文化祭準備は、思っていた以上に逃げ場がなかった。
同じ班になった以上、放課後、顔を合わせないわけにはいかない。
だが、この班になって良かった事も一つあった。
それは田原と一緒になれた事だ。
「彰。それ終わったらこっちも手伝ってくれよ」
俺の隣で紙吹雪を作る田原が、退屈な作業に音をあげていた。
「分かってるよ。今やってる」
一つの班に男女3名ずつ、合計6名だが基本的に俺と田原が一緒に作業して、人気者の高瀬は他の女子3人と作業していた。
次の作業を聞くため用があれば、声を掛けるが、大体は代わりに女子が答えてくれる。
高瀬は準備の他に、劇の練習があって忙しいらしい。
「斎藤くん。これも切っといて」
「……了解です」
他の人とも必要最低限の会話しかしない。
このままなんとなくで、文化祭を終わらせるつもりだった。
けれど。
「高瀬、セリフ飛んでるぞ」
「颯真くん、平気?」
「え、あ、次は……ごめん」
教室の端で、稽古している高瀬たちの声がどうしても耳に入ってしまった。
「大丈夫かよ、颯真。お前がそんなんだと、俺が主役を頂いちまうぞ!」
「ごめん……」
「おいおい、マジで謝んなよ。どうしたんだよ? 最近元気ねーな」
「先生ー! やられ役の久世くんが、主役の高瀬くんをいじめてまーす」
「あ、宮城。余計なこと言うなよ!」
「二人とも、練習に戻ろ。もう平気だから」
久世達と練習に励む高瀬の顔が一瞬、こちらを向き、戸惑ったように視線を泳がせてから、高瀬はいつもの調子を取り戻した。
本当に大丈夫だろうか?
「彰〜。この装飾のこの部分。位置ずらした方がよくない?」
「……そうだな」
「適当だな、おい」
いつもの高瀬じゃない。普段通りの力を発揮できてないのもそうだが、それ以上に、俺に対する態度はここ数日でかなり変わった。
以前と同じようで、どこか違う。
話しかけた時は笑顔がある。
声も柔らかい。
でも、その奥に一枚、薄い壁があるのが分かる。
(俺が作った壁だ)
作業中、ふとした拍子に距離が近づくと、心臓が無駄に跳ねた。
肩が触れそうになるだけで、意識してしまう。
なのに、高瀬は何も言わない。
以前なら、それをからかうように笑っただろう。
それがない。
それが、苦しかった。
◇◆◇◆◇
放課後。
教室に残って作業する日が続いた。
夕方になると、人は少しずつ減っていく。
気づけば、班の中でも数人しか残っていない。田原は先に帰り、今いるのは俺と高瀬。そしてもう一人、女子がいるだけだった。
「今日はここまでにする?」
「そうだな。時間的にも……」
「佐藤さんは、それ空き教室に持っていったら、帰って大丈夫だよ」
「分かりました。お先に失礼します」
「お疲れ様」
「お疲れ」
「じゃあ残りの片付け、二人でがんばろっか」
「ああ」
片付けを始めながら、自然と視線が合う。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、以前みたいに笑いかけてくれた気がした。
でも、すぐに目を逸らされる。
(……距離は縮まるばかりだな)
自分から離れておいて。
相手が離れたままだと、こんなにも落ち着かない。
身勝手だと、分かっている。
それでも。作業の合間、他の班員が話している声を聞きながら、ふと思った。
(あの日、聞けばよかったんじゃないかと)
怖かった。
答えを知るのが。
でも――知らないままでいるのも苦しかった。
◇◆◇◆◇
迎えた文化祭当日。
校内は人で溢れ、普段の静けさはどこにもなかった。
やる事もないので、劇が始まる時間まで文化祭を見て回ろうとしたところ、久世に呼び止められた。
「斎藤、呼び込み頼める?」
「……俺? そんな事をしなくても主役が高瀬なんだから、人は来るだろ?」
「分かってねーな。それにどうせ暇だろ? 学校を回るなら、高瀬と一緒にやってきてほしい。外部の人はともかく、今は二人が一緒にいる方が目立つからな。いい宣伝になる。颯真にも言ってあるから」
軽いノリの一言。
久世の性格から考えて、悪意はない。純粋に文化祭を盛り上げたい、集客を増やしたいんだろう。
でも、その“一緒にいる方が目立つ”という言葉に、胸がざわついた。
「……分かった」
「助かるわ。颯真も今、呼んでくるな。あいつお前が来ないなら、やらないとか言ってたからな」
「そうだったのか」
断る理由もない。
暫くして、劇で使う侍の衣装に着替えた高瀬が、額に汗をかいてやってきた。
「……暑そうだな」
「何枚も重ね着してるからね。それにこの刀、重いい……」
ダンボールで作られた刀は分厚く、それでいて二本腰に差していた。
「刀は俺が持つ。重いだろ」
「ありがとう!」
「気にすんな。行くか」
「うん。行こう」
二人並んで立つ。
人の波を見ながら、俺たちは声を出す。
「こちら15時から体育館で時代劇やりまーす」
「衣装や小道具もこの通り、こだわってますよー」
肩が触れるほど近い。
色んな人から声をかけられた。殆どが高瀬の知り合いだ。中には俺との関係を聞いてくる人もいたが、高瀬が上手く誤魔化してくれた。
それでも、互いに視線を合わせない。
でも。
「……彰くん」
校内を回っている最中、小さく、名前を呼ばれた。
「何だよ」
「緊張してる?」
「してねぇよ」
「顔、硬い」
「いつもだよ。それは」
少しだけ、笑う。
その笑顔が、懐かしくて。
胸の奥が、ぎゅっと締まった。
(……やっぱり)
完全に、嫌われたわけじゃない。
でも、以前のような関係には戻れていない。
それが、はっきり分かった。
「劇、頑張れよ」
「――うん! 彰くんもちゃんと見ててね」
「ああ、いつも見てるよ」
◇◆◇◆◇
結果的にクラスの劇は大成功に終わった。
高瀬は練習のような不安を感じさせる事なく、堂々と主役をやり切った。ヒロイン役の間宮さんも中々の演技で、フィナーレには沢山の拍手と歓声が観客から送られた。
若干一名、自分の作った紙吹雪が散らばって「作った甲斐があった」と別のところで感動している田原とかいう奴もいたが。
(なんにせよ。大成功で終わったな)
文化祭が終わり、後片付けもひと段落した頃。体育館の裏で休んでいた俺の前に、今日の主役がやってきた。
「やっと見つけた」
さっきまで、あちこち引っ張り回されていたのだろう。高瀬の顔には疲労の色が見えた。
「どうした?」
高瀬は両手いっぱいに、小道具入れを抱えていた。自分が使っていたものだけでなく、他の役の人の物も混ざっている。
「これ、先生に全部図書室に運んでおいてって言われて。良かったら手伝ってくれない?」
「図書室に? 空き教室じゃないのか?」
「そっちが他のクラスの荷物でいっぱいみたい。だから一時的な措置だけど」
「……二人で?」
「うん。他の人はまだ忙しそうにしてたから」
「まあ、いいけど。よくここにいるって分かったな?」
「田原くんに聞いた」
「あいつ……」
程よく仕事を押し付けられたらしい。あいつの方が絶対暇なのは分かっている。
静まり返った校舎。
夕暮れの光が、廊下に長い影を落とす。
「久しぶりに入ったな」
「僕も」
図書室に入ると、懐かしい匂いがした。
「この本の匂いがなんか落ち着くから、好きなんだよな」
以前、二人で何度も過ごした場所。
自然と、言葉が減る。
沈黙が、重い。
(ここで……何も言わなかったら)
たぶん、このまま距離は固定される。
その予感だけは、はっきりしていた。
高瀬が、ゆっくりと口を開く。
「……彰くん」
声が、少し震えている。
振り返ると、高瀬は真っ直ぐこちらを見ていた。
逃げられない距離。
逃げられない時間。
次の言葉が、何なのか。まだ、分からない。
でも。
ここが、分岐点だということだけは、確かだった。
同じ班になった以上、放課後、顔を合わせないわけにはいかない。
だが、この班になって良かった事も一つあった。
それは田原と一緒になれた事だ。
「彰。それ終わったらこっちも手伝ってくれよ」
俺の隣で紙吹雪を作る田原が、退屈な作業に音をあげていた。
「分かってるよ。今やってる」
一つの班に男女3名ずつ、合計6名だが基本的に俺と田原が一緒に作業して、人気者の高瀬は他の女子3人と作業していた。
次の作業を聞くため用があれば、声を掛けるが、大体は代わりに女子が答えてくれる。
高瀬は準備の他に、劇の練習があって忙しいらしい。
「斎藤くん。これも切っといて」
「……了解です」
他の人とも必要最低限の会話しかしない。
このままなんとなくで、文化祭を終わらせるつもりだった。
けれど。
「高瀬、セリフ飛んでるぞ」
「颯真くん、平気?」
「え、あ、次は……ごめん」
教室の端で、稽古している高瀬たちの声がどうしても耳に入ってしまった。
「大丈夫かよ、颯真。お前がそんなんだと、俺が主役を頂いちまうぞ!」
「ごめん……」
「おいおい、マジで謝んなよ。どうしたんだよ? 最近元気ねーな」
「先生ー! やられ役の久世くんが、主役の高瀬くんをいじめてまーす」
「あ、宮城。余計なこと言うなよ!」
「二人とも、練習に戻ろ。もう平気だから」
久世達と練習に励む高瀬の顔が一瞬、こちらを向き、戸惑ったように視線を泳がせてから、高瀬はいつもの調子を取り戻した。
本当に大丈夫だろうか?
「彰〜。この装飾のこの部分。位置ずらした方がよくない?」
「……そうだな」
「適当だな、おい」
いつもの高瀬じゃない。普段通りの力を発揮できてないのもそうだが、それ以上に、俺に対する態度はここ数日でかなり変わった。
以前と同じようで、どこか違う。
話しかけた時は笑顔がある。
声も柔らかい。
でも、その奥に一枚、薄い壁があるのが分かる。
(俺が作った壁だ)
作業中、ふとした拍子に距離が近づくと、心臓が無駄に跳ねた。
肩が触れそうになるだけで、意識してしまう。
なのに、高瀬は何も言わない。
以前なら、それをからかうように笑っただろう。
それがない。
それが、苦しかった。
◇◆◇◆◇
放課後。
教室に残って作業する日が続いた。
夕方になると、人は少しずつ減っていく。
気づけば、班の中でも数人しか残っていない。田原は先に帰り、今いるのは俺と高瀬。そしてもう一人、女子がいるだけだった。
「今日はここまでにする?」
「そうだな。時間的にも……」
「佐藤さんは、それ空き教室に持っていったら、帰って大丈夫だよ」
「分かりました。お先に失礼します」
「お疲れ様」
「お疲れ」
「じゃあ残りの片付け、二人でがんばろっか」
「ああ」
片付けを始めながら、自然と視線が合う。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、以前みたいに笑いかけてくれた気がした。
でも、すぐに目を逸らされる。
(……距離は縮まるばかりだな)
自分から離れておいて。
相手が離れたままだと、こんなにも落ち着かない。
身勝手だと、分かっている。
それでも。作業の合間、他の班員が話している声を聞きながら、ふと思った。
(あの日、聞けばよかったんじゃないかと)
怖かった。
答えを知るのが。
でも――知らないままでいるのも苦しかった。
◇◆◇◆◇
迎えた文化祭当日。
校内は人で溢れ、普段の静けさはどこにもなかった。
やる事もないので、劇が始まる時間まで文化祭を見て回ろうとしたところ、久世に呼び止められた。
「斎藤、呼び込み頼める?」
「……俺? そんな事をしなくても主役が高瀬なんだから、人は来るだろ?」
「分かってねーな。それにどうせ暇だろ? 学校を回るなら、高瀬と一緒にやってきてほしい。外部の人はともかく、今は二人が一緒にいる方が目立つからな。いい宣伝になる。颯真にも言ってあるから」
軽いノリの一言。
久世の性格から考えて、悪意はない。純粋に文化祭を盛り上げたい、集客を増やしたいんだろう。
でも、その“一緒にいる方が目立つ”という言葉に、胸がざわついた。
「……分かった」
「助かるわ。颯真も今、呼んでくるな。あいつお前が来ないなら、やらないとか言ってたからな」
「そうだったのか」
断る理由もない。
暫くして、劇で使う侍の衣装に着替えた高瀬が、額に汗をかいてやってきた。
「……暑そうだな」
「何枚も重ね着してるからね。それにこの刀、重いい……」
ダンボールで作られた刀は分厚く、それでいて二本腰に差していた。
「刀は俺が持つ。重いだろ」
「ありがとう!」
「気にすんな。行くか」
「うん。行こう」
二人並んで立つ。
人の波を見ながら、俺たちは声を出す。
「こちら15時から体育館で時代劇やりまーす」
「衣装や小道具もこの通り、こだわってますよー」
肩が触れるほど近い。
色んな人から声をかけられた。殆どが高瀬の知り合いだ。中には俺との関係を聞いてくる人もいたが、高瀬が上手く誤魔化してくれた。
それでも、互いに視線を合わせない。
でも。
「……彰くん」
校内を回っている最中、小さく、名前を呼ばれた。
「何だよ」
「緊張してる?」
「してねぇよ」
「顔、硬い」
「いつもだよ。それは」
少しだけ、笑う。
その笑顔が、懐かしくて。
胸の奥が、ぎゅっと締まった。
(……やっぱり)
完全に、嫌われたわけじゃない。
でも、以前のような関係には戻れていない。
それが、はっきり分かった。
「劇、頑張れよ」
「――うん! 彰くんもちゃんと見ててね」
「ああ、いつも見てるよ」
◇◆◇◆◇
結果的にクラスの劇は大成功に終わった。
高瀬は練習のような不安を感じさせる事なく、堂々と主役をやり切った。ヒロイン役の間宮さんも中々の演技で、フィナーレには沢山の拍手と歓声が観客から送られた。
若干一名、自分の作った紙吹雪が散らばって「作った甲斐があった」と別のところで感動している田原とかいう奴もいたが。
(なんにせよ。大成功で終わったな)
文化祭が終わり、後片付けもひと段落した頃。体育館の裏で休んでいた俺の前に、今日の主役がやってきた。
「やっと見つけた」
さっきまで、あちこち引っ張り回されていたのだろう。高瀬の顔には疲労の色が見えた。
「どうした?」
高瀬は両手いっぱいに、小道具入れを抱えていた。自分が使っていたものだけでなく、他の役の人の物も混ざっている。
「これ、先生に全部図書室に運んでおいてって言われて。良かったら手伝ってくれない?」
「図書室に? 空き教室じゃないのか?」
「そっちが他のクラスの荷物でいっぱいみたい。だから一時的な措置だけど」
「……二人で?」
「うん。他の人はまだ忙しそうにしてたから」
「まあ、いいけど。よくここにいるって分かったな?」
「田原くんに聞いた」
「あいつ……」
程よく仕事を押し付けられたらしい。あいつの方が絶対暇なのは分かっている。
静まり返った校舎。
夕暮れの光が、廊下に長い影を落とす。
「久しぶりに入ったな」
「僕も」
図書室に入ると、懐かしい匂いがした。
「この本の匂いがなんか落ち着くから、好きなんだよな」
以前、二人で何度も過ごした場所。
自然と、言葉が減る。
沈黙が、重い。
(ここで……何も言わなかったら)
たぶん、このまま距離は固定される。
その予感だけは、はっきりしていた。
高瀬が、ゆっくりと口を開く。
「……彰くん」
声が、少し震えている。
振り返ると、高瀬は真っ直ぐこちらを見ていた。
逃げられない距離。
逃げられない時間。
次の言葉が、何なのか。まだ、分からない。
でも。
ここが、分岐点だということだけは、確かだった。
