放課後、図書室で君に出会った

 あれから、ほんの数日。

 いつのまにか俺たちは、放課後、一緒に図書室へ行くのが当たり前になっていた。

 最初はなんとなく、勉強のついでみたいな流れだったのに――今では、行かない日のほうが落ち着かない。すっかり俺の中で”日常”と化していた。

 ページをめくる音、ノートにペンが走る音、時々交わすどうでもいい会話。
 その全部が、妙に心地よく感じていた。気づけば、時間があっという間に過ぎていく。もちろん勉強だけじゃなく、読書もしている。高瀬が読書好きかは知らないが、俺が読書している間はいつも邪魔することなく静かに借りてきた本を読んでいた。

「ねぇ、今日さ、寝ないの?」

「寝ねぇよ! 毎回聞くなっ!!」

「ちょっと残念。最初の日から、一度も寝てる所を見れてない……」

「……変な趣味やめろ」

「寝顔、可愛かったんだもん」

「っ……!」

 そう言って微笑む彼の横顔が、ずるいくらい綺麗だった。
 冗談みたいな会話なのに、心臓の音だけは大きく鳴っている。

(……俺はいつから、こいつの笑顔にこんなに弱くなったんだ?)

 夕陽が沈みかけて、図書室の中が少しずつ金色から青に変わっていく。

――その日を境に、俺たちはさらに自然に接するようになった。

 朝の教室で目が合えば、なんとなく手を上げて挨拶を交わし、昼休みにすれ違えば短く話す。
 気づけば、学校生活を送る上で、俺は高瀬の姿を常に探すようになっていた。

(別に、意識してるわけじゃ……ないよな)

 放課後、いつもの図書室で向かい合ったり、隣り合う時間が、なんとなく待ち遠しい。
 あの静かな空気と、ペンの音と、高瀬の柔らかい声。
 それが一日の終わりにあるだけで、不思議と心が軽くなる。

(このまま、この感じが卒業まで続けばいいのに……)

 けど――そんな穏やかな日々も、そう長くは続かなかった。
 少しずつ、周囲の目が俺たちを追いはじめたのだ。

 廊下を並んで歩くだけで、後ろから小さな声が聞こえる。
 放課後、同じ鞄の位置で並んで帰るだけで、誰かが笑う。

 男子も女子も性別は関係なかった。

 笑われる理由なんて、わかってる。
 俺たちが、「仲良すぎる」からだ。分不相応な俺がクラスの人気者と仲良くしているなんて、注目の的だろう。

「なぁ、彰。お前と高瀬って、最近仲良くね?」

 昼休み、向かいの席の友人の田原流星が言った。彼とは中学来の友人で、余計な勘がやたら鋭いタイプだ。
 その声に、思わずパンを喉に詰まらせそうになる。

「んくっ――は? な、何それ。普通だろ」

「普通ってレベルじゃねぇって。昨日も一緒に教室から出て行ってたろ。つーか、お前が人とつるむの珍しいし」

「たまたまだよ、たまたま」

 そう笑ってごまかしたけど、田原は口の端を上げてにやにやしている。

「へぇ~。高瀬ってモテるのに、彰にだけ構うの不思議だよな」

「知らねぇよ。俺に聞くな。それに男同士だし、関係ないから!」

 言い切ったつもりなのに、胸の奥が妙にざわついていた。
 そのあとも何人かに似たようなことを言われて、正直うんざりだった。
 ……俺たちはただ放課後一緒に過ごしてるだけ。
 別に、やましいことなんて――ない、はずなのに。

◇◇◇

 放課後。
 
 いつものように図書室へ行くと、高瀬はもう窓際の席で待っていた。夕陽の光を受けて、彼の髪が少し金色がかって見える。
 参考書を広げたまま俺を見ると、いつもの柔らかい笑顔を向けて、隣の席をポンポンと叩く。犬みたいだ。

 俺は迷わず、高瀬の正面に座る。
 高瀬は少しだけ驚いた顔をして、いつもの柔和な顔に戻った。

「おつかれ。今日も一緒にやろ」

「……なぁ。噂、聞いた?」

「うん。『僕ら付き合ってるんじゃないか』ってやつ?」

「っ……っな、なんで笑ってんだよ!」

 ストレートに返されてしまい、逆に反応に困った。

 その平然とした口調に、思わず机を叩きそうになる俺をよそに、高瀬は唇をゆるく曲げて、楽しそうに目を細めた。

「だって、君の顔、すぐ真っ赤になるから」

「そりゃなるわ!」
「はいはい。図書室では静かにね」

 しーっと唇に指を当てられて、心臓が跳ねた。
 その仕草が、ふざけてるのに妙に絵になるから困る。

「ごめん、ごめん。でもね、僕は気にしてないよ、噂のこと」

「……強いな、お前」

「ほら、僕ってイケメンでしょ? 昔からこんなやっかみを受けることは度々あったから、それで慣れっこなんだ」
「俺は慣れてねーよ……人から注目されるのも、噂されるのも。つか、自分がイケメンの自覚あるのすげぇな」

「それに、君が隣にいてくれれば、それでいい」

「な……っ!」

「今日はご機嫌斜めみたいだけど」

 また、それだ。
 不意に落とされた一言が、胸の奥をじんわり熱くする。

 高瀬は相変わらず穏やかな表情で、何も特別なことを言ったつもりはないように見える。けれど、その目の奥の優しさが、冗談とは思えなかった。

 沈黙のあと、俺は手にしたペンを握ったまま呟いた。

「……なんで、そんなこと言うんだよ」

「ん?」

「そんな、勘違いしそうなこと」

「勘違いでもいいよ」

「は?」

 思わず顔を上げると、高瀬は微笑んでいた。
 その笑みがまっすぐで、どこか切なくて。

「僕、君と話してる時が一番落ち着くんだ」

 その言葉が、図書室の空気にゆっくり溶けていく。
 遠くで時計の秒針が進む音だけが響いていた。

 胸の鼓動が、ひときわ大きく鳴る。
 でも、それを“恋”だなんて言葉で片づけたら、何かが壊れそうで――。

(……いや、違う。きっと、これは友情だ)

 必死にそう思い込もうとするのに、手のひらは熱くて、指先が落ち着かない。自分の体がまるで別の生き物になったかのようだ。

「そんなに見つめちゃって、僕の顔に何かついてる?」

「見つめてねーし」

 ページをめくる音の向こうで、夕陽が差し込む。

「恥ずかしがってる」

 俺の横で笑う高瀬の横顔が、やけに眩しくて――その瞬間、俺はもう、高瀬から目を離せなくなっていた。