無自覚たらしは、自称S先輩を暴きたい

第六話

六月も中旬に差し掛かった外の天気は、じっとりと湿気を含んでいた。
朝から降り続く雨のせいで、空気は重たく、肌にまとわりつくように蒸し暑い。

朝に軽くセットしたはずの髪も、家を出て十分もしないうちにうねり始めていて、鏡を見るまでもなく『今日はダメな日だ』と分かる。

__一見すれば、誰もが憂鬱になる、ただの雨の日。
けれど、僕の心の中だけは、どうしようもないくらい、爽快に晴れ渡っていた。

「やあやあ、おはよう諸君!」

そんなテンションで教室の扉を開けた瞬間、数人のクラスメイトがこちらを見て目を瞬かせた。
スキップでもしそうな勢いで教室に入ってきた僕に、一気に視線が集まる。

「おはよ〜、ひなひな!」
「……おはよう。って、テンション高くない?」

湿気で気怠い空気が漂う教室の中で、このテンション。1人だけ浮いている自覚はある。
でも、今日は仕方がない。

だって……

「おはよう!!奏!!」

すでに自分の席に座ってスマホをいじっていた奏に声をかけると、彼は一瞬だけ目を見開いてから、
「……おはよう」
と、若干引き気味に返してきた。

「なんか……浮かれてる?」

ご名答。
僕はフフン、と得意げに鼻を鳴らす。

「なんと!昨日、接触禁止令が撤廃されました〜!」

自分で言って、自分で拍手。
小さくパチパチと鳴らしながら、満面の笑みを浮かべる。


少し目を瞑れば、昨日の夜のことが、脳裏にありありと蘇る。

__心菜ちゃんと如月先輩とカフェで別れたあと、家に帰ってから届いた、あのメッセージ。

『これ、今日のカフェ代』
『色々迷惑かけてごめん』
『接触禁止とか言ったの、もう良いから』

「……ふふふふ」

思い出し笑いが漏れてしまう。

「うわ、怖……」

奏が若干距離を取るけれど、そんなこと気にしていられない。だって、これで浮かれないでどうするというのだ。

「とりあえず、おめでとう……? なんだかんだ長かったな。二ヶ月くらい?」
「確かに二ヶ月も経ってる!?長かったな〜〜……」

しみじみと頷きながら、ここ数日の出来事を思い返す。

バイト先のカフェで仲良く出会った心菜ちゃんがたまたま如月先輩の知り合いで、心菜ちゃんと如月先輩が喧嘩して、心菜ちゃんがプチ家出をして……。

あまりにも怒涛だった。
思い返すのも話すのも大変なくらい。

「ということで、今日からまた、俺ちょくちょく2年フロア行ってくるから!」

僕は勢いよく奏の方を向く。

「今日からまた、僕、ちょくちょく2年フロア行ってくるから!」

親指を立てながら宣言すると、奏はスマホをいじりながら、あっさりと答える。

「まぁ、これから体育祭始まるし、2年フロア行く用事も増えるよね」
「……え? 体育祭?」
「約1ヶ月後、体育祭。意外とお前、学校行事頭に入ってないよな。この流れもデジャヴだし……」

頭の中で記憶を掘り返してみると、確かに担任もそんなことを言っていたような…?

「え?来月って真夏じゃない?正気?」
「流石に屋内だわ。うちの体育館、広めだし空調整ってるから」
「なるほどね〜!」

なるべく明るい声で返す。
けれど、ほんの少しだけ気分は沈んでいた。

体育祭。

体育祭、か……。

言葉にしただけで、嫌な記憶が引きずり出されそうになる。それを振り払うように、僕は小さく首を振った。
奏は僕の様子に一瞬だけ不思議そうな顔をしたけれど、深くは追及してこない。

「そういえば、次のカフェの新作がさ……!」

僕が違う話題を出すと、あっさりその話に乗ってくれる。その察しの良い優しさに、僕は救われる。
しばらく他愛のない話をしていると、朝の予鈴が鳴った。

今日は放課後にバイトがあるので、夜まで忙しい1日になりそうだ。

でも、きっと、悪くない一日になる。

そう自分に言い聞かせながら、僕は教壇で話す担任の話に耳を傾けていた。

__________

バイトを終えて、制服の上に羽織っていたパーカーのフードを軽く整えながら、いつもの商店街を歩く。
雨はすっかり上がっていて、濡れたアスファルトが街灯の光を反射していた。

(今日は、ちょっと蒸し暑いな……)

そんなことを考えながら歩いていると、聞き慣れた声が飛んできた。

「ひなひな!!」

顔を上げると、そこには……

「バイトお疲れ様〜!偉いからお菓子あげるね!!」

満面の笑みでこちらに駆け寄ってくる心菜ちゃんがいた。その少し後ろに心春ちゃんと手を繋いだ如月先輩の姿もある。

「ひなひな!!バイトお疲れ様〜!偉いからお菓子あげるね!!」
「ありがとう!!……これ、何のお菓子?」

受け取った小袋を眺めながら聞くと、心菜ちゃんが得意げに説明してくれる。

「この抹茶のお菓子ね!お兄が好きなんだって!ね!!お兄!!」
「……安い割に、安っぽい味しなくて美味い」

無邪気に振られた如月先輩は、一瞬だけ視線を逸らしたが、そう答えた。

(……あ)

そのやり取りを見て、胸がじんわり温かくなる。

あのカフェでの一件以来、兄妹はちゃんと『お互いの好きなもの』を話すようになったんだ。
以前なら、きっとこんな会話はなかったのだろう。

微笑ましいな、と思いながらその光景を眺めていると、それまで静かにお菓子をもぐもぐしていた心春ちゃんが、ぽつりと口を開く。

「ひなひなは?」

心春ちゃんの突然の問いに、一瞬、周辺の時間が止まったような錯覚を覚えた。

「…………ん?」

心春ちゃんの突然の問いに、僕はもちろん、如月先輩も、心菜ちゃんも見事に固まる。

「お兄ちゃん、ひなひなのこと好き?」
「いや好きっつーか……」
「じゃあ嫌い?」
「嫌いって訳でも…」
「じゃあ好き?」

心春ちゃん大胆…!

完全に翻弄されている先輩があまりにも新鮮で思わず助け舟を出さずに眺めてしまう。

普段学校では見せない、困ったような焦った表情。今まで見た事がない表情に胸が高鳴った。

心菜ちゃんは、心春ちゃんに翻弄されている如月先輩を面白がっているようで、ニヤニヤしやがら2人の様子を眺めている。

「待って、お兄、耳真っ赤なんだけど!!」
「タコみたい〜〜!!」

果たして先輩はどう答えるのか、心春ちゃんと心菜ちゃんの様子を見つつ待っていると、2人がキャッキャと声を上げた。

(……え?赤い耳?)

先輩の真っ赤な耳を見たのは、初めて会った日と、その次の日だけ。
その2回とも顔は見る事ができなかった。
でも、今やっと、正面から表情を見る事ができる…!?

僕は、ゆっくりと顔を上げる。

(わ……、顔真っ赤)

先輩の顔は、街灯に照らされているだけの薄暗い夜道でもハッキリと分かるほど、真っ赤になっていた。元々肌が白いからだろうか。鮮やかな赤に染まった顔。
そして、何より恥ずかしそうに顔を伏せている表情に、僕は心臓を撃ち抜かれたかのような衝撃を受けた。

(か、可愛い……!!)

同性相手にこんなに混じりっ気なく『可愛い』という感情を覚えたのは初めてだった。普段の学校での先輩とのギャップも相まって、とっても可愛い……!!

そして、そんな表情を見ていると、胸の奥に、むくむくと『よくない感情』が芽生える。
言ったら怒られるかな。いやでも、ちょっと、反応を見てみたい。

僕は、頭に浮かんだ文言を口に出してみる。

「えー、先輩って、僕のこと好きなんですか?」

どうせニヤケてしまっているであろう顔をあえて隠さずにいうと、先輩が勢いよくこちらを向いた。
キッと睨まれているけれど、真っ赤な顔なので、その鋭い目つきすら可愛く感じてしまう。

先輩にも、僕が何を思っているのかがうっすら伝わっているのだろう。先輩は悔しそうに顔を歪めると、

「うるせぇ、すけこまし」

そう吐き捨てた。

(す、すけこまし……!)

久しぶりに聞いたその言葉に、思わず懐かしさすら覚えてしまう。
接触禁止令の前、よく言われていたやつだ。

「え、すけこまし?ひなひな、学校じゃそういう感じなの!?」
「違う違う!!それは誤解!!もー!先輩!!」

心菜ちゃんに変な誤解をされそうになって慌てて否定すると、如月先輩は「ざまーみろだ」と小さく笑った。

顔の赤みは、一瞬で引いてきている。

「ほら、明日も学校なんだからそろそろ帰るぞ」

そう言って歩き出す如月先輩の後を、
渋々といった様子で心菜ちゃんと心春ちゃんがついていく。

「ひなひな、またねー!」

元気に挨拶をしながら手を振ってくれる心菜ちゃんと、控えめに手を振ってくれる心春ちゃん。
2人に手を振り返しながら、ふと思い出す。

そういえば、初めて先輩と外で会った時も、こんな光景を見た。
あの時は、先輩に手を振ったら無視されちゃったんだっけ。

そんなことを考えながら、なんとなく、まだこちらを向いている如月先輩に向かって、そっと手を振ってみた。

すると、先輩の片手が、軽く上がる。

(……え)

振り返した、というほど大げさじゃない。
でも確かに、目を合わせたまま、片手を上げてくれた。

(……振り返してくれた……!?)

全身がじわっと熱くなる。

ただ片手を上げてくれただけなのに。
ただそれだけで、こんなにも嬉しい。

僕は、3人が見えなくなるまで全力で手を振り続け、幸福感で、どうしようもなく緩んだ頬を手で抑えながら帰路に着いたのだった。

__________

昼休みの終わりが近づき、教室の空気が少しずつ落ち着いていく。ざわつきの中で、僕は机に頬杖をついたまま、隣の席の奏を見つめていた。

……どう言い出したものか。

胸の奥に溜まっているモヤモヤは、はっきりとした形を持っているのに、言葉にしようとすると逃げていく。でも、このまま放っておくのも、なんだか気持ちが悪かった。

「奏」

名前を呼ぶと、奏はスマホから目を離さずに「んー?」と気の抜けた返事をした。

「僕……性格が悪くなっちゃったかもしれない」

自分で言っておいて、少し可笑しい。でも、真面目なトーンでそう言うと、奏は一拍置いてから、スマホを机に置き、こちらを見た。

「お前に限って、そんなこと起こらないと思うけど。一応、どうして?」
「これは、あくまで……たった一人の人に対して考えてしまってるだけで」
「うん」
「奏はもちろん、他のみんなに対して思ってるわけじゃないってことを、ちゃんと念頭に置いて聞いてほしいんだけど……」
「おん」

奏は急かすこともなく、ただ続きを話すのを待ってくれる。そのペースがとても話しやすい。僕は言葉を選びながら続けた。

「奏はさ……とある人の、笑顔だけじゃない、色んな表情を見てみたいって思ったこと、ある?」
「色んな表情?」
「んー……照れ顔とか、困った顔とか、怒った顔とか」

自分で口にしていて、だんだん雲行きが怪しくなっていくのを感じる。

「相手のこと、怒らせたり、困らせたりしたいの?」
「いや!決してそういうわけでは……!」

即座に否定する。悪意があるわけじゃない。
少なくとも、自分ではそう思っている。
奏は少し考える素振りを見せてから、口を開いた。

「あー……それは性格が悪いっていうか……」
「いうか……?」

一瞬、間が空く。

「ただの変態じゃね?」
「より悪くない!?」

大きな声が出た。

「変態ひなひなは、その人のこと泣かせたいんだろ?」
「人聞きが悪すぎるって!」
「泣き顔とか、そういうのだけじゃなくて……照れた顔とか、嬉しそうな顔とかも見たいよ!」

必死にフォローするけれど、奏は涼しい顔だ。

「じゃあ、泣き顔見たいことは否定しないのかよ」
「……正直、見てみたさがないとは言えない」

自分で言って、内心で頭を抱える。
ああ、やっぱり僕、おかしいのかもしれない。
そんな僕の姿を見て、奏は鼻で笑った。

「そういうお前の正直なとこ、俺は嫌いじゃないよ」
「……ありがとう?」

お礼を言うべき場面かは分からないが、とりあえず感謝の言葉を伝えておいた。

「つまるところ、アレだな」
「アレ?」
「キューアグ起こしてるんじゃねーの?」
「キューアグ?」

聞き慣れない言葉に首を傾げる。

「キュートアグレッション。平たく言うと、可愛すぎて逆にいじめたい!ってやつ」

なるほど、と心の中で繰り返す。
キュートアグレッション。
確かに、如月先輩は可愛い。

息をするみたいに周りに悪態をついて、その直後に、ちょっとだけバツが悪そうな顔をするところとか。自分で言ったことを引っ込められなくなって、黙り込むところとか。

「……あれ?でも結局それって、僕の性格が悪いってことには変わりなくない?」
「うん」
「え?」

「お前は『すけこましひなひな』から、『性悪変態ひなひな』にアップデートしたわけだ。おめでとう」

「全然めでたくないよ!!」

思わず立ち上がりそうになる勢いで叫んだ、その瞬間。

ガラッ。

教室のドアが開き、先生が入ってくる。
着席の合図と同時に、僕の絶叫は空気に溶けて消えた。
奏は何事もなかったかのようにロッカーに向かい、最初の授業の準備を始める。

(……コイツ…………)

対する僕は、納得いかない気持ちのまま、ロッカーから教科書を取り出そうとする奏の後頭部の髪を、軽く掴んだ。

「今から、このホワイトブロンドを引きちぎりまーす」
「洒落にならんわ、やめろ」
「さんさーん、にいにーい、いちいーち」
「シャンパンコールの数え方もやめろ」

そんな小競り合いをしながらも、胸の奥では、さっきの言葉がぐるぐる回っている。

キュートアグレッション。
可愛すぎて、いじめたくなる。

先輩のことを、もっと知りたくなる。
もっと、色んな顔を見たくなる。

__それが、僕の中で確かに芽生えてしまった感情なのだと。

__________

放課後。
僕は迷うことなく、二年フロアへと足を向けた。

接触禁止令が撤廃されてから初めての放課後。
校内で堂々と如月先輩の姿を探せることが、こんなにも嬉しいことだなんて思わなかった。
廊下の空気も足取りも、いつもより少しだけ軽く感じる。

そして、今日僕は、自分にあるミッションを課している。

それはずばり、

『強制素直作戦』

名前はふざけているけれど、中身は至って真剣。

これまで心菜ちゃんから聞いてきた話。
先輩自身の言動。
そして、ここ最近のやり取りを振り返ってみて、僕なりに一つの仮説に辿り着いた。

如月先輩は、周りのことを慮るあまり、自分の感情を後回しにする癖がついてしまっているのではないか、と。
「これが好き」「あれがしたい」
そういう個人的でわがままな感情に、無意識のうちに蓋をしていて、感情が表に出づらいから、ぶっきらぼうで、強がって、余計なことばかり言ってしまうのではないだろうか。

そして、感情表現豊かな心菜ちゃんや心春ちゃんと一緒にいる時は、普段学校にいる時より、僕と話すよりも数段、感情豊かで生き生きとしているように思えた。
なので、僕も心春ちゃんと心菜ちゃんを見習って、感情を抑えずに、フルマックスで感情表現をしてみれば、きっと先輩も釣られて素直になり、胸の奥にしまい込んだ感情が表情として引っ張り出されるはずだ。

仮説まで立てて、作戦を立てて、そこまでしてでも、僕は享受したいのだ。
先輩の、もっといろんな表情を。

そんな決意を胸に、二年フロアへ足を踏み入れた。
すると早速、廊下に溜まっている2年の1軍集団が目に入る。

「先輩方〜!お久しぶりです!!」

声を張って近づくと、

「お、ひなひなじゃ〜〜ん!」
「え!この子がひなひな!?イケメン〜!」

一斉に、歓迎の声が飛んできた。

如月先輩といつも一緒にいる男の先輩と、千花先輩、ユキ先輩、初めて顔を見る先輩も何人か見受けられる。
この集団は中心になっている人はいるけれど、明確に誰が所属しているという形ではなく、なんとなく集まった人たちで行動するみたいなので、見るたびに面子が変わっていて不思議だ。

「接触禁止令は?なくなったの?」
「はい!昨日撤廃してもらったので早速来てみました!!」

でも、肝心の如月先輩の姿が見当たらない。

「あー、隼は今担任に呼び出されてるの」

キョロキョロしてる僕を見て、千花先輩が教えてくれる。

「呼び出しって……何かあったんですか?」
「ううん、悪いことじゃなくてね」
千花先輩は軽く笑って続ける。
「今学期もテストで成績優秀者の範囲に入ってるから、その手続きだと思う」
「そうなんですね……」

心春ちゃんと心菜ちゃんの面倒を見ながら、家計のために良い成績を取っている如月先輩は本当にすごい人だ。

「そろそろ帰ってくると思うんだけど……」
「てかさ、ひなひな何組!?」

千花先輩と話していると、金髪の先輩が、急に話題を振ってきた。

「僕、二組です!!」

その瞬間、先輩たちが一斉に湧く。

「ガチで!?じゃあ体育祭、組一緒じゃん!!」
「うちの体育祭、組でチーム分かれんの!」
「同じチームにひなひないんのアツいわ〜!」

『これから体育祭始まるし、二年フロア行く用事も増えるよね』

奏の言葉が、頭の中で蘇る。
ああ、こういうことだったのか。

顔見知りの先輩たちと、同じチーム。
それだけで、ちょっと楽しみになる。

「体育祭、楽しみです!!」

隠している気持ちはあるけれど、
この言葉自体は、紛れもない本心だった。

「俺らは敵だから、まずはひなひな潰すね〜」
「お手柔らかにお願いします……」

初対面の先輩にからかわれて、苦笑いで返す。
そんな風に盛り上がっていると、

「あ!隼、帰ってきたよ!」

千花先輩の声。

視線を向けると、昨日ぶりの如月先輩が、こちらへ歩いてくるところだった。

制服姿を見るのは、心菜ちゃんの家出騒動ぶり。あの時は余裕がなかったから、こうして落ち着いて見るのは久しぶりな気がする。

「如月先輩〜〜!」

迷わず、思いきり手を振る。
すると先輩は、遠くからでも分かるくらい大きな声で

「出たーーーー!!!」

と言いながら、こちらへやってきた。

「接触禁止令、撤廃した瞬間来んのかよ」
「はい!来ました!」

「んだよ如月〜。せっかくひなひな来てくれたんだからもっと喜べよ」

お友達さんが僕の肩と肩を組みながら援護してくれる。それに如月先輩は「イケメンは胸焼けするんだよ」と答えた。

「じゃあお前毎日鏡見て胸焼けしてんじゃん」
「そうなんだよ。だから漬物のお前らがいてくれて助かってる」
「誰が箸休めだよ!マジうるせーコイツ!」

ぎゃははは!と笑う先輩達。
あぁ、この如月先輩の容赦ない物言い、久しぶりだ…。

「ちょっとー?美人を前にして漬物はなくない?」
如月先輩の言葉に異論を唱えたのはユキ先輩だ。
「私、ひなひなに初対面で『美人!』て言われるから〜!」
「てかうちら女子ズは常に胸焼けさせる側だから!」

ユキ先輩のその言葉に内心「あ」と思う。
初対面でいきなりユキ先輩に『美人』って言ったこと、如月先輩からしたら『すけこまし』なんだろうな……。

また言われちゃうかもしれない。
僕は身構えた。

「……別に女子の事は言ってねーよ。女子は花で海で太陽でーす。まぶし〜〜」
「待って太陽ってなに」

……あれ?
すけこましって言われなかった。
絶好のイジるチャンスだったのに、なぜ触れなかったんだろう。

僕は考えてみる。そして、1つの結論に辿り着いた。

もしかして、集団の中で僕1人を貶すことは言わないようにしてくれたのかもしれない。
先輩の、分かりづらいけれど確かな優しさに気付けて胸がぽわっと温かくなる。

「で、1年坊主くんはまぁた俺に用なの?」
「またタイマン?」
「つか前回どっち勝ったん」

如月先輩に目的を聞かれて、ハッとする。
そうだ、今日の僕にはミッションがある。

「はい!今日も如月先輩、お借りします!」
「おっけー!持ってけ!返さなくていいよ!」
「じゃあまた明日〜!」

騒がしくも楽しげな集団から離れ向かうのは、いつもの廊下の端の階段横。

ここからが、本番だ。