放課後、図書室で君に出会った

 恋人になってからも、放課後の過ごし方はほとんど付き合う前と変わらなかった。

 図書室。今日は水曜日。人の出入りは多少あるものの、長時間居座っている人は俺たち以外にいなかった。

 静かで、人が少なくて、言葉を交わさなくても同じ時間を共有できる場所。

 違うのは、隣に座る距離が正面から隣へと、ほんの少し近くなったことと、ページをめくる指先が、時折触れてしまうことに意味が生まれたことくらいだ。
 
 俺は数学の問題集を開きながら、ちらりと横を見る。

 ノートに視線を落とす横顔は真剣で、睫毛が長い。
 静かな空間に、シャープペンの音だけが規則正しく響いていた。いつだったか、寝ている時の俺を観察してたとか言ってたっけ。

「……ねえ」

 不意に、高瀬が顔を上げた。

「なんだ?」
「将来の話、してもいい?」

 少しだけ、声が慎重だった。

「将来?」
「うん。……こうして、これからも隣にいられるのかなって」

 言葉を選びながら、高瀬は続ける。

「僕の場合、親の問題があるし」
「……」

「それに、クラスのこともある。今は田原くんしか知らないけどさ」

「……ああ」
「黙ってたら、そのうち色々困るだろうなって思って」

 静かな図書室で、その言葉は重くもなく、軽くもなく、ただ現実として落ちてきた。

「だな。久世たちにも言わないといけない時が来るかもしれない。だけどまぁ、今はそういう事考えなくていいんじゃないかと思う」

「うん。そうだよね。今は二人だけの時間を大切にしないとだよね」
「……ああ」

 俺はしばらく黙ってから、正直に口を開く。

「まぁ将来はどうなってるか分かんないよな、正直」
「……うん」

「でも、一緒にいられるように頑張る」
「彰くん……僕も頑張るね!」

「まずはさ、高瀬の両親の問題からじゃないか。逃げずに向き合うなら」

 高瀬は一瞬、目を見開いてから、小さく笑った。

「……彰くんって、ほんと真っ直ぐだよね」
「今さらだろ」

 そう返すと、高瀬がふっと息を吐いて、少しだけ表情を緩めた。

「ねえ」
「ん?」
「その“高瀬”って呼び方、やめない?」

 俺はきょとんとする。

「え?」
「恋人同士なんだしさ。普通に、呼び捨てでいいじゃん」

 一瞬、胸の奥がくすぐったくなる。

「……急にハードル上げてくるな」
「嫌?」
「嫌じゃないけど……ならお前もくん付けやめろよ」

 少し間を置いて、俺は照れを誤魔化すように言った。

「……じゃあ、よろしくな」
「うん」

 名前を呼ぶ。

「――颯真」

 その瞬間、高瀬――颯真が、俺の手をそっと握った。

 驚いて見返すと、困ったように、でも嬉しそうに笑っている。

「よろしく。彰!」
「……ああ」

 図書室の静けさの中で、指と指が重なる。

 勉強のページは開いたままなのに、頭の中は少しだけ上の空だった。

 それでも、不思議と不安はなかった。

 この時間が、確かに颯真の「居場所」になっていると、初めてはっきり思えたから。