放課後、図書室で君に出会った

――ちゃんと遊びに行かない?
――考えとく。

 そう返されたとき、正直に言えば、半分は断られる覚悟をしていた。

 彰くんはそういう人だ。

 距離を詰めすぎると、一歩引く。
 でも完全に拒まない。

 だから、「考えとく」という返事は、僕にとっては十分だった。

 それ以上踏み込まなかったのは、逃げられたくなかったからだ。

 軽く言った約束みたいに見せておけば、次に繋がると思った。

 数日後、思い切って送ったメッセージ。

『今度の土曜、空いてる?』

 既読がつくまでの数秒が、やけに長かった。

『特に予定はない』

 その一文を見て、胸の奥が静かに緩む。

『よかった。じゃあ、ちゃんと遊びに行こう』

 送ってから、少しだけ後悔した。

 「ちゃんと」の意味を、深く考えられたらどうしよう、と。

 でも――引き返すつもりはなかった。

◇◇◇

 約束の当日。

 集合場所は、僕の最寄り駅。
 自分のホームなら、多少は落ち着けると思ったから。けどドキドキが収まらないまま駅に到着する。

「あ」

 改札前に着くと、すでに彰くんはそこにいた。……いや、たぶん、だいぶ前から。

(絶対、早く来てる)

 そう思ったけど、口には出さない。

「ごめん、待った?」
「いや、今来たところ」

 嘘だと分かってる。
 でも、その気遣いが、やっぱり彰くんらしい。

 私服の彰くんを見るのは、これが初めてだった。

 黒を基調にした落ち着いた服装。

 派手じゃないのに、目が離せない。

(……似合ってる)

 本人は気づいてなさそうなのが、少し惜しい。

「……私服、見るの初めてだ」

「そうだね。いつも学校と放課後でしか会ってなかったから」

 そう返しながら、僕は内心で頷く。
 “学校の中の彰くん”と、“今ここにいる彰くん”は、少し違う。

 だから余計に、今日が特別に感じた。

 僕が服装を褒めると、彰くんは微妙に照れた顔をして視線を逸らす。

(その反応、ずるい)

 今日は映画からだと、予定を伝える。

「まずは映画。チケット、もう取ってある」
「え、マジで?」

 彼の驚いた顔に、少しだけ満足する。

「彰くん、直前まで決めないでしょ」
「…………」

 図星。

 こういうところも、よく分かってしまう自分がいる。

◇◇◇

 映画館の中は、人と匂いと音で満ちていた。

 席は、真ん中より少し後ろ。

 スクリーンが見やすくて、周囲を気にしなくていい場所。

 暗くなると、彰くんの存在が急に近くなる。

 肩が触れそうで触れない距離。
 それだけで、妙に意識してしまう。

(落ち着け、僕)

 映画は派手なアクションで、正直、内容は分かりやすかった。

 でも、途中から彰くんの反応ばかり気になってしまう。

 驚いたときの息遣いとか、
 無意識に身じろぐ仕草とか。

――こうして隣に座るだけで、こんなに意識するなんて。

◇◇◇

 映画が終わって、外に出る。

「どうだった?」
「……普通に面白かった」

 素直じゃない返事に、思わず笑う。

 お昼は、前から決めていた店へ。

 彰くんが「こういう店来るんだな」と言うのを聞いて、少し嬉しくなる。

(連れてきてよかった)

 食事中、会話が途切れても、居心地が悪くならない。家族といる時とは大違いで、それが何より、嬉しかった。

「今日さ。楽しいか?」

 聞かれて、一瞬だけ迷ってから答える。

「うん。彰くんは?」
「……悪くない」

 その一言で、今日を計画した意味は全部報われた気がした。

◇◇◇

 遅めの昼食を終えて、外に出ると、夕方の空気が肌に触れる。少し薄着にしすぎたかもしれない。

「このあと、どうする?」
「少し歩こうか」

 並んで歩く。目的地はない。

 ショーウィンドウに映る僕たちは、驚くほど自然だった。

「今日、思ってたより喋ってる」
「……うるさい」

 でも否定しないところが、やっぱり彰くんだ。

(学校の外だから、かな)

 余計な視線も、立場もない。ただの二人として歩いている。

 気づけば、駅前。

「もうこんな時間か」

 17時過ぎ。

 解散するには、ちょうどいい。

 名残惜しさを悟られないように、いつも通りに振る舞う。

「今日は来てくれてありがとう」
「こっちこそ。楽しかった」

 一瞬、目が合う。

 少し、気恥ずかしかった。けど逸らさない。

「次は、もっとちゃんと計画立てよう」
「次は俺が立てる番だろ」

 そう言われて、思わず笑ってしまう。

(次、って言ってくれた)

 改札まで送ると申し出ると、彰くんは少し驚いた顔をした。

 短い距離を一緒に歩く。

「また、遊ぼうね」
「……予定が合えばな」

 否定しない。
 それだけで十分だった。

 改札前で手を振り合い、彰くんが向こう側に進む。その姿が見えなくなるまで、視線を外せなかった。

◇◆◇◆◇

 ――と、そのとき。

「颯真? だよな?」

 聞き覚えのある声に、現実に引き戻される。

「久世……くん? それにみんなも」

 振り返ると、同じクラスの顔が四人。

「なぁ、今日用事あるって言ってなかったっけ?」

 一瞬で、空気が変わる。

「颯真くん……」

 間宮さんの、泣きそうな声。

(……ああ、来たか)

 見られたと思ったのと同時に、ああ、めんどくさいなという感情が芽生えた。逃げ場はない。

 でも、不思議と後悔はなかった。

「今、時間。あるか?」

 そう言われて、僕は小さく息を吸う。

――さっきまでの時間が、嘘みたいに遠くなる。

 それでも。
 改札の向こうに消えた彰くんの背中を思い出して、僕はちゃんと、前を向いた。

「……うん。大丈夫だよ」

 そう言って、彼らの方へ体を向き直した。