全部僕が弱いからいけなかった。リスナーのみんなに、そういうコメントはやめてほしいって、堂々と言えればよかったんだ。もっと陽を守れればよかったんだ。そういう後悔ばかりが先に立っていた。だから、次の配信でこそみんなにそのことを言おう、次こそ、次こそ、そう思っているうちに、六晩も配信してしまった。
今日こそ言わないと、明日はまたコラボの予定だ。もう二度とあんな配信にはしたくない。あまりコメントを見なくていいようにと思って、今回はゲーム配信を陽に提案はしたが、それでも不安だった。
その日の夜、配信をつけて、僕は六日間言いたかったことをやっと切り出した。
「こんユウキ、みんな来てくれてありがとう。あのね、今日は話したいことがあるの。ヨウとのコラボ配信のことなんだけど……」
来ているリスナーさんの中に、『ヨウって誰?』って人もいて、慌ててヨウについて少し話す。毎週水曜にコラボしていて、明日もコラボ予定の大切な友達だよ、って。
「それでね、そのときに……なんていうか、僕一人の配信のほうが見やすい、見たいな……コメントとかあってね。そういうのは、できれば言わないでほしいなって。僕はヨウのこと大好きだし、ヨウのこと悪く言われたら辛いよ」
反応はかなりまちまちだった。『そんなこと思っても言うべきじゃないよね』『伝えてくれてありがとう!気をつける!』みたいな肯定的な声もあれば、『それくらいその場のノリじゃん、軽く流してよ』『そういうの受け流せないと立派な配信者になれないぞ』というような厳しい声もあった。それでも嫌だから、ときちんと言えたことで、きっと状況は好転する。配信を始めて、インターネットでいい人とばかり関わって、すっかり人を信じきってしまっていた僕は、お気楽にもそんなことを考えていたのだ。
「優輝、最近寝不足じゃなさそうで安心したわ」
水曜、学校で会った陽は、真っ先にそんな風に僕のことを心配してくれた。
「先週はちょっと夜更かししちゃっただけだってば。もう平気だよ」
もちろん、学業に支障が出ないように、あの時の徹夜配信みたいな無茶はしないようにしようとは心がけていた。けれど、それ以上に、先週のコラボ配信以降、リスナーのみんなのことが少しだけ怖くなってしまって、楽しく長く配信できなくなってしまったのもあった。特に、コメントのこと注意しようと思っていたのもあって、いつ言おうかずっと頭の端で考えていたから、配信に集中し切れなかったのだ。おかげさまで、睡眠時間だけはバッチリ取れていた。
「それは良かった。それで──今日はゲームコラボか」
陽はいつも通りだった。いつも通り優しくて、いつも通り明るかった。だけど時々、言葉に詰まっているように見えた。苦しそうな目をしているように見えた。今もそんな風に見えて、平気そうに見えるけど陽も怖いんだ、と伝わってきた。
「うん、FPSコラボ。陽のことキャリーしちゃうよ」
でも今日は大丈夫。だってFPSだから、コメント欄を見る余裕すらないし、見ることができなくてもリスナーさんもわかってくれる。それに、昨日の配信でああいうコメントはやめてねって言えたから。今日こそ大丈夫だよ、陽。
講義中はずっと、それでもああいうコメントが来たらどうしようって、そればかり考えていた。なんて言い返すか、はたまたどう無視するか。言葉に詰まってしまった時用の話題なんかも考えたりした。陽に相談すれば良かったのに、陽を守るんだって一人で突っ走っていた。陽との時間を、楽しい配信の時間を、絶対に奪われてたまるか。そんなことを思っていた。
講義が終わって、二人で晩御飯を買いにスーパーに向かう。その間も、先週の配信後みたいにずっと喋っていた。どんな味付けにするかとか、レシピをアレンジしちゃおうかとか、他にも、FPSどんな戦法で戦おうかとか、どんな銃を使いたいかとか。とにかく普段は喋らないようなことをずっと喋っていた。まだ配信が始まってもいないのに、沈黙したら負けだ、みたいな緊張感があった。きっとそれは、どんなコメントを見てしまっても沈黙しないぞという、二人の決意の表れだったようにも思えた。
アレンジパスタは思ったより美味しくできて、満足だった。満足だったから、いつもよりなかなか配信デスクの方に動けなかった。そんな時間が少しだけ続いて、僕がなんとなくカバンを手元に引っ張ったのをきっかけに、なんとなくゲーミングノートを取り出して、なんとなく陽は配信デスクの方に向かった。コラボ配信を始めた頃の、乗り気だった陽を思うと胸が痛かった。だからこそ、今日こそ絶対に楽しい配信にするんだと、改めて強く決意した。
二人ともパソコンを操作しなきゃいけない都合上、いつもより少し遠くに座った。手を握ってあげたくても握ってあげられる距離じゃなくて、とにかく祈った。陽が辛くなりませんように。
「よっし、配信開始!」
「うん!」
いつもより少し力強く返事した。力を込めようとしたのと、力がこもってしまったのと、両方だった。
「昼でも夜でもおっはヨウ!ヨウでーす!今日はユウキはちょっと後ろのほうにいるよ〜」
「ユウキです!みんな聞こえるー?」
『聞こえるよ!』
『そんな声張らなくて大丈夫だよ笑笑』
コメント欄は穏やかで、ひとまずはほっとした。冷静に考えれば、アンチじゃないんだからきっかけなくひどい言葉を吐く理由はないわけで、冒頭から陽が何か言われるはずもなかったのだが、とにかくひどく警戒していたのだ。
「今日はFPSコラボ!ユウキにランクアップ手伝ってもらうんだ」
「僕の数少ない特技だからね、任せて!」
対戦相手とのマッチングを待ちながら、お互いどれくらいFPSをやりこんでいるかとか、いつからやっているかとか、そういう話をした。まずは講義中に用意した話題だ。最初からコメント欄頼りの配信にならないようにという作戦は成功だ。
ゲームをしながらちらりとコメント欄を見ると、『コメント拾ってくれないからつまらない』のように言われていて、「また雑談のとき喋ろうね、ごめんね」と返した。
それが、どうやら失敗だった。
『ユウキくんFPSしてるのにコメント欄見れるのすご!』
『やっぱヨウと同じ低ランクだとつまらないんじゃない?ユウキって結構上のランクだったでしょ?』
『ヨウってやっぱり、ユウキの足ひっぱってる』
そんなコメントがちらほら届いた。ヨウは索敵に集中していますように、この瞬間のコメント欄を見ていませんように。そう祈りながら僕も、ゲーム内で周囲を見渡す。
中には『ダメだって!そういうコメントやめようって、ユウキくん言ってたじゃん!』と注意してくれる人もいて、おかげでそれ以上は続かなかった。ヨウはずっと「あっちの山の方に敵がチラチラ見えるんだよな」とゲームについてばかり喋っていたから、きっと大丈夫だと安堵した。しかし、その試合が終わった時だった。
『ヨウってユウキに持ち上げられてばっかり。ゲームでも、配信でも。ユウキが可哀想』
狙ったように、終了と同時にコメントされた。僕たちがコメント欄を見るのを見越してコメントしたに違いなかった。さっきまでのゲーム中のコメントと違って、間違いなく陽の目に入った。でも大丈夫、こういう時のためにたくさん話題を考えたんだ。
「みんな、どうだった?どのキルが一番カッコよかった?」
みんなの思う名シーンでコメントが埋まり、すぐにさっきのコメントは流れた。だけど僕は、もう陽の顔を怖くて見られなかった。
陽の相槌がいつもより短い気がした。陽の声がいつもより少しだけ低い気がした。もしかしたら気のせいかもしれない、そんな些細な違和感が拭えなかった。
陽のことを助けたいのに、助け方が分からない。それがすごく苦しかった。
その日の配信は、その後は特に何もなく終わった。だけど、陽に帰り際、ぼそりと言われた。
「優輝、俺に気を使ってるよな。ごめんな」
そんなことない、と咄嗟に言えなかった。それは、あの、と言葉に詰まっている間に、陽はまたいつもみたいに笑って。
「ごめん、忘れて!」
忘れられるはずがなかった。
僕のせいだ。僕が陽に褒められて、調子に乗って徹夜配信なんかしなければ。バズらなければ。そしたら、陽にこんな思いさせずに済んだのに。
「違うよ、僕の方こそ、本当にごめん」
「なんで優輝が謝るんだよ……」
やっと陽が、笑うのをやめた。そういえば、陽は最近ずっと笑っていた。今までは、怒るときは怒るし、悲しむときは悲しんでいたのに。
気を使ってるのは、陽の方じゃないか。そう言いたかったけど、言ってしまえば全部終わってしまうような気がして、言えなかった。言わなかった。それなのに。
「やめよう」
陽は真顔のまま続けた。
「しばらく、コラボ配信やめよう」
言わなかったのに、終わってしまった。
今日こそ言わないと、明日はまたコラボの予定だ。もう二度とあんな配信にはしたくない。あまりコメントを見なくていいようにと思って、今回はゲーム配信を陽に提案はしたが、それでも不安だった。
その日の夜、配信をつけて、僕は六日間言いたかったことをやっと切り出した。
「こんユウキ、みんな来てくれてありがとう。あのね、今日は話したいことがあるの。ヨウとのコラボ配信のことなんだけど……」
来ているリスナーさんの中に、『ヨウって誰?』って人もいて、慌ててヨウについて少し話す。毎週水曜にコラボしていて、明日もコラボ予定の大切な友達だよ、って。
「それでね、そのときに……なんていうか、僕一人の配信のほうが見やすい、見たいな……コメントとかあってね。そういうのは、できれば言わないでほしいなって。僕はヨウのこと大好きだし、ヨウのこと悪く言われたら辛いよ」
反応はかなりまちまちだった。『そんなこと思っても言うべきじゃないよね』『伝えてくれてありがとう!気をつける!』みたいな肯定的な声もあれば、『それくらいその場のノリじゃん、軽く流してよ』『そういうの受け流せないと立派な配信者になれないぞ』というような厳しい声もあった。それでも嫌だから、ときちんと言えたことで、きっと状況は好転する。配信を始めて、インターネットでいい人とばかり関わって、すっかり人を信じきってしまっていた僕は、お気楽にもそんなことを考えていたのだ。
「優輝、最近寝不足じゃなさそうで安心したわ」
水曜、学校で会った陽は、真っ先にそんな風に僕のことを心配してくれた。
「先週はちょっと夜更かししちゃっただけだってば。もう平気だよ」
もちろん、学業に支障が出ないように、あの時の徹夜配信みたいな無茶はしないようにしようとは心がけていた。けれど、それ以上に、先週のコラボ配信以降、リスナーのみんなのことが少しだけ怖くなってしまって、楽しく長く配信できなくなってしまったのもあった。特に、コメントのこと注意しようと思っていたのもあって、いつ言おうかずっと頭の端で考えていたから、配信に集中し切れなかったのだ。おかげさまで、睡眠時間だけはバッチリ取れていた。
「それは良かった。それで──今日はゲームコラボか」
陽はいつも通りだった。いつも通り優しくて、いつも通り明るかった。だけど時々、言葉に詰まっているように見えた。苦しそうな目をしているように見えた。今もそんな風に見えて、平気そうに見えるけど陽も怖いんだ、と伝わってきた。
「うん、FPSコラボ。陽のことキャリーしちゃうよ」
でも今日は大丈夫。だってFPSだから、コメント欄を見る余裕すらないし、見ることができなくてもリスナーさんもわかってくれる。それに、昨日の配信でああいうコメントはやめてねって言えたから。今日こそ大丈夫だよ、陽。
講義中はずっと、それでもああいうコメントが来たらどうしようって、そればかり考えていた。なんて言い返すか、はたまたどう無視するか。言葉に詰まってしまった時用の話題なんかも考えたりした。陽に相談すれば良かったのに、陽を守るんだって一人で突っ走っていた。陽との時間を、楽しい配信の時間を、絶対に奪われてたまるか。そんなことを思っていた。
講義が終わって、二人で晩御飯を買いにスーパーに向かう。その間も、先週の配信後みたいにずっと喋っていた。どんな味付けにするかとか、レシピをアレンジしちゃおうかとか、他にも、FPSどんな戦法で戦おうかとか、どんな銃を使いたいかとか。とにかく普段は喋らないようなことをずっと喋っていた。まだ配信が始まってもいないのに、沈黙したら負けだ、みたいな緊張感があった。きっとそれは、どんなコメントを見てしまっても沈黙しないぞという、二人の決意の表れだったようにも思えた。
アレンジパスタは思ったより美味しくできて、満足だった。満足だったから、いつもよりなかなか配信デスクの方に動けなかった。そんな時間が少しだけ続いて、僕がなんとなくカバンを手元に引っ張ったのをきっかけに、なんとなくゲーミングノートを取り出して、なんとなく陽は配信デスクの方に向かった。コラボ配信を始めた頃の、乗り気だった陽を思うと胸が痛かった。だからこそ、今日こそ絶対に楽しい配信にするんだと、改めて強く決意した。
二人ともパソコンを操作しなきゃいけない都合上、いつもより少し遠くに座った。手を握ってあげたくても握ってあげられる距離じゃなくて、とにかく祈った。陽が辛くなりませんように。
「よっし、配信開始!」
「うん!」
いつもより少し力強く返事した。力を込めようとしたのと、力がこもってしまったのと、両方だった。
「昼でも夜でもおっはヨウ!ヨウでーす!今日はユウキはちょっと後ろのほうにいるよ〜」
「ユウキです!みんな聞こえるー?」
『聞こえるよ!』
『そんな声張らなくて大丈夫だよ笑笑』
コメント欄は穏やかで、ひとまずはほっとした。冷静に考えれば、アンチじゃないんだからきっかけなくひどい言葉を吐く理由はないわけで、冒頭から陽が何か言われるはずもなかったのだが、とにかくひどく警戒していたのだ。
「今日はFPSコラボ!ユウキにランクアップ手伝ってもらうんだ」
「僕の数少ない特技だからね、任せて!」
対戦相手とのマッチングを待ちながら、お互いどれくらいFPSをやりこんでいるかとか、いつからやっているかとか、そういう話をした。まずは講義中に用意した話題だ。最初からコメント欄頼りの配信にならないようにという作戦は成功だ。
ゲームをしながらちらりとコメント欄を見ると、『コメント拾ってくれないからつまらない』のように言われていて、「また雑談のとき喋ろうね、ごめんね」と返した。
それが、どうやら失敗だった。
『ユウキくんFPSしてるのにコメント欄見れるのすご!』
『やっぱヨウと同じ低ランクだとつまらないんじゃない?ユウキって結構上のランクだったでしょ?』
『ヨウってやっぱり、ユウキの足ひっぱってる』
そんなコメントがちらほら届いた。ヨウは索敵に集中していますように、この瞬間のコメント欄を見ていませんように。そう祈りながら僕も、ゲーム内で周囲を見渡す。
中には『ダメだって!そういうコメントやめようって、ユウキくん言ってたじゃん!』と注意してくれる人もいて、おかげでそれ以上は続かなかった。ヨウはずっと「あっちの山の方に敵がチラチラ見えるんだよな」とゲームについてばかり喋っていたから、きっと大丈夫だと安堵した。しかし、その試合が終わった時だった。
『ヨウってユウキに持ち上げられてばっかり。ゲームでも、配信でも。ユウキが可哀想』
狙ったように、終了と同時にコメントされた。僕たちがコメント欄を見るのを見越してコメントしたに違いなかった。さっきまでのゲーム中のコメントと違って、間違いなく陽の目に入った。でも大丈夫、こういう時のためにたくさん話題を考えたんだ。
「みんな、どうだった?どのキルが一番カッコよかった?」
みんなの思う名シーンでコメントが埋まり、すぐにさっきのコメントは流れた。だけど僕は、もう陽の顔を怖くて見られなかった。
陽の相槌がいつもより短い気がした。陽の声がいつもより少しだけ低い気がした。もしかしたら気のせいかもしれない、そんな些細な違和感が拭えなかった。
陽のことを助けたいのに、助け方が分からない。それがすごく苦しかった。
その日の配信は、その後は特に何もなく終わった。だけど、陽に帰り際、ぼそりと言われた。
「優輝、俺に気を使ってるよな。ごめんな」
そんなことない、と咄嗟に言えなかった。それは、あの、と言葉に詰まっている間に、陽はまたいつもみたいに笑って。
「ごめん、忘れて!」
忘れられるはずがなかった。
僕のせいだ。僕が陽に褒められて、調子に乗って徹夜配信なんかしなければ。バズらなければ。そしたら、陽にこんな思いさせずに済んだのに。
「違うよ、僕の方こそ、本当にごめん」
「なんで優輝が謝るんだよ……」
やっと陽が、笑うのをやめた。そういえば、陽は最近ずっと笑っていた。今までは、怒るときは怒るし、悲しむときは悲しんでいたのに。
気を使ってるのは、陽の方じゃないか。そう言いたかったけど、言ってしまえば全部終わってしまうような気がして、言えなかった。言わなかった。それなのに。
「やめよう」
陽は真顔のまま続けた。
「しばらく、コラボ配信やめよう」
言わなかったのに、終わってしまった。
