ひかりのとなり〜幼馴染とふたりで配信中〜

 翌朝と言わず、翌昼くらいまで寝た。いや、朝まで起きてたからもはや翌昼ではなく今昼なのか……?寝起きの頭で、そんなどうでもいいことをぼうっと考える。
 枕元に転がっていたスマホを手に取ると、『遅くまでありが』まで入力された投稿画面があった。打たれていた文字に少し付け加えて、『昨夜は遅くまでありがとう』にして投稿ボタンを押した。
 通知欄を見るとまだまだ例の投稿が拡散されていっている様子だった。思ったよりバズるのって長いんだな、と思いつつ、みんなからのコメントを見逃さないように通知欄を追っていく。昨夜の僕の配信の切り抜きを投稿してくれてる人もいたのでなんとなく開いてみたが、眠そうで滑舌が悪くて聞けたものじゃないな、とそっと閉じた。
 これが可愛いなんて、陽もみんなも何を考えているんだろう……そう思いながら冷凍庫から食パンを取り出し、オーブンで焼く。焼けるのを待ちながら、先ほどの投稿についたコメントに返信していく。学校のない土日は、授業プリントやノートを整理して過ごすことが多いが、ほぼ徹夜明けでそんな気力もなく、トーストを食べ終えると再度布団に潜り、SNSを眺めた。
 なんだかんだチヒロと陽は仲良くなっているみたいで、コメントで雑談をしていた。そんなの裏でやればいいのに、と面白くない気持ちになる。と、そういえば自分は、わざわざSNSで陽にコメントをしたことがないことをふと思い出す。自分ができないことをやってのけるチヒロにまたしても勝手に嫉妬していることに気づき、このままでは良くないとコメントを送信する。
『ヨウ、コラボお疲れ様!盛り上がってたじゃん!僕のこと捨てないでね』
 冗談っぽく、と思って打った文字だったが、捨てるという言葉が想定より重く自分自身に刺さってしまったため、トトトと消していく。悩んだ末、『ヨウ、コラボお疲れ様!盛り上がってたじゃん!』だけ送信した。爆速で『見ててくれたのか〜相棒!』と返ってきた。捨てないでねって文字は消したのに、僕が陽の隣にいられるか不安になってること、見透かしたみたいな返信だった。敵わないなと思って、いいねボタンだけ押してスマホを閉じた。
 陽のその言葉ですっかり元気が出て、布団を這い出て授業プリントをファイルにまとめながら、つくづくチョロいな自分、とため息をつく。最近少し陽に振り回されすぎている自覚がある。最近の趣味といえば専ら配信だが、配信もひっくるめて陽が趣味、って感じになっている。よくないな、陽からしても重いだろうな。
 そんな風に自問自答して、整理が終わった後、配信とは無関係でやりたかったゲームを一人でプレイすることにした。『昨夜長くて疲れちゃったから今夜はおやすみ!』と投稿して、準備万端。積みゲー(と言ってもデジタルなので実物が積み上がっているわけではないが)の一つを選び、スマホも通知をオフにしてゲームに没頭した。

 翌朝、通知を切っていたことを後悔する量の通知が届いていた。SNSのフォロー通知、動画配信サイトのチャンネル登録通知、そして陽からのメッセージ。
 真っ先に陽からのメッセージを開くと、『優輝!バズってる!また!』と来ていた。今度は何がバズったんだろう、また同じシーンかな……そう思ってSNSを開くと、なんと、バズっていたのは僕の夜更かし配信の切り抜きだった。
『眠そうな声可愛い♡』
『これだけ眠そうなのにゲームめちゃ上手いの草』
 そんな動画へのリアクションだけでなく、
『見たことある。誰だっけ?』
『この子この前性格診断でバズってた子だよね!?隣にいた方!』
 と、前回のバズで見つけてくれた人が僕のことを再認識してくれているコメントもあった。陽との動画がバズったおかげで、ただ可愛いとかだけじゃなく、最近どこかで見たことあるというのも合わさって、陽との動画も再発掘されたりと、かなり拡散されていた。
 フォロワー数は、チヒロに届くほどではないけど、中堅配信者かなといった具合まで伸びていた。ヨウのフォロワー数も伸びてはいるもののすっかり追い抜いていて、嬉しいような申し訳ないようなソワソワ感が、足をトントンと揺すった。

 「マジですげぇじゃん優輝!」
 陽はこっちの勝手な申し訳なさを消し去ろうとしてくれるかのように、屈託のない笑顔で褒めてくれた。なのに逆効果で、また足が勝手に上下に揺れる。
「偶然だよ。それに、陽の助言のおかげ」
「俺の?」
「うん。ほら、眠そうな声可愛いって言われて、それで遅くまで配信してみたんだ」
 陽はそんなこと言ったっけ?と言いたげに首を傾げるも、「確かにな」と納得したように頷いた。
「可愛いもんな、いやあ、バズるのも分かるわ」
 ダメ押しでもう一度可愛いと言われ、さっきまでとは別のソワソワ感で足を動かしてしまう。つま先を床にぐりぐり擦り付けつつ、なんとなくそのつま先を見ながら続ける。
「まあ、可愛いとかは置いといて……うん、でも、すごい伸びたよ」
 事実ベースに話を戻しつつ、僕は懸念を口にする。
「水曜の陽との配信にも、新しい人いっぱい来ると思う。それ自体はすごく嬉しいことなんだけど、いつものペースでコメント読めなかったりするかもしれないから、作戦を練っておきたくて」
 そう、バズった翌日夜の配信では、あまりに早く流れるコメントを拾いきれずに翻弄されているうちに寝る時間になってしまい、平謝りしながら配信を閉じることとなった。リスナーさんたちは『気にしないで〜』『コメント読もうとしてくれてありがとう』のように言ってくれる人も多かったが、やっぱり『今日はユウキくんと話せなかったな』と言っている人もいて、やるせなさで胃がきりきりしたのだった。
「なるほどな……とはいえ、どれだけ頑張っても全部のコメントを拾うことはもう不可能だと思う。似たコメントをまとめて拾ったり、あとは有名配信者がやってるみたいに目についたコメントだけ返したり──」
 有名配信者みたいに。そう、有名配信者みたいになってしまったのだ。陽と楽しくやれればいいと思っていたから、嬉しい反面、なんだか……そんなことばかり考えて、また足をトントン揺すってしまう。
「優輝?聞いてる?」
「あ、あぁ、うん」
 陽はとてもスラスラと、どんな風にコメントを読むかの作戦をいくつも立ててくれた。きっと陽が夢見て、たどり着きたいと思っていたのだろう。きっと何度も何度もシミュレーションをしたのだろう。そんな場所に、僕は。

 新しいコメントの読み方を毎晩模索しているうちあっという間に水曜が来て、陽とのコラボが始まる。
「昼でも夜でもおっはヨウ!ユウキのところから来てくれてる人も多いだろうから、軽く自己紹介すると……」
「あ、この人最近来るようになってくれた人だよ。こっちにも来てくれて嬉しい」
『ユウキくんに認知もらっちゃった!?』
『ヨウさん初めまして〜』
 案の定、陽とは初めましての──僕のバズりがきっかけで見るようになってくれたリスナーさんたちが、ぞろぞろとやってきた。
「初めまして〜、みんなよろしくな」
 さらりと先日言っていた、コメントをまとめて拾う技を披露した。……ヒロウ、だけに……脳内で唱えた内容がダジャレになっていることに気づいて一人で微笑んでいる間に、陽が滞りなく進行していく。
「今日はさ、ユウキが大バズりしてから初のコラボなのね。だからみんなのこと覚えたいと思って、普通に雑談にしました!コメントじゃんじゃんちょうだいね」
『読んで読んで〜!』
 僕も僕で、陽に考えてもらったコメント拾いのコツを実践していく。目についたコメントを拾って、とにかくテンポ良く、数分前のコメントとか無理して読まずに、リアルタイムなコミュニケーションに。やっぱりすごく頭は使うんだけど、大勢の友達と話しているみたいで楽しくもあった。『ユウキくん、コメント捌くのうまくなってきたよね』なんてコメントももらえた。
 しかし、バズって人が増えるということは、いいことばかりではなかった。
『てか、ヨウだっけ?ユウキに比べてモブじゃね?』
『ユウキくん単体の配信のほうが見やすいよ〜……』
 そういうネガティブなコメントをする人も現れ始めた。たくさんコメントがあって、拾い切れないくらいコメントがあるのに、なぜかそういうコメントはすごく目に留まる。
 僕の配信に新しく来始めた人や、コメントをうまく読めない配信にもずっと居てくれた古参の人たちは、僕への感情が大きい事もしばしばあって、そういう気持ちが苦しいことに陽への攻撃に現れてしまう。僕はチヒロとのコラボ配信のこともあって、そういう気持ちも理解できる分、余計にどうすればいいか分からなかった。
 次第に、陽のテンションが下がっていく。そういうコメントに気づき始めたのだろう。必死にフォローすればするほど、『ユウキやっぱ頼れる』『ヨウくん置いていかれちゃうぞw』なんてコメントも増えてしまう。
 頑張れば頑張るほど空回りして、逆効果だった。
 なんとなく気まずい空気のまま、配信は終わった。リスナーさんの中には、そういうノリだと思ってコメントしている人もいたのかもしれない。けれど、顔の見えない相手からのコメントは真意が分からなくて、ただ、傷つくことしかできなかった。
「……陽、ごめんね。人増えると、雰囲気変わっちゃうね」
 少しの沈黙があって、それを破りたくてとにかくいまの気持ちを口に出した。
「なんで優輝が謝るんだよ!てか、こんなに同接いたの初なんだけど!俺まで有名人になった気分で最高だったわ」
 陽は何も気にしてないようないつもの笑顔だった。陽がそう言っている以上、この話を引っ張るのも違う気がして、どうにか無理やり話を変える。
「小腹減っちゃった。ファミレス行かない?」
「はぁ?食いしんぼうだな、太るぞ〜」
 お腹をつまもうとした陽の指は、掴み損ねてひっついた。肉がつきにくい体質の僕の体は、筋肉もないが脂肪もなくて、言ってしまえばガリガリだったから。
「ははは!やっぱもうちょい太った方がいいわ!」
 やっぱりまたしてもいつも通りの笑顔で、僕ばかり気にしてちゃダメだな、と思った。有名になれば仕方ないことだと、陽はきっと割り切っているんだ。すごいなあと思いながら、ファミレスに向かった。二人で食べたいものの話をして、ファミレスに着く前に頼むものが決まってしまった。それはいつもはあまりないことで、いつもより二人の間には沈黙がなくて、それが少しだけ、無理しているような感じがしたんだ。