放課後、図書室で君に出会った

 しばらく、互いに言葉はなかった。

 時計の秒針が進む音だけが、部屋の中を満たしている。

 さっきまで気になっていたはずなのに、今は不思議と落ち着いて聞こえた。

「……彰くん」

 高瀬の声は、さっきより少し低い。

「もしさ」
「ん?」
「僕がいなくなっても……」

 その言葉に、反射的に身体が強張った。

 暗闇の中でもその様子は十分伝わったのだろう。

「そんな身構えないでよ。僕はどこにも行かないし、いけない……これは、仮定の話だよ」
「続けてくれ」

 続きを止めなかったのは、逃げたくなかったからだ。

「学校に行かなくなって、連絡も取れなくなって」
「……」
「それでも、みんなは普通に日常を続けるんだろうなって」

 淡々とした声。
 でも、その奥にあるものは、長い間声にしないでしまい込まれてきた感情だった。

「僕さ、誰かの生活の中に“必要”として存在したこと、ないんだと思う」

 それを聞いて、自分の事じゃないのに胸の奥が、鈍く痛む。

「クラスでは都合のいい立ち位置で」
「……」
「家では、いないものみたいで」

 布団の中で、微かに身じろぎする気配。

「だから、彰くんの家でさ」
「……」


「“いていい”って言われただけで、変な感じがした」


 それは、感謝でも、期待でもない。
 もっと切実な、何かだった。

「そんなことで、楽になる自分が嫌で」
「……」

「でも、離れたくもなくて」

 そこで、言葉が途切れた。
 俺は天井を見つめたまま、ゆっくり息を吐く。
 頭より先に、胸の奥がざわついていた。

「……高瀬」
「なに?」

 呼んだだけで、返事が返ってくる。
 それが、やけに確かなものに感じられた。

「お前さ」
「うん」

「居場所がないって、思ってるだろ」

 一拍。

「……思ってる」

 即答だった。
 迷いも、強がりもなかった。
 だから――。

「じゃあさ」

 声が、少しだけ掠れた。

「俺の隣にいろよ」

 自分の口から出た言葉に、俺自身が一瞬驚いた。何を言ってるんだろうと自分でも思う。けれど止まらなかった。

「……え?」

「お前がいていい場所。いたいと思う場所を」
「……」


「俺が作るよ」


 言い切ってから、心臓が遅れて大きく跳ねた。
 何を言ってるんだ。

 重い。無責任だ。先のことなんて何も考えてない。
 それでも。

「……彰くん」

 高瀬の声が、震えていた。

「それ、簡単に言っていい言葉じゃないよ」
「分かってる」

 分かっていて、言った。俺はバカなんだろう。

「だけど、今のお前の話を聞いてたら……」
「……うん」

「そう言ってやりたいと思った」

 暗闇の中で、微かな嗚咽が聞こえた。

「……っ」

 息を殺すみたいな音。
 高瀬が、初めて泣いているのだと分かる。

「……ごめん」
「謝るな」

 思わず、布団の上から手を伸ばしかけて、止めた。
 今は触れちゃいけない、そんな気がしたから。

「……僕さ」

「……ああ」

「泣くの、久しぶりなんだ」

 掠れた声。

「泣いても、意味ないって思ってた」
「……」

「でも、今は……」

 言葉にならなかったらしい。

 俺はゆっくりと体を横に向けた。
 暗闇の中でも、高瀬がこっちを向いているのが分かる。

「……今日は、泣いていい」
「いいの?」

「いいんだよ、泣いて。誰にだってそういう時はあるだろ」

 少し間があって。

「……ありがとう」

 その一言に、胸の奥が熱くなった。
 少し下に手を伸ばせば届く距離。それ以上は近づいていない。

 それなのに、確かに――高瀬と繋がっているとその瞬間感じた。

 居場所を作るなんて、簡単じゃない。

 約束にするには、あまりにも重い。けれど、俺は人生で初めて、誰かを「手放したくない」と思った。

「もう寝るね。おやすみ……」
「ああ、おやすみ」