無自覚たらしは、自称S先輩を暴きたい

第四話

一日の最後の授業が終わると、教室の空気がふっと緩む。
黒板を消す音、椅子を引く音、誰かの笑い声。
今日は担任の都合で帰りのHRがないらしく、各々が自由に帰り支度を始めている。

「……偵察は上手くいってる?」

例に漏れず帰る支度を進めていた僕に、奏が横から話しかけてきた。

「うん。今のところ如月先輩に接触せずに色々と情報を集めてる!!」

ピースをしながら言い切ると、奏の口元に軽く笑みが浮かんだ。

「へぇ、ちゃんと突撃は我慢できてるんだ」
「名探偵ひなひなは優秀なんですぅ〜!」
「え?ひなひな、また名探偵になってるの?」
得意気に話していると、七瀬が会話に加わった。

「そう!今日は偵察してんの!」
「偵察って、如月先輩?」
「えっそうだけど……」

なぜ七瀬が、僕が如月先輩の事を偵察しているのを知っているんだろう。
なんかの流れで話したのかな?と思い奏に無言で目線を送ってみるが、返ってきたのは無言の横方向への首振り。
そんな僕らの様子をみて、七瀬が慌てたように口を開く。

「あぁごめんね。榊原くんから何か聞いたとかじゃないの。ただ、昨日も如月先輩に向けて名探偵してたから、今日も対象は同じなのかなって思って」
「あー!なるほど!」

納得の理由だ。
奏にジトっとした目を向けられたので軽く片手を上げながら「すまん」と謝っておく。
奏は許可を取らずに人のことをペラペラ話したりしないのだ。知っていたけど一瞬疑ってしまった。

「じゃあ、今日はひなひな部活見学とか行かないのか〜」
「うん、今日は行かないかな」
僕がそう返すと七瀬が少しがっかりしたような表情になったので申し訳なくなる。

でも、今日は如月先輩について知る日なのだ。放課後も何か知る事ができるだろうか。
如月先輩について考えていると、七瀬が「ひなひなは如月先輩ラブだね」と、からかってきた。

それに言葉を返そうとした時、放課後を告げるチャイムが鳴る。
「お!じゃあまた明日……って奏、なに?」
2年フロアへ行くぞと意気込んで荷物を持った瞬間、奏に腕を掴まれ引き止められる。

「やっぱ忘れてたな、今日お前掃除当番だから。班員が減ると仕事量増えるだろ。サボりはさせんぞ」

僕の腕を握る手に込められた力と有無を言わさぬその言葉に、僕はそっと荷物を机に戻して、黙って頷くことしか出来なかった。

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「意外と時間かかっちゃったな〜……」

掃除の終わり、教室のゴミを裏庭のゴミ捨て場に持っていく1人を決めるジャンケンに負けてしまった僕は、2年フロアに行く前に裏庭へ行かなければならなかった。時間短縮のために自分の荷物も持って行く。教室のゴミはあまり溜まっていなかったのが不幸中の幸いだ。
果たして、裏庭から大回りして向かう2年フロアに人は残っているのだろうか。

ゴミ捨てを終えて、途中で手を洗いながら校舎に戻る。
2年フロアに到着すると昼休みほどではないが、それなりに人が残っていた。
部活に行く前の人、友達と話しながら昇降口へ向かう人、教室で友達と話している人、廊下に溜まる人。
みんな色んな表情をしていて、見ていると幸せな気持ちになる。

(あ、やば!!!)

誰に話かけようかと廊下の人たちを眺めていると、廊下に溜まっている人達の中に昨日から何度か見た如月先輩が属する集団がいることに気付き、近くの電気が消えている教室に身を潜めた。昼休みとは違い、放課後の人が少ない時間帯ではどうしても身を潜めることが難しい。

(あそこに先輩達がいる以上、廊下をウロウロするのは得策ではないけど、先輩達が帰るのを待ってたら話を聞ける人も帰っちゃうかも…)

また明日、出直すのが良いかな……。
そう考えて教室を出ようとした時だ。

「うわぁ!?」
「っと!!すみません!!」

ちょうど教室に入ろうとしていた人と正面衝突してしまった。
結構な勢いだったため、僕より頭1.5個分くらい背の低い先輩を一瞬ハグするような体勢になってしまい、慌てて離れる。

「大丈夫ですか…?怪我とか!」
「大丈夫大丈夫!私もよく前見てなくてごめんね〜」

長い髪をポニーテールにしている先輩は、笑いながら許してくれた。
でも、僕を見た直後、その表情が驚いたものに変わる。

「え!ひなひな!?」
「すみませんちょっと声が!!大きいかもです!!!」
「ご、ごめん!?」

口の前で人差し指を立てると、ポニーテールの先輩も僕が何かから隠れているのを察してくれたのか声を潜めてくれた。

「君、1年生のひなひな?」
「そうです」
「うわぁ〜!本当にイケメンなんだねぇ!」
「そんなそんな、とんでもないです……!先輩のお名前をお伺いしても?」
「私、千花(ちか)!呼び方は任せる!」
「じゃあ千花先輩で!」

昨日から2年フロアをうろついているため、どんどん新しい顔見知りが増えていきとても嬉しい。思わず口が緩んでしまう。

「で……。2年の教室で何してたの?」

そして、先輩の言葉で気付く今の自分の状況。
暗がりの2年の教室に1人佇む1年の僕。不審者以外の何者でもない。

「今、如月先輩について、色々とお聞きしているところでして……」
「え?隼?」

誤魔化しても余計怪しくなるだけだろうと正直に目的を伝えると、千花先輩は吊り目がちの目を大きく見開いた。
如月先輩を下の名前で呼んでいる女性の先輩には初めて会ったかもしれない。

「千花先輩、如月先輩と仲が良いんですか?」
「うん、まぁ……。前に付き合ってた時もあったくらいには?」
「なるほど!付き合って…付き合ってた!?!?」
「ひなひな声デカいけど大丈夫そ?」

そりゃあ大きな声も出るだろう。あまりにもサラッと言ってのけられた事実。
まさか如月先輩の元カノさんと話すことになるなんて思わなかった。

『顔に引き寄せられた子達、みんな泣かせてんの』

昨日、ユキ先輩から聞いた言葉が脳内に蘇る。
千花先輩も如月先輩に泣かされてしまった1人なのかな……。
如月先輩について質問したら嫌なことを思い出させてしまうだろうか。
このまま会話を続けるべきか迷っていると、千花先輩は「あぁでも」と言葉を続けた。

「ゆーて隼とは全然今も友達だから!特に元カノだから〜とかで気は遣わなくて良いよ」
「そ、そうなんですか……?」
「隼の元カノとか、2年の中だとすでに4人はいるし」

1年で4人の人とお付き合い。
平均点なものは分からないけど、僕の感覚ではかなり多い人数だ。

「それじゃあ遠慮なく……付き合ったきっかけとかってどんな感じだったんですか?」
「元々仲良くてさ、私の前に付き合ってた子が別れたタイミングで私から告ったの。ほら、隼、顔綺麗じゃん?タイプでさ」
「分かります。綺麗です」
「あっさりOK貰って付き合ったは良いものの、友達の期間が長すぎて恋人になりきれなかったというか。まぁ口悪いのは付き合う前から分かってたことだけど。放課後遊んでも割とすぐ帰っちゃうからデートらしいデートも出来なくて、そのまま自然消滅的な?あ、ちゃんとLINEで別れ話はしたよ!」
「なるほど……」

「改めて話すと照れる〜!」と言いながら手で顔を覆う千花先輩は、どこか楽しそうだ。
この雰囲気から、嫌な別れ方ではなかったんだろうなと分かる。

「今でも毎日レベルで話すし、何も気まずいとかもないよ。そんなもんだよ」

ケロッと言われてしまい、逆に拍子抜けする。

「完全顔目当てで告ったのも多分、隼は分かってたと思う。それでも、誰かと付き合ってる間は絶対に他からの告白は断ってたし、なんだかんだ誠実なヤツだった」
「千花先輩……」

そう話す表情は、一瞬寂しそうにに見えた。
本当に、如月先輩のことが好きだったんだなぁ。でも、寂しげにみえた顔は次の瞬間には笑顔に戻っていた。

「隼、今フリーだから狙い目だよ!ひなひなも頑張って!」
「はい!って、あの、別にそういう意味で狙ってるわけでは……!!
「ふふ、じゃあ私そろそろ帰るから!!ひなひなのこと応援してるからね〜!」
「あ、ありがとうございます……!?」

千花先輩が荷物を手に持って手を振りながら教室を出ていく。僕も手を振りかえしながら見送る。
何か誤解をされた様な気もするけれど、一旦考えないことにした。

暗がりの教室で1人になると、急に周囲が静かになったように感じる。
廊下にまだ人の気配はあるものの、もうあまり人は残っていなさそうなので僕も帰ろうかな。

そう思い、教室を出ようとした時だ。

「マジでひなひないんじゃーん!!」
「ぎゃーーー!!!!!」

突然、教室の入口から飛び込んできた声に、反射的に全力の悲鳴をあげてしまった。
心臓が口から飛び出るかと思った。完全にホラー映画のそれである。

「ひなひな昨日ぶり!」
「えー!この子がひなひな!?」

金髪の先輩を先頭に、次々と見知った顔、知らない顔が教室を覗き込んでくる。
そして気付く。この先輩たちがいるということは……。

「……またお前かよ。何やってんだ、こんなとこで」

低くて気だるげな声。
やっぱり、如月先輩もいた。

視線を上げると、如月先輩の少し後ろで、千花先輩がこちらに向かってグッと親指を立てている。

(あれ、さっきもう帰るって言っていたのに……!?)

そこで、さっきの「毎日話してる」という言葉をようやく理解した。
帰る=合流して一緒に帰るということだったのだろう。
きっと、如月先輩に興味津々な僕に気を利かせてくれたんだ。

(千花先輩……!!)

胸がじんわり温かくなる一方で、すぐに我に返る。

今日、僕は偵察の日なのだ。
見つかってはしまったけれど、如月先輩と話さずに、この局面をどう乗り切ろうか考える。
でも、ふと気付く。今日はもう放課後。偵察はある程度済んでいる。
もう話しかけて良いのでは!?
今日1日でたくさん如月先輩のことを知ることが出来たし、次は距離を詰めるターンかも!

「ちょっと用があって2年フロアに来てたんです!」
勢いに任せて口を開く。
「先輩方も今帰りですか? ご一緒してもいいですか!」

「もち!」
「良いよ!」

即答で了承される中、如月先輩だけは何も言わなかった。けれど、拒否されることもなかったので、そのまま流れで集団に混ざる。
千花先輩がさりげなく間に入ってくれて、気付けば僕と如月先輩は、自然と集団の一番後ろを並んで歩いていた。

「それにしても、如月とひなひな、並ぶと絵になるなー!」
振り返った先輩にそう言われて照れるが、いくらなんでも如月先輩の隣だと僕が見劣りしているだろう。

「そんなことないですよ……!」

慌てて否定すると、すぐに返事が飛んでくる。

「いやそんなことあるだろ」
「謙遜すんなって」
「俺らが惨めになるからやめてほしい」

次々と飛んでくる言葉に、どう反応していいか分からず固まっていると、
「悪いな。顔面偏差値、俺らで上げちまって」
如月先輩が淡々と言った。

「お前は口開けたら台無しなんだよ」
「自覚あるイケメンが一番タチ悪い」
「口縫ってやろうか?」

如月先輩への散々な言われように思わず吹き出してしまう。
それでも如月先輩は気にした様子もなく、軽く肩をすくめていた。

この数分で、先輩達の関係性が見て取れた。
一年かけて積み上げた距離感。
冗談が成立するほどの信頼。
それを少し、羨ましく思う。

やがて、先輩達が如月先輩と僕を除いて盛り上がり始める。
せっかくの機会なので、如月先輩と何かを話したいけど、何を話せば良いのかが分からない。
頭を悩ませていると、先に口を開いたのは如月先輩だった。

「お前、今日昼休みも2年フロアでウロウロしてたけど何してたん?」

その言葉に心臓が跳ねる。

(あっバレてたんだー!?)

如月先輩について他の先輩に聞きまくってましたなんて知られたら、引かれること間違いなしだ。
先輩のドン引き顔が思い浮かんでしまう。

「その反応……まさかバレてないとでも思ってたんかよ」
「はい、思ってました……」
僕が肩を落としながら言うと、如月先輩は呆れた様な顔をした。
「お前が2年フロアくると女子が騒ぐんだよ。大体がチラチラみてるだけだけど」

そうだったのか…。完全に人混みに紛れられてると思っていた。

「で、モテモテひなひなは2年フロアで何してたんですかー?」
もう一度、ストレートに質問されて困ってしまう。
奏にバレた時の対処法まで聞いておくべきだった。でも、もうここまでバレているのなら逃げても仕方がない。僕は腹を括って話始めた。
「僕……先輩と、仲良くなりたくて」

先輩の表情は変わらない。

「仲良くなるためには、まず相手を知るところからと思いまして、色々偵察を……」

恐る恐る言い切り先輩の顔を見ると、僅かに眉間に皺が寄っているのが見えてバッと目線をそらした。
お、怒られる…?キモがられた…!?
先輩の次の言葉の衝撃に身構える。

「お前、俺と仲良くなりたいんだ?」
疑問系だ。僕は迷わず「はい」と答えた。

「なんで?」

至極シンプルな問い。言葉に詰まった。
なぜ仲良くなりたいのか。なぜ?
改めて考えてみると言葉が思い浮かばない。妹さんへの優しい顔が心に刺さってて。
商店街でみた表情が、顔が、美しいと思って、頭から離れなくて。もっと知りたいと思って…。
でも、そんな気持ちを一言で表す言葉が見つからない。
黙り込んだ僕の様子を見て、先輩が軽くため息を吐いた。

「入学したばっかでハイなんだろ。学年超えた交流求めんのも良いけど、目立ってるやつに明確な理由なく付き纏われる俺の身にもなれ」

先輩の言葉が冷たく胸に突き刺さる。言われている事は正論だ。
ただ僕も傷つけるために言われているんじゃないのは分かる。

「すみません……」

反省の意味を込めた謝罪。自然と背中が丸まった。

「おーいー如月!俺らのひなひなのこと虐めんなって!」

僕たちの不穏な雰囲気を察してか、金髪の先輩が声を上げる。

「いやどう考えても最近虐められてんの俺の方だろ。何回『ひなひなのインスタ教えて』『知らん』の会話したと思ってんだ。お前らも見てただろ」
「おう、見てた」
「マジみんなひなひな目当てでウケてた」
「如月の時代は終わりだな」
「悪いな、それでもお前らの時代は来ないのに……」

先輩方が軽口を言い合って空気が和らぐ。
そんな会話を眺めていると、不意に如月先輩に軽く肩を押された。

「じゃあ、コイツ」

僕は、数歩よろけて前を歩いていた先輩にキャッチされる。

「今日から俺と接触禁止だから」
「えぇ!?!!?なんでですかぁ!!!」

如月先輩の言葉に、喉が張り裂けそうなくらいの絶叫が飛び出た。
やっと色々知ってコミュニケーション取っていこうってターンなのに!!!

「入学ハイの1年は頭を冷やしてくださ〜い」

如月先輩はそれだけ言って他の先輩と話し始める。

衝撃的な展開に頭が追いつかない。
呆然としていると、僕の体を受け止めてくれた先輩が歩きながら肩を組んできて、一言。
「話、聞こか?」
慰めの言葉としては最悪のセンスだ。面白がられてる。でも、今の僕の心にはジーンと染み渡るような気がする。
「なんか…ごめん?」
千花先輩も謝っているけれど、心なしか笑いを堪えているような表情だ。面白がられてる!!!
「いえ、千花先輩は何も悪くないので……」
一応フォローを入れておく。
「ちょい待ち、なんで千花先輩呼び?ずるくね?」

昼休みにバスケ部の先輩が教えてくれた通り、とても騒がしい集団だ。
でも、気を抜いたら放心状態になりそうな今の僕にはちょうど良い。


その日の帰り道。
先輩たちと別れた後も、僕の頭の中は如月先輩の言葉でいっぱいだった。

接触禁止。

これから、やっと仲良くなれると思ったのに。
でも、如月先輩は理由もなく僕を遠ざけたのにしっかり理由があることも、もう知ってしまっている。なので、そこを無視して接触を図ろうという気はない。

如月先輩と距離を縮めるのには、どうやら、もう少し、時間がかかりそうだ。