クラスのぼっちギャルを更生させて自分を大切にすることを教え込んでやった話。

 学校は、ひどく疲れ果てる演劇の舞台のようだ。少なくとも、教室にいる五木アイを見るたびに俺はそう思う。
 俺の前で見せる彼女は、アパートで温かい茶のカップを抱えながら今にも泣き出しそうだった、あの脆い少女だ。
 しかし、ここ、教室の蛍光灯の下では、彼女は再び仮面を被っている。
 彼女は他の女子グループと一緒に大きな声で笑っている。その声は甲高く、仕草は媚びるようで、再び乱された金髪――おそらく、わざとそうしているのだろうが――を何度もいじり回している。

(どうしてそこまで演技をしなきゃならないんだ?)

「荒木、またぼーっとしてるぞ」

 悟の声が俺の思考を遮った。彼は俺の前の席に逆向きに座っており、その隣では明日香がノートを整理しながら立っていた。

「さっきの数学の問題を考えていただけだ」俺は嘘をついた。
「えー、嘘おっしゃい」明日香が即座に割り込む。彼女の鋭い瞳が探るように俺を見つめた。
「さっきからずっと前の方を見てるじゃない。正確には、五木さんのことを」

 俺は視線を逸らし、窓の外を眺めた。薄い雪が再び降り始め、広い校庭を白く染めていく。

「彼女……居心地が悪そうに見えたんだ」俺はほとんど聞こえないような声で呟いた。
 悟が長い溜息をつく。「まあな、あいつはいつも注目の的だからな。でも知ってるだろ、荒木? あいつの噂、どんどんひどくなってるんだ。昨日も、土砂降りの中を街外れの安アパートに向かって歩いてるのを見た奴がいるらしい。みんな、『客を迎えに行ってる』って言ってるぜ」

 シャープペンシルを握る俺の手が無意識に強張った。

 客? 昨日の彼女は俺と一緒にいた。家賃が払えなくて泣いていたんだ。そんな方法で金を稼ごうとしていたわけじゃない。

「悟、滅多なこと言わないの」明日香が彼氏の肩を軽く叩いてたしなめた。
「それは彼女の見た目に嫉妬してる連中の勝手な思い込みよ」
「分かってるよ、分かってるって! 俺は聞いたことをそのまま言っただけだって」悟は弁解し、再び俺を見た。
「でもマジだぜ、荒木。あいつに深入りしすぎるなよ。お前は真っ当な奴なんだから。あんな噂の絶えない奴に巻き込まれたら、お前のイメージまで崩れちまう」

 イメージ?

 俺のことなんて知りもしない連中の目に映るイメージなんて、知ったことか。

 突然、前列の笑い声が止まった。
 隣のクラスの男子生徒が入ってきて、アイの机に歩み寄った。
 わざとボタンを外した制服を着て、傲慢な態度を隠そうともしないタイプの男だ。

「よお、五木! 家賃に困ってんだって? 今夜、俺に付き合わないか? 貯金ならたっぷりあるぜ」その男は、クラスの半分に聞こえるような大声で、見下すように言った。

 教室の空気が一瞬にして凍りついた。

 俺はアイの肩が強張るのを見た。スマホを握る彼女の指先は、白くなるほど強く力がこもっている。
 しかし次の瞬間、彼女は偽りの「ギャル」の笑みを浮かべた。

「えー? マジで? でも私、高いよ? あんたに払えるかなー?」アイは無理に作った誘うような声で答えた。

 どうして、自分からその噂を認めるような真似をするんだ。

 胸の奥が熱くなった。見知らぬ怒りが込み上げてくる。その傲慢な男に対してではない。恥から自分を守るためだけに、これほど簡単に自尊心を投げ捨てるアイに対しての怒りだ。

 俺は席から立ち上がった。静寂の中で、椅子が床をこする音が鋭く響く。

「荒木? どこ行くんだよ」悟が困惑して尋ねる。

 俺は答えなかった。真っ直ぐに前列へと歩いていく。
 明日香が息を呑み、悟はただ呆然と口を開けていた。
 俺の足はアイの机の真横で止まった。隣のクラスの男が、邪魔をされたという顔で俺を睨む。

「あぁ? 何だお前、陰気なツラしやがって」男が嘲笑った。

 俺はそいつを見なかった。俺の視線はアイだけを捉えていた。彼女はひどく驚き、俺が何かおかしなことをしでかさないかと懇願するような目で俺を見上げた。

「五木さん」俺は淡々と言った。
「あ、荒木くん? どうしたの?」偽りの笑顔の裏で、彼女の声が震えている。
「忘れたのか? 今日は俺と一緒に図務室の清掃当番だ。先生が待ってるぞ」俺は無表情のまま嘘をついた。  
「は? 図書室? いつからそんな――」

 彼女が言い返す前に、俺はその手首を掴んだ。その手は昨夜と同じように冷たかった。

「行くぞ。今すぐだ」

 俺は彼女を連れて教室を出た。後ろで毒づくあの男や、ヒソヒソ話を始めるクラスメイトたちを置き去りにして。
 明日香と悟の心配そうな視線を含め、教室中からの刺さるような視線を感じた。
 校舎の裏へと続く人影のない廊下まで来ると、俺は彼女の手を離した。

「……何するのよ!」アイが小さな声で叫んだ。その顔は恥ずかしさと苛立ちで赤くなっている。
「あんた、自分が新しい噂のターゲットにされるって分かってるの、荒木くん!」

 俺は振り向き、今まで誰にも向けたことがないほどの真剣な眼差しで彼女を見つめた。

「じゃあ、どうしてあんな男に自分を貶めさせるんだ?」

 アイは絶句した。彼女は項垂れ、金髪がその顔を隠した。

「私……ただ、みんなに黙ってほしかっただけ。笑って流せば、冗談だって思ってもらえるから。自分が本当は惨めで、お金もないって知られるよりはマシなんだもん……」
「そんなことはない」俺は遮った。

 俺は一歩近づき、二人の距離を縮めた。北海道の雪の冷たい匂いが廊下に忍び込んでくる。

「これからは、もう嘘をつかなくていい。心が痛いなら、笑う必要なんてない。君には帰る場所があるんだ、アイさん。そしてあの家では……君は価値のある五木アイだ。あいつらが噂するような『悪い女』じゃない」

 アイが顔を上げた。その瞳に涙が溜まり始め、今朝一生懸命につけたマスカラを崩していく。

「どうして……どうして私のために、そこまでしてくれるの?」
「昨日も言っただろ?」俺は彼女の頬を伝う涙を親指で拭いながら答えた。
「君に分かってほしいんだ。君の自尊心は、どこの男の金でも買えないくらい高いんだってことを」

 廊下の隅で、柱の陰からこちらを覗いている明日香のシルエットが見えた。彼女は近づいてくることはせず、ただ小さく微笑んでから背を向けて去っていった。
 どうやら今日から、教室の『ぼっち』としての俺の穏やかな生活は、正式に終わりを迎えたらしい。