高瀬と同じ食卓を囲むことになるという現実を受け止める暇もなく、母さんはすでに台所へ向かっていた。
「ちょっと待っててね。すぐ用意するから」
「俺も何か手伝う?」
「いいのいいの。彰は高瀬くんと先に座ってて。今日は特別だから。桜、そこの棚から白いお皿出してくれる?」
「はーい。ほら、お兄ちゃんはあっちに行った! ここにいても邪魔なだけだから」
「……分かったよ」
その“特別”の意味がどこにかかっているのかは、考えないことにした。
「……悪いな。ほんと。家族の我儘に付き合わせちゃって」
「全然。むしろ、誘われて嬉しい」
小声でそう言われて、胸の奥が妙にあたたかくなる。
俺は咳払いをして、視線を逸らした。
リビングに通されると、すでにテーブルの上には副菜がいくつも並んでいた。サラダに煮物、見た目からして手が込んでいる。
暫くすると母と妹が大皿にスパゲッティをのせてやって来た。
「うわ、美味しそう」
「でしょ? 今日は張り切っちゃった」
母さんが得意げに笑う。
その横で、妹が高瀬の隣を当然のように陣取っていた。
「高瀬さんって、お兄ちゃんのお友達の中で一番かっこいいかも」
「おい」
「事実じゃん」
即答されて、言い返す気も失せる。
高瀬はというと、少し困ったように笑いながらも、否定しないあたりが余計に腹立たしい。自分の価値が分かっている男は違うな。
「妹さん、元気ですね」
「うるさいだけだ」
「ひどい」
そんなやり取りをしているうちに、メインの料理が運ばれてくる。
今日の夕飯は、煮込みハンバーグだった。
「高瀬くん、ハンバーグ好き?」
「はい、大好きです」
「よかった。たくさんあるからね」
……完全に胃袋を掴みに来ている。
高瀬は「いただきます」と丁寧に手を合わせ、ひと口食べて目を見開いた。
「……すごく美味しいです」
「でしょ? 彰の分まで食べていいわよ」
「ちょっと待て」
母さんの暴走を制止しつつも、高瀬が素直に感動しているのを見ると、悪い気はしなかった。
食事が進むにつれて、自然と会話も増えていく。
「高瀬くんは、部活とかやってないの?」
「今はやってないです。でも中学まではテニスを」
「あら、爽やか!」
「母さん」
「だって似合うもの」
妹も興味津々で質問を投げる。
「じゃあ、彼女とかはいるんですか?」
「おい、桜!」
「いいよ、彰くん。そうだね。高校に入るまではいたけど、今は……いないかな」
一瞬だけ、間が空いた。
なぜか俺のほうが落ち着かなくなる。
「今は、勉強とか……大事な時間を一緒に過ごしたい人がいて」
「へぇ~」
「……!」
母さんと妹の目が、同時に俺に向く。
やめろ。そういう含みのある言い方をするな。
「高瀬。またからかってるだろ」
「ふふっ、ごめんごめん。冗談だよ。僕が妹さんと話している間の君の表情が面白くて」
くすっと笑われて、完全に調子を崩されているのが分かった。
それでも、夕飯の時間は不思議と心地よかった。
他愛もない話をして、笑って、気づけば皿は空になっている。
「ごちそうさまでした」
「たくさん食べてくれてありがとう」
食後にはデザートの杏仁豆腐まで出てきて、高瀬はそれを美味しそうに頬張っていた。
(いつもはこんなの出ないのに……さては、母さん。普段は隠れて食べてたな。となると妹もグルか。まあいいんだけど、俺は杏仁豆腐そんなに好きじゃないし。あの食感がどうも好きになれないんだよな)
さすがに長居しすぎたかと思った頃、高瀬が時計を見た。
「そろそろ、帰らないと」
「もう? 名残惜しいわね」
「また来ればいいじゃん」
軽々しく言う妹に、高瀬は「また機会があれば」と穏やかに笑う。
「ありがとうございます。でも、今日はこれで」
玄関まで見送ると、母さんが名残惜しそうに手を振った。
「気をつけてね、高瀬くん」
「はい。本当にありがとうございました」
「お兄ちゃん。高瀬さんはこの辺の道、詳しくないんだから、ちゃんと駅まで送るんだよ!」
「言われなくても、分かってるよ」
靴を履きながら、高瀬が小声で言う。
「……いい家だね」
「まぁな。その分うるさいけど」
「それも含めて、ね」
外に出ると、夜の空気がひんやりしていた。
駅までは徒歩で十分ほど。
アプリで駅までの道筋を確認していた高瀬に駅まで送ると言ったら、少し驚いた顔をしてから頷いた。
「……夜は、寒いな」
「うん……秋だけど、もう冬みたいだね」
街灯の下を並んで歩く。
昼間よりも距離が近い気がして、妙に意識してしまう。
「今日はありがとう。家、楽しかった」
「……そうか」
「彰くんの家族、優しいね」
「……まあな」
照れくさくて、それ以上は言えなかった。
駅が見えてきて、人の気配が増える。
「じゃあ、ここまでで」
「うん」
一瞬、別れが惜しくなる。
自分でも驚くほどに。
「また、明日な」
「うん。図書室、混んでなかったらね」
「先に言っておくが、明日は家来るの無しだからね」
「分かってるよ。お家の人にも迷惑だしね」
そう言って手を振る高瀬の背中を見送りながら、胸の奥がじんわりと熱くなった。
——ただの友達。
そう思い込もうとする度に、何かが少しずつ、ずれていく気がしてならなかった。
「ちょっと待っててね。すぐ用意するから」
「俺も何か手伝う?」
「いいのいいの。彰は高瀬くんと先に座ってて。今日は特別だから。桜、そこの棚から白いお皿出してくれる?」
「はーい。ほら、お兄ちゃんはあっちに行った! ここにいても邪魔なだけだから」
「……分かったよ」
その“特別”の意味がどこにかかっているのかは、考えないことにした。
「……悪いな。ほんと。家族の我儘に付き合わせちゃって」
「全然。むしろ、誘われて嬉しい」
小声でそう言われて、胸の奥が妙にあたたかくなる。
俺は咳払いをして、視線を逸らした。
リビングに通されると、すでにテーブルの上には副菜がいくつも並んでいた。サラダに煮物、見た目からして手が込んでいる。
暫くすると母と妹が大皿にスパゲッティをのせてやって来た。
「うわ、美味しそう」
「でしょ? 今日は張り切っちゃった」
母さんが得意げに笑う。
その横で、妹が高瀬の隣を当然のように陣取っていた。
「高瀬さんって、お兄ちゃんのお友達の中で一番かっこいいかも」
「おい」
「事実じゃん」
即答されて、言い返す気も失せる。
高瀬はというと、少し困ったように笑いながらも、否定しないあたりが余計に腹立たしい。自分の価値が分かっている男は違うな。
「妹さん、元気ですね」
「うるさいだけだ」
「ひどい」
そんなやり取りをしているうちに、メインの料理が運ばれてくる。
今日の夕飯は、煮込みハンバーグだった。
「高瀬くん、ハンバーグ好き?」
「はい、大好きです」
「よかった。たくさんあるからね」
……完全に胃袋を掴みに来ている。
高瀬は「いただきます」と丁寧に手を合わせ、ひと口食べて目を見開いた。
「……すごく美味しいです」
「でしょ? 彰の分まで食べていいわよ」
「ちょっと待て」
母さんの暴走を制止しつつも、高瀬が素直に感動しているのを見ると、悪い気はしなかった。
食事が進むにつれて、自然と会話も増えていく。
「高瀬くんは、部活とかやってないの?」
「今はやってないです。でも中学まではテニスを」
「あら、爽やか!」
「母さん」
「だって似合うもの」
妹も興味津々で質問を投げる。
「じゃあ、彼女とかはいるんですか?」
「おい、桜!」
「いいよ、彰くん。そうだね。高校に入るまではいたけど、今は……いないかな」
一瞬だけ、間が空いた。
なぜか俺のほうが落ち着かなくなる。
「今は、勉強とか……大事な時間を一緒に過ごしたい人がいて」
「へぇ~」
「……!」
母さんと妹の目が、同時に俺に向く。
やめろ。そういう含みのある言い方をするな。
「高瀬。またからかってるだろ」
「ふふっ、ごめんごめん。冗談だよ。僕が妹さんと話している間の君の表情が面白くて」
くすっと笑われて、完全に調子を崩されているのが分かった。
それでも、夕飯の時間は不思議と心地よかった。
他愛もない話をして、笑って、気づけば皿は空になっている。
「ごちそうさまでした」
「たくさん食べてくれてありがとう」
食後にはデザートの杏仁豆腐まで出てきて、高瀬はそれを美味しそうに頬張っていた。
(いつもはこんなの出ないのに……さては、母さん。普段は隠れて食べてたな。となると妹もグルか。まあいいんだけど、俺は杏仁豆腐そんなに好きじゃないし。あの食感がどうも好きになれないんだよな)
さすがに長居しすぎたかと思った頃、高瀬が時計を見た。
「そろそろ、帰らないと」
「もう? 名残惜しいわね」
「また来ればいいじゃん」
軽々しく言う妹に、高瀬は「また機会があれば」と穏やかに笑う。
「ありがとうございます。でも、今日はこれで」
玄関まで見送ると、母さんが名残惜しそうに手を振った。
「気をつけてね、高瀬くん」
「はい。本当にありがとうございました」
「お兄ちゃん。高瀬さんはこの辺の道、詳しくないんだから、ちゃんと駅まで送るんだよ!」
「言われなくても、分かってるよ」
靴を履きながら、高瀬が小声で言う。
「……いい家だね」
「まぁな。その分うるさいけど」
「それも含めて、ね」
外に出ると、夜の空気がひんやりしていた。
駅までは徒歩で十分ほど。
アプリで駅までの道筋を確認していた高瀬に駅まで送ると言ったら、少し驚いた顔をしてから頷いた。
「……夜は、寒いな」
「うん……秋だけど、もう冬みたいだね」
街灯の下を並んで歩く。
昼間よりも距離が近い気がして、妙に意識してしまう。
「今日はありがとう。家、楽しかった」
「……そうか」
「彰くんの家族、優しいね」
「……まあな」
照れくさくて、それ以上は言えなかった。
駅が見えてきて、人の気配が増える。
「じゃあ、ここまでで」
「うん」
一瞬、別れが惜しくなる。
自分でも驚くほどに。
「また、明日な」
「うん。図書室、混んでなかったらね」
「先に言っておくが、明日は家来るの無しだからね」
「分かってるよ。お家の人にも迷惑だしね」
そう言って手を振る高瀬の背中を見送りながら、胸の奥がじんわりと熱くなった。
——ただの友達。
そう思い込もうとする度に、何かが少しずつ、ずれていく気がしてならなかった。
