人と書いて、『抗う』と読む


 カップラーメンにお湯を入れて三分待つ。その間にテーブルに置いた携帯を手に取り検索欄に特定の文字を打ち込んだ。「少女 行方不明」「猪ヶ丘公園 死体発見」「澤村小春(さわむらこはる) 誘拐事件」。だが、どれもめぼしい情報は出てこなかった。そのことに、少女の家族へ対する怒りと自分自身へ対する安堵を感じた。
蓋を剥がして、割り箸を乱暴に突き立てる。湯気の立つそれを隣の部屋まで運んだ。

 「…ほら。熱いから気をつけて食べるんだよ」

 襖を開けた瞬間、甘い匂いがした。洗剤か、石鹸か、よく分からない。バニラの香りに似ている気がした。カップラーメンを床に置くと、少女は少し考えるような顔をしてから近づき、割り箸を不恰好に持ってヅルヅルと麺を啜り始めた。
 汁が飛び散り具が転がる。床が汚れていくが古都龍也(ふるみたつや)は気にする素振りは見せなかった。床はもともときれいじゃない。散らかっているというより、使い続けられている感じに近い状態だった。同じ位置に、何度も踏まれて角の潰れたレシートが張り付いている。
 内容は読める。日付も、時刻も。気が付いてはいるのに剥がそうとしたことは一度もない。
  流しには洗っていない食器が何枚も置かれている。
同じ形の水滴が乾いては残り、縁が白く濁っている。
 灰皿の代わりに使っているマグカップの底には、潰したフィルターが沈殿していて、指を入れれば触れる距離だった。片付けようと思いながらも、長い時間そのまま放置されている。
 自分の空腹を誤魔化すように、胸ポケットからタバコを取り出し、先端に火をつける。そのとき、アパートの階段をハイヒールで上ってくる足音が聞こえてきた。一段、二段。途中で、靴底が少しだけ擦れる。踊り場で一瞬止まって、また音が続いた。
 煙を吐く前に、俺は火を消した。扉が閉まる音。それから、鍵を回す音が一度。
 しばらく、外が静かになるまで、俺はそのまま立っていた。