放課後、図書室で君に出会った

  高瀬の言葉が、廊下の空気を固めた。

 答えられるよ――あとは彰くん次第。

 “次第”という言葉が、胸に刺さる。なら彼の答えは、彼の心の中でもう出ているのだろう。だけど、俺は……。

「……今は、聞きたくない」

 気づいたときには、そう口にしていた。
 高瀬の目が、わずかに見開かれる。

「彰くん?」
「ごめん。今……無理だ」

 視線を合わせないまま、言葉を続ける。こんなの失礼だ。けど分かっていても、今の俺は高瀬と向き合う事ができなかった。

「頭、整理できてない。だから……」
「逃げるの?」

 責めるというより、確かめるような声だった。

「……そう見えるなら、それでいい」

 最低だと思う。
 分かっている。

 でも、これ以上聞いたら。

 これ以上踏み込んだら。

――今までの関係には戻れなくなる。

 そう感じていた。分かっている。

 自分から先に踏み込んだというのに、勝手なやつだと思う。

 だけど今はまだ無理だった。

「今日は、帰る」

 それだけ言って、踵を返す。背中に、何か言いかける気配があった。

 けれど、高瀬は追ってこなかった。
 それが、余計に自分の心を狂わせていた。

◇◆◇◆◇

 それから数日。俺たちの間には、目に見えない距離ができた。

 露骨に避けているわけじゃない。

 挨拶をしないわけでもない。

 ただ、以前のようにどちらから、話しかける事は無くなった。

 図書室にも、自然と足が遠のくようになり、行かなくなった。放課後も高瀬は久世達とつるみ、俺は帰宅する。そんな日常に戻った。

 一部の生徒達の間では、『別れた』とか、『喧嘩した』とか言われていたが、気にするだけ無駄なのはもう理解していた。

 教室でも目が合えば、少しだけ気まずそうに逸らされる。

 それだけで、胸がちくりと痛んだ。

(……俺が悪い)

 分かっているのに、どうしていいか分からなかった。

 高瀬は、何も言ってこない。きっと俺から話し出すのを待っているのだろう。

 あの日以来、高瀬からも踏み込んで来る事や距離を詰めることもなくなったからだ。

 それが、彼なりの優しさなのか。
 はたまた、諦めなのか。

 考えるたびに、頭が重くなる。

 そうこうしている内に、9月が終わり、風が少し冷たくなった。


 10月。


 学校の文化祭準備が、本格的に始まった。うちのクラスはどうやら演劇をするらしい。田原が言っていた。

 俺はその時、寝ていたのでよく知らなかった。

 主役は当然の流れで高瀬になり、ヒロイン役は彼の事が好きな間宮咲希になったという。

 クラスでも特に目立ち、容姿端麗な間宮と高瀬の配役は適材適所と言えるだろう。

「えー、演劇準備の班分けは実行委員と相談して決定した。各自確認しておくように。また、役がある人も班に名前を入れてあるが、劇の練習を方を優先してもらって構わない。班員はその場合、作業のフォローに入るようにしてくれ。できるだけ公平になるよう振り分けてある」

 担任が黒板に貼り出した紙を指さす。ざわめく教室。

 その中で、自分の名前を探して――見つけてしまった。

 同じ班の欄に。

 高瀬の名前。

 瞬きの間、息が止まる。

(……マジか)

 視線を横に向けると、向こうもこちらを見ていた。ほんの一瞬、目が合う。

 すぐに逸らされる。

 それが、以前よりもずっと堪えた。

 逃げたのは、俺だ。

 なのに、胸の奥には、また高瀬と話が出来る機会が生まれたと期待し、喜んでいる自分がいた。

(今度は……どうするんだよ。チャンスがあったとしても、次は逃してはくれないだろう)

 答えは出ないまま、文化祭準備の日々が、静かに始まっていった。