クラスのぼっちギャルを更生させて自分を大切にすることを教え込んでやった話。

 先ほどの廊下での出来事の後、アイさんは多くを語らなかった。ただ、迷子の仔猫のように俺の後ろをついてくるだけで、その頭は深く俯けられていた。
 頬で滲んでいたマスカラは拭き取られていたが、顔の赤みはまだ引いていなかった。

 俺は腕時計に目をやった。午後五時。

「真っ直ぐ帰らないの……?」学校の正門前まで来たとき、アイさんが弱々しく尋ねてきた。
「買わなきゃいけないものがあるんだ」俺は短く答えた。
「俺の家には君のものが何もないだろ? 着替えに洗面用具、それに……まあ、晩飯の食材だ」  アイさんは戸惑っているようだった。彼女は制服の裾をぎゅっと握りしめた。
「でも……私、今あんまりお金持ってないの。バイトの給料が入ったら後で必ず返すから――」
「投資だと思っておけ」俺は歩き出しながら言葉を遮った。
「同居人が栄養失調や風邪で倒れたりしたら、俺が困る。面倒なことになりたくないだけだ」

 彼女が負担を感じすぎないよう、わざとそう突き放した。
 それが、彼女の劣等感を少しでも和らげるための、俺なりの小さな嘘だった。

 ***

 俺たちは駅近くのローカルスーパーに到着した。スーパーの中の空気は、外で荒れ狂う北海道の風に比べれば温かかった。
 俺は買い物カートを取り、一瞬、二人は野菜売り場の前で立ち尽くした。

 ああ……この光景は……奇妙だ。

 俺のような地味な男が、普段は偽りの華やかさと騒がしい笑いに囲まれているはずの五木アイと買い物をしている。
 もしクラスメイトが今の俺たちを見たら、間違いなく世界の終わりだと思うだろうな。

「荒木くん……どんなスープが好き?」

 その問いが俺の思索を打ち消した。アイさんは二種類の鍋の素を手に持ち、その瞳は先ほどよりも少しだけ生き生きとした輝きを宿して俺を見つめていた。

「何でもいい。好き嫌いはないんだ」
「じゃあ、お鍋にしよう! こういう寒い日は温かいものが一番だもんね?」彼女は言った。

 彼女はカートの中に次々と食材を入れ始めた。白菜、キノコ、薄切り肉、それに豆腐。
 野菜を選ぶその手つきは、驚くほど手慣れていた。どれが新鮮で、どれがそうでないかを迷うことなく見極めている。

(本当に、一人で生きることに慣れてるんだな……)

 再び、胸の奥がチリりと痛んだ。派手なギャルの外見の裏で、この少女は環境によって大人になることを強いられてきたのだ。
 節約の仕方も、料理の仕方も、そして頼れる者がいない世界がいかに残酷であるかも、彼女は知っている。

「荒木くん、どうしてそんなに見つめるの?」アイさんが首を傾げ、一房の金髪が彼女の肩にこぼれ落ちた。
「あ……いや……何でもない。ただ、君はエプロンが……似合いそうだと思っただけだ」
 彼女の顔が瞬時に真っ赤になった。「は、はぁ?! 人前で変なこと言わないでよ!」

 彼女は下着や日用品の売り場へと足早に向かい、スパイス売り場の近くで立ち尽くす俺を置き去りにした。
 ああ、そうだ。俺には手伝えない買い物もあるんだった。俺は猛烈に気まずい気分になりながら、レジの近くで彼女を待った。

 ***

 帰り道は、より穏やかな空気が流れていた。その夜、雪は勢いを増し始め、アスパラを薄い白の層で覆い尽くそうとしていた。
 俺は両手に大きなビニール袋を提げ、アイさんはその隣を歩きながら、時折、安っぽいニットの手袋をはめた手で雪の粒を捕まえていた。
「さっき……教室で……」アイさんが口を開いた。その声は雪を踏みしめる俺たちの足音に混じり合う。
「ん?」
「た、助け出してくれてありがとう。あんたが来なかったら、私、あの男の前で馬鹿みたいに笑い続けてたと思う」

 俺は足を止めた。淡い黄色の街灯が彼女の頭の先を照らしていた。

 「アイさん。俺はヒーローになりたくて君を連れ出したわけじゃない。君が自分の気持ちを裏切っているのを見ていられなかっただけだ」

 俺は誰もいない道の先をじっと見つめた。

「俺の家では、『ギャルの五木アイ』でいる必要はない。君は君がなりたい誰かになればいい。悲しいなら泣け、疲れたなら愚痴をこぼせ。俺が聞くから」

 再び静寂が訪れたが、今度は温かかった。
 突然、ジャケットの袖に小さな重みを感じた。アイさんは俺の手を握るのではなく、ただ、俺のジャケットの袖の端をぎゅっと力強く掴んでいた。

「だったら……た、頼っても……いいかな?」彼女が静かに囁いた。
「もちろんだ」

 胸が高鳴った。この感情は……危険だ。彼女の自尊心を「更生」させたいと思っていたはずの俺が、無意識のうちに彼女の脆い世界に引き込まれ始めている。
 けれど、微かに見せた心からの微笑み――偽りではない彼女の初めての笑顔――を見たとき、この決断を後悔することはないだろうと確信した。
 その夜、いつもは冷え切っていた俺のアパートは鍋の香りで満たされた。そして北海道に越してきて以来初めて、少女の小さな笑い声が、この場所を本当の「家」のように感じさせてくれた。