放課後、図書室で君に出会った

――ちゃんと遊びに行かない?
――考えとく。

 その約束を俺は軽い気持ちで言ったはずだった。

 そう返したとき、高瀬はそれ以上踏み込んでこなかった。

 けれど、その数日後。

『今度の土曜、空いてる?』

 LIMEに届いた短いメッセージを見て、彼の言葉が本気だったと理解する。

『特に予定はない』
『よかった。じゃあ、ちゃんと遊びに行こう』

 ちゃんと、の意味を考えないようにして、俺はスマホを伏せた。

 少し前の自分に言っても到底信じないだろう。クラスのカースト上位に所属するイケメン陽キャとこんなにも親しくしているなんて

「行かない理由も、ないよな」

——結局、断る理由なんて、最初から俺の中にはなかった。

◇◇◇

 約束の当日。

 指定された集合場所は、隣町の駅前。高瀬の最寄駅だった。

「久しぶりに休日、外に出たな」

 土曜日の昼前で、人は多いけど騒がしすぎない。
 改札の前で待っていると、少し遅れて高瀬がやってきた。

 時計を見る。約束の時間まで、まだ15分程あった。

「ごめん、待った?」
「いや、今来たところ」

 嘘だ。20分前には着いていた。だけど、駅についてから5分しか経っていないから、今来たといっても間違いではないだろう。

「……私服。見るの初めてだ」
「そうだね。いつも学校と放課後でしか会ってなかったから」

 高瀬は制服じゃなく、私服だった。
 白いシャツに薄手のパーカー、黒のパンツ。シンプルなのに、やたら似合っている。

 俺が同じ服を着ても、ここまで着こなせる自信はない。

「……イケメンって、ずるいな」
「え?」
「いや、なんでもない」
「? 変じゃない?」
「変じゃない。むしろ……」

 言いかけて、やめる。
 褒めるのに慣れていない。

「ありがとう?」

 分かってるのか分かってないのか、曖昧に笑われた。
 そして今度は高瀬が俺の服を見る。

「彰くんは、彰くんらしい服装だよね」
「それ、褒められてるのか?」

「褒めてるんだよ!」
「なら、ありがたく受け取っておく」

 今日の服装を決めたのは妹だ。どこで聞きつけたのかは知らないが、高瀬さんと遊びに行くんでしょ!と妙に張り切った妹に朝からセットされた。

 俺の服を見て「無難なやつが少ない」と文句を言いながら、クローゼットの奥の方から殆ど着ていなかったような黒い縞柄模様のある長袖の服を引っ張り出してきた。

『あとはちょっと早いけど、こっちのコートを羽織れば色々誤魔化せるから!』

『お、おう。ありがとな』
『いいの! それより高瀬さんを楽しませてくるんだよ! デートでしょ!?』

『デートじゃないわ! けど……楽しんでくる』
『それでいいんだよ! お兄ちゃん!』

 親指でグットサインをする。俺も同じように返したらキモいと言われた。

(いい感じだな)

 いつ買ったか分からない服だったが、妹に言われた通りに着る。

 鏡に映った自分を見て、一人で決めるよりはマシな気がした。

「で、今日はどこ行くんだ」
「まずは映画。チケット、もう取ってある」
「え、マジで?」
「彰くん、絶対直前に決めるタイプでしょ」

「…………」

 図星すぎて、何も言えなかった。
 

◇◇◇

 映画館は駅前の商業施設の中にあった。
 ポップコーンの甘い匂いと、人のざわめき。映画を観にくるのも久しぶりだった。

「最近の映画知らないけど、今から何を観るんだ?」
「海外のアクション映画。無難でしょ」

「無難すぎないか」

「彰くん、ホラー苦手だし」

「……よく知ってるな。前に言ったっけ?」
「うん。前にチラッと言ってたし、それに妹さんにも昨日の夜、LIMEで確認したから」

「だから、知ってたのかアイツ。それよりいつLIME交換したんだ」

「彰くんがトイレに行った時。お母さんともしたよ」

「マジか、母さん……」

 それからポップコーンと飲み物を買って劇場に移動する。

 高瀬が取ってくれた席は真ん中の後ろの方でかなり観やすい位置だった。

「ん」

 上映中、暗くなった劇場で隣に座る高瀬の気配がやけに近く感じる。

 肘が触れそうで触れない距離。

 内容は派手で分かりやすい映画だったはずなのに、途中からあまり頭に入ってこなかった。

(集中しろ、俺)

 隣を意識するなんて、今までなかったはずなのに。

◇◇◇

 映画が終わって外に出ると、時刻は15時を過ぎていた。

「どうだった?」
「……普通に面白かった」
「それならよかった!」

 高瀬が快活に笑う。映画は久しぶりで、内容にもあまり集中できなかったが、大きなスクリーンで観るというのは満足感が違った。

「お昼、どうする?」
「決めてあるんだろ」
「バレてる」

 結局、高瀬に先導されるがまま少し歩いた先の洋風のこじんまりとしたレストランに入った。

 観光客も地元の人も混じる、落ち着いた店だ。

「こういう店、来るんだな」
「うん。僕のお気に入りの店なんだ。彰くんも気に入ってくれるといいな。」

 おすすめのハンバーグ定食が運ばれてきて、自然と会話が途切れた。

 店員のおすすめは、バター醤油で食べることらしく、言われた通りに食べてみると普段の何倍も美味しく感じられた。

「美味しいでしょ?」

「美味しい……」

 黙って食べても気まずくならないのが、不思議だった。

「……なあ」
「なに?」
「今日さ」

 言いかけて、少し迷う。

「楽しいか?」
「うん。彰くんは?」

 一瞬だけ、正直になる。

「……悪くない」

 高瀬は、満足そうに笑った。

 その笑顔を見て、思う。

 勉強でも、テストでもない。 

 家でも、学校でもない。
 ただ二人で、どこかに出かけて、時間を過ごしている。

 それだけのことが、こんなにも落ち着くなんて。

 ——この先、どこまで行くつもりなんだろう。

 そう考えてしまった時点で、もう前と同じではいられない気がしていた。