第三話
「奏はさ、僕のこと『すけこまし』だと思う?」
朝一番の僕の唐突な問いに、まるで一時停止したみたいにスマホをイジっていた奏の手がぴたりと止まった。
「……なんて?」
「すけこまし」
「……女たらし的な意味の?」
「うん……」
奏は一度だけ僕の顔を見て、それから視線を逸らした。数秒の沈黙。何かを考えている時の、奏特有の仕草だ。
奏の顔を見つめながら次の言葉を待っていると、奏が突然ニヤッと笑った。
「ウケる。誰かに言われたの?」
「笑い事じゃないんだって〜……」
何を考えていた間だったんだと思わず机に突っ伏すと奏は小さく息を吐いた。
「それ言ってきたの、例の如月先輩とやら?」
「え、なんで分かったの」
「昨日の放課後、二年フロア行ってたでしょ」
……知られてたんだ。
奏は本当に、こういうところが鋭い。
「で、先輩にそう言われたの?」
「うん。まぁ冗談っぽくもあったけど……」
『っつー名目で顔近付けて、女のことホイホイ落としてんのか』
『有名だぜ?1年のひなひなは、すけこましだって』
昨日からずっと、先輩の意地悪な声が脳内でずっとリピートされる。
昼休みに2人の先輩たちと話した時は『すけこまし』だなんて発言出てこなかったから、きっとそこまで酷い噂は流れていないんだろうけど……。
如月先輩に誤解されているってだけで、僕の心を締め付けるのには十分だ。
「奏、僕さ」
「ん?」
「思わせぶりとか、そんなつもりは、ないんだけどな……」
数秒の沈黙。
机に突っ伏しているので様子は見えてはいないが、恐らく次の言葉を考えてくれている間だろう。
しばらく沈黙に身を任せていると、奏が淡々とした声で話し始めた。
「自覚はないんだろうね」
「え」
「でも距離は近い」
「………やっぱり?」
「悪気も下心もないのもちょっと関われば分かってくる。でも実際、周りから見たときに距離は近いから、誤解されるのも仕方のない事だと思うよ」
ぐうの音も出ない。
ハッキリと言ってくれる奴だと分かっていて相談したものの、こう正論をぶつけられるとダメージが大きい。
奏の言葉に反論の余地はなかった。
何も言えずに顔を上げて奏を見る。すると、奏は少しだけ首を傾げた。
「お前はどうしたいの?」
「え?」
「如月先輩からの誤解、解きたい?」
「それは……うん」
「なんで?」
「なんでって……誤解されたままだと悲しいから?」
「関わろうとしなければ関わりなんてない二年の先輩だよ。その人が悪い噂を広めるような性格の悪い人だったら話は別だと思うけど」
「そんな事する人じゃない!……はず」
「じゃあ如月先輩1人に誤解されてても別に良くない?」
そう言われればそんな気もしてくる。
オリエンテーションの時、そこまで学年を超えた交流が多い学校だとは思わなかった。
関わろうとしなければ関わる事がない先輩。その通りだ。そう、関わろうとしなければ……。
「……僕、如月先輩と仲良くなりたいんだ」
口からするりと出た言葉は、改めて自分自身の気持ちを再確認するものだった。
廊下で会って挨拶するだけの、ただの『学校が同じ人』とかじゃなくて、僕は如月先輩と仲良くなりたいのだ。
そのために、今後しっかりと友達として関わっていくために、しっかりと今のうちに誤解は解いておきたい。
奏は僕の考えがまとまったことを感じ取ったのか、僕の言葉を聞いてほんの少しだけ口元を緩める。
「お前さ」
「うん」
「仲良くなりたい!って思ったら、基本速攻で距離詰めるでしょ」
図星すぎて、言葉が詰まる。
奏に初めて話しかけた時も、とりあえず隣の人から!と振り向きざまに勢いで話しかけて、奏から挨拶が返ってきた後に初めて姿を認識した。
「そのやり方はお前のコミュ力の高さが成せる技。物怖じしないのも良い事だし、善意なのも分かるけど」
「けど?」
「相手によっては、その勢いが怖いことがある」
怖い、か。
仲良くなりたい人には積極的に話しかけていくのが、1番早く距離を縮められる方法だと思っていたけれど、相手の気持ちは考えられてなかったのかもしれない。
「……じゃあ、どうすれば」
「まずは、観察」
「観察?」
「どんな人か知ってから、距離を縮める」
今までの僕にはなかった発想だ。
ピンときていない様子の僕を見て、奏が言葉を続ける。
「偵察とも言う」
「え」
奏はさらっと言ってのけた。
て、偵察?
「大抵の人はね、この人と仲良くなりたいなって思ったらとりあえず、その人の様子を見てみるものなんだよ」
「な、なるほど……?」
「お前のコミュニケーションの取り方で事が上手く運ぶのは、相手に変な先入観を持たれてない時と、お前の顔が相手に刺さったとき限定なの、ここまで分かる?」
「はい。分かります……」
「よろしい。じゃあ如月先輩の話に戻ると、今回は、相手がお前の事を『すけこまし』だと思ってる上に、同性相手だから顔で落とすっていうのも難しい。ゆえに、いつもの猪突猛進コミュニケーションじゃ相手と仲良くなるどころか怖がられるのがオチなわけ」
奏の言葉を聞いて血の気が引いていく。
聞けば聞くほど、如月先輩と初めて学校で話した日から今日に至るまで、僕の行動はずっと裏目だったということなのだ。胸の奥がじわじわと重くなる。奏の言葉は淡々としているのに、一つ一つが的確で逃げ場がなかった。
「奏、僕どうすれば……」
自然と弱音がこぼれた。机に突っ伏し、視線を床に落とす。
最善だと思っていた自分のコミュニケーションが、万能ではないと知った今、もうこれからどうやって如月先輩に近づけば良いのかが分からない。
「まずは、相手を知るところから始めな」
「……知るところから」
項垂れてる僕の様子を見てか、奏の声はいつもより少し柔らかい。
僕が小さく復唱すると、奏は「うん」と短く頷いた。
「如月先輩って、結構2年の中で目立ってるじゃん」
「それは……間違いなく」
「別に関わりのない俺の耳にも入ってくるくらいには、良い意味でも悪い意味でも噂が多い」
『喧嘩してる男女の先輩が……』
『ひなひながああいう遊び方が好きな子なのかと思っちゃった!』
奏の言葉を聞いて、今まで人づてに耳に入ってきた如月先輩の噂を思い出した。
奏は言葉を続ける。
「結局、大事なのは周りの噂じゃなくて、お前が実際に見て、どう思うかだよ」
僕が、実際に見てどう思うか……。
「今日は追いかける前に、観察してきな」
奏がグッと伸びをした。
「観察……」
「そ、今日は偵察の日。昨日ぶりの名探偵ひなひな」
「はは……七瀬との会話、聞こえてたんだ」
冗談交じりなのに、奏の言葉には妙に説得力があった。
いきなり声をかけるんじゃなくて、近づく前に、まず見る。
どんな表情で、誰といて、どんな距離感で話しているのか。
「……できるかな」
不安が口から零れた。
今まで、コミュニケーションに関して近づき過ぎないという我慢をしたことがなかったから。
「それはお前次第」
奏はあっさりと言った。
「まず、しっかり相手を知ろうとするか、やっぱりいつも通り突っ込んでくか。まぁそれでも後者で距離を縮めてくことを貫くっていうならそれも止めはしないけど」
冷たいとも取れる言い方。
でも、突き放す感じじゃない。
「……」
如月先輩は、どんな人なんだろう。
周りから見た姿。
本人が隠している顔。
考えていること。
何が好きなのか。
何が嫌なのか。
まだ知らない事だらけだ。
「……奏」
「ん」
「僕、頑張ってみる」
そう言うと、奏はほんの一瞬だけ目を瞬かせたあと、すぐにいつもの表情に戻った。
「はいよ」
相変わらず素っ気ない。でも、それが奏なりの応援なのだ。
これは入学してから数日関わっていく中で知ることが出来た一面。
こんな風に、如月先輩のこともたくさん知っていきたい。
朝のチャイムが鳴る。
先生が教室に入ってきたので、僕含めみんなが席についた。
先輩を追いかけたい気持ちは確かにある。
でも今日は、それをぐっと抑えるのだ。
昼休みに2年のフロアにいってみよう。
——まずは、知るところから。
-改ページ-
奏とお昼ご飯を食べてすぐに向かった昼休みの二年フロアは、思っていたよりも騒がしかった。
入学からしばらく経ったとはいえ、まだまだ緊張した雰囲気を纏っている一年の教室とは違う、少し緩んだ空気。
廊下の端に立つだけで、自分がよそ者だと分かる。
声変わりした低い声も、少し大人びた笑い方も、一年フロアとは違う。制服の着崩し方ひとつ取っても、余裕があるというか、慣れているというか。
(……緊張する)
無意識に背筋が伸びる。そして、なんとなく廊下へ広範囲に視線を動かすと……
——あ、如月先輩だ。
昨日も一緒にいた三人の友達と並んで廊下を歩いている。
中心にいるわけでも、後ろに下がっているわけでもなく、自然と真ん中あたり。
歩くペースも周りと揃っているので特別目立つ動きはないのに、僕の目線は自然と如月先輩に吸い寄せられるのだ。
(やっぱり、背高いな……)
遠くからでも、制服の上着を肩に掛けて羽織るその姿が様になっているのが分かる。
隣の先輩が何か面白いことを言ったのか、三人が笑う中で、如月先輩は口元だけ少し緩めていた。
先輩の笑顔だ……!!楽しそう、話しかけたい!!
そう思い、足が前に出かけた瞬間。
(ダメ、今日はダメだ!)
慌てて自分を止める。今日は追いかけない『偵察の日』だ。
(今日は見て、知るだけ)
心の中で何度も言い聞かせる。
如月先輩は今、楽しそうに同級生と話している。そこに突然一年の僕が割り込んだら、どうなるか。
考えなくても分かる、確実にびっくりさせてしまう。
今日は、近づかない。
ぐっと唇を噛んで、自分にそう言い聞かせてゆっくり視線をそらす。
如月先輩の背中が視界の端から消えるまで、数秒。
小さく息を吐きながら逆方向へ向く。
今日の目的は如月先輩『本人』じゃない。
改めて、廊下を行き交う先輩たちの中から、如月先輩の話が聞けそうな先輩を探すことにした。
壁際に立っている二人組。
自販機前でパンを広げている先輩たち。
教室の扉にもたれてスマホを見ている人。
視線を動かしながら、話しかける人を探す。
つい通った人に話しかけたくなってしまうが、その衝動を抑える。
「今回も如月が……」
耳に入ってきた通りすがりの先輩の声。
いま、確かに『如月』って聞こえた!!
「あの!すみません!先輩!!」
突然、見ず知らずの一年生に話しかけられた先輩は、たいそう驚いた顔をしていた。
目を見開き、それから僕の制服に視線を落とす。
「……1年?」
「はい!すみません、急に……!」
制服の着崩し方で学年が分かったのであろう。
如月先輩に対してではないとはいえ、勢いで声をかけてしまったので慌てて頭を下げる。
偵察って、自然にやるものじゃなかったっけ。これじゃあ突然インタビューだ。
やっぱり僕は根本が突撃型なのかもしれない。
「えっと……何?」
戸惑った表情をしながらも、先輩は足を止めてくれた。
まずは立ち止まってくれたことに感謝!
「あの、如月先輩のこと少し聞いてもいいですか?」
「如月? あー……」
先輩は一瞬だけ考えるような間を置いてから、「いいけど、何が知りたいの?」と、承諾の返事をくれた。
だが、ここで緊急事態が発生。
(質問内容、なんも考えてない……!!)
偵察として2年フロアに来てみたは良いものの、如月先輩について具体的にどんな事を聞くのか何も考えていなかった。どうしよう、何を聞こう……!
「き、如月先輩って、よく遅刻とか早退をするって聞いたことがあって!それって本当なんですか……!?」
昨日、ユキ先輩がそんな事を言っていたような…!?
我ながらどんな質問だよとツッコみたくなるような問いだが、先輩はアゴに手を当てながら回答してくれた。
「あー、ちょこちょこ確かに遅れて来たりしてるか……?でも完全にサボってるイメージはないな。テストの点数は普通に良いから先生も黙認してる感じ」
「なるほどなるほど……如月先輩って頭が良いんですね……!」
「1年の時から成績上位だし、学費1部免除されてるって聞いたことある」
「えぇすご!」
うちの学校で学費が1部でも免除されるのは、1学年につき成績優秀者の上から5人だけ。
つまり如月先輩は2年生で5本の指に入る頭の良さだということだ。
神は二物を与えないなんていうけれど、先輩は顔の良さも頭の良さも両方与えられているようだ。
「教えていただいてありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げると、先輩は「どういたしまして」と軽く手を振って去っていった。
一人になって、僕は、ほぅ……と息を吐く。
『遅刻早退常習犯』とだけ聞くと素行が悪そうな印象を受けるけど、学業で結果を出しているという話を聞く限り、学校生活を軽んじているわけではないみたいようだ。
それにしても、如月先輩が学費が免除されるレベルの成績優秀者だとは……。
新たに、先輩の素敵な部分を知る事が出来てとても嬉しい。
この調子でもっともっと先輩の事を知っていくぞ!
「君!身長高いねぇ!バスケ部入らない!?」
「うぉ!?」
意気込みながら心の中で拳を突き上げた直後、突然背後から肩を叩かれ心臓が跳ねた。
驚きと共に出た声は反射的に裏返る。
振り向くと、そこには先輩が二人。どちらも制服を少し着崩しているが、髪は染めておらず爽やかな笑顔を浮かべていた。
「驚かせてごめん!君、一年だよね?」
「は、はい。そうです」
「もう部活って入ってる?」
先輩の問いに、僕は一瞬だけ言葉に詰まった。
「えっと……」
「バスケどう?身長あるし絶対向いてると思うんだけど!」
肩を軽く叩かれたまま、にこにこと笑いかけられる。
親からの遺伝と成長痛に耐えた過去の自分のおかげで、周りの1年生よりも身長が高めなためか、入学してからサッカー、バレーボール、野球と様々な部活から声を掛けてもらっている。
でも、僕は……。
「す、すみません!今はまだ考え中で……」
「もちろん無理にとは言わない!他からも声掛かってるだろうし」
「まぁでも、見学はいつでも大歓迎だから気が向いたら来てみてよ!」
「ありがとうございます!」
あっさりと引いてくれるどころかこちらへの気遣いを感じる温かい言葉。じーんと胸が熱くなる。
先輩たちは一度、顔を見合わせてから「そういえば」と、もう一度僕の方を見た。
「もう昼休み終わるけどなんで2年フロアいるの?」
「誰かに用?」
……来た。
これは、如月先輩について聞ける千載一遇のチャンス!
「今ちょっと、先輩方に如月先輩について少し聞いてて……」
正直に言うと、「如月?」と聞き返してくる二人の声が重なった。
「如月か」
「如月ねぇ…」
かと思ったら、腕を組んで納得したような表情と仕草をされて、逆に戸惑う。
「やっぱ1軍は学年を超えて繋がるんだなぁ」
「特に、如月に関しては良くも悪くも目立ってるしな」
先輩の一人が、廊下の奥を顎で示す。
ちょうどそのタイミングで、ギャハハハ、と遠くから笑い声が聞こえた。
そちらを見ると、さっき僕が見かけた如月先輩とお友達さんに加えて、他のクラスの人であろう人たちも混じった団体が、騒がしく話している。
「ほら、ああいう感じ。悪いヤツらじゃないんだけどな」
「移動教室の後輩が怖がってたりする事もあるんだよな」
確かに、廊下の奥に見える集団は遠目からでも分かるくらいテンションが高い。
肩を組んだかと思ったら背中を叩き、かと思ったら雑に抱きつき、ちぎり投げられている。そんな絡み方。
「あー、でも如月かぁ」
依然、集団の笑い声は聞こえてくるが、バスケ部の先輩が話し始めたので目線を戻す。
「如月単体は、そんなに喋んないよな」
「分かる。意外と静か」
先輩の言葉を聞いて、もう一度、廊下の奥の集団に目を凝らしてみると、騒がしくしている集団のなかで気だるそうに相槌を打っている如月先輩がいた。口元は笑っているけれど、会話の主導権を握っている感じはない。
「1人で静かなのはイメージ通りかもです」
「ほんと?あとはね、ノリは良いよ。口悪いけど」
「分かる、話しかければ普通に話せるし。口悪いけど」
「口、悪い……」
つい復唱すると、先輩たちは笑った。
「免疫ないと最初はビビるよ〜多分」
「『黙れ』とか『うるせぇ』とかは、もはや口癖なんかって思うくらい言ってる」
「うるせぇなぁ!!雪でも食っとけ!!」
「っふふ……」
タイムリーで、如月先輩の怒鳴り声が聞こえてきて思わず笑ってしまう。
怒鳴り声って言っても戯れてる感じの声で、あまり怖くはないけれど。
というか、『雪でも食っとけ』に辿り着く会話ってどんなんだろう。
「あー、今のアレね。2年フロアいると1日3回は聞く」
「昨日は5回くらい聞いた」
「そ、そんなに……」
目立つ集団にいて、口は悪いみたいだけど、同級生から嫌われているわけではなさそうだ。
怒鳴られた側の先輩も、楽しそうに笑っている。2年フロアではお馴染みのじゃれあいなのだろう。
「ちなみに、如月が本気で怒ってる時は、あんな言い方しないよ」
「え?」
「静かにあの集団から離れんの」
「如月がデカい声出さずにスッとあそこから離れたら『あ、なんかトラブってんだな〜』って思う」
「如月先輩ってどんな事で怒るんですか?」
僕が聞くと、目の前の先輩の頭が少し傾いた。
「あんまよく知らないけど、前は欠席過多で留年ギリギリのヤツが学校サボって遊びに行こうぜ、みたいなこと言って如月怒らせたってのは聞いたな」
「如月、面倒見いいからな」
面倒見が良い。
如月先輩の新たな一面をまた一つ、知ることができた気がする。
「まぁ、綺麗な見た目で判断すると、口悪いし痛い目見るタイプではあるかな」
「君も気をつけな?」
冗談めかした忠告に、僕は笑って頷く。
「ありがとうございます!」
お礼を言うと同時に予鈴が鳴った。
「あ、やば。次移動じゃん」
「君も早く戻りな!あぁ、見学はいつでも待ってるから〜!!」
「色々とありがとうございました!」
先輩たちと別れた後、1年フロアに戻る前に僕はもう一度、集団の方を見た。
如月先輩が『しっしっ』という仕草で廊下に留まろうとする友達を教室に追い払うように誘導しているのが見える。
きっと、本鈴が鳴る前に集団を全員教室に帰そうとしているんだろうな。
顔は綺麗だけれど、属している集団は騒がしくて、口が悪い。
……でも、頭が良くて、面倒見が良い。
今日だけで新しく2つも先輩の素敵な一面を知る事ができた。
僕は、自分の顔が自然と笑顔になるのを感じながら1年フロアに続く階段を降りた。
次は放課後、もう少し如月先輩を偵察してみよう。
「奏はさ、僕のこと『すけこまし』だと思う?」
朝一番の僕の唐突な問いに、まるで一時停止したみたいにスマホをイジっていた奏の手がぴたりと止まった。
「……なんて?」
「すけこまし」
「……女たらし的な意味の?」
「うん……」
奏は一度だけ僕の顔を見て、それから視線を逸らした。数秒の沈黙。何かを考えている時の、奏特有の仕草だ。
奏の顔を見つめながら次の言葉を待っていると、奏が突然ニヤッと笑った。
「ウケる。誰かに言われたの?」
「笑い事じゃないんだって〜……」
何を考えていた間だったんだと思わず机に突っ伏すと奏は小さく息を吐いた。
「それ言ってきたの、例の如月先輩とやら?」
「え、なんで分かったの」
「昨日の放課後、二年フロア行ってたでしょ」
……知られてたんだ。
奏は本当に、こういうところが鋭い。
「で、先輩にそう言われたの?」
「うん。まぁ冗談っぽくもあったけど……」
『っつー名目で顔近付けて、女のことホイホイ落としてんのか』
『有名だぜ?1年のひなひなは、すけこましだって』
昨日からずっと、先輩の意地悪な声が脳内でずっとリピートされる。
昼休みに2人の先輩たちと話した時は『すけこまし』だなんて発言出てこなかったから、きっとそこまで酷い噂は流れていないんだろうけど……。
如月先輩に誤解されているってだけで、僕の心を締め付けるのには十分だ。
「奏、僕さ」
「ん?」
「思わせぶりとか、そんなつもりは、ないんだけどな……」
数秒の沈黙。
机に突っ伏しているので様子は見えてはいないが、恐らく次の言葉を考えてくれている間だろう。
しばらく沈黙に身を任せていると、奏が淡々とした声で話し始めた。
「自覚はないんだろうね」
「え」
「でも距離は近い」
「………やっぱり?」
「悪気も下心もないのもちょっと関われば分かってくる。でも実際、周りから見たときに距離は近いから、誤解されるのも仕方のない事だと思うよ」
ぐうの音も出ない。
ハッキリと言ってくれる奴だと分かっていて相談したものの、こう正論をぶつけられるとダメージが大きい。
奏の言葉に反論の余地はなかった。
何も言えずに顔を上げて奏を見る。すると、奏は少しだけ首を傾げた。
「お前はどうしたいの?」
「え?」
「如月先輩からの誤解、解きたい?」
「それは……うん」
「なんで?」
「なんでって……誤解されたままだと悲しいから?」
「関わろうとしなければ関わりなんてない二年の先輩だよ。その人が悪い噂を広めるような性格の悪い人だったら話は別だと思うけど」
「そんな事する人じゃない!……はず」
「じゃあ如月先輩1人に誤解されてても別に良くない?」
そう言われればそんな気もしてくる。
オリエンテーションの時、そこまで学年を超えた交流が多い学校だとは思わなかった。
関わろうとしなければ関わる事がない先輩。その通りだ。そう、関わろうとしなければ……。
「……僕、如月先輩と仲良くなりたいんだ」
口からするりと出た言葉は、改めて自分自身の気持ちを再確認するものだった。
廊下で会って挨拶するだけの、ただの『学校が同じ人』とかじゃなくて、僕は如月先輩と仲良くなりたいのだ。
そのために、今後しっかりと友達として関わっていくために、しっかりと今のうちに誤解は解いておきたい。
奏は僕の考えがまとまったことを感じ取ったのか、僕の言葉を聞いてほんの少しだけ口元を緩める。
「お前さ」
「うん」
「仲良くなりたい!って思ったら、基本速攻で距離詰めるでしょ」
図星すぎて、言葉が詰まる。
奏に初めて話しかけた時も、とりあえず隣の人から!と振り向きざまに勢いで話しかけて、奏から挨拶が返ってきた後に初めて姿を認識した。
「そのやり方はお前のコミュ力の高さが成せる技。物怖じしないのも良い事だし、善意なのも分かるけど」
「けど?」
「相手によっては、その勢いが怖いことがある」
怖い、か。
仲良くなりたい人には積極的に話しかけていくのが、1番早く距離を縮められる方法だと思っていたけれど、相手の気持ちは考えられてなかったのかもしれない。
「……じゃあ、どうすれば」
「まずは、観察」
「観察?」
「どんな人か知ってから、距離を縮める」
今までの僕にはなかった発想だ。
ピンときていない様子の僕を見て、奏が言葉を続ける。
「偵察とも言う」
「え」
奏はさらっと言ってのけた。
て、偵察?
「大抵の人はね、この人と仲良くなりたいなって思ったらとりあえず、その人の様子を見てみるものなんだよ」
「な、なるほど……?」
「お前のコミュニケーションの取り方で事が上手く運ぶのは、相手に変な先入観を持たれてない時と、お前の顔が相手に刺さったとき限定なの、ここまで分かる?」
「はい。分かります……」
「よろしい。じゃあ如月先輩の話に戻ると、今回は、相手がお前の事を『すけこまし』だと思ってる上に、同性相手だから顔で落とすっていうのも難しい。ゆえに、いつもの猪突猛進コミュニケーションじゃ相手と仲良くなるどころか怖がられるのがオチなわけ」
奏の言葉を聞いて血の気が引いていく。
聞けば聞くほど、如月先輩と初めて学校で話した日から今日に至るまで、僕の行動はずっと裏目だったということなのだ。胸の奥がじわじわと重くなる。奏の言葉は淡々としているのに、一つ一つが的確で逃げ場がなかった。
「奏、僕どうすれば……」
自然と弱音がこぼれた。机に突っ伏し、視線を床に落とす。
最善だと思っていた自分のコミュニケーションが、万能ではないと知った今、もうこれからどうやって如月先輩に近づけば良いのかが分からない。
「まずは、相手を知るところから始めな」
「……知るところから」
項垂れてる僕の様子を見てか、奏の声はいつもより少し柔らかい。
僕が小さく復唱すると、奏は「うん」と短く頷いた。
「如月先輩って、結構2年の中で目立ってるじゃん」
「それは……間違いなく」
「別に関わりのない俺の耳にも入ってくるくらいには、良い意味でも悪い意味でも噂が多い」
『喧嘩してる男女の先輩が……』
『ひなひながああいう遊び方が好きな子なのかと思っちゃった!』
奏の言葉を聞いて、今まで人づてに耳に入ってきた如月先輩の噂を思い出した。
奏は言葉を続ける。
「結局、大事なのは周りの噂じゃなくて、お前が実際に見て、どう思うかだよ」
僕が、実際に見てどう思うか……。
「今日は追いかける前に、観察してきな」
奏がグッと伸びをした。
「観察……」
「そ、今日は偵察の日。昨日ぶりの名探偵ひなひな」
「はは……七瀬との会話、聞こえてたんだ」
冗談交じりなのに、奏の言葉には妙に説得力があった。
いきなり声をかけるんじゃなくて、近づく前に、まず見る。
どんな表情で、誰といて、どんな距離感で話しているのか。
「……できるかな」
不安が口から零れた。
今まで、コミュニケーションに関して近づき過ぎないという我慢をしたことがなかったから。
「それはお前次第」
奏はあっさりと言った。
「まず、しっかり相手を知ろうとするか、やっぱりいつも通り突っ込んでくか。まぁそれでも後者で距離を縮めてくことを貫くっていうならそれも止めはしないけど」
冷たいとも取れる言い方。
でも、突き放す感じじゃない。
「……」
如月先輩は、どんな人なんだろう。
周りから見た姿。
本人が隠している顔。
考えていること。
何が好きなのか。
何が嫌なのか。
まだ知らない事だらけだ。
「……奏」
「ん」
「僕、頑張ってみる」
そう言うと、奏はほんの一瞬だけ目を瞬かせたあと、すぐにいつもの表情に戻った。
「はいよ」
相変わらず素っ気ない。でも、それが奏なりの応援なのだ。
これは入学してから数日関わっていく中で知ることが出来た一面。
こんな風に、如月先輩のこともたくさん知っていきたい。
朝のチャイムが鳴る。
先生が教室に入ってきたので、僕含めみんなが席についた。
先輩を追いかけたい気持ちは確かにある。
でも今日は、それをぐっと抑えるのだ。
昼休みに2年のフロアにいってみよう。
——まずは、知るところから。
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奏とお昼ご飯を食べてすぐに向かった昼休みの二年フロアは、思っていたよりも騒がしかった。
入学からしばらく経ったとはいえ、まだまだ緊張した雰囲気を纏っている一年の教室とは違う、少し緩んだ空気。
廊下の端に立つだけで、自分がよそ者だと分かる。
声変わりした低い声も、少し大人びた笑い方も、一年フロアとは違う。制服の着崩し方ひとつ取っても、余裕があるというか、慣れているというか。
(……緊張する)
無意識に背筋が伸びる。そして、なんとなく廊下へ広範囲に視線を動かすと……
——あ、如月先輩だ。
昨日も一緒にいた三人の友達と並んで廊下を歩いている。
中心にいるわけでも、後ろに下がっているわけでもなく、自然と真ん中あたり。
歩くペースも周りと揃っているので特別目立つ動きはないのに、僕の目線は自然と如月先輩に吸い寄せられるのだ。
(やっぱり、背高いな……)
遠くからでも、制服の上着を肩に掛けて羽織るその姿が様になっているのが分かる。
隣の先輩が何か面白いことを言ったのか、三人が笑う中で、如月先輩は口元だけ少し緩めていた。
先輩の笑顔だ……!!楽しそう、話しかけたい!!
そう思い、足が前に出かけた瞬間。
(ダメ、今日はダメだ!)
慌てて自分を止める。今日は追いかけない『偵察の日』だ。
(今日は見て、知るだけ)
心の中で何度も言い聞かせる。
如月先輩は今、楽しそうに同級生と話している。そこに突然一年の僕が割り込んだら、どうなるか。
考えなくても分かる、確実にびっくりさせてしまう。
今日は、近づかない。
ぐっと唇を噛んで、自分にそう言い聞かせてゆっくり視線をそらす。
如月先輩の背中が視界の端から消えるまで、数秒。
小さく息を吐きながら逆方向へ向く。
今日の目的は如月先輩『本人』じゃない。
改めて、廊下を行き交う先輩たちの中から、如月先輩の話が聞けそうな先輩を探すことにした。
壁際に立っている二人組。
自販機前でパンを広げている先輩たち。
教室の扉にもたれてスマホを見ている人。
視線を動かしながら、話しかける人を探す。
つい通った人に話しかけたくなってしまうが、その衝動を抑える。
「今回も如月が……」
耳に入ってきた通りすがりの先輩の声。
いま、確かに『如月』って聞こえた!!
「あの!すみません!先輩!!」
突然、見ず知らずの一年生に話しかけられた先輩は、たいそう驚いた顔をしていた。
目を見開き、それから僕の制服に視線を落とす。
「……1年?」
「はい!すみません、急に……!」
制服の着崩し方で学年が分かったのであろう。
如月先輩に対してではないとはいえ、勢いで声をかけてしまったので慌てて頭を下げる。
偵察って、自然にやるものじゃなかったっけ。これじゃあ突然インタビューだ。
やっぱり僕は根本が突撃型なのかもしれない。
「えっと……何?」
戸惑った表情をしながらも、先輩は足を止めてくれた。
まずは立ち止まってくれたことに感謝!
「あの、如月先輩のこと少し聞いてもいいですか?」
「如月? あー……」
先輩は一瞬だけ考えるような間を置いてから、「いいけど、何が知りたいの?」と、承諾の返事をくれた。
だが、ここで緊急事態が発生。
(質問内容、なんも考えてない……!!)
偵察として2年フロアに来てみたは良いものの、如月先輩について具体的にどんな事を聞くのか何も考えていなかった。どうしよう、何を聞こう……!
「き、如月先輩って、よく遅刻とか早退をするって聞いたことがあって!それって本当なんですか……!?」
昨日、ユキ先輩がそんな事を言っていたような…!?
我ながらどんな質問だよとツッコみたくなるような問いだが、先輩はアゴに手を当てながら回答してくれた。
「あー、ちょこちょこ確かに遅れて来たりしてるか……?でも完全にサボってるイメージはないな。テストの点数は普通に良いから先生も黙認してる感じ」
「なるほどなるほど……如月先輩って頭が良いんですね……!」
「1年の時から成績上位だし、学費1部免除されてるって聞いたことある」
「えぇすご!」
うちの学校で学費が1部でも免除されるのは、1学年につき成績優秀者の上から5人だけ。
つまり如月先輩は2年生で5本の指に入る頭の良さだということだ。
神は二物を与えないなんていうけれど、先輩は顔の良さも頭の良さも両方与えられているようだ。
「教えていただいてありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げると、先輩は「どういたしまして」と軽く手を振って去っていった。
一人になって、僕は、ほぅ……と息を吐く。
『遅刻早退常習犯』とだけ聞くと素行が悪そうな印象を受けるけど、学業で結果を出しているという話を聞く限り、学校生活を軽んじているわけではないみたいようだ。
それにしても、如月先輩が学費が免除されるレベルの成績優秀者だとは……。
新たに、先輩の素敵な部分を知る事が出来てとても嬉しい。
この調子でもっともっと先輩の事を知っていくぞ!
「君!身長高いねぇ!バスケ部入らない!?」
「うぉ!?」
意気込みながら心の中で拳を突き上げた直後、突然背後から肩を叩かれ心臓が跳ねた。
驚きと共に出た声は反射的に裏返る。
振り向くと、そこには先輩が二人。どちらも制服を少し着崩しているが、髪は染めておらず爽やかな笑顔を浮かべていた。
「驚かせてごめん!君、一年だよね?」
「は、はい。そうです」
「もう部活って入ってる?」
先輩の問いに、僕は一瞬だけ言葉に詰まった。
「えっと……」
「バスケどう?身長あるし絶対向いてると思うんだけど!」
肩を軽く叩かれたまま、にこにこと笑いかけられる。
親からの遺伝と成長痛に耐えた過去の自分のおかげで、周りの1年生よりも身長が高めなためか、入学してからサッカー、バレーボール、野球と様々な部活から声を掛けてもらっている。
でも、僕は……。
「す、すみません!今はまだ考え中で……」
「もちろん無理にとは言わない!他からも声掛かってるだろうし」
「まぁでも、見学はいつでも大歓迎だから気が向いたら来てみてよ!」
「ありがとうございます!」
あっさりと引いてくれるどころかこちらへの気遣いを感じる温かい言葉。じーんと胸が熱くなる。
先輩たちは一度、顔を見合わせてから「そういえば」と、もう一度僕の方を見た。
「もう昼休み終わるけどなんで2年フロアいるの?」
「誰かに用?」
……来た。
これは、如月先輩について聞ける千載一遇のチャンス!
「今ちょっと、先輩方に如月先輩について少し聞いてて……」
正直に言うと、「如月?」と聞き返してくる二人の声が重なった。
「如月か」
「如月ねぇ…」
かと思ったら、腕を組んで納得したような表情と仕草をされて、逆に戸惑う。
「やっぱ1軍は学年を超えて繋がるんだなぁ」
「特に、如月に関しては良くも悪くも目立ってるしな」
先輩の一人が、廊下の奥を顎で示す。
ちょうどそのタイミングで、ギャハハハ、と遠くから笑い声が聞こえた。
そちらを見ると、さっき僕が見かけた如月先輩とお友達さんに加えて、他のクラスの人であろう人たちも混じった団体が、騒がしく話している。
「ほら、ああいう感じ。悪いヤツらじゃないんだけどな」
「移動教室の後輩が怖がってたりする事もあるんだよな」
確かに、廊下の奥に見える集団は遠目からでも分かるくらいテンションが高い。
肩を組んだかと思ったら背中を叩き、かと思ったら雑に抱きつき、ちぎり投げられている。そんな絡み方。
「あー、でも如月かぁ」
依然、集団の笑い声は聞こえてくるが、バスケ部の先輩が話し始めたので目線を戻す。
「如月単体は、そんなに喋んないよな」
「分かる。意外と静か」
先輩の言葉を聞いて、もう一度、廊下の奥の集団に目を凝らしてみると、騒がしくしている集団のなかで気だるそうに相槌を打っている如月先輩がいた。口元は笑っているけれど、会話の主導権を握っている感じはない。
「1人で静かなのはイメージ通りかもです」
「ほんと?あとはね、ノリは良いよ。口悪いけど」
「分かる、話しかければ普通に話せるし。口悪いけど」
「口、悪い……」
つい復唱すると、先輩たちは笑った。
「免疫ないと最初はビビるよ〜多分」
「『黙れ』とか『うるせぇ』とかは、もはや口癖なんかって思うくらい言ってる」
「うるせぇなぁ!!雪でも食っとけ!!」
「っふふ……」
タイムリーで、如月先輩の怒鳴り声が聞こえてきて思わず笑ってしまう。
怒鳴り声って言っても戯れてる感じの声で、あまり怖くはないけれど。
というか、『雪でも食っとけ』に辿り着く会話ってどんなんだろう。
「あー、今のアレね。2年フロアいると1日3回は聞く」
「昨日は5回くらい聞いた」
「そ、そんなに……」
目立つ集団にいて、口は悪いみたいだけど、同級生から嫌われているわけではなさそうだ。
怒鳴られた側の先輩も、楽しそうに笑っている。2年フロアではお馴染みのじゃれあいなのだろう。
「ちなみに、如月が本気で怒ってる時は、あんな言い方しないよ」
「え?」
「静かにあの集団から離れんの」
「如月がデカい声出さずにスッとあそこから離れたら『あ、なんかトラブってんだな〜』って思う」
「如月先輩ってどんな事で怒るんですか?」
僕が聞くと、目の前の先輩の頭が少し傾いた。
「あんまよく知らないけど、前は欠席過多で留年ギリギリのヤツが学校サボって遊びに行こうぜ、みたいなこと言って如月怒らせたってのは聞いたな」
「如月、面倒見いいからな」
面倒見が良い。
如月先輩の新たな一面をまた一つ、知ることができた気がする。
「まぁ、綺麗な見た目で判断すると、口悪いし痛い目見るタイプではあるかな」
「君も気をつけな?」
冗談めかした忠告に、僕は笑って頷く。
「ありがとうございます!」
お礼を言うと同時に予鈴が鳴った。
「あ、やば。次移動じゃん」
「君も早く戻りな!あぁ、見学はいつでも待ってるから〜!!」
「色々とありがとうございました!」
先輩たちと別れた後、1年フロアに戻る前に僕はもう一度、集団の方を見た。
如月先輩が『しっしっ』という仕草で廊下に留まろうとする友達を教室に追い払うように誘導しているのが見える。
きっと、本鈴が鳴る前に集団を全員教室に帰そうとしているんだろうな。
顔は綺麗だけれど、属している集団は騒がしくて、口が悪い。
……でも、頭が良くて、面倒見が良い。
今日だけで新しく2つも先輩の素敵な一面を知る事ができた。
僕は、自分の顔が自然と笑顔になるのを感じながら1年フロアに続く階段を降りた。
次は放課後、もう少し如月先輩を偵察してみよう。
