放課後、図書室で君に出会った

 それからしばらく、二人とも勉強に戻ろうとした。

――戻ろうと、しただけだった。

 問題集の同じ行を何度も目でなぞっているのに、内容がまるで頭に入ってこない。

 颯真の体温が、指先からじわじわ伝わってきて、それだけで意識がそちらへ引っ張られる。

「……集中できてる?」
「そっちこそ」

 小声でそう言い合って、同時に小さく笑った。
 図書室の窓の外は、すでに夕暮れに差し掛かっている。

 俺は右利きで、颯真が左利きだったからやってみようとなったこの、手を繋ぎながらの勉強会は中々集中力が必要な作業だった。

 お互い指先で相手の指をすりすりし始めると、勉強どころではなくなるからだ。

 オレンジ色の光が差し込み、机の上のノートに長い影を落としていた。

 颯真は、繋いだ手を離さないまま、少しだけ真剣な顔になる。

「ね、彰」
「ん?」
「さっきの続きなんだけどさ」

 俺は頷く。

「正直、怖いよ。先のこと」

「……うん」
「でもね」

 颯真は、俺の方に少しだけ寄り添って、声を落とした。

「君がいるから、どんな日も頑張れる」

 胸の奥が、ぎゅっと掴まれる。

「……反則だろ、それ」
「本音だから」

 照れたように笑うその顔を見て、逃げ場なんて最初からなかったんだと悟る。

「俺もさ」
「うん?」

「颯真がいるなら、面倒なことも、怖いことも、全部一緒にやる」

「……彰」

 呼ばれた名前が、やけに優しく響いた。

 少しだけ、沈黙。

 周囲には誰もいない。司書の席も、今は空だ。

 颯真が、ためらうように視線を彷徨わせてから、そっと顔を近づけてくる。

「……ここ、図書室だけど」
「分かってる」

 声は小さく、でも迷いはなかった。
 額が触れそうな距離。

 息が、混ざる。

 そして――唇が、軽く触れた。

 ピリッと電撃のようなものが全身を駆けめぐる。

 本当に一瞬だけの、静かなキス。初めての経験だ。

 驚きと、恥ずかしさと、それ以上の安心感が一気に押し寄せて、思わず顔を背ける。

「……っ」
「ご、ごめん。嫌だった?」

 慌てたように言う颯真に、俺は首を振った。

「違う。……心臓が、持たない」
「……それ、嬉しいんだけど」

 二人して、声を殺して笑う。

 また、手を繋ぎ直す。今度はさっきより、少しだけ強く。

 颯真の顔が再び近づく。

 誰にも見せない。
 誰にも知られない。

 でも確かに、ここにある関係。

「好きだよ、彰」
「俺も好きだよ。颯真」

 静かな図書室で、寄り添って笑う二人の姿は、小さくて、確かで、あたたかい未来そのものだった。