それから数日後。
長かったテスト期間が、ようやく終わった。
「……終わったぁぁーー!!」
最後の教科の答案を提出した瞬間、全身から力が抜けた。
椅子に深くもたれかかり、大きく伸びをする。あちこちから同じような溜め息や小さな歓声が聞こえてくる。
正直、手応えは悪くない。
いや、むしろ――いい。
(今回、結構いけたんじゃないか……? 過去最高の出来栄えかもしれない)
分からない問題はあったけど、白紙で出したところはないし、焦ってミスした感覚も少ない。
高瀬と一緒にやった復習が、ちゃんと身になっていたのが分かる。
「彰くん」
後ろから声をかけられて振り返ると、高瀬が問題用紙を片手に立っていた。
いつも通り穏やかな表情だけど、どこか満足そうにも見える。
「どうだった?」
「少なくとも、赤点はないと思う。苦手な英語も今回は分かるところが多かったし……高瀬のおかげだよ」
「それは良かった。僕も似たような感じかな。まあまあってところ」
「その“まあまあ”の基準が高いんだろ」
そう言うと、高瀬は小さく笑った。
教室を出ると、廊下は一気に解放ムードに包まれていた。
部活動再開の話、打ち上げの話、遊びに行く約束。
テスト前の張り詰めた空気が嘘みたいに、みんな浮き足立っている。
「ねえねえ、折角だしどっか寄っていかない?」
「……寄るって?」
「マックとかどう? テスト終わりだし」
高瀬がそう言って、スマホで近くの店を調べ始める。
あまりにも自然な誘い方に、少しだけ胸が跳ねた。
「予定もないし、別にいいけど」
「やった」
「……でも、いいのか? その、他の奴らは?」
「あー、久世くん達の事?」
「ああ。いつもテスト終わりは、あいつらと一緒だったろ」
「へえ。僕の事、よく見てるんだね〜」
「たまたまだよ。それに高瀬は目立つから、目に入るんだ」
「ほんとかな〜。まあいいや、一度あっちに行って断ってくるね」
高瀬は、陽キャ集団の方へと小走りで向かっていった。
本来、あいつがいるべき場所は、俺の隣じゃなくて、あっちなんだと思う。
しばらくして、「先に昇降口まで行ってて」と短い連絡が入った。
少しして、高瀬が息を切らせてやってきた。
「ごめんね。お待たせ」
「ん。じゃあ行くか」
◇◇◇
駅前のマックは、予想通り同じ学校の生徒で溢れていた。
制服姿がやたら多くて、店内はほとんど学年集会みたいな状態だ。
これは、かなり並ぶことになりそうだ。
「僕、注文してくるね。何食べたいかLIMEに送って」
「分かった。じゃあ俺は席を取ってくる」
空いている二人掛けの席を見つけ、自分の鞄を隣に置く。メニュー表を見ながら、高瀬に欲しいものを送った。
『新作のバーガーとポテトのセット。ナゲットもつけて』
『了解! ドリンクは?』
『いや、いらない。ありがとう』
『OK。席どこ?』
『窓際のカウンター。端の方』
『彰くん、ほんとに窓際と隅好きだよね』
『たまたま空いてただけだ』
分担が自然すぎて、もう何度もこうしている気分になる。
二人分の注文を載せたトレイを持って戻ってきた高瀬は、俺の前にポテトとバーガー、そしてナゲットを置いた。
ポテトは、塩を入れて振る用なのか、袋に分けられている。
「はい。糖分と油分、補給タイム」
「受験生かよ」
「テスト明けも大事でしょ」
紙袋を開けると、揚げ物の匂いが一気に広がった。
久しぶりのジャンクフードに、思わず食欲が刺激される。
「……うま」
「でしょ」
隣で同じように頬張る高瀬を見て、ふと、家で一緒に夕飯を食べたときのことを思い出した。
あの時より、今の距離のほうが近い気がする。
正面と隣同士じゃ、距離の感じ方が全然違うのかもしれない。
「今回のテストさ」
「うん?」
「たぶん、今までで一番ちゃんとできた」
ぽつりと零すと、高瀬は少し目を細めた。
「それは、良かった」
「……お前のおかげだろ」
「僕は少し手伝っただけだよ。頑張ったのは彰くん」
さらっと言われて、また返事に困る。
ポテトを一本つまんで、誤魔化すように口に放り込んだ。
周りでは友達同士が騒いでいる。
テストの愚痴や、珍回答の自慢大会。
その喧騒の中で、ここだけ切り取られたみたいに、妙に落ち着いていた。
「ねえ」
「ん?」
「次はさ、テスト勉強とか、寄り道して買い食いするとかじゃなくて……ちゃんと遊びに行かない?」
一瞬、言葉が詰まる。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
「……考えとく」
「それ、前向きってことでいい?」
「うるさい。早く食え」
俺は手に取ったポテトをその生意気な口に押し付けた。
「んぐっ!? 何するの!」
「悪い悪い。うるさかったから。それに、高瀬の反応が面白くてさ」
「むぅ……いつもの仕返しのつもり?」
「なんの事だか、さっぱり分からないな」
そう言いながらも、口元が緩むのを止められなかった。
テストは、思っていた以上にいい手応えで終わった。
答案の出来や順位のことは、今はそれほど気にならない。
代わりに胸に残っているのは、放課後に一緒に勉強して、テストが終わればこうして並んでファストフードを食べて、それを当たり前みたいに感じている自分がいるということだった。
——いつの間にか、高瀬が隣にいる時間が、俺の日常になりつつある。
その事実に気づいてしまったことが、なぜか少しだけ、怖かった。
それ以上に、手放したくないと思ってしまった。
長かったテスト期間が、ようやく終わった。
「……終わったぁぁーー!!」
最後の教科の答案を提出した瞬間、全身から力が抜けた。
椅子に深くもたれかかり、大きく伸びをする。あちこちから同じような溜め息や小さな歓声が聞こえてくる。
正直、手応えは悪くない。
いや、むしろ――いい。
(今回、結構いけたんじゃないか……? 過去最高の出来栄えかもしれない)
分からない問題はあったけど、白紙で出したところはないし、焦ってミスした感覚も少ない。
高瀬と一緒にやった復習が、ちゃんと身になっていたのが分かる。
「彰くん」
後ろから声をかけられて振り返ると、高瀬が問題用紙を片手に立っていた。
いつも通り穏やかな表情だけど、どこか満足そうにも見える。
「どうだった?」
「少なくとも、赤点はないと思う。苦手な英語も今回は分かるところが多かったし……高瀬のおかげだよ」
「それは良かった。僕も似たような感じかな。まあまあってところ」
「その“まあまあ”の基準が高いんだろ」
そう言うと、高瀬は小さく笑った。
教室を出ると、廊下は一気に解放ムードに包まれていた。
部活動再開の話、打ち上げの話、遊びに行く約束。
テスト前の張り詰めた空気が嘘みたいに、みんな浮き足立っている。
「ねえねえ、折角だしどっか寄っていかない?」
「……寄るって?」
「マックとかどう? テスト終わりだし」
高瀬がそう言って、スマホで近くの店を調べ始める。
あまりにも自然な誘い方に、少しだけ胸が跳ねた。
「予定もないし、別にいいけど」
「やった」
「……でも、いいのか? その、他の奴らは?」
「あー、久世くん達の事?」
「ああ。いつもテスト終わりは、あいつらと一緒だったろ」
「へえ。僕の事、よく見てるんだね〜」
「たまたまだよ。それに高瀬は目立つから、目に入るんだ」
「ほんとかな〜。まあいいや、一度あっちに行って断ってくるね」
高瀬は、陽キャ集団の方へと小走りで向かっていった。
本来、あいつがいるべき場所は、俺の隣じゃなくて、あっちなんだと思う。
しばらくして、「先に昇降口まで行ってて」と短い連絡が入った。
少しして、高瀬が息を切らせてやってきた。
「ごめんね。お待たせ」
「ん。じゃあ行くか」
◇◇◇
駅前のマックは、予想通り同じ学校の生徒で溢れていた。
制服姿がやたら多くて、店内はほとんど学年集会みたいな状態だ。
これは、かなり並ぶことになりそうだ。
「僕、注文してくるね。何食べたいかLIMEに送って」
「分かった。じゃあ俺は席を取ってくる」
空いている二人掛けの席を見つけ、自分の鞄を隣に置く。メニュー表を見ながら、高瀬に欲しいものを送った。
『新作のバーガーとポテトのセット。ナゲットもつけて』
『了解! ドリンクは?』
『いや、いらない。ありがとう』
『OK。席どこ?』
『窓際のカウンター。端の方』
『彰くん、ほんとに窓際と隅好きだよね』
『たまたま空いてただけだ』
分担が自然すぎて、もう何度もこうしている気分になる。
二人分の注文を載せたトレイを持って戻ってきた高瀬は、俺の前にポテトとバーガー、そしてナゲットを置いた。
ポテトは、塩を入れて振る用なのか、袋に分けられている。
「はい。糖分と油分、補給タイム」
「受験生かよ」
「テスト明けも大事でしょ」
紙袋を開けると、揚げ物の匂いが一気に広がった。
久しぶりのジャンクフードに、思わず食欲が刺激される。
「……うま」
「でしょ」
隣で同じように頬張る高瀬を見て、ふと、家で一緒に夕飯を食べたときのことを思い出した。
あの時より、今の距離のほうが近い気がする。
正面と隣同士じゃ、距離の感じ方が全然違うのかもしれない。
「今回のテストさ」
「うん?」
「たぶん、今までで一番ちゃんとできた」
ぽつりと零すと、高瀬は少し目を細めた。
「それは、良かった」
「……お前のおかげだろ」
「僕は少し手伝っただけだよ。頑張ったのは彰くん」
さらっと言われて、また返事に困る。
ポテトを一本つまんで、誤魔化すように口に放り込んだ。
周りでは友達同士が騒いでいる。
テストの愚痴や、珍回答の自慢大会。
その喧騒の中で、ここだけ切り取られたみたいに、妙に落ち着いていた。
「ねえ」
「ん?」
「次はさ、テスト勉強とか、寄り道して買い食いするとかじゃなくて……ちゃんと遊びに行かない?」
一瞬、言葉が詰まる。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
「……考えとく」
「それ、前向きってことでいい?」
「うるさい。早く食え」
俺は手に取ったポテトをその生意気な口に押し付けた。
「んぐっ!? 何するの!」
「悪い悪い。うるさかったから。それに、高瀬の反応が面白くてさ」
「むぅ……いつもの仕返しのつもり?」
「なんの事だか、さっぱり分からないな」
そう言いながらも、口元が緩むのを止められなかった。
テストは、思っていた以上にいい手応えで終わった。
答案の出来や順位のことは、今はそれほど気にならない。
代わりに胸に残っているのは、放課後に一緒に勉強して、テストが終わればこうして並んでファストフードを食べて、それを当たり前みたいに感じている自分がいるということだった。
——いつの間にか、高瀬が隣にいる時間が、俺の日常になりつつある。
その事実に気づいてしまったことが、なぜか少しだけ、怖かった。
それ以上に、手放したくないと思ってしまった。
