無自覚たらしは、自称S先輩を暴きたい

第二話

人に言えない“癖”を、誰しも一つは持っているものだと思う。


授業と授業の間の10分休憩。
僕は、授業が終わったにも関わらず、隣の席で未だ机に突っ伏している奏に声を掛けた。

「奏、そーう、もう授業終わった」

体を揺すると、ゆっくりと起き上がる顔。その表情は、寝起きのぼんやりした顔だ。ちょっと不機嫌な顔にも見える。入学してから何度か見たことのある表情。

「……おー、まじか」

奏がぼんやりとした顔のまま呟く。次に、ぽすん……と机の上に組んだ腕に顔が戻っていった。
昨日、夜遅くまで起きていたのだろうか。
まだ次の授業が始まるまで5分以上あるし、このまま少し寝かせておいてあげよう。

教室を見渡すと目に入ってくるのは、放課後の予定について楽しそうに話している人たち、その隣で会話に入ろうかとソワソワしている人、真剣な顔をして本を読んでいる人など、思い思いに次の授業までの休み時間を過ごしながら、それぞれ違った表情をしているクラスメイト達。


僕は、人の表情を眺めるのが好きだ。


家族や友達はもちろん、名前の知らない人の表情も気付いたら追ってしまう癖がある。
もし、隣にいる人が悲しそうな顔をしていたら笑わせたいと思うし、無表情の人がいたら話しかけて、どんな表情をするのかを見てみたくなる。

遡ること一週間前ほど、入学式の日。
教室を見渡すと、隣の席になった人と談笑している人、驚くべき速さで仲を深めてこの後カラオケへ行こ!と楽しそうに話している集団など、みんな緊張感はあるものの、これから始まる高校生活に胸踊らせているようで、そんなクラスメイトの表情を見ていると僕もワクワクしてきて、まずは近くの人に話しかけてみよう!と、意気込んで隣の席へ目を向けた。
「あの!初めまして!」
僕が声を掛けると、隣に座っていたクラスメイトがゆっくりとこちらを向く。
「……初めまして」
まず目に入ったのが、白く染められた髪。
次に目に入ったのが、少し不機嫌な様にも見える無表情。
第一印象は、ちょっと怖かった。
でも、不思議と突き放されている感じはしなかった。話しているうちに、奏は感情が表に出ずらいだけなんだと理解した。笑わそうとすれば笑ってくれるし、笑う必要がない時は笑わない。ある意味で正直なやつで、そんな奏と一緒にいると、とても落ち着く。自分も自然体でいられるのだ。

思い出に浸りながら、もう一度、教室を見渡す。
もう入学式の日に感じた緊張感を持っている人はいない。みんなある程度自然体で、素敵な表情だ。
その時、ふと、1人のクラスメイトが目に入った。彼は、英単語帳を眺めている。

「奏!奏!!起きて!!次の授業の最初、英単語テスト……!」

僕が体を大きく揺すると、奏はガバッと頭を起き上がらせた。

「うっわやらかした!もっと早く起こせよ!」
「数分前から起こしてたわ!!」

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なんとか英単語テスト含めた午前中の授業も乗り切り、昼食も食べ終わった昼下がり。
まだ昼休みが終わるまでには時間があるが、ぼちぼち次の授業のために理科室に向かおうと、奏と教室から出たところで七瀬含むJK集団からお声が掛かる。

「ひなひな!榊原くん、よかったら一緒に理科室行かない?」
「お!良いよ〜!俺もまだちょっと理科室までの道微妙だし!」

理科室は今朝も訪れた2年フロアの階にあるはずだが、まだ行き慣れていないし、何より先輩のフロアを歩くのは緊張するので人数が多くて損はないだろう。
「奏も良い?」
「ん、いいよ」
JK集団との合流を了承するやいなや、早々に奏は女子と話し始めた。
奏は基本、無表情なので最初こそ怖がられることが多いが、少し話せば無表情なだけで話しやすいやつだと分かるので、もうクラスメイトとも打ち解けている。
「ひなひな!朝、如月先輩に会えた?」
僕は、JK集団の中からひょっこりと抜け出した七瀬と話す。
「うん!七瀬がくれたヒントを元に名探偵ひなひな、無事に如月先輩に辿り着きました!」
「あはは、名探偵って……!」
僕が発したくだらない言葉に笑ってくれる七瀬。僕と七瀬の身長は20cmほど離れている上に、七瀬が顔を伏せて笑っているので、よく表情が見えない。
そのことにちょっぴりの寂しさを感じたときだった。
「おー!可愛い可愛い一年生じゃん!」
「なになに?迷っちゃったの〜?」
突然、七瀬に2人の先輩が話しかけてきた。急に声を掛けられた七瀬の顔が、一瞬で笑顔から緊張したような顔に変わってしまう。

そして僕は思い出す。このシチュエーション、前に読んだ少女漫画で見たところだ!ここは、僕が男らしく牽制を……!
「あの!先輩方!」
名も知らぬ先輩が、ゆっくりと僕の顔をみる。僕の方が少し背が高いので、先輩が見上げるような構図になった。
先輩の話を遮ってしまったからだろう、先輩たちの顔に不満が浮かんでいる。
これ、勢いで口を出してしまったけれど、次は僕が先輩達に荒々しく絡まれるターンじゃないか!?

『なんだ?お前』
『1年坊主が調子に乗りやがって』

思わず、脳内で目の前の先輩達が凄んでくる想像をしてしまう。
もっとフレンドリーに話しかければ良かった!
だが、時すでに遅し。後悔先に立たず。
僕は、先輩達から次にどんな言葉が出てこようと、表情だけは情けなくならないようにと顔の筋肉をキュ……と引き締めた。

やがて、ゆっくり先輩が口を開き……

「……ひなひな?」
「え?」

僕の名前を呼んだ。

「ひなひなじゃーん!」
「うわ背ぇ高えの!何センチくらい?」
「ぜ、前回測った時は173くらいでした……」
てっきり、凄まれて睨まれて怒られると思ったのに、こういうパターンは漫画で履修していない。
すっごく良い人たちじゃないか!
僕は、先輩達からの予想外の好反応と、少女漫画の輩と先輩達を重ねてしまった罪悪感とですっかり言葉が出てこなくなってしまった。
ただ、先輩方が僕に話の焦点を移してくれたおかげで、七瀬は少し前を歩いていた奏&JK集団に合流できたみたいだ。
七瀬が執拗に先輩に絡まれる心配がなくなったことにホッと胸を撫で下ろす。

「というか!先輩達はなんで僕の名前を知ってるんですか!?」
「え?だってひなひな目立ってんじゃん?」
「また……!その目立ってるってなんなんですか!?」
「逆にここまで噂になってるのに耳に入ってないんだ?」
「分からないです……お二人以外にも僕の名前を知っていらっしゃる先輩が数人いて……僕に流れてるのってどんな噂なんですか?僕、何かやらかしました?」
「やらかしたっていうか〜」
「存在が罪?」
「そう、存在がギルティ」
軽いノリで言われて言葉に詰まる。存在が罪ってそんなことあるだろうか。

『____お前は平凡な学園生活は送れないだろうよ』
今朝の如月先輩の声が脳内で蘇る。まだ入学して1週間だというのに、一体全体どうして、僕の名前がここまで広まっているのだろうか。
僕は何をしてしまったというのだろうか。

「ひなひな、落ち着いて聞いてくれ」
「は、はい」
混乱し続けている僕の様子を見てか、いよいよ先輩方が真剣な面持ちで話始める。
「入学式の日、一部の2年は、式の準備と片付けをするために強制的に雑用に駆り出されるんだ」
「それはそれは……ありがとうございました」
「いや、俺らは当たり前に出てないんだけど。わざわざ雑用に志願したヤツらの目的は一つ……」

僕と先輩の間に緊張が走る。

「イケメンの新入生を探すため!」
「ほ、ほう……?」
「そして、入学式の日を境に、2年女子の間で噂が立ち始めたんだ」
「1年にイケメンがいる。そのイケメンは『ひなひな』と呼ばれている、ってな!」
「え、えぇ!?」

そんな話、僕の耳には一切入ってきたことがない!
頭の中で、必死に入学式の日の記憶を巻き戻してみる。
入学式中は、ちゃんと前を向いて、ちゃんと話を聞いて、変なことはしていないはずだ。……多分。
だとすると、恐らく名前に関しては、入学式の後、同じ中学校だった友達と話している時に『ひなひな』と呼ばれていたのを先輩の誰かが聞いていたのだろう。
そういえばあの日は、やたら視線を感じていた気がする。
新入生だから珍しがられているものだと思っていた。
「目が合ったら微笑んでくれたって女子が多数いんだぜ?ひなひな、可愛い見た目して本当はハイエナタイプ?」
「虎視眈々と2年女子狙ってんだ?」
「ハイエナ……!?いえいえ、そんな事はなく!」
そこで思い至るのが僕の癖。
表情を見ようとこっそり人の顔を見た時に、ガッツリ目が合ってしまった時には誤魔化すために、とりあえず笑うようにしているのだ。
そうすれば、不審者には見られないと思って…。
確かに、それを2年の先輩方にしていたのなら『目が合って微笑まれた』という噂が流れているのも頷ける。
人の表情を見る事は好きだ。でも、それがこんな形で噂になるなんて、考えたこともなかった。

目線を漂わせた先、前を見ると、七瀬は奏たちの少し後ろを歩いている。時々こちらを気にするように振り返っているのが分かって、胸の奥がきゅっとした。
少なくとも、さっきみたいに緊張した顔はしていない。だが、僕のことを気にしているようだったので笑顔で手を振ってみた。
すると、七瀬も笑顔になり手を振りかえしてきてくれた。それだけで、少し救われた気持ちになる。

「……なるほどねぇ」
先輩の一人が、にやりと口角を上げて僕の顔を覗き込んできた。嫌な予感がする。すごく。
「ははーん、ひなひな」
「……え、」
「あの1年女子が好きなんだ?」
一瞬、何を言われたのか理解ができなかった。そして理解した瞬間、顔が一気に熱くなる。
「ち、違います!!」
反射的に声が裏返った。
「恋愛的なのじゃなくって……友人です!普通に!」
「はは、そんな顔赤くして『友人として』ねぇ〜?」
「うんうん、必死なのが逆に怪しい」
先輩たちは楽しそうに顔を見合わせている。
違う、違うのに。
「ほ、本当に違いますから……!」
そのときだった。

「お前ら、邪魔」

低くて短い声。空気が一変した。
先輩たちが振り返る。

「如月先輩……」

そこには、目付き鋭く、冷たい雰囲気を纏った如月先輩がいた。

「なんで男ナンパしてんだ、こういう時は相場女子じゃねぇの?」

如月先輩が呆れたように言う。怖かった雰囲気に、同級生相手への砕けた雰囲気が加わった。
まだ見たことがなかった先輩の新しい一面を見ることが出来て嬉しい。

「最初はさ、迷子の可愛い一年女子に声掛けたんだって!したら思わぬ大物が隣にいたんだよ」

……その時、ほんの一瞬だけ先輩の目が、前を歩く七瀬の背中に向いた。
すぐに逸らされた視線。でも、胸の奥がざわつく。

「迷子って…化学の教科書持ってんだからただの移動教室だろ」

それだけ言うと、如月先輩は僕の方を見ないまま、廊下の端へと寄った。
通れ、という意味らしい。

「……あ、ありがとうございます」

そう言って先輩の横を通る瞬間、刺さるような視線を感じた、気がする。
道を塞ぎながら騒いでいたのが、気に障ってしまったのだろうか。

もう廊下に一緒に教室を出たみんなの姿はない。かなり離されてしまったみたいだ。
急ぎ足で理科室へ向かう。

そして、先ほどの先輩の姿を思い出す。
昨日のような優しい顔は見れなかったどころか、笑顔すら拝むことはできなかったけれど、同級生向けた砕けた態度を見れたのは嬉しかった。

……というか、さっきの状況、スーパーポジティブに考えるなら助けてもらった……よね?
絡まれかけていたところを止めてくれて、僕が理科室へ向かえるように道を空けてくれた。
僕に対する口調と表情は相変わらず怖かったけれど、それでも、気遣ってもらえたことに胸の奥がじんわりと温かくなる。

放課後、如月先輩を見つけて、お礼を言いに行こう。
そう心に決めたところで、ちょうど理科室の扉が見えてきた。

ー改ページー

帰りのホームルームが終わり、放課後を知らせるチャイムが鳴ると、教室が一気に開放感につつまれる。
「奏、また明日ね」
「ん、また明日」
「また明日〜!」
まずは隣の奏に、そして教室の出口に向かう途中にクラスメイトに挨拶をしなから僕は教室を飛び出した。
廊下に出た瞬間、緊張で心臓がどくんと大きく鳴る。
……今なら、まだいるはずだ。
2年生のフロアへ向かう階段を上がる。まだ放課後になったばかりなので、そこまで人数は多くないものの1年のフロアと同じ階にある玄関に向かって2、3年の先輩が階段を降りてきているため、僕が若干逆走をしている感じになってしまう。
階段を登っている間も、如月先輩と入れ違いにならないようにチェックしながら進む。

2年生のフロアに着いた僕は、今朝、ユキ先輩と話した2年2組の教室の近くで待機することにした。
ここで待っていれば先輩が教室から出てくるはず…!
だんだんと廊下が賑やかになってくる。廊下を行き交う人たちの表情が見たくなってしまうけど、それで如月先輩を見逃してしまったら元も子もないので、グッと我慢。すると程なくして、如月先輩が教室から出てきたのが見えて僕は声をかけた。

「如月先輩!」

如月先輩に声をかけると、朝も一緒にいた金髪の先輩が後ろから顔を出す。
「んだよ教室の出口せき止めんなよ……ってひなひなじゃーん!」
「まじだ!ひなひな俺らに会いにきたんー!?さっきは如月に邪魔されたからな〜」
あ、一人じゃなかったんだ……。と申し訳なく思っていると、金髪の先輩の後ろからさらに二人、昼休みの時に七瀬と僕に話しかけてきた先輩が顔を出す。
気安い雰囲気は感じていたけれど、如月先輩と友達だったのか。

「てことで1年にタイマン呼ばれたからお前らとはここまでだわ」
「お、ひなひな負けんなよー!」
「俺、如月の負けに賭けるわ」
「普通こういうのって勝ちに賭けるんじゃねーの?」
「タ、タイマン!?違くて、っうお!?」
「……来い」

突然のタイマン発言に驚き口を挟もうとすると、如月先輩は僕の腕を掴み、有無を言わせない力で廊下の奥へと移動を始めた。
しばらく無言で歩き、到着したのは朝も来た人通りの少ない階段脇。

「もしかして、2人きりで話せるように気を遣ってくれたんですか?」
「…お前が目立って周りの目がうぜぇから致し方なくな」

そう返してくる先輩の表情は固い。突然呼び出す形になってしまったから怒ってる?

「さっき、すみませんでした。お友達さん達と一緒に帰るところでしたか?」
「まぁ…なんか用?」

先輩は、壁に寄りかかって腕を組んでいる。俯いているので、顔に髪がかかっていてよく表情が見えない。

「その、昼は……ありがとうございました。助けてもらって……あと、道、塞いじゃってすみませんでした」
軽く頭を下げてお礼と謝罪を伝えてみる。でも、先輩は俯いたまま。
「……別に」
感情の乗っていない声でそう言うだけだった。

沈黙が落ちる。こちらを見てくれない。
お礼と感謝の気持ちはちゃんと伝わっているだろうか?
それとも、僕と話したくないくらい怒っている?

僕は、先輩の表情が見れないことに寂しさと不安を感じて、指で先輩の髪の毛を少し避けてみた。
髪と髪の僅かな隙間から、驚いた顔の先輩と目が合う。
鋭いけれど切長で、まつ毛が長い。目の色素は薄め。
やっぱり、とても綺麗な目の形をしていると思った。
そう思ったのも束の間、先輩が僕の手を払うような仕草をしたので、大人しく手を髪から離す。
また前髪が顔にかかってしまったけれど、今回は俯かずに僕の方を向いてくれているので表情を見る事ができる。

「朝もそうだけど、お前、誰にもこういうこのしてんの?」
先輩が口を開いた。また揶揄うような意地の悪い顔だ。
「そういうって?」
「顔覗き込んできたりとか」
「いや、みんなにって訳では……」
人の表情が見たいが故に、顔を見ようとする癖はあるけれど、移動教室の時の七瀬のように顔の位置が違いすぎて顔が見れないことも多い。
流石に、しゃがんで覗き込んだりは失礼だと思うからしないけど。

「近くにいると、身長差とかで相手の表情が見えないことって、よくあって……」
「っつー名目で顔近付けて、女のことホイホイ落としてんのか」
「え!?そんな、違います!!」
「有名だぜ?1年の『ひなひな』は目が合うと笑いかけてくる『すけこまし』だって」
「誤解です……!!」
噂話に最悪の誇張をされている気がする!すけこましだなんて初めて言われた!!

「先輩、ちょっとピンッと立ってください」

僕が言うと、先輩が渋々、といった様子で姿勢を正してくれる。
すると、僕がほんの少しだけ先輩を見上げるような形になった。

「ほら、僕ら身長同じくらいなんだから、しゃんと立っててもらえれば、わざわざ僕が覗き込む必要なんてないんですよ!」
「いや、すけこまし動作を俺のせいすんなや。そもそも、……別にそんな顔なんて見なくて良いだろ」
「え!なんでですか!先輩の綺麗な顔ならいつまででも見てたいです!」

あ、言ってしまった。流石に引かれたかもしれない。
ツンツンしている先輩だから、次にどんな言葉が飛んでくるか分からなくて、咄嗟に目を逸らしてしまう。
でも、なかなか次の言葉が返ってこない。絶句しているのか……?とチラリと先輩の表情を見てみる。
先輩は、無表情だった。だけど耳がちょっと赤く染まっている気がする。
僕の目線に気付くと、先輩はフッと顔を背けてしまう。

「……そういうこと、簡単に言うな」

低い声だ。
でも怒っている、という感じはしなくて、何かを抑えているような……。

「そういうことって?」
「綺麗だとか、そういう」
「え、でも……綺麗なものは綺麗って言った方が良いじゃないですか?」
先輩が顔を体ごと背ける。もうほとんど背中しか見えなくなってしまった。
「……そういうのが思わせぶりで、すけこましなんだよ。あの一年の女子も騙されて可哀想にな」
一年の女子……七瀬のことだろうか。
「仲は良いです。よく話しますし、でも何も騙してないです」
「お前、ああいう『いかにも女子』って感じのが好きなん?」
あぁ……。と思う。よくあるのだ。無意識に距離を詰めてしまう癖のせいで、友達としての好意を恋愛的な好意として捉えられてしまうことが。

「七瀬はそういうんじゃなくて……!」
思わず声が大きくなってしまい、慌てて口を押さえる。
「その……七瀬は、大事な友達です。一緒に話してて、たくさん笑ってくれたり、優しいので…」
腕を組んでいる先輩の指先が、ぎゅっと握られたのが見えた。
「どうだか」
冷たい言葉に胸の奥がちくりとした。誤解も解けている感じがしない。
何より、さっきやっと見えるようになった先輩の顔が、また見えなくなってしまったのが悲しい。
いま先輩がどんな事を考えているのか、せめて表情から読み取れたらと思うのに。

「せっかく見えやすい位置に綺麗な顔があるのに、こっち向いてくれないと、寂しいです」
僕の正直な気持ち。
先輩の肩が、ぴくっと小さく揺れた。
ほぼ後ろを向かれてしまっているので顔は見えないけれど、髪から覗くピアスの空いた耳はじんわりと赤くなっているように見える。
あ、この光景。
昨日別れ際の夕焼けに染まっているように見えた赤い耳を思い出す。
もしかして今、先輩……照れてるのかな?
顔が見たいけど、回り込んで顔を覗き込んだらまた、すけこましって言われてしまうだろうか。

「お前、もう帰れ。俺も行く」
先輩がぶっきらぼうにそう言い、僕に背を向けたまま歩き出す。
赤い耳のまま。

あぁ、帰っちゃうんだ。
髪に隠れた顔がどんな表情をしているのかが見たかった。

もっと、知りたい。
如月先輩が、どんな顔をする人なのか。
どんな時に、声が低くなるのか。
どんな時に、目を逸らすのか。
どんな時に、照れるのか。

——全部。