無自覚たらしは、自称S先輩を暴きたい

第五話

「良いんじゃない?」
「……え、ごめん。今、僕の話聞いてた?」

次の日の朝。
如月先輩から出された『接触禁止令』について、登校早々に奏へ愚痴っていた僕は、あまりにも軽い返答に思わず聞き返してしまった。

「うん。接触禁止でしょ?別に良いんじゃない?」
「なんで!?!?」

思わず大きな声が出る。
教室にいたクラスメイトたちが一斉に僕らへ向いたが、今はそれどころじゃない。

「接触禁止だよ!?せっかく色々如月先輩のこと知れたのに!今このタイミングで接触禁止だよ!?」
「でもさお前、偵察したこと、何か活かせた?」

ぐうの音も出ない。
千花先輩から話を聞いたあと、僕の頭の中は
『偵察完了!じゃあ次は距離を詰めよう!』
それだけだった。

結果、偵察していたことを全部正直に話してからの接触禁止令の発令。
冷静に振り返ると、成功した要素が一つもない。

「あれ……?僕、もしかして如月先輩にキモがられてたりする?」
「まぁ、その可能性も大いにあるな」

即答だった。少しはフォローしてほしい。僕の気も知らないで!

「それより」
奏は話題を切り替えるように机に肘をつく。
「もう少し後だけど、ぼちぼち中間テストの対策もしなきゃヤバくね?」
「え?もうそんな時期?」
「いや日程把握してないんかい。中間はGW明けな」

言われてハッとする。
ここ数日、如月先輩とどう仲良くなるかばっかりで、授業も学校生活もどこか上の空だったのかもしれない。

「あと、部活。入るなら今月中じゃないと出遅れると思う。色々声掛けられてたけど結局どこにするの?」
「んー、俺、部活は入らないかな」
そう返すと、奏は少し目を見開いて驚いた顔をした。
「以外。どこも入らないの?」
「うん。せっかく高校生になったし、バイトもしたいし!」

それは本心だった。
……もう一つ理由はあるけれど、それは今は胸の奥にしまっておく。

「ふーん。じゃあバイト決まるまで放課後は遊び放題ってわけね」
奏は楽しそうに「あ、じゃあさ」と言葉を続ける。
「今日はテスト勉強がてら、カフェの新作でもキメに行かね?」
「喜んで!」

僕はその提案に二つ返事で頷いた。

〜〜

放課後、向かったカフェは新作の発売直後に相応しい、なかなかの混雑具合だった。
それでも、運よく二人分の席が空いて僕たちはそこに滑り込む。

「今回の新作、気になってたんだよね〜。ノベルティ付くじゃん。なんだっけ?」
「ネコウサギ」
「それそれ!今めっちゃ人気のやつ!」

特別好きってわけじゃないけど、流行りには乗っておきたい。そんな軽い気持ちでメニューを眺める。

「とりあえずモバイルオーダーするか」
「俺も。レジ並んでるし」

結局、新作ドリンクを片手にバイトの話をしたり、どうでもいい雑談をしたりしているうちに時間はあっという間に過ぎていった。
気づけば、カバンの中の勉強道具は一度も取り出されることなく、そろそろ帰ろうかという時間になる。

「……まぁ、まだ2週間あるし」
「テスト範囲ここから増えるかもだし」

そう自分達に言い聞かせながら、僕たちは店を後にした。

〜〜

「あー!終わった〜〜〜!!」
「数学、最後にして一番ボリュームあったね」
「テストはフィニッシュしたけど、俺の成績はエンドだわ。二つの意味で終わりを迎えた」
「なんだそれ」

中間テストの最後の教科が終わり、教室が一気に開放感に溢れた。
机に突っ伏す人、友達と答え合わせを始める人、すでに次の予定の話をしている人。
そんなクラスメイトたちの姿を見ていると、長かったテスト期間が、ようやく終わったのだという実感が遅れて胸に広がる。

「奏はこの後美容室行くんだっけ?」
僕が聞くと、奏は「うん」と返事した。

「軽い気持ちでホワイトブリーチなんてするもんじゃないな。ケアが大変だし何より金がかかる」

入学式の時は全体が真っ白だった奏の髪は、いつも間にか少し根本が伸びていた。今日はリタッチに行くらしい。

「お前は、このあとバイトの面接なんだっけ?」

奏が大きな伸びをしながら尋ねてくる。

「そう!カフェ!!」
「まぁお前のコミュ力でカフェバイトに落ちることはないと思うけど」
「本当?僕いま緊張ヤバいんだけど」
「いけるいける。まぁ気楽に頑張れよ」

奏の言葉通り、面接は驚くほどあっさり終わった。その場で採用が決まり、早速来週から働くことが決定した。
テストが終わったのは午前中だったはずなのに、すっかり帰り道は夕焼けに染まっている。

ふと視線を上げる。
バイト先は、高校と家のちょうど中間くらいにある商店街。
__如月先輩と出会った商店街の中にある。

(……もう、1ヶ月経つんだ)

テスト勉強にバイト探しに、なんだかんだ忙しくて、接触禁止令を出されてからは一回も移動教室以外で2年フロアに行けていない。

視界に広がる夕焼けも相まって、その事実が急に寂しくなってしまった。

でも、テストも終わったし、バイトも決まったし、これからは少し余裕ができるかもしれない。
そうしたら、また如月先輩に会いに2年フロアに……!!

(……あ、接触禁止なんだった)

僕は、夕焼けの商店街を歩きながら、浮かびかけた期待を、そっと心の奥底に引っ込めた。


〜〜

「ありがとうございました〜!」

店を出ていくお客さんに声をかけながら、カウンターを出て空いた机を拭きにいく。
僕が働いているのは、先にカウンターで注文してから席に着くタイプの、比較的リーズナブルなカフェだ。

人生で初めてのバイトだということもあり、最初は覚えることが多くて頭がパンクしそうだったけれど、それでも必死に食らいつきながら働いているうちに、気づいたら、バイトを始めてから2週間が経っていた。

最近は、仕事中にお客さんの顔を見る余裕も出てきて、カウンター注文型のカフェは人の表情を見ることが好きな僕と相性が良いと実感している。
仕事面でも、お客さんの表情を見ていると、困っている人をすぐに発見できたりと趣味が良い方向に活かせていた。

(…………ん?)

1階の机拭きが終わったので階段を登り、2階の空いている席を拭いていると、何やら視線を感じた。そちらを見てみると、窓際の席に、僕と同じくらいか、年下の学生であろう女の子が座っている。

目が合った瞬間、女の子はハッとしたように慌てて視線を逸らした。

その様子がどうも気になって「こんにちは」と話しかけてみる。
女の子は、まさか声をかけられるとは思っていなかったのか肩を揺らして驚いていた。

「それ、新作ですよね。美味しいですか?」

そう聞くと、女の子は少し間を置いてから、

「……はい。美味しいです」

と、返事をしてくれた。でも、目線が合わない。
女の子を目線を追ってみると、僕の名札に向いている。

「……もしかして、『ネコウサギ』好き?」

名札には、前に奏とカフェで勉強会を(しようと)した時にもらったノベルティのクリップがついている。

「そうなんです……!それ、ちょっと前にカフェで配られてたやつですよね!?」

ネコウサギの話題になった途端、女の子の表情がぱっと明るくなった。
その嬉しそうな顔を見ていたら、居ても立っても居られなくて、気づけば、僕は名札からクリップを外していた。

「これ、あげます!」
「え!?そんな、悪いです……!」
「大丈夫です。僕、特別ネコウサギが好きってわけじゃないので。好きな人に持ってもらった方が、絶対いいです!!」

少し迷ったあと、女の子は僕の手からそっとクリップを受け取ってくれる。

「わぁ……!ありがとうございます!あのカフェちょっと高くて、お小遣いじゃ行けないから、ノベルティも諦めてたんです……」

心から幸せそうな表情で僕があげたクリップを手に握る姿を見て、あぁ、僕はこのためにノベルティをもらったんだと思うほど幸福感で胸がいっぱいになった。

「それでは、ごゆっくりお過ごしください」

もう少し話したい気持ちもあったが、仕事中であることを思い出し、お辞儀をしてカウンターに戻る。

(よし、引き続き頑張るぞ)
僕は心の中で呟いて、次のお客さんを迎えるべくカウンターで作業を始めた。

〜〜

それからというもの、『ネコウサギ』のクリップを渡した女の子は度々お店に顔を出してくれるようになった。女の子が来店するのは大体、16時〜19時の間。
どうやら学校終わりに一度家に帰ってから私服に着替えて来ているようだ。
お店が比較的空いているときは、カウンター外の業務の合間に「駅前のカフェの新作飲みました?」とか、「ネコウサギ、アニメ化するんですね!」と、こっそり世間話もするようになった。
仕事中だから長く話すわけにはいかないけれど、一言二言だけの会話でも、女の子が楽しそうにしてくれるのがとても嬉しい。女の子の他にも、顔見知りの常連さんが出来て、だんだんとバイトを楽しむ余裕が出てきている。

そんなこんなで、今日もバイトが終わり、帰路に着く。僕のシフトは22時までなので、そこから着替えたりすると、商店街はすっかり静まりかえっていた。

(早く帰ろう)

夜風に肩をすくめながら、駅に向かって歩き出す。

そして、商店街の中にある、24時間営業のスーパーの前を通った、その時。

「……店員さん?」

背後から控えめに声を掛けられた。
僕を店員さんと呼ぶこの声、もしかして…

「おー!こんばんは!」

振り向くと、そこに立っていたのは、いつもお店に来てくれる女の子だった。

「やっぱりそうだ!店員さんは今帰りなんですか?」

「そう!今帰りだよ!君は……こんな夜遅くに出歩いてたら危なくない?」

思わず親みたいなことを言ってしまい、内心で苦笑した。でも心配なものは心配である。

「あー……そこは大丈夫です。一応保護者?もいるので。いまスーパーで買い物してるんですけど」

なるほど、一緒にスーパーに入っていないあたり思春期なのかもしれない。それでも、夜遅くにお店の外で、女の子が1人で立っているのは危ない気がしたので、保護者の方が出てくるまでお話をすることにした。

「よくあのカフェ来てくれるけど、家が近いの?」
「はい!家の最寄りここなので……」

そんな他愛のない話題を振って話を始めたときだ。

「おい」

低く、よく知っている声が割り込んできた。
その瞬間、ドッと激しく心臓が鳴る。

(この声、まさか、いや、そんなわけ……)

ゆっくり、恐る恐る声のした方を向く。
スーパーの明かりに照らされて立っていたのは__

「如月先輩!?」

私服姿の如月先輩だった。
片手にはレジ袋、そして反対側の手では、女の子――妹さんと手を繋いでいる。

(なんでここに!?家近くなのかな!?待って、私服姿もイケメン……!!)

頭の中が一瞬で情報過多になる。

「え、お兄、この人と知り合いなの?」

でも、一番驚いた声を出したのは、さっきまで話していた女の子だった。

「あ、お兄と制服一緒だ!?先輩呼びっててことはお兄の後輩!?」

興奮したようにまくし立てる女の子に、如月先輩は露骨にため息をつく。

「……絡まれるから中入っとけって言ったろ」
「は〜〜?別に絡まれたとかじゃないし、知り合いだし」
如月先輩の一言で、女の子がムッと頬を膨らませた。

(これは……もしかしなくても兄妹喧嘩?)

「えっと……如月先輩の妹さんなの……?」

僕が質問すると、女の子は如月先輩に向けてた顰めっ面とは別人のようなニコニコの笑顔で「はい!」と元気よく答えてくれた。

「如月心菜っていいます!店員さんは、値札に書いてある苗字は朝比奈だけど、下の名前は…?」
「フルネームは朝比奈陽向っていうんだ。大多数の人からは『ひなひな』って呼ばれてる」
「え〜〜!ひなひな!?可愛いあだ名!似合ってる!!私もひなひなって呼んで良いですか!?」
「もちろん!」
「やった〜!!」

両手で軽くガッツポーズをして喜んでくれる心菜ちゃん。無邪気な表情にとっても微笑ましい光景だな、と思う一方で__
背後に立つお兄さんの表情は、どんどん険しくなっている。

「……お前ら、どこで知り合った?」
「あ、僕のバイト先で__」
「つか、お兄には関係なくない?」
「関係ある」
「ない!お腹空いた!帰ろ!」
心菜ちゃんは僕の言葉を遮ると、如月先輩の怒っているようにも聞こえる低い声に動じることなく歩き始める。完全に心菜ちゃんのペースだ。

「いやどう考えも関係はあるだろ」

そう言いながら、如月先輩も心菜ちゃんを追いかけるように歩き始める。この雰囲気を見るに、心菜ちゃんが如月先輩を振り回す光景はいつものことなのだろう。他人に振り回されている如月先輩は新鮮だ。

「ひなひな!またね!」
心菜ちゃんが振り返って手を振ってくれる。
「またね!」
僕も振り返す。

心春ちゃんにもそっと手を振ると、にこっと微笑みを返してくれて胸が和んだ。
最後に、どさくさに紛れて如月先輩にも手を振ってみたが、見事にスルー。

(……そりゃそうだよね)

今の僕は、絶賛『接触禁止』中なのだから。

日数を数えてみると、実に如月先輩と話したのは1ヶ月ほどぶり。それも学校の外で会えるなんて思っていなかった。

(……接触禁止令って、いつになったら解かれるんだろう)

しれっと2年フロアに行ったら意外とあっさり話せたりしないかな……。
そんなことを考えながら、僕は1人、駅に向かって歩き出した。