週明けの朝。
昇降口を抜けたあたりから、妙な違和感があった。
(……なんだ?)
すれ違う生徒の視線が、やけに引っかかる。高瀬と仲良くなり始めた時は多少あったが、それでも数日後にはなくなった。けど今はその時の比ではないくらい感じる。
露骨に見てくるやつもいれば、ひそひそ声で何かを言っている気配もある。
最初は気のせいだと思った。
けれど、教室に近づくにつれて、その感覚ははっきりとしたものに変わっていく。
――見られている。
席に着くまでの短い距離が、いつもより長く感じられた。
自分の席に座ると、頭を机につき、ようやく一息つく。
その瞬間。
「なあ、彰」
前の席から、聞き慣れた声がした。
「……田原」
顔を上げると田原が肘を椅子の背に置いたまま、にやにやとこちらを見ている。
中学からの付き合いだ。距離感が変わらない数少ないやつでもある。
「朝からやけに人気者だよな。気づいてる?」
「……何の話だ」
とぼけて返すと、田原は肩をすくめた。
「土曜の件。もうとっくに学校中に知れ渡ってるぞ。俺が来た時からこんな感じだ。男子は疑問を浮かべてるやつが多いし、お前に高瀬を取られたと思った女子の一部が過激な反応を示してるよ」
「……は?」
嫌な予感が、現実になる音がした。
「高瀬と二人で土曜日に出かけてたんだって? 隣町で映画見て、飯食って。んで、駅前で解散」
「……なんでそこまで知ってる?」
「噂で流れてくるんだよ。嫌でも耳に入る。目撃情報が多すぎたんじゃね? それか、高瀬が自分で言ったのかもだけど」
「……高瀬は、言わない」
「そうだといいけどな」
田原は面白がるでもなく、どこか呆れたような口調だった。
「ま、なんにせよ。逢引きをやるならもっと上手くやらないと。隣町じゃなくて、かなり離れた所でとかさ。この辺だとすぐにバレるぞ」
そんな田原の声も頭に入らない。
頭の中で、土曜日の光景がフラッシュバックする。
映画館。レストラン。駅前。
(……見られてた、のか)
人目を気にしないつもりでいたが、完全に油断していた。
「で、どうなんだよ」
「何がだ」
「付き合ってんの?」
直球すぎる質問に、言葉が詰まる。
「……違う。あいつとはそんな仲じゃない。ただの友達だ」
「即答じゃないのが怪しいんだけど」
田原はくつくつと喉を鳴らして笑った。
「安心しろ。俺は親友の変な噂を広めたりしない」
「……頼むから、変な解釈だけはするなよ」
「そう思うなら教えてほしい所だけど……でもさ」
田原は少しだけ真面目な顔になる。
「お前、嫌そうじゃないよな」
その一言に、何も返せなくなった。
嫌か、と聞かれたら。
正直、そうではない。視線が集まるのは鬱陶しい。
噂が広がるのも、面倒だ。
でも――あの日を否定したい気持ちは、なかった。
だけどもし勝手に、あの日の内容を他者に話していたとしたら、それは嫌だった。
(あの日、何をしていたか。それを知っているのは俺と高瀬だけでいいんだ)
そのとき、教室の後ろがざわつく。
「おはよー」
聞き覚えのある声。
高瀬が、いつも通りの調子で教室に入ってきた。瞬間、空気が微妙に変わる。
何人かの視線が、一斉に俺と高瀬を行き来した。
(……勘弁してくれ)
高瀬は一瞬こちらを見て、目が合うと、ほんの少しだけ目を細めた。
――何も言わない。
でも、分かってる、という顔。それだけで、胸の奥がざわつく。
「ほらな」
田原が小声で言う。
「もう完全にセット扱いだぞ。お前ら」
「……勝手に決めるな」
そう言いながらも、否定に力が入らない自分がいた。
噂は、放っておけば消える。そう思いたい。
けれど。
土曜日のことを「なかったこと」にするのは、もう無理なのかもしれない。
そう気づいてしまった時点で、この一週間は、きっと今まで通りじゃ済まない。
俺は前を向き直り、始業のチャイムを待った。
――周囲の視線から、逃げることもできないまま。
昇降口を抜けたあたりから、妙な違和感があった。
(……なんだ?)
すれ違う生徒の視線が、やけに引っかかる。高瀬と仲良くなり始めた時は多少あったが、それでも数日後にはなくなった。けど今はその時の比ではないくらい感じる。
露骨に見てくるやつもいれば、ひそひそ声で何かを言っている気配もある。
最初は気のせいだと思った。
けれど、教室に近づくにつれて、その感覚ははっきりとしたものに変わっていく。
――見られている。
席に着くまでの短い距離が、いつもより長く感じられた。
自分の席に座ると、頭を机につき、ようやく一息つく。
その瞬間。
「なあ、彰」
前の席から、聞き慣れた声がした。
「……田原」
顔を上げると田原が肘を椅子の背に置いたまま、にやにやとこちらを見ている。
中学からの付き合いだ。距離感が変わらない数少ないやつでもある。
「朝からやけに人気者だよな。気づいてる?」
「……何の話だ」
とぼけて返すと、田原は肩をすくめた。
「土曜の件。もうとっくに学校中に知れ渡ってるぞ。俺が来た時からこんな感じだ。男子は疑問を浮かべてるやつが多いし、お前に高瀬を取られたと思った女子の一部が過激な反応を示してるよ」
「……は?」
嫌な予感が、現実になる音がした。
「高瀬と二人で土曜日に出かけてたんだって? 隣町で映画見て、飯食って。んで、駅前で解散」
「……なんでそこまで知ってる?」
「噂で流れてくるんだよ。嫌でも耳に入る。目撃情報が多すぎたんじゃね? それか、高瀬が自分で言ったのかもだけど」
「……高瀬は、言わない」
「そうだといいけどな」
田原は面白がるでもなく、どこか呆れたような口調だった。
「ま、なんにせよ。逢引きをやるならもっと上手くやらないと。隣町じゃなくて、かなり離れた所でとかさ。この辺だとすぐにバレるぞ」
そんな田原の声も頭に入らない。
頭の中で、土曜日の光景がフラッシュバックする。
映画館。レストラン。駅前。
(……見られてた、のか)
人目を気にしないつもりでいたが、完全に油断していた。
「で、どうなんだよ」
「何がだ」
「付き合ってんの?」
直球すぎる質問に、言葉が詰まる。
「……違う。あいつとはそんな仲じゃない。ただの友達だ」
「即答じゃないのが怪しいんだけど」
田原はくつくつと喉を鳴らして笑った。
「安心しろ。俺は親友の変な噂を広めたりしない」
「……頼むから、変な解釈だけはするなよ」
「そう思うなら教えてほしい所だけど……でもさ」
田原は少しだけ真面目な顔になる。
「お前、嫌そうじゃないよな」
その一言に、何も返せなくなった。
嫌か、と聞かれたら。
正直、そうではない。視線が集まるのは鬱陶しい。
噂が広がるのも、面倒だ。
でも――あの日を否定したい気持ちは、なかった。
だけどもし勝手に、あの日の内容を他者に話していたとしたら、それは嫌だった。
(あの日、何をしていたか。それを知っているのは俺と高瀬だけでいいんだ)
そのとき、教室の後ろがざわつく。
「おはよー」
聞き覚えのある声。
高瀬が、いつも通りの調子で教室に入ってきた。瞬間、空気が微妙に変わる。
何人かの視線が、一斉に俺と高瀬を行き来した。
(……勘弁してくれ)
高瀬は一瞬こちらを見て、目が合うと、ほんの少しだけ目を細めた。
――何も言わない。
でも、分かってる、という顔。それだけで、胸の奥がざわつく。
「ほらな」
田原が小声で言う。
「もう完全にセット扱いだぞ。お前ら」
「……勝手に決めるな」
そう言いながらも、否定に力が入らない自分がいた。
噂は、放っておけば消える。そう思いたい。
けれど。
土曜日のことを「なかったこと」にするのは、もう無理なのかもしれない。
そう気づいてしまった時点で、この一週間は、きっと今まで通りじゃ済まない。
俺は前を向き直り、始業のチャイムを待った。
――周囲の視線から、逃げることもできないまま。
