無自覚たらしは、自称S先輩を暴きたい

プロローグ

彼と出会ったのは、ほんの偶然。
西日に照らされた商店街の中でだった。

「心春、にぃにが来たからな。もう大丈夫だから」

 夕方の商店街の雑踏の中から聞こえたその声で振り向くと、そこには僕と同じ制服を着た男子高校生と、小学校低学年くらいの女の子がいた。

「よくここまで泣かなかったなぁ。偉いぞ、心春は良い子だ」

小学生の背に合わせて屈んでいるものの、足の長さから、高校生にしては高い身長だということが分かる。そして、長めの黒髪。髪から覗く耳には数個開いたピアス。一見すると近寄りがたそうで、もっと言うならば、怖いとすら思う雰囲気を纏う男子高校生。
そんな彼が、小さな背中にランドセルを背負いながら泣きじゃくる女の子の肩を、大切に抱き寄せながら頭を撫でる。その手つきが、何よりも、慈愛に満ちたその表情があまりにも優しくて、僕はその優しい光景から目が離せなくなっていた。

やがて、泣き止みつつある小学生に安堵したような表情をみせた男子高校生が顔を上げる。

「……………あ」

 バチっと視線が合った。当たり前だ。僕はずっと男子高校生を見ていたのだから。
目が合った瞬間、彼の目がスッと鋭くなる。思わず息が詰まり、喉から細い声が出た。
彼は端正な顔立ちをしていた。切長気味な美しい目、スッと通った鼻筋。そして、ほのかなピンクに色付いている薄い唇。その美しい顔立ちに吸い込まれるように、僕は目が離せなくなってしまった。
イケメンの鋭い目つきというのは迫力がある。ただ『怖い』と思う以上に『綺麗』だと思った。
時間が許される限り、その芸術品のような顔を見つめていたい。次は、その顔がどんな表情に変わるのかを見ていたい。
願わくば、さっきの優しい表情をもう一度…。
 
そんな事を考えながら交わったままの目線を逸らせずにいると、おもむろに男子高校生が口を開いた。
「………ひなひな?」
その言葉に、頭に雷が落ちたかのような衝撃を覚える。
「え!?なんで僕の名前!?」
そう。彼が口に出したのは、僕のあだ名。先ほどまでの優しい声とは違う、冷たい印象を感じる声だったけれど。確かに彼はいま僕の名を口にしたのだ。


「…にぃに、帰ろう?」
会話から察するに、高校生の妹さんなのであろう女の子の声が声をかけると、2人は手を繋いで歩き始めた。
「あ…か、帰り、気をつけてくださいね!」
このまま無言で別れたくないと考えた僕は、必死に頭を回転させたけれど、出てきたのはありきたりな言葉。距離的にまだ声は届くはずだと思わず背中に声をかけると、彼は少し驚いたような顔で振り返った。驚いた顔も作り物みたいに綺麗だ。

でも、振り返ったのは、ほんの一瞬。
彼は僕からそっと視線を逸らすと、もう振り返ることなく歩いて行ってしまった。
しかし、長めの黒髪から覗いている耳が少し赤くなっているように見えて、思わず胸が高鳴る。

耳が赤い、ということは照れているのかな?
彼は今一体どんな表情をしているんだろう!!

見に行きたい!でも流石に不審者だと思われてしまう…!と悶々と考えながら2人の後ろ姿を眺めていると、近くの踏切間際で男子高校生のポケットから何かが落ちるのが見えた。彼はそれに気づかない。早歩きで近づき、拾ってみるとハンカチのようだ。ふんわりと柔軟剤の匂いがする。
届けようと顔を上げたところで、踏切の遮断機が閉まっていく。
なるほど、神様は僕の味方をしてくださるらしい。
夕焼けの中で、落とし物のハンカチを握りしめながら、俺は踏切越しに彼の後ろ姿を見送った。

これが、高校一年の春。
僕と彼__如月隼との出会いの日だった。