ひかりのとなり〜幼馴染とふたりで配信中〜

 ヨウとユウキのコラボ配信が再度始まった。陽は配信が始まるなり、挨拶もせずにみんなに頭を下げた。
「ほんとごめん!俺が、ユウキとフォロワー数離れすぎたのが苦しくて、追いつくまで距離置いてもらってた!」
 一方的に置いておいて、「置いてもらってた」とかよく言うよ、と思ったが、そこはもう和解済みなのでツッコんでも良くないなと思い、軽く相槌を打つだけに徹した。
『そうだったんだ。いまではすっかり二人とも有名配信者だよね』
『ちょっと前までひよっこ配信者だったのに、こんなに成長して……』
 配信を始めたときはよく着ていたカーディガンを、暑くて着るか悩むくらいになってきた。それくらいの期間しか経っていない。
「本当に、僕たちが伸びたのは運がよかったところも大きかったと思ってて。特に最初にバズったのはヨウのおかげだから、僕としてはずっとヨウに引っ張ってもらってるつもりだったんだよ。陽に言われて、めっちゃ驚いたんだから」
『ユウキくんからしたらそうだよね、ヨウくん大好き〜って感じだし』
 え、そんな感じする……?
 「好き」という言葉に、あの日以降すごく過敏になってしまった。勝手に一方的に陽を意識するようになってしまって、いつも通りでいるのが少し難しくなってしまった。とはいえ、「急にしばらく距離置いたらそうなるのも当たり前か」くらいにみんな思ってくれているようで、特にツッコまれたりはしていない。

 でも逆に、羽衣だけが僕の違和感に気づいたみたいで、ゲームをしているときにこっそり聞かれた。
「優輝、陽と何かあった、でしょ」
「何かって言っても、前話した仲直り以来特に普通だよ」
「なんか普通じゃないなって、思うから言ってるんだけど」
 羽衣はすごく人を見ていて、すごく鋭い。大人だなとも思う。
 相談内容を人に漏らされる心配とかは一切していないんだけど、男同士だし、もしかしたら引いたりするかもしれない……そういう心配はあって、なかなか今回のことだけは相談できずにいた。しばらく黙ると、
「なんでも話すだけが友達じゃないと思ってるから、無理しないでいいけど。前みたいに話したら楽になることなら、言ってね」
 と言って、羽衣も黙った。沈黙が気まずくなくて、一緒にいて落ち着く相手だ。
「……羽衣の言う通り、何かあったっちゃあったんだけど……話せるようになったら、そのときは聞いてくれる?」
「もちろん」
 なんなら見透かされていて、全てバレているような気すらしてしまうくらい、優しい声でそう言われた。
 あの日仲直りした次の日、宣言通り羽衣に陽のことを紹介した。陽にも羽衣のことを、「僕よりFPS上手いんだよ」と紹介すると、「すげー」と目を見開いていた。けれど陽は夕方ごろに、僕は夜中に、それぞれほぼ毎日配信しているせいで、なかなか三人で遊ぶことはなかった。大学で一緒に三人でご飯を食べることは増えたけど、大抵は陽がほとんど一人で喋って、僕と羽衣は頷いている。それなのに僕の違和感に気づくなんて、どれだけすごいんだ。
「じゃあ、優輝がその秘密教えてくれたら、オレも一個秘密、教えてあげる」
「羽衣にも秘密があるの?」
「うん。オレからしたら大したことじゃないけど」
 そう言われると、気になって話したくなってしまう。羽衣なら引いたりしないんじゃないか?なんて、急に思えてきてしまう。
「ヒント!ヒントちょうだい」
「いいよ。じゃあ優輝もヒント出してね」
 ヒントか、何を言おう……少し考えて、
「陽と何かあったってよりは、僕の心境の変化って感じ」
 ……ほぼ答えだろうか?でも、好きとかそういうことは言ってないし、少なくともこの情報だけで引かれたりはしないはず……と、思うことにした。
「なるほどね。オレはね、陽のこと……もっと前から知ってたよ」
「ええ〜?」
 小中高には羽衣みたいなやつ居なかったはずだから、習い事とか?でもそれにしては陽が羽衣のこと知らないふうだったんだよな……
 分かったのは、意外とヒントだけじゃ何もわからない、ということだけだった。

 僕が陽を意識し出したあの日から、陽も陽で僕への距離感がバグり始めていた。仲直りしたことが相当嬉しかったのか、陽の家で二人でいるときはやたらとくっついてきたり、帰ろうとしたら「泊まってけよ」とか引き止めるようになってきた。嬉しいけど、変にドキドキしてしまって、今までなら多分平気だった同じベッドで寝るのとかも難しくなってしまった。ちょうど暑くなってきていたので、「暑いから床で寝るよ」なんて言い訳して。そしたら「じゃあ俺も!」とか言って床に転がる。
「てか優輝、最近なんか距離あるくね?」
 お前のせいだよ、と言いたくなってしまった。好きだなんて軽率に言うから。どんな気持ちで僕が我慢してるか知らないんだろ、って八つ当たりじみたことを思ってしまう。
 羽衣に相談するのですら怖いのに、本人に打ち明けるのなんてもっと怖い。そういう目で見られてると思わなかった、キモいです、さようなら、と言われてしまう可能性だって全然ある。……優しいから言い方はもうちょい柔らかいだろうけど。
「逆だよ。陽が近いんだよ」
「そうかなぁ」
 いや、そうかも?とブツブツ一人で言っている。流石にそうだよ。それは自覚してほしい。
「嫌?」
 そんなずるい聞き方をされたら、嫌とは言えない。別に嫌なわけじゃないし。
「嫌とかじゃないけどさ」
 じゃないけど、ドキドキしちゃうんだって!って叫びたかった。もう全部ぶちまけてしまえたら楽なのに。
「よかった、優輝に嫌がられたらどうしようかと思った」
 心の底からホッとしたような声音に、罪悪感すら覚えてしまう。このままじゃ無意識のうちに陽を傷つけるかもしれない。僕は羽衣に相談することを決意した。

 羽衣に『前言ってた相談、話したいんだけど』と連絡をすると、『いいよ』とすぐに返事が来た。『オレの家で話そう』と言われ、週末に羽衣の家に行くことになった。
 最寄り駅で待ち合わせをして、家まで道案内をしてもらう。
「話そうって思ってくれてありがとう」
 にこりと微笑んでそんなことを言ってくれるが、僕は少しだけ懸念していることがあった。
 前から陽を知っていた、と羽衣は言った。それ関連で秘密があるとも。もし、羽衣が、もっと前から陽のことを好きだったとしたら……?そんなことを考えてしまうくらい、陽はキラキラしていてかっこいい。
「着いたよ、優輝」
 見ると、羽衣の家は大きな一軒家だった。
「実家暮らしなんだ」
「うん。大学、近いから選んだ」
 それにしてもちょっと緊張してしまうくらい大きな家で、ドキドキしながら玄関をくぐった。
「おじゃまします」
「ただいま。兄ちゃん、紹介したい友達連れてきた」
「おかえりー、友達なんて珍しいじゃん」
 そう言って顔を出した、羽衣の兄の顔を、僕はめちゃめちゃ知っていた。羽衣の秘密の謎が解けた。
「……チヒロ?」
「は?ユウキくんじゃん、なんで?」
 羽衣の話によると、兄の配信をたまに見ていて、コラボした陽のことは知っていたらしい。大学で陽を見たとき、「兄ちゃんとコラボした人だ」と思っていたとのことだ。
「だから初めて話したとき、僕のことも知ってたんだ」
「ヨウさんといつも一緒にいる人だ、くらいの認識だったけど。だから、声かけられたとき、すごくびっくりした」
「世間狭ぁ、ヤバすぎ」
 チヒロはゲラゲラ笑っていた。配信で見た通りの人で、裏表がなさすぎて驚いた。もしかしたら、相手が僕だから配信のキャラで話しかけてるだけかもしれないけど……
 「まぁゆっくりしていけよ〜」とチヒロはリビングに戻り、テレビを見ながらスマホをいじっていた。僕らも羽衣の部屋に移動して、促されるままベッドに座った。
 羽衣はデスクから椅子を引っ張り出して、僕と向かい合うように座る。
「黙ってて、ごめん。でもいきなり話したら、身バレかなとか、怖がるかもと思ったし、かと言って兄ちゃんのこと誰にでも紹介するわけにもいかないし……」
 当然だ。チヒロはまだ僕と陽のフォロワー数を足しても追いつかないくらいのインフルエンサーで、大学生のファンも多いだろうから。
「仲良くなったら言おうと思ってたんだけど、タイミングがつかめなかったから。きっかけをくれてありがとう」
「羽衣ってすぐお礼言うよね」
 いつも、僕の方こそありがとうなのに、と思ってばっかりだ。
「口癖なんだ。ネガティブなよりはいいかなって、直す気もないんだけど」
「直さなくていいと思う!素敵だなって思うよ」
 そのままなんとなくすぐには言い出せなくて、しばらく羽衣のデスクの話をしていた。パソコンすごいね、スペック教えてとか、ヘッドセットめっちゃいいやつじゃんとか。羽衣曰く、チヒロの配信機材のお古が多いから、結構スペックもいいし、音質もいいやつが多いらしい。なんか、ものすごく納得だった。
 そうしてしばらく取り留めもない話をした後、やっと僕は羽衣に向き直った。その動きで察してくれたみたいで、羽衣も少しだけ椅子をこっちに向けてくれた。
「僕、好きになっちゃったんだ。陽のこと」
 なんて言われるか怖くて、言い終えてすぐにぎゅっと目を瞑ってしまった。けれど、呆気ないほどさっぱりした声で、
「そうなんだ」
 とだけ返ってきた。
「それだけ?」
「え、えっと……ごめん、恋愛はあんまり詳しくなくて、これ以上なんとも言えない」
「そ、そうじゃなくて!その……男同士だけど、変とか思わない?」
 羽衣は本気で何が言いたいのか分からないという顔をした。「思わないよ」とだけ言って、こちらをじっと見つめてきた。続きを促されている気分になって、「それで、」と僕は続けた。
「陽がすごい距離近くて、どうしようとか思っちゃって。もともとこんな感じだっけ?いやでも、絶対違うよなとか、めっちゃ考えちゃって」
 それで……それで。今まであったことを話しているうち、惚気ているみたいで恥ずかしくなってきた。つい黙り込むと、さっきまで頷くのに徹していた羽衣がやっと喋り出した。
「告白しちゃいなよ、なんて言えないけど。優輝が苦しいなら、しちゃってもいいと思う」
「……その心は?」
「それで優輝のこと気持ち悪がるような人なら、どっちにせよ距離を置くことになるんじゃない?絶対両思いだとか無責任に言えないけど、絶対真剣に向き合って考えてくれる人だよ、とは、言えるかな」
 分からないよ。友達が同性を好きだった、ってことと、友達が自分を好きだった、ってことは、大きく違うと思うから。僕が彼氏を紹介しても陽は絶対に気持ち悪がったりしないのはその通りだけど、同性に好意を向けられるという恐怖はあるんじゃないかと思うから。
「そもそも、僕の気持ちもふわっとしてるんだ。いつ、なんで好きになったかって、上手く言えないし」
「そんなの、誰しも上手く言えないものだと思うよ」
 そうかもしれない。けど、僕は陽に好きだと言われて意識し始めたから、本当にちょろいだけかもしれない。いまだけ舞い上がっていて、すぐに落ち着くのかもしれない。
 けれど、こうして相談できたことで、自分の気持ちが少し整理できた。そう伝えると、「役に立てたならよかった」と、羽衣は少しホッとした顔をした。
「オレ、人と付き合ったことがないんだ。だから本当に聞き役にしかなれない。もちろん、優輝が話したいならいくらでも聞くんだけど……アドバイスとかはできないかも」
「そんな卑屈にならないでよ!めっちゃ役に立ってる。聞いてくれるだけですごく助かってる。こんな話できる友達、他にいないから」
「ありがとう。オレ、話すの苦手だから、今まで友達もあんまいなかったんだ。兄ちゃんだけ。」
 それはめっちゃ意外だ。確かに口数は少ないけど、すごく話を聞くのが上手いし、それは今までのコミュニケーションで育んできたものだと思っていたから。
「優輝が頼ってくれるの、めっちゃ嬉しいんだ」
「……僕のこともたまには頼ってくれていいんだよ?」
「うん。悩みができたら言う。……あ、最近の悩みは、ランクがなかなか上がらないこと」
「最近勝てないよね、FPS……もっと上手くなるぞ!」
「オレも、もっと上手くなる」
 そんな話を日が暮れるまでしていたら、チヒロが部屋の扉をノックしながら「そろそろ飯だぞー、ユウキくんも食っていくか?」と声をかけてきたので、お言葉に甘えることにした。
「ウチ親出張でいないから、男の手料理だけど〜。米ならおかわりあるから、好きなだけ食べてって」
 食卓には、すごく大きい皿に載せられた大量のチンジャオロースと、三人分のご飯がよそってあった。
「またチンジャオロース」
「家にあるもので作ったんだから仕方ないだろ」
 どうやら連日らしいが、僕からしたらただの美味しそうなチンジャオロースだ。美味しくありがたくいただくことにしよう。
 三人でいただきますを言って、各々のペースでご飯を食べていく。チヒロがずっと喋っていて、僕の配信始めたきっかけを聞いてきたり、ユウキくんとも今度コラボしたいとか、逆にヨウくんも今度家に呼んでよとか。ずーっと喋ってるのに、箸が一切止まってなくて器用だなーと思った。
「でも、羽衣が友達連れてくるの、ホント初めてなんだよ。コイツ家でゲームばっかしてるから」
「僕ともゲームばっかしてますよ」
「やっぱり?んでも、仲良くしてくれてありがとなぁ」
 兄ちゃんがお礼言うことじゃないし、と不機嫌そうに羽衣が言った。「でもありがとう」と続けられたので、「僕もありがとう」と返したら、「ラブラブかよ」とチヒロに笑われてしまった。

 その後羽衣は陽にもチヒロのことを打ち明けたようで、陽に学校で会った時「なあ、世間狭いなあ」と開口一番に言ってきた。
「僕もびっくりした。似てないよね」
「そうかあ?言われてみれば似てる気がするぞ!」
 陽はそんな適当なことを言っていた。チヒロが中性的で美人な感じの顔立ちなのに比べて、羽衣はがっしり骨っぽい、男らしい顔立ちだ。少なくともパッと見た感じは全然似ていない。言われてみても似ているという感じではない。
 そんな話をしていたら羽衣が遅れて教室に入ってきて「寝坊した」と言ってきた。珍しくもない、遅くまでゲームをしていたんだろう。
「あ、優輝、この前うちにイヤホン忘れていったよ」
 そういえば無いと思ってた。ありがとう、と受け取ろうとしたら、陽に「はー??」と割って入られる。
「待って待って、優輝、羽衣の家行ったの?なんで?なんで俺呼んでもらえなかったの?」
「優輝とナイショの話したから」
 ちょ、羽衣……!焦っている間にも、陽が言い返す。
「秘密って何?俺に言えない感じ?」
「うん」
「そっか」
 陽は意外にも食い下がらなかった。そして諦めたように笑った。
「仕方ないよな。俺が優輝を突き放したのが悪いんだし」
 待ってよ、違うんだよ。本当なら今すぐ陽にも話したいんだ。けど、自分の中で決意をしっかり固めるまで待ってほしいんだ。
「陽」
「何」
 むすっと返事をされる。
「絶対言うから、待ってて」
「……分かったよ」
 それを見た羽衣が、少し満足げな顔をしていた。わざとだ、こいつ……!
 正直、もうほとんど、好きだってことは確信していた。理由なんか分からなくても、陽のこと考えると苦しくなる心臓が証明してくれる。でも言えないのは、陽に嫌われるのが怖いから。あと一歩の勇気が足りなくて、ずっと足踏みしていた。