラム外の行動だからだ」
「理解が早いじゃねえか。つまりお前の目的を達成するのは不可能ってわけだ」
魔王は『元気のみなもと爆裂肉』にかぶりつく。
「確かに会うのは難しい。でも会話ならできるはずだ」
「さっきの発言と矛盾してるぞ?」
「いや、俺は神様の力によって蘇った」
自分はこの世界のルールが唯一適用されない存在──それが拓斗の主張だった。
今度は魔王が質問をする番だった。
「神様? つーかお前何者だ」
「俺は拓斗。シュウと一緒にこのゲームを作ってた」
「おーそういや声が似てる気がするな」
魔王は見た目とは裏腹にずいぶんとフランクな性格らしい。
「ちょっと待て。さっき蘇ったって言ったよな。つまりお前は──」
「ああ、俺は死んだ」
「へぇ、そうなのか」
「……それだけか?」
「ん? だって死ぬのなんて普通だろ。俺様はもう何百回と死んでるぞ」
拓斗はめまいを覚えた。
魔王は強さのバランスを検証するため、幾度となく死を経験している。
人間とゲームの登場人物の死が同義でないことを一生懸命教えたが、知能のステータスが低く設定してある魔王にはうまく伝わらなかった。
「知能の値を少し上げるか……? いやそうすると魔法が効きにくくなる」
ゲーム制作者としての悩みは尽きない。
「シュウはいつ頃に作業を始めるかわかるか?」
「前は四六時中起動してたが、今は一日に数分だ」
「数分!?」
シュウがゲーム制作を中断していると知った拓斗は、気が気でなかった。
「ちょうど拓斗が死んだ時期と重なるから、相当ショックだったんだろうなあ」
魔王は他人事のようにゲラゲラと笑いながら、肉のおかわりを注文する。
「なあ拓斗。お前のこと手伝ってやるから酒を追加してくれよ。制作者なら簡単にできるんだろ?」
居ても立っても居られなくなった拓斗は、酒場を出て一心不乱に駆け出した。
ただひたすら南東に向かう。
製品版なら魔物とエンカウントしているが、作りかけの世界ならその心配もない。
はじまりの町シイルの南東、そこには氷の神殿が広がっている──はずだった。
拓斗は息をのむ。
氷の神殿とは到底呼べない張りぼてが放置されている状況。周りのオブジェクトも全てが中途半端で、二割も完成していない。
その後も各地を訪れてみたが、町をはじめとしたほとんどが拓斗の死んだ時から進展がないのが明らかになった。
「嘘だろ……」
拓斗は膝から崩れ落ちる。
全国学生ゲームコンペティションまでにゲームを完成させるのは不可能だった。
はじまりの草原に戻った拓斗は、大の字になって空を見上げる。
気づけば夜が訪れ、空には満点の星空が輝いている。
「綺麗だな」
夜になると空は星で覆いつくされるというのはシュウのアイディアだ。この星空も二人で協力して作り上げた傑作と言える。
世界に時間という概念を設定しているだけで、現実世界とリンクしているわけではない。
シュウが来た時、独特な音がすると魔王から情報を得ていた。
おそらくそれは使用しているゲーム制作ソフトの起動音。この世界に来てから拓斗は一度もそれを聞いていない。
ゲームの制作が中断していることよりも、気がかりなのはシュウの精神状態だ。
「なにやってんだよ……!」
やり場のない怒りと不安を空に向かって吐き出す。
スマホを取り出してシュウにメッセージを送るが、圏外で送信不可の通知が届く。
「くそっ──!」
拓斗はスマホを投げ捨て、そのままふて寝をしようと目をつむる。
しばらくそうしていたが、おもむろに立ち上がると草原に転がったスマホを拾い上げてポケットにしまう。
「こんな場所にスマホが落ちてたら、ゲームをプレイした人のノイズになるからな」
ゲームクリエイターとしての拓斗はまだ死んではいなかった。
朝を迎え、再びシイルを訪れると昨日と変わらない光景が広がっていた。
NPCにとって今は休日のようなもの。敵味方関係なく戯れる光景に慣れるのには、まだ時間が必要だ。
町を散策していると上機嫌な魔王が鼻歌をうたいながらやってきた。
「よお拓斗!」
「ずいぶんと上機嫌だな」
「カジノで買ったんだ。お前も行くか?」
「遠慮しとくよ」
制作者であるがゆえに効率の良い稼ぎ方を知っているので面白みがない。
魔王はコインと交換した金の篭手を大事そうに抱えている。
試しに持たせてもらうと、重さを設定しているわけではないので綿毛のように軽かった。
「なあ、教えてくれ。何でそんなに頑張れるんだ?」
「シュウと一緒にゲームを完成させたい。それだけだ」
「お前は──」
突如世界に鳴り響いた重厚な音によって、魔王の声はかき消された。
戸惑う拓斗。しかしそれは一瞬のことで、すぐにこの音がゲーム制作ソフトの起動音であることに気づく。
NPCたちは慌てた様子で所定の位置に戻り、それぞれの役割を演じ始める。
魔王も雄々しい翼で空に飛び立ち、魔王城の方角に消えていった。
三歩進んだら方向転換して再び三歩進む。一定の距離を保って犬を追いかけるなど、プログラム通りの動きを始めるNPCたち。
そんな中で、拓斗だけは予想通り自由に動くことができた。
この世界の向こうにいるシュウの姿を想像して空を見上げる。
思い切り息を吸い込むと、大声で叫んだ。
「おーーーーーーーーい!!!!!」
NPCたちは己の仕事を全うしつつ、突飛な行動を始めた拓斗を横目で観察する。
「聞こえるかシュウ、拓斗だ! ちょっと話がある!!」
返事はない。
でも空の果てから確かな動揺を感じた。
ひたすらに呼びかけること数分、その時は唐突にやってきた。
「…………拓斗?」
名前を呼ばれた瞬間、手足の先が痺れた。
自らを奮い立たせるように、思い切り空に叫んだ。
「そんなに声を張り上げなくても聞こえてるよ」
「そうか。久しぶりだな、シュウ」
「うん。とりあえず背中を向けてるのはどうして?」
シュウの声は世界全体に響いている。そこでようやくシュウがモニター越しに眺めているであろう方向を知ることができた。
反対を向いてから改めて空を見上げる。景色としては昨日と何も変わらないが、その先にシュウがいると確信できるのは大きな違いだ。
拓斗は自分の身に起こったことを包み隠さず話した。
普通の友人なら相手にしてくれないような絵空事も、シュウなら真剣に聞いてくれると思ったからだ。
「色々言いたいことはあるけど……また一緒にゲーム作ろうぜ!」
その言葉で締めて返事を待つ。
何よりも熱中していたゲーム制作。沈みきった気持ちを再浮上させるには、それが一番効果的だと拓斗は確信していた。
しかし、
「……ごめん」
それきり、音が途切れた。
カットがかかったように、NPCたちが役から離れる。
「おい、シュウ!」
その声は虚しく空に吸い込まれた。
茫然自失のままシイルの町を離れ、どこかも分からないまま岩場の陰に腰を下ろす。
何がいけなかったのかを考えても答えは出ない。
それがもどかしくて拳を握ると、爪が深く食い込んだ。
「残念だったなあ」
いつの間にか魔王が隣にいたので、拓斗の心臓が跳ねる。
「な、なんで!?」
驚くのも無理はない。拓斗の背後には大きな岩があって、突然現れるのは不可能な状況だ。
「この岩、すり抜けられる」
折りたたまれた魔王の翼が岩を貫通している。
「本当だ。当たり判定の設定し忘れてる……」
失意の状況でも無意識にスマホでメモをする辺りは、根っからの制作者である。
「それでさっきの続きなんだけど」
「ああ、頑張れる理由だっけ? 言った通りだ。シュウと一緒に──」
「でもおかしいだろ」
魔王は起動音によってかき消された、その先の言葉を口にする。
「お前はシュウに殺されたんだぞ?」
