放課後、図書室で君に出会った

 高瀬はしばらく黙ったまま、手に持った小道具入れを静かに床へ置いた。

「ごめんね。僕、君に嘘ついた。本当は先生から作業なんて頼まれてない」
「そう……だったのか」

「怒らないの?」

「怒るようなことじゃない」

「そっか……劇、見ててくれた?」

「ああ、ステージの裏からだったが見てたぞ。流石は高瀬って感じだった」

「嬉しい! 彰くんとも一緒に出れたら良かったのに……」
「勘弁してくれ。ただでさえ目立つの苦手なんだから、キャストになっちまったら、俺の胃がもたない」

「そうだったねw」

 誰もいない図書室の中に、俺たちの笑い声が響く。

 いつも通りに、今は喋れてるはずだ。


「……ねえ、彰くん」


 俺の名前を呼ぶ声は、これまでよりも少し低くて、真剣だった。

「僕さ」

 一度、息を大きく吸う。

 その仕草が、妙に覚悟めいて見えた。

「君が“居場所を作る”って言ってくれたの、覚えてる。あの時、すごく嬉しかった」

 心臓が、強く跳ねる。ドキドキが止まらない。

「なのにさ……そのあと、全然来てくれなかった」

 責める口調じゃない。
 ただ、事実を確かめるみたいな優しい声音だった。

「だから、待つのやめた」

 小さい子供が揶揄うように、高瀬は舌をペロッと出した。

「待つのをやめたって?」

「うん!」

 高瀬は、ゆっくりと一歩近づく。
 逃げ場はない。

 でも、逃げたいとも思わなかった。

「居場所を作るって言ったくせに、彰くんは自分から来てくれなかったから」
「……」


「だったら、僕が行こうって思った」


 図書室の静けさが、二人の間に張り付く。
 高瀬は、視線を逸らさない。

「僕ね……」

 言葉が詰まる。緊張しているのか耳まで真っ赤だ。この後何を言われるのか、それだけでなんとなく察した。

 俺は目を伏せずに、言葉の続きを待った。その言葉はすぐに俺の耳に届く。


「君のことが、好きだよ」


 あまりにも、真っ直ぐな言葉だった。
 飾りも、言い訳もない。
 逃げ道も、含みもない。

 ただ、そこにある感情を、そのまま差し出すみたいに。

「……」

 声が、出なかった。

 頭の中が、一瞬で真っ白になる。

 好き。それは友達としてではなくて、恋愛としての意味なんだろう。

 好き。好き。好き。

 その言葉が、図書室の空気に溶けないまま、そこに残っている気がした。

「急に答え出せって言わない」

 高瀬は、少しだけ表情を緩める。

「でも、黙ったままにされるのは……怖いから」

 その言葉で、ようやく息ができた。

「……悪い」

 絞り出すように、そう言う。

「今、何も言えない」
「うん」
「でも」

 視線を床に落とす。
 整理しようとしても、感情が先に溢れてくる。

「嫌いじゃない。居場所を作るって言った言葉も嘘じゃない。本当にそう思ってる」

 高瀬の目が、わずかに揺れる。

「どうしてか分からないけど……」

 胸に手を当てる。
 ここが、さっきからずっと落ち着かない。

「高瀬が笑ってるのを見ると、安心する」
「……」

「元気ないと、気になるし」
「……」

「いなくなると、探したくなる」

 一つ一つ言葉にするたび、逃げられなくなる。

「それが、友達だからなのか」
「……」

「それとも、別のものなのか……今は、分からない。けど答えはすぐそこにある気がする」

 正直だった。
 高瀬は、すぐに何も言わなかった。

 しばらくして、小さく息を吐く。

「……ありがとう」

 それは、意外な言葉だった。

「ちゃんと向き合おうとしてくれてるの、分かるから」

 責める声でも、失望でもない。
 むしろ、少しだけ安心したような声音。

「少し時間、くれるか?」
「うん」

「ちゃんと、自分で考えて……答えを出したい」

 高瀬は、静かに頷いた。

「待つよ」

「……悪い」

「いいよ。今度は逃げなかったから」

 図書室の窓の外。
 夕焼けが、ゆっくりと色を変えていく。

 この時間が、終わってしまうのが惜しく感じた。

(……好き、か)

 その言葉の真意を、まだはっきり掴めない。自分の中でも消化しきれていない。

 でも。
 高瀬の笑顔を思い出すと、胸の奥が、柔らかくなる。

 それだけは、確かだった。

――この答えを、曖昧なままにはしない。

 そう、心の中で静かに決めた。