放課後、図書室で君に出会った

 家の前に差しかかった瞬間、嫌な予感が胸をよぎった。
 そしてその予感は、見事に的中する。

 玄関の前には、母さんと妹が並んで立ち、まるで待ち構えていたかのようにこちらを見ていたのだ。

「はじめまして。高瀬 颯真です。彰くんとは同じクラスで、最近は特に仲良くしてもらっています」

 高瀬はにこやかにそう名乗り、丁寧に頭を下げた。

「あらあら、まあまあ……」

 思った通りの反応だった。
 面食いな二人は一瞬で大興奮。母さんはまるで神様でも拝んでいるかのような表情になり、妹はというと、俺と高瀬を交互に見比べては、何かを測るようにじっと眺めている。

 ……失礼なやつだ。釣り合わないと言いたげな目をしている。

 その視線が痛い。
 早くこの場を切り上げたくて、俺は咳払いをひとつした。

「……じゃ、俺たちは部屋に行くから」

「えー、もう? もうちょっと見てたいのに」
「高瀬は見世物じゃねぇよ。行くぞ」

 妹を軽くあしらい、高瀬を連れてさっさと階段を上がる。背後で「失礼します」と律儀な声がして、余計に肩がこわばった。

 部屋に入ると、いつも通りの空間が急に落ち着かなくなる。
 ベッドと机、本棚だけの簡素な部屋。普段なら気にも留めないのに、今日はやたらと散らかって見えた。

「適当に座っていいから」

「うん。……彰くんの部屋、思ったより落ち着いてるね」

 ベッドの端に腰掛けながら、高瀬はきょろきょろと部屋を見回す。
 評価されている気がして、なんとなく居心地が悪い。

「狭いだけだろ」
「でも、無駄なものがない。彰くんっぽい」

「……意味わかんねぇ」

 そう言いつつ、部屋の中央に置かれた机の上にノートと参考書を広げる。
 高瀬も自然な動きで隣に座り、問題集を開いた。

「じゃあ、ここから復習しよっか。彰くん、この公式、途中までは合ってる」

「え、マジで? どこだよ」

「ここ。符号が逆」

「あ……ほんとだ」

 指摘されるたびに、すとんと腑に落ちる。
 学校の授業よりずっと分かりやすいのが悔しい。

「高瀬、やっぱ説明うまいよな」
「そう? 彰くんがちゃんと考えてるからだよ。それに理解も早いし」

 さらっと言われて、返事に困る。
 視線を逸らしつつ、ペンを走らせた。

 問題を解いて、答え合わせをして、たまに脱線して。
 気づけば、二人で小声になって笑っている。

「ねえ、彰くん」
「ん?」
「こうしてるとさ、時間あっという間だね」

「……だな」

 それ以上の言葉は続かず、またノートに視線を落とす。
 沈黙が気まずくないのが、少しだけ不思議だった。

 しばらくして、時計を見る。

「あ、そろそろ……」

「もうこんな時間か」

 時刻はすでに18時になろうとしていた。遅くなれば高瀬の家族も心配するだろう。

「もうちょっと一緒にいたかったな」

 名残惜しそうに高瀬が言う。

「そう……だな」

 俺も同じことを思っていたのが、ばれた気がして少し言葉に詰まった。

 階段を下りると、案の定、母さんが待ち構えていた。

「あら、もう帰っちゃうの?」
「はい、こんなに遅くまでお邪魔しました」

 高瀬が丁寧に頭を下げると、母さんの目が一層輝く。

「ねえねえ、高瀬くん。よかったら夕飯も食べていかない?」
「え?」

 俺が声を上げるより早く、母さんは続けた。

「今日はちょうど張り切って作ってたのよ~。若い男の子がいると嬉しいし!」

 完全にノリノリだ。
 横で妹がうんうんと頷いているのも腹立たしい。

「……母さん」
「なあに?」

 止めようとしたけど、高瀬が少し困ったように、でも嬉しそうに微笑んだ。

「……いいんですか?」
「もちろん!」

 即答だった。

「いいのか? その、時間は?」

「うん。家族にはちゃんと後で連絡しておく」

 ——こうして、放課後勉強会は、思いがけず夕飯付きになることが決定した。

 嫌な予感は、最後まできっちり当たっていた。