無自覚たらしは、自称S先輩を暴きたい

第一話

翌日、僕は早速、ハンカチの持ち主について聞き込み調査を始めることにした。
同じ制服を着ていたから、通っているのは同じ学校に間違いないし、何より幸いなことに、ハンカチには『きさ月 じゅん』と名前が書いてあったのだ。字体からして妹さんの字だろう。妹さん記名のハンカチを持ち歩くなんて、本当に2人は仲が良いんだなぁと勝手にほんわかしてしまう。

今日の僕のミッションは2つ。
ハンカチを返すこと、もう一つは、なぜ『きさらぎ じゅん』くんが僕の名前を知っていたのかを突き止めること!

意気込みながら教室に入った僕は、そのまま最初に目に入った仲の良いクラスメイトの女子集団に話しかけた。

「JK諸君おはよう!」
「JK諸君てなに(笑)」
「お〜ひなひな、今日も元気だねぇ」
「ねぇ、突然なんだけど、この学校の『きさらぎ じゅん』って人知らない?」
「きらさぎじゅん……さんって、もしかして、2年生?」

僕の質問に眉を顰めたのは、クラスメイトの中でもよく話す『七瀬あかり』だ。

「あ、2年生なんだ!じゃあ如月先輩か!七瀬、入学したばっかなのにもう知り合いなの?」
「え、そんな、知り合いなんてとんでもない!」

慌てたように訂正する七瀬。そんなに慌てることかな?

「前に部活動の見学に行った時にね、近くで喧嘩してる男女の先輩がいて…その、男の方の先輩が『如月』って呼ばれてた気がするの……」
「別れ話が喧嘩に発展したとか?」
「なるほど……痴情のもつれってやつかな」


七瀬の言葉に、口々に感想を言ってのけるJK諸君達。
僕は、優しげな顔をして妹さんの頭を撫でていた先輩が、校内で激しい別れ話をするものかと首を傾げる。もしかしたら、この学校には何人かの如月くんがいて、七瀬が見た如月先輩は僕が探している如月くんとはまた違う人なのではないだろうか。

「七瀬、質問です。その如月先輩って黒髪だった?」
「うん。黒髪だった」
「背が高い?」
「遠目でしか見た事ないけど、高かったと思う……」
「ピアスは空いてる?」
「わ、分からない……」
「切長の目が綺麗なイケメン?」
「き、切長?怖くてそこまでじっくり顔は見てないから分からないです……!」
「おは〜、おっとひなひな、近ぇよ」
「……うお!?って、奏!おはよう!!」

突然、背後から肩を掴まれた。驚いて振り向くと、そこには同じクラスの『榊原 奏』が眠そうにあくびをしている。
奏とは、出席番号順の席が隣で話すようになり、今ではクラスで1番の仲の良い友達。
そんな奏に今、知らぬ間に近くなっていた七瀬との距離をひっぺがされた訳である。
確かに、顔が少し近かったかもしれない。何かに夢中になると周りが見えなくなってしまうのは僕の悪い癖だ。

「ごめん七瀬!」
「ううん、大丈夫だよ。朝から元気だねぇ、ひなひな」

七瀬は顔を手で仰ぎながらそう言うと、眉毛を下げて言葉を続ける。
「ひなひなが探してるのって私が見た如月先輩なのかな……?」
「うーん、まだ断言は出来ないけど、とりあえず2年生に『如月先輩』がいるってだけでも大収穫だよ!七瀬、ありがとう!」

僕は七瀬にお礼を言うと、すぐに教室を出た。

「ひなひな、おはよー。ってそんなに急いでどこ行くん?」
「おはよ!ちょっと2年のフロア行ってくる!」
「今から!?まぁ気ぃつけてな〜」
廊下で友達に挨拶を返しつつ早歩きで進む。2年フロアは1年フロアの真上にあるため階段を登ると、あっという間に到着だ。まだ入学したてだということもあり、あまり来たことがない場所で、当たり前だけれど関わったことがない先輩が大半だから緊張する。
だがここまで来たら、如月先輩は確実に近くにいるはず!ここは勇気の出しどころだぞ!
次に通りかかった優しそうな人に如月先輩のことを聞くんだ!

「お、もしかして、ひなひなじゃ〜ん?」
「え!?」
決意を固めた瞬間、背後から知らない声がして驚き振り向くと、そこには茶髪を緩く巻いた……
「え、美人!」
美人がいた。人は一学年違うだけでこんなにも大人っぽい雰囲気を纏えるものなのだろうか。
「ちょ、初対面で美人は照れるってー」
「あ、すみません突然!お名前は……」
「小雪って名前だから、みんなにはユキって呼ばれてるよん!なに?誰か探してるの?」
「そうなんです!僕、人を探してて、でもその前にその前に……ユキ先輩、なんで僕の名前を知っているんですか?」

昨日会った如月くんも僕の名前を知っていたようだったし、入学早々悪い噂が流れているのならば今後の高校生活のために、迅速に訂正する必要がある。

「いやいやなんでも何も、1年のひなひなっていったら有名だし私も見た瞬間分かったよん!」
「有名……!?え、それは良い意味!?悪い意味!?どっちですか!?」
「んふ〜!可愛い!ひなひな自撮りしよ♡内カメ3秒タイマーね!さぁん、にー、いち……」

若干の会話の成り立たなさを感じつつも、悪い人ではなさそうだ。
朝の予鈴も迫っているので、とりあえず数枚の写真を撮り終えた後、改めて2年の如月先輩について聞いてみることにした。

「ユキ先輩、質問よろしいでしょうか!」
「はいどうぞ!!一緒に写真撮ってくれたしなんでも答えちゃう!」
「ありがとうございます。僕、如月……如月先輩を探してるんですけど、ご存知だったりしますか?」
「うぇ!?如月って如月隼?ひなひな仲良いの?」

『きさ月じゅん』ハンカチに書いてあった名前と一致している!
やっぱり2年の如月先輩が僕の探している人物に間違いないみたいだ。

「いえ、仲良いわけではないんです!今日はちょっと届け物があって……。あ、でも今後仲良くなれたらなとは思うんですけど!」
「なるほどねー!?てっきりひなひながああいう遊び方が好きな子なのかと思っちゃった!」
「ああいう遊び方…?」
七瀬から聞いた話に関係があるのだろうか。ユキ先輩の反応といい、如月先輩にあまり良い噂を聞かなくて驚く。
少なくとも、妹さんの頭を優しい手つきで撫でていた如月先輩とは結びつかなくて頭が混乱する。
「あぁごめんごめん。悪いヤツじゃないんだよ。ただ遅刻早退魔なのと、なんかこう、はっちゃけてるだけで!!」
「うーんと……その如月先輩って、切長の目で長めの黒髪で高身長の芸術品のような顔を持つイケメンですか?」
「外見的特徴は一致。アイツ顔は良いんだよ。芸術品とまで例えられてるのはウケるけど」

まだギリギリ、同姓同名の可能性があるのではないだろうかと思って質問してみるが、名前と外見も一致しているとなると、同姓同名の如月さん、ということではなさそうである。

「ただ、アイツ根っからのSだからさー、顔に引き寄せられた女の子達、みんな泣かせてんの」
「えす…S!?」

恐らくサイズの話ではないのだろうということは流石の僕でも分かる。
あの、妹さんへ優しい顔を向けていた、妹さんの頭を優しく撫でていた、あの先輩がS!?サディスト…!?
あまりその手の話には詳しくないけれど、性格的なSっていうと…。思わず鞭を振り回す如月先輩を思い浮かべてしまい身震いする。
僕が頭を抱えていると、教室の中からユキ先輩を呼ぶ声がした。ユキ先輩はそれに応えると教室の方へ歩き出す。
「あたし、さっき如月が教室から出て行くの見たから、ここで待ってれば会えると思うよ!」
「ありがとうございます……」
「如月に泣かされないようにね〜」
「泣かさ、え、えぇ……?」

混乱している僕をよそに、ユキ先輩は教室に入っていってしまった。
一人残された廊下は、人が少なくなったこともあり先ほどより静かな印象を受ける。
僕は、ユキ先輩に言われた通り、教室の前で如月先輩を待つことにした。
見上げると2-2という表記が見える。先輩は2年2組に所属しているようだ。

如月先輩を待つ間、ぼんやりとしていると浮かぶのは、妹さんの頭を撫でていた優しい手と優しい声。
昨日ただ、ほんの数秒目が合っただけの先輩なのに、あの妹さんに向けた優しい横顔を思い出すたびに、胸の奥が言葉では表せない温かい感情でいっぱいになる。
その後に僕に向けられたのは冷たい顔だったけれど、表情が静かな分その美しさが際立っていた。
別に、恋とかそんな大げさなものじゃないはずだけど、もう一回。
昨日のあの芸術品みたいな顔を近くで見てみたい。あの芸術品のような顔が、他にどんな表情を浮かべるのかを見てみたい。そんな欲が、じくじくと心の中で広がっていく。


「__おい、ドア塞いでんなよ」
空気が一瞬で冷え切るような、低くて冷たい声が、すぐ後ろから落ちてきた。
その声は昨日、商店街で聞いた優しい声とはまったく違っていたけれど、間違いない。

バッと振り返る。

「……っ!」

そこには、切望していた先輩の姿。芸術品のような顔がすぐ後ろに見えた。
ただ、僕を退かそうとした声はすごく低かったし、何より表情も目も冷たくて、昨日商店街で見た人と同じ顔のはずなのに別人のように感じる。あまりにも雰囲気が違いすぎる……!
僕が何も言えずにいると、先輩は何も言わずに、教室へ入ろうと僕の横を通り抜けてしまう。

「先輩!僕、1年の朝比奈陽向っていいます!」
僕は必死にその背中に声をかけた。
「は?」
先輩は、いかにも怠そうな顔で振り向く。
「これ……あの、先輩のハンカチですよね?」
「……」
「昨日妹さんと歩いている時に……」
「え、隼、お前妹いんの!?」

僕と先輩の会話に割り込んできたのは、髪を金髪に染めた先輩だ。

「お前に関係ねーだろ」
「え〜俺、隼に妹がいるなんて聞いたことなかったな〜、言ってよ〜、悲しい、泣いちゃう〜」
「ははっウケる。泣け泣け〜んでお前ダル絡みしてくんなや、はよどっか行け」

わざとらしく泣き真似をする金髪の先輩を鬱陶しそうにあしらう如月先輩。
その口調は昨日見た優しい言葉からは想像がつかないほどに荒々しい。

「お前、ちょっとこっち来い」

金髪の先輩を追い払った如月先輩に呼ばれて教室を出ると、無言で先輩が廊下を歩き始めたので着いていく。
もう少しで予鈴が鳴るからだろう、先ほどよりもさらに歩いている人の人数は少なくなっているが、1年の僕が2年のフロアを歩いているからか、はたまた如月先輩に連れられて歩いているからか、とても視線を感じる。
しばらく歩き、人気のない2年フロアの1番奥にある階段の前へ辿り着くと、如月先輩がやっと歩きを止めてこちらを見てくれた。
昨日見る事が出来なかった正面からの顔。無表情で少し怖いけれど、やっぱりとても綺麗だ。
今は僕が先輩を見下ろすような形になっているが、背中が丸まっているのを見ると、きっと僕より身長が高いんだろうなぁ。
見惚れていると、先輩が無言で手を僕の方に出した。
そうか、ハンカチ、渡さないと。
そう思って、ハンカチを差し出す。
先輩は、ハンカチを受け取ろうと手を伸ばす。
でも……これを渡したら、次に先輩に会えるのはいつなんだろう。話せるチャンスはあるのだろうか。

そう考えたら居ても立っても居られなくて、僕はハンカチを受け取った先輩の手をほとんど反射的に掴んでしまった。

「は!?」

先輩がびっくりしたように手を引こうとするけど、僕は手を離さない。

「先輩、昨日僕の名前呼んでくれましたよね?なんで知ってたんですか?」
「まず手ぇ離せ」
「何か悪い噂が流れてますか……?睨まれたのもその噂のせいですか!?」
「聞け」
「僕の高校生活がかかってるんです……!教えてください!」
「…………」
「教えてください!!」

見ず知らずの先輩達に何かを誤解されてるのは、これからの高校生活においてあまりにもツラい。誤解は早いうちに解いておかないと!
先輩は手を離してもらいたそうにしていたが、諦めずに手を握り続ける。やがて、先輩のひんやりした手に僕の体温が移り始めた頃、観念したように口を開いてくれた。

「名前……知ってたのは、お前が目立ってるから」
「めだ……!?悪目立ち!?」
「ある意味、悪目立ちかもな。お前はもう平凡な学園生活は送れねーよ」
「そ、そんなぁ……」
「さっきも2年フロアで目立ちまくってたもんなぁ。可哀想に」
「えぇ……」

高校生活始まったばかりにして、早くも終了宣言……!?
肩をがっくし落としていると、先輩が顔を覗き込んできたので驚いた。突然、近くに綺麗な顔が現れるとびっくりする。

「ははっ…お前、コロッコロ表情変わんのな。イジリ甲斐ある」

目を細めて、意地の悪く笑う先輩の顔。
そんな顔も美しくて好きだけれど、僕はもっと優しい先輩の顔も知っている。他の表情を見てみたいんだ。

「さっきから意地悪ばっかり……僕、見ちゃったので知ってるんですよ。先輩の優しい顔も、声も」

未だ僕の手の中にある先輩の手。自然と先輩の手を握る自分の手に力がこもる。

「このハンカチだって妹さんの字ですよね?大切に持ち歩くの、優しいお兄さんなんだなって思います」
「……気のせいじゃねーの」
「顔だって、僕と会ってからずっと眉間に皺が寄ってる。こんなに綺麗な顔なのに勿体無いです」

先輩の手を握っていない方の手で、ゆっくり先輩の前髪を掻き分けると、眉間のシワはそのままに、先輩の目が見開かれた。

あ、髪は黒いけれど、瞳の色は薄い方なんだ。

「お前、距離ちか……」
「ねぇ、先輩。これ、先輩のハンカチなんですよね?」
「……今、俺が受け取ろうとしてるってことはそういう事だろ」
「大切なんですよね。妹さん」
「……」
「だから、あんなに優しい顔してたんですね」
「やっぱお前、昨日見てたのか」
「少しだけ、本当に偶然です」

先輩の目線が、僕の顔から手元のハンカチに移った。すると、すっと眉間の皺が薄くなる。あぁほら、やっぱり、昨日みた優しい顔そのまんまだ。同姓同名の別人なんかじゃない。

「……安心しました」
「……は、何が」
「みんな、先輩のこと怖い人だって言うんです。実際に会ってもすごく鋭い目つきで、昨日の印象と違い過ぎてびっくりしたんですけど……」

再び、先輩の目線が僕の顔に戻り、眉間に皺が寄ってしまう。僕は、先輩と入れ替わりで手元のハンカチに目線を移した。
すぐ振り解いて逃げる事だって出来るはずなのに、僕に掴まれたままの手。

ほら。

「僕が昨日見た優しい先輩は、間違いじゃなかったんだなって」

キーンコーンカーンコーン……

僕が言うやいなや、2人きりの廊下に予鈴が響き渡った。
そうか、朝礼の前に突撃しちゃったからタイムリミットが……!

「す、すみません!予鈴が……!!教室に戻りましょう!」
「……手、離せ」
「あ、て、手!!はい!!」

先輩の手と僕の手が離れてスッと手が冷たくなり、寂しい気持ちになる。

「ここ降りたら1年のフロア。早よ行け」
「あ、ありがとうございます!失礼します!」

如月先輩がすぐ近くの階段を示してくれたので、そこを降りていく。
踊り場のところで振り向くと、まだ先輩はこちらを見ていたみたいだ。
目が合ったので、僕は階段の上の先輩に向けて言った。

「先輩!また来ますね!」
「おう、もう来んな」

優しくない目線に声。そして、つれない返事。
だけど、僕の脳裏には先程、優しい顔でハンカチを見つめる先輩の顔が焼き付いている。
やっぱり先輩は、ただ冷たいだけの人じゃない、はず。

入学してから1週間。
これから、僕、朝比奈陽向と如月隼先輩のスクールライフがスタートする。