一 岡山 優斗は疾走する
俺がVRゴーグルをつけると、目の前にあらわれた試合会場は砂浜だった。
人魚姫? 海坊主? はたまた鯨に飲み込まれたキノピオか。海に関するさまざまな話が思い浮かぶ。しかし銀色に輝く海原に顔をむけても、見渡す限り何もない。大魚が跳ねるわけでもなく、船が汽笛を鳴らして存在をアピールするわけでもない。青い水平線が広がり、凪いだ大海から緩やかな波の音が届くのみ。
この会場は、どんなおとぎ話なんだろうか。
小さな子供が複数で騒ぐ声がした。
視線をやると、あっという間に物語名が判明した。子供らが、頭と足をひっこめた亀を四方囲んで棒でつついていたからだ。間違いない。
相手チームに『浦島太郎』の能力者がいる。
バーチャルゲーム【VSおとぎ話】。
世界で人気のこのE—SPORTSはオリンピック競技にもなり、全国高校大会が毎年行われている。参加者が仮想現実内で発現できる力は、幼少期に読んだ物語でインパクトのあった場面が由来だ。頭にかぶるゴーグル等が脳に働きかけて固有能力となる。それを武器に、三人対三人で戦う。戦闘地はランダムで、参加者の能力のもとになった話から選ばれる。
今回は俺が通う男子高校での、代表チームを選ぶ決勝戦だ。小野と姫川の三名でこれまで勝ち進んできた。
浦島太郎はどういった攻撃を仕掛けてくるだろうか。可能性が高いのは、あっという間に老化させる煙。次に釣竿を利用した遠隔攻撃とか……。鯛や平目の舞い踊りで魅了する、とかだったら大笑いだけど。予想だと、やっぱり玉手箱からの煙だろうな。
そう言えば、初めて浦島太郎を読んだ時、子供心ながら《何で老人になる箱なんて乙姫様は土産に渡すのだろう》と不思議だったな。その頃は、疑問に思ったことを何でも三つ年上の姉ちゃんに訊いていた。どうして空は青いのかな、雨が降るのは何故だろう、TVはどういう仕組みで映っているの?
その度に姉ちゃんは即答したり、眉間にしわを寄せて考えたりした。分からない場合は両親を捕まえて、教えてもらったりなどして。
だから、浦島太郎の謎も当然のごとく尋ねた。少女漫画を読んでいた姉はページをめくりながら、こちらに視線も寄越さずに答えた。
「竜宮城を去って私を捨てるのなら覚えてなさい。結婚できないようなツラにしてやる、っていう女の嫉妬に決まっているじゃない」
今思えば、質問の多いうざったい弟へ適当に返事しただけだろう。だが感情のこもっていない回答は、リアリティがあり残酷だった。俺の心にはこの時、女性への恐怖心がしっかり植え付けられたのである。
高校三年生の今まで俺に彼女ができたことがないのは、女子と話すと緊張するから。でも、姉ちゃんにも責任の一端はあるのではないか……。いい加減に彼女を作りたいとは思っているのだけど。
足元に波の白いしぶきがかかった。
――冷たい。
よけると白い砂が舞い上がる。ゲームなのに熱さ・寒さは分かるんだよな、と改めて思う。敵にやられた時も痛みや痺れがある。頭部を攻撃されると負けとなり、手足にダメージ判定があると、その部分は一分間動かせない。たがが一分だが、対戦時間三十分のなかではじれったい程、ながく感じる。
さて、まずは小野か姫川と合流しよう。複数で一か所に集まると、一網打尽にされる恐れがあるが、状況を把握しなければいけない。
特に姫川は《特殊》だ。
俺は『桃太郎』とつぶやき、中空にあらわれた日本刀の柄を掴む。一応、子供たちに「亀をいじめるんじゃない」と注意し、ざくざく音を立てながら浜辺を走っていく。
二 姫川 貴志は眠り続ける
驚いたことに、姫川は砂浜の中央にいた。いや正確にいうと、砂浜に置かれた派手なベッドのなかで熟睡していた。
ベッドは四隅の柱で支えられた天蓋をもち、そこからメッシュのカーテンが垂れ下がっている。アラビアンナイトにでてきそうな。どこの国のお姫様なんだよっ、と俺は突っ込みをいれながらカーテンを勢いよく開く。
姫川の顔にまばゆい太陽光が降りそそぐ。
「起きろ、戦地のど真ん中だぞ。毎回毎回、いい加減にしてくれ」
小柄な姫川の肩を激しくゆするが、細眉を半円にした柔和な寝顔が返ってくるのみ。姫川の髪がさらさらと流れて、柑橘類の良い匂いがただよった。香水でもしているのだろうか。
整った顔で色白の姫川は、美少年という表現がぴったりくる。彼が教室に入ってくるだけで男子高校にもかかわらず、同級生が一瞬はっとして部屋の空気が変わるのを感じた。
とはいえ本人は無頓着で、好きな女性のタイプを〝とにかく綺麗な人。一緒に美を高められる人〟と公言していた。美を高める? 一般の男子高生には理解不能な言葉だ。我々の日常は美しさとは縁遠い。夏休みが開けたら、机に緑色のカビが生えているという超常現象すら起きる苛烈な環境なのだ。
だいたい、男子高校生は日常生活内では、女性と知り合うことはない。部活や、文化祭で他校の女子に勇気をだして話しかけ、ようやく知人となれる。チャンスは限られている。運よく連絡先を交換して、知人から友人となるべくSNSでの対話を頑張るものの、長くは続かない。やはり日頃がさつな同性と過ごしていると、気の効いた言葉や話題なんてすぐに尽きるものだ。
その点、姫川は凄かった。小柄ではあるが大きな瞳と無邪気な笑顔で、一般の男子高校生にはない色気が溢れでている。週末に一緒に都内に歩いたことがあるが、大概の通行人は二度見する。五分ごとに見知らぬ人に声をかけられる。
「やだー、可愛い。お姉さんたちとご飯行かない? 奢るよ」
「他の事務所に入っていると思うけど、名刺を渡させて。今後の芸能活動に疑問をもったら、ぜひ連絡してね」
「君ならナンバーワンを目指せるぜ。一緒にホスト道を極めよう!」
などなど。俺が一生かけられることがないであろう言葉たちに、隣で仰天する。すると、友人が「もはや姫川と俺らは骨格からして違うんだろうな。・・・・・・来世に期待する」と吐息をもらした。
そんなわけで、放っておいても姫川は女友達ができる。だから、皆から学内で一目置かれ、尊敬されていた。
姫川の女友達ですら、姫川をみると一様にため息をつく。いわく「持って生まれた物が違う。身長さえあれば、アイドルグループの中央で踊っているはず」とのこと。姫川を取り囲んで仲良くしていた。俺達も間に入りたいところだったが、賑やかな会話は〝お勧めの化粧水やネイル等について〟で、入る余地はまるでない。
俺も姫川には嫌われたくないので、手荒な真似は避けたかった。
だが一刻も早くこの派手なアラビアンベッドから出てもらわないと。敵の格好の的だ。前回の戦いでも姫川はやはり寝ながら登場していたが、その時の寝具は地味な柄をした布団だった。今回は荘厳なベッドである。高校の決勝戦とはいえ張り切り過ぎだろう、姫川の潜在意識。やれやれ。
「頼む、起きてくれ。ここまで来て負けたくない」
とイケメンの首が直角になるほど揺すってみたが、重いまぶたは微動だにしない。駄目だこりゃ、諦めよう。
俺は、豪華絢爛な寝台から離れた。
気を使って本人に文句はいえないが、姫川が試合終了までに起きたことはない。だから、今までは俺の能力『桃太郎』と、小野の能力で勝ってきた。
姫川は入眠中に敵に発見され、頭を軽く叩かれゲームオーバーになる。または、見つかりづらい場所で寝ている間に、俺達が敵を倒して勝利となるかのどちらかだった。我が男子校のアイドルは試合中何もしていない。
同じアイドルという発音だが、これでは‶怠けている〟という意味のIDELだ。黄色い声を浴びる‶崇拝される人〟のIDOLではなく。同音異義語だが悪い方の単語になる。
だが試合が終わりVRゴーグルを外した姫川が「ええっ、勝ってる」と飛び跳ねる姿は微笑ましく、誰も何も言えないのだった。女友達を紹介してもらえなくなるし。
俺は姫川のベッドから離れ、海沿いへ。テトラポットの隙間に潜った。敵が謎の寝台に興味をもってのぞきにきたら、勢いよくでる算段だ。外の様子は分かりづらいから、上空にキジを飛ばす。異常があったら教えてもらおう。
そういえば小野には出会えなかったな。上空を見ると、岡山チームの残数は二名と表示されている。どうやらまだ生き延びているらしい。俺が負けたら、あいつに勝負を託すことになる。
試合が始まって十五分が経つ。折り返し時間だ。上空のキジは悠然と羽を広げて飛んでいる。偵察者として、抜群に優秀。しかも手の届かない相手への攻撃もできる。
男子の幼少期の憧れなのか、よく出現するのが巨人になる能力者だ。彼らと戦うときは、キジの上空からの攻撃が重宝した。くわえて地上では、犬が嚙みついて敵の足止めをし、猿もひっかく。複数の敵を相手にして、足をもつれさせた巨人がどどんっと倒れたところ、俺が刀でとどめを刺す。
対戦相手としてはたまったものではないだろう。自分で言うのも何だが戦闘的には、ずば抜けた能力ではないだろうか。俺が桃太郎に胸を高鳴らせたのが、鬼との戦闘シーンで助かった。食いしん坊で吉備団子に執着していたら。もしくは、宝を持ちかえる場面に感動していたらと思うと、ぞっとする。やたら物を食べる能力や、敵の貴重品を盗む能力の持ち主になったのかもしれない。とんだ役立たずになるところだった。
だんだんと熱気に耐えられなくなってきた。一点の曇りもない晴天の下、テトラポットの隙間に潜った俺は、滝のような汗を流している。コンクリートの塊は熱さを抱えきれずに、こちらに次々とよこしてくる。軽いめまいを覚えながら、隙間から上空のキジを見上げる。
キジが何やら怪しい動きをしていた。
降りては上がり、上がっては降り。上下運動を繰り返している。よく見ると下がる時に翼をクロスさせている。
あれは、バツの意味か! 気がつかなくてごめん、と俺は心のなかで愛鳥に謝罪する。日本刀を持って、浜辺に一気に駆けあがった。
そこには相手チームの二人がいた。ベッドのカーテンを開け、不思議そうに姫川を眺めている。それはそうだろう。普通、戦地でぐっすりと寝る人間がいるとは思わない。
俺が砂地を駆ける音に気づいた彼らは、慌てて振りかえった。刀を振りかぶる俺が目に入ると、恐怖で顔が引きつる。俺は二人の頭頂部を立て続けに峰打ちした。その初手の勢いは、中学時代に剣道部大将として努力した賜物だ。どんなことでも頑張った経験は、どこかで役立つものだ。まさかゲームで優位にはたらくとは思わなかったが。ゲームオーバーとなった二人は体の色が薄くなっていく。
チームカラーの赤いティシャツが灰色となっていき、悔しい表情をみせる。「くそー」とか「マジかよー」と嘆いていたが、その声も頭部が消えて残響となった。もう彼らの意識は現実の試合会場へ戻っただろう。
「姫川、無事か?」
声をかけたが、時すでに遅し。
すでに頭部をはたかれていたのだろう。姫川の姿も消えていくところだった。
「んー岡山。あと五分二十秒、寝かせて」
寝ぼけた状態の姫川は、広げた右手をこちらに向けて、俺を制する。なんという睡眠欲だろう。ここに至って、眠る秒数まで指定して寝続けるとは。完全に消滅した姫川の前で、俺は腰砕けとなり砂浜に膝をついた。
姫川はゲームオーバーになったが、二人は退治した。これで敵はあと一人。急いで探しだして倒さないと。
三 小野 要は身をひそめる
俺はアラビアンベッドの前で振りかえり、注意深く周囲を見回す。
青空に描きだされている残り時間をちらりと見やると、あと八分しかない。このまま相手チームも負けるつもりはないだろう。日本刀を構える手に力がはいる。
突然、キジがきりもみ状態で空から落下してきた。
地面に落ちる寸前で、俺は彼をキャッチできた。抱きかかえた鳥は心なしか羽艶が悪く、呼吸が荒い。異常事態に、俺の脳の警告灯が赤くなり回りだす。
(これは老化じゃないのか。残りの一人は、浦島太郎だ……)
視線を上げると、大柄な男が正面に立っていた。逆光で影となっているためか、一回り大きく感じる。断言はできないが、二組にいる川島だろう声が聞こえてきた。
「よお。先に鳥のほうを爺さんにさせてもらった。いや、婆さんなのか? 知らんけど。さあ。次はお前が老いぼれる番だぜ」
川島はパカリと口を開き、煙を吐きだしてきた。団扇で白煙をあおぎ、範囲を広げてこちらへ前進してくる。
俺は猿と犬を召喚して、川島を攻撃するように命ずる。もちろん自分も煙のなか浦島太郎に向かっていく。終了時間が来れば、生存数の多いこちらの勝ちになるから逃げてもいい。しかし煙の広がりが凄まじく、この場を脱することはできなそうだった。
正々堂々と真っ向勝負! 煙の老化速度と、俺の剣のどちらが速いか。
前に進むごとに白煙が気力を奪っていくのを感じる。刀を握る両手が皺だらけになっていく。あと三歩。それだけ歩を進めれば、奴に一撃を見舞えるのだが……手から刀が滑り落ちる。拾い上げて持ちなおす気力も起きない。歯がぽろぽろと抜け落ちる。
川島に襲いかかった勇敢なお供達も、寝そべって欠伸をしはじめた。万事休す。あともう少しだったのに。にやにやと口元を緩ませた川島が、俺にとどめを刺しに来る。
その歩みは遅い・・・・・・団扇をあおぎながら進んでいるからだ。煙は奴にも有効だということだろう。体内に溜めて口から吐きだすくせに、煙を体に浴びると影響があるのか。阿呆な能力だ。
俺の老化が進みすぎてぼけたのか。緑色の帽子をかぶり、グリーンジャケットを着た小さな爺さんが映った。全身が緑尽くしの爺さんは軽い足取りで口笛を吹き、煙の中を歩いている。長い白髭を上下にこすりながら。
しばらくすると、聞き取りづらくなってきた俺の耳に、川島の悲鳴が飛び込んできた。
「なんだお前。やめろ、髪を引っ張るな。いってえー」
かすれてきた目で凝視すると、白煙が揺れ動いている。緑の爺さんが健闘しているんだろうか。祈る思いだ。
「はい、それまでー。岡山チームの優勝だな。表彰式に移るから、VR機器を外すように」
空中から審判員である教員の声が落ちてきた。タイマーは残り数十秒で点滅している。視力が弱って何秒かまでははっきりとしないが、一分もないことは桁数で分かった。
さっきの爺さんが、浦島太郎を倒してくれたということか?
海のほうから小野の高笑いが聞こえてくる。そちらに目線を向けると、海面に奴の顔がぬっと浮かんでいた。どうやら、水中に潜って煙から逃れていたようだ。
「だせえぞ、岡山。桃太郎が浦島太郎に負けるんじゃねえ。ただの釣り人だぞ、浦島なんて。鬼にも勝つ能力者がなんちゅうざまだよ」
ずぶ濡れの小野の髪はつんと逆立っている。仮想現実だから、濡れてもこだわりの髪形を維持できているのだ。
「うるさい。二人倒しただけで上出来だろ。老化がこんなに早くなければ、俺一人で全員を倒していた。なんで、お前の妖精はあの煙に平然としているんだよっ」
大声で言い返すが、歯が無いせいか口から言葉が抜け落ちる。はっきりと言えているのか自信はない。小野の『妖精レプラコーン』が、しわくちゃの顔をますます皺だらけにして、俺を指さし笑っている。むかつく。「ええ、何だって?」耳に手をあてた小野が、俺の老人姿を楽しんでいると伝わってきた。
「よく聞こえないんだが。オレの能力が老けない理由か? アイルランド童話の妖精だぞ。産まれた時からじいさまだ。年齢なんて概念があるもんか。川島の能力なんか屁でもない。まあ、相性が良かっただけだけど。でも、この勝利はオレ様のお陰だな。感謝しろよ」
レプラコーンが砂浜を足で踏みつけて、踊っている。何度か見せられた勝利のアイリッシュダンスだ。普段だと地面が小気味よく鳴って爽快なのだが、砂地だと音もせず迫力がない。馬鹿にされている気すらした。
浜まであがった小野は上半身裸で、トランクス一丁だ。細身だが、筋肉質な体つき。さすが筋トレが趣味だというだけある。俺の隣までくると、頭を振って水しぶきを飛ばしてきた。冷たいっ。すると、教員からまた声がかかった。
「優勝を取り消すぞ。早く現実世界に戻れ。さっさと授賞式を終わらせたい」
俺達はVRゴーグルを外す。ゆっくりと高校の大講堂に意識が戻っていく。
大型のスクリーンを前にした舞台上には二チーム、六名が座っている。顎に手をあてながら、あぐらを組む川島は納得していない表情だった。奴のチームメンバーは涙を流して、悔しがっている。
それは無念だろう。突然、俺に切りかかられて、能力をすこしも発揮できずに試合から離脱する羽目になったのだから。対照的に満面の笑顔をした姫川が、俺と小野を交互に見る。「お前は何もしていないだろ」と口に出したい気持ちを、俺はぐっと抑える。
「いや、姫川。お前は寝ていただけだからな」
小野が姫川を指さして、鋭く指摘をした。こいつは誰に対してでも遠慮というものがない。口喧嘩になるとなかなか面倒な奴だが、今回はスカッとした。
スクリーンで試合を観戦していた生徒達から歓声と拍手がわっとあがる。
優勝したのだ、という喜びがじんわりと湧いてきた。今までの戦いが目に浮かぶ。決勝は苦戦したが、他は悪くなかったと思う。俺が接近戦をして、遠くから小野が狙い撃ちをするという形も完成した。次からは、学校代表として県の選抜戦だが、良い線いくんじゃないか。上手くいけば県の代表となり、他県の代表もすべて蹴散らす。そしたら、日本一の桃太郎だ!
ほれ互いに握手しろ、と事務的に教員がささやいてきた。握手と聞いて、俺はVR内で皺だらけだった手を凝視する。すっかり元通りだ。大きく息を吐いて安堵した。
『浦島太郎』は悪夢のような能力だった。小野の能力がたまたま、じいさん妖精だから助かったものの、負けてもおかしくなかった。
相手チームの奴らと順に握手していく。すると、川島がひときわ強く力を入れてきた。
「残念だ。絶対に勝てると思っていたんだけどな。俺の能力で勝てないとは。このまま他校も倒して県の代表になれよ。さもないと・・・・・・許さないからな」
任せとけ、と俺も相手が顔をしかめるほど強く握りかえす。それを見た姫川が声をたてて笑った。
「川島君、次の対戦相手が女子高だから羨ましいんだよね」
姫川の言葉に、分かりやすく川島の目が泳ぐ。
「そ、そんなことない! 出鱈目いうなよ、姫川」
「嘘だぁ。試合前に円陣組んで『勝ったら菫女子大付属とお近づきになれる。死ぬ気で戦うぞ、お前ら』って気合を入れていたじゃない」
「そっちチームと距離あったし、小声の掛け声だったんだけどな。聞こえていたのかよ……」
がくり、とうなだれた川島の頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
「負けたからといって僕らの能力を餌に、菫女子高校の子に接近しないでよ」
姫川が追い打ちをかけるように、川島にくぎを刺す。
「分かっているよ。仲間を売るような汚い真似はしねえ。戦闘前の能力開示はご法度だしな」
先ほどまでの勢いはどこに行ったのか、川島は意気消沈して体を小さくさせていた。奴の前にいる小柄な姫川が、普段より大きく見えるくらいに。
〈 了 〉
俺がVRゴーグルをつけると、目の前にあらわれた試合会場は砂浜だった。
人魚姫? 海坊主? はたまた鯨に飲み込まれたキノピオか。海に関するさまざまな話が思い浮かぶ。しかし銀色に輝く海原に顔をむけても、見渡す限り何もない。大魚が跳ねるわけでもなく、船が汽笛を鳴らして存在をアピールするわけでもない。青い水平線が広がり、凪いだ大海から緩やかな波の音が届くのみ。
この会場は、どんなおとぎ話なんだろうか。
小さな子供が複数で騒ぐ声がした。
視線をやると、あっという間に物語名が判明した。子供らが、頭と足をひっこめた亀を四方囲んで棒でつついていたからだ。間違いない。
相手チームに『浦島太郎』の能力者がいる。
バーチャルゲーム【VSおとぎ話】。
世界で人気のこのE—SPORTSはオリンピック競技にもなり、全国高校大会が毎年行われている。参加者が仮想現実内で発現できる力は、幼少期に読んだ物語でインパクトのあった場面が由来だ。頭にかぶるゴーグル等が脳に働きかけて固有能力となる。それを武器に、三人対三人で戦う。戦闘地はランダムで、参加者の能力のもとになった話から選ばれる。
今回は俺が通う男子高校での、代表チームを選ぶ決勝戦だ。小野と姫川の三名でこれまで勝ち進んできた。
浦島太郎はどういった攻撃を仕掛けてくるだろうか。可能性が高いのは、あっという間に老化させる煙。次に釣竿を利用した遠隔攻撃とか……。鯛や平目の舞い踊りで魅了する、とかだったら大笑いだけど。予想だと、やっぱり玉手箱からの煙だろうな。
そう言えば、初めて浦島太郎を読んだ時、子供心ながら《何で老人になる箱なんて乙姫様は土産に渡すのだろう》と不思議だったな。その頃は、疑問に思ったことを何でも三つ年上の姉ちゃんに訊いていた。どうして空は青いのかな、雨が降るのは何故だろう、TVはどういう仕組みで映っているの?
その度に姉ちゃんは即答したり、眉間にしわを寄せて考えたりした。分からない場合は両親を捕まえて、教えてもらったりなどして。
だから、浦島太郎の謎も当然のごとく尋ねた。少女漫画を読んでいた姉はページをめくりながら、こちらに視線も寄越さずに答えた。
「竜宮城を去って私を捨てるのなら覚えてなさい。結婚できないようなツラにしてやる、っていう女の嫉妬に決まっているじゃない」
今思えば、質問の多いうざったい弟へ適当に返事しただけだろう。だが感情のこもっていない回答は、リアリティがあり残酷だった。俺の心にはこの時、女性への恐怖心がしっかり植え付けられたのである。
高校三年生の今まで俺に彼女ができたことがないのは、女子と話すと緊張するから。でも、姉ちゃんにも責任の一端はあるのではないか……。いい加減に彼女を作りたいとは思っているのだけど。
足元に波の白いしぶきがかかった。
――冷たい。
よけると白い砂が舞い上がる。ゲームなのに熱さ・寒さは分かるんだよな、と改めて思う。敵にやられた時も痛みや痺れがある。頭部を攻撃されると負けとなり、手足にダメージ判定があると、その部分は一分間動かせない。たがが一分だが、対戦時間三十分のなかではじれったい程、ながく感じる。
さて、まずは小野か姫川と合流しよう。複数で一か所に集まると、一網打尽にされる恐れがあるが、状況を把握しなければいけない。
特に姫川は《特殊》だ。
俺は『桃太郎』とつぶやき、中空にあらわれた日本刀の柄を掴む。一応、子供たちに「亀をいじめるんじゃない」と注意し、ざくざく音を立てながら浜辺を走っていく。
二 姫川 貴志は眠り続ける
驚いたことに、姫川は砂浜の中央にいた。いや正確にいうと、砂浜に置かれた派手なベッドのなかで熟睡していた。
ベッドは四隅の柱で支えられた天蓋をもち、そこからメッシュのカーテンが垂れ下がっている。アラビアンナイトにでてきそうな。どこの国のお姫様なんだよっ、と俺は突っ込みをいれながらカーテンを勢いよく開く。
姫川の顔にまばゆい太陽光が降りそそぐ。
「起きろ、戦地のど真ん中だぞ。毎回毎回、いい加減にしてくれ」
小柄な姫川の肩を激しくゆするが、細眉を半円にした柔和な寝顔が返ってくるのみ。姫川の髪がさらさらと流れて、柑橘類の良い匂いがただよった。香水でもしているのだろうか。
整った顔で色白の姫川は、美少年という表現がぴったりくる。彼が教室に入ってくるだけで男子高校にもかかわらず、同級生が一瞬はっとして部屋の空気が変わるのを感じた。
とはいえ本人は無頓着で、好きな女性のタイプを〝とにかく綺麗な人。一緒に美を高められる人〟と公言していた。美を高める? 一般の男子高生には理解不能な言葉だ。我々の日常は美しさとは縁遠い。夏休みが開けたら、机に緑色のカビが生えているという超常現象すら起きる苛烈な環境なのだ。
だいたい、男子高校生は日常生活内では、女性と知り合うことはない。部活や、文化祭で他校の女子に勇気をだして話しかけ、ようやく知人となれる。チャンスは限られている。運よく連絡先を交換して、知人から友人となるべくSNSでの対話を頑張るものの、長くは続かない。やはり日頃がさつな同性と過ごしていると、気の効いた言葉や話題なんてすぐに尽きるものだ。
その点、姫川は凄かった。小柄ではあるが大きな瞳と無邪気な笑顔で、一般の男子高校生にはない色気が溢れでている。週末に一緒に都内に歩いたことがあるが、大概の通行人は二度見する。五分ごとに見知らぬ人に声をかけられる。
「やだー、可愛い。お姉さんたちとご飯行かない? 奢るよ」
「他の事務所に入っていると思うけど、名刺を渡させて。今後の芸能活動に疑問をもったら、ぜひ連絡してね」
「君ならナンバーワンを目指せるぜ。一緒にホスト道を極めよう!」
などなど。俺が一生かけられることがないであろう言葉たちに、隣で仰天する。すると、友人が「もはや姫川と俺らは骨格からして違うんだろうな。・・・・・・来世に期待する」と吐息をもらした。
そんなわけで、放っておいても姫川は女友達ができる。だから、皆から学内で一目置かれ、尊敬されていた。
姫川の女友達ですら、姫川をみると一様にため息をつく。いわく「持って生まれた物が違う。身長さえあれば、アイドルグループの中央で踊っているはず」とのこと。姫川を取り囲んで仲良くしていた。俺達も間に入りたいところだったが、賑やかな会話は〝お勧めの化粧水やネイル等について〟で、入る余地はまるでない。
俺も姫川には嫌われたくないので、手荒な真似は避けたかった。
だが一刻も早くこの派手なアラビアンベッドから出てもらわないと。敵の格好の的だ。前回の戦いでも姫川はやはり寝ながら登場していたが、その時の寝具は地味な柄をした布団だった。今回は荘厳なベッドである。高校の決勝戦とはいえ張り切り過ぎだろう、姫川の潜在意識。やれやれ。
「頼む、起きてくれ。ここまで来て負けたくない」
とイケメンの首が直角になるほど揺すってみたが、重いまぶたは微動だにしない。駄目だこりゃ、諦めよう。
俺は、豪華絢爛な寝台から離れた。
気を使って本人に文句はいえないが、姫川が試合終了までに起きたことはない。だから、今までは俺の能力『桃太郎』と、小野の能力で勝ってきた。
姫川は入眠中に敵に発見され、頭を軽く叩かれゲームオーバーになる。または、見つかりづらい場所で寝ている間に、俺達が敵を倒して勝利となるかのどちらかだった。我が男子校のアイドルは試合中何もしていない。
同じアイドルという発音だが、これでは‶怠けている〟という意味のIDELだ。黄色い声を浴びる‶崇拝される人〟のIDOLではなく。同音異義語だが悪い方の単語になる。
だが試合が終わりVRゴーグルを外した姫川が「ええっ、勝ってる」と飛び跳ねる姿は微笑ましく、誰も何も言えないのだった。女友達を紹介してもらえなくなるし。
俺は姫川のベッドから離れ、海沿いへ。テトラポットの隙間に潜った。敵が謎の寝台に興味をもってのぞきにきたら、勢いよくでる算段だ。外の様子は分かりづらいから、上空にキジを飛ばす。異常があったら教えてもらおう。
そういえば小野には出会えなかったな。上空を見ると、岡山チームの残数は二名と表示されている。どうやらまだ生き延びているらしい。俺が負けたら、あいつに勝負を託すことになる。
試合が始まって十五分が経つ。折り返し時間だ。上空のキジは悠然と羽を広げて飛んでいる。偵察者として、抜群に優秀。しかも手の届かない相手への攻撃もできる。
男子の幼少期の憧れなのか、よく出現するのが巨人になる能力者だ。彼らと戦うときは、キジの上空からの攻撃が重宝した。くわえて地上では、犬が嚙みついて敵の足止めをし、猿もひっかく。複数の敵を相手にして、足をもつれさせた巨人がどどんっと倒れたところ、俺が刀でとどめを刺す。
対戦相手としてはたまったものではないだろう。自分で言うのも何だが戦闘的には、ずば抜けた能力ではないだろうか。俺が桃太郎に胸を高鳴らせたのが、鬼との戦闘シーンで助かった。食いしん坊で吉備団子に執着していたら。もしくは、宝を持ちかえる場面に感動していたらと思うと、ぞっとする。やたら物を食べる能力や、敵の貴重品を盗む能力の持ち主になったのかもしれない。とんだ役立たずになるところだった。
だんだんと熱気に耐えられなくなってきた。一点の曇りもない晴天の下、テトラポットの隙間に潜った俺は、滝のような汗を流している。コンクリートの塊は熱さを抱えきれずに、こちらに次々とよこしてくる。軽いめまいを覚えながら、隙間から上空のキジを見上げる。
キジが何やら怪しい動きをしていた。
降りては上がり、上がっては降り。上下運動を繰り返している。よく見ると下がる時に翼をクロスさせている。
あれは、バツの意味か! 気がつかなくてごめん、と俺は心のなかで愛鳥に謝罪する。日本刀を持って、浜辺に一気に駆けあがった。
そこには相手チームの二人がいた。ベッドのカーテンを開け、不思議そうに姫川を眺めている。それはそうだろう。普通、戦地でぐっすりと寝る人間がいるとは思わない。
俺が砂地を駆ける音に気づいた彼らは、慌てて振りかえった。刀を振りかぶる俺が目に入ると、恐怖で顔が引きつる。俺は二人の頭頂部を立て続けに峰打ちした。その初手の勢いは、中学時代に剣道部大将として努力した賜物だ。どんなことでも頑張った経験は、どこかで役立つものだ。まさかゲームで優位にはたらくとは思わなかったが。ゲームオーバーとなった二人は体の色が薄くなっていく。
チームカラーの赤いティシャツが灰色となっていき、悔しい表情をみせる。「くそー」とか「マジかよー」と嘆いていたが、その声も頭部が消えて残響となった。もう彼らの意識は現実の試合会場へ戻っただろう。
「姫川、無事か?」
声をかけたが、時すでに遅し。
すでに頭部をはたかれていたのだろう。姫川の姿も消えていくところだった。
「んー岡山。あと五分二十秒、寝かせて」
寝ぼけた状態の姫川は、広げた右手をこちらに向けて、俺を制する。なんという睡眠欲だろう。ここに至って、眠る秒数まで指定して寝続けるとは。完全に消滅した姫川の前で、俺は腰砕けとなり砂浜に膝をついた。
姫川はゲームオーバーになったが、二人は退治した。これで敵はあと一人。急いで探しだして倒さないと。
三 小野 要は身をひそめる
俺はアラビアンベッドの前で振りかえり、注意深く周囲を見回す。
青空に描きだされている残り時間をちらりと見やると、あと八分しかない。このまま相手チームも負けるつもりはないだろう。日本刀を構える手に力がはいる。
突然、キジがきりもみ状態で空から落下してきた。
地面に落ちる寸前で、俺は彼をキャッチできた。抱きかかえた鳥は心なしか羽艶が悪く、呼吸が荒い。異常事態に、俺の脳の警告灯が赤くなり回りだす。
(これは老化じゃないのか。残りの一人は、浦島太郎だ……)
視線を上げると、大柄な男が正面に立っていた。逆光で影となっているためか、一回り大きく感じる。断言はできないが、二組にいる川島だろう声が聞こえてきた。
「よお。先に鳥のほうを爺さんにさせてもらった。いや、婆さんなのか? 知らんけど。さあ。次はお前が老いぼれる番だぜ」
川島はパカリと口を開き、煙を吐きだしてきた。団扇で白煙をあおぎ、範囲を広げてこちらへ前進してくる。
俺は猿と犬を召喚して、川島を攻撃するように命ずる。もちろん自分も煙のなか浦島太郎に向かっていく。終了時間が来れば、生存数の多いこちらの勝ちになるから逃げてもいい。しかし煙の広がりが凄まじく、この場を脱することはできなそうだった。
正々堂々と真っ向勝負! 煙の老化速度と、俺の剣のどちらが速いか。
前に進むごとに白煙が気力を奪っていくのを感じる。刀を握る両手が皺だらけになっていく。あと三歩。それだけ歩を進めれば、奴に一撃を見舞えるのだが……手から刀が滑り落ちる。拾い上げて持ちなおす気力も起きない。歯がぽろぽろと抜け落ちる。
川島に襲いかかった勇敢なお供達も、寝そべって欠伸をしはじめた。万事休す。あともう少しだったのに。にやにやと口元を緩ませた川島が、俺にとどめを刺しに来る。
その歩みは遅い・・・・・・団扇をあおぎながら進んでいるからだ。煙は奴にも有効だということだろう。体内に溜めて口から吐きだすくせに、煙を体に浴びると影響があるのか。阿呆な能力だ。
俺の老化が進みすぎてぼけたのか。緑色の帽子をかぶり、グリーンジャケットを着た小さな爺さんが映った。全身が緑尽くしの爺さんは軽い足取りで口笛を吹き、煙の中を歩いている。長い白髭を上下にこすりながら。
しばらくすると、聞き取りづらくなってきた俺の耳に、川島の悲鳴が飛び込んできた。
「なんだお前。やめろ、髪を引っ張るな。いってえー」
かすれてきた目で凝視すると、白煙が揺れ動いている。緑の爺さんが健闘しているんだろうか。祈る思いだ。
「はい、それまでー。岡山チームの優勝だな。表彰式に移るから、VR機器を外すように」
空中から審判員である教員の声が落ちてきた。タイマーは残り数十秒で点滅している。視力が弱って何秒かまでははっきりとしないが、一分もないことは桁数で分かった。
さっきの爺さんが、浦島太郎を倒してくれたということか?
海のほうから小野の高笑いが聞こえてくる。そちらに目線を向けると、海面に奴の顔がぬっと浮かんでいた。どうやら、水中に潜って煙から逃れていたようだ。
「だせえぞ、岡山。桃太郎が浦島太郎に負けるんじゃねえ。ただの釣り人だぞ、浦島なんて。鬼にも勝つ能力者がなんちゅうざまだよ」
ずぶ濡れの小野の髪はつんと逆立っている。仮想現実だから、濡れてもこだわりの髪形を維持できているのだ。
「うるさい。二人倒しただけで上出来だろ。老化がこんなに早くなければ、俺一人で全員を倒していた。なんで、お前の妖精はあの煙に平然としているんだよっ」
大声で言い返すが、歯が無いせいか口から言葉が抜け落ちる。はっきりと言えているのか自信はない。小野の『妖精レプラコーン』が、しわくちゃの顔をますます皺だらけにして、俺を指さし笑っている。むかつく。「ええ、何だって?」耳に手をあてた小野が、俺の老人姿を楽しんでいると伝わってきた。
「よく聞こえないんだが。オレの能力が老けない理由か? アイルランド童話の妖精だぞ。産まれた時からじいさまだ。年齢なんて概念があるもんか。川島の能力なんか屁でもない。まあ、相性が良かっただけだけど。でも、この勝利はオレ様のお陰だな。感謝しろよ」
レプラコーンが砂浜を足で踏みつけて、踊っている。何度か見せられた勝利のアイリッシュダンスだ。普段だと地面が小気味よく鳴って爽快なのだが、砂地だと音もせず迫力がない。馬鹿にされている気すらした。
浜まであがった小野は上半身裸で、トランクス一丁だ。細身だが、筋肉質な体つき。さすが筋トレが趣味だというだけある。俺の隣までくると、頭を振って水しぶきを飛ばしてきた。冷たいっ。すると、教員からまた声がかかった。
「優勝を取り消すぞ。早く現実世界に戻れ。さっさと授賞式を終わらせたい」
俺達はVRゴーグルを外す。ゆっくりと高校の大講堂に意識が戻っていく。
大型のスクリーンを前にした舞台上には二チーム、六名が座っている。顎に手をあてながら、あぐらを組む川島は納得していない表情だった。奴のチームメンバーは涙を流して、悔しがっている。
それは無念だろう。突然、俺に切りかかられて、能力をすこしも発揮できずに試合から離脱する羽目になったのだから。対照的に満面の笑顔をした姫川が、俺と小野を交互に見る。「お前は何もしていないだろ」と口に出したい気持ちを、俺はぐっと抑える。
「いや、姫川。お前は寝ていただけだからな」
小野が姫川を指さして、鋭く指摘をした。こいつは誰に対してでも遠慮というものがない。口喧嘩になるとなかなか面倒な奴だが、今回はスカッとした。
スクリーンで試合を観戦していた生徒達から歓声と拍手がわっとあがる。
優勝したのだ、という喜びがじんわりと湧いてきた。今までの戦いが目に浮かぶ。決勝は苦戦したが、他は悪くなかったと思う。俺が接近戦をして、遠くから小野が狙い撃ちをするという形も完成した。次からは、学校代表として県の選抜戦だが、良い線いくんじゃないか。上手くいけば県の代表となり、他県の代表もすべて蹴散らす。そしたら、日本一の桃太郎だ!
ほれ互いに握手しろ、と事務的に教員がささやいてきた。握手と聞いて、俺はVR内で皺だらけだった手を凝視する。すっかり元通りだ。大きく息を吐いて安堵した。
『浦島太郎』は悪夢のような能力だった。小野の能力がたまたま、じいさん妖精だから助かったものの、負けてもおかしくなかった。
相手チームの奴らと順に握手していく。すると、川島がひときわ強く力を入れてきた。
「残念だ。絶対に勝てると思っていたんだけどな。俺の能力で勝てないとは。このまま他校も倒して県の代表になれよ。さもないと・・・・・・許さないからな」
任せとけ、と俺も相手が顔をしかめるほど強く握りかえす。それを見た姫川が声をたてて笑った。
「川島君、次の対戦相手が女子高だから羨ましいんだよね」
姫川の言葉に、分かりやすく川島の目が泳ぐ。
「そ、そんなことない! 出鱈目いうなよ、姫川」
「嘘だぁ。試合前に円陣組んで『勝ったら菫女子大付属とお近づきになれる。死ぬ気で戦うぞ、お前ら』って気合を入れていたじゃない」
「そっちチームと距離あったし、小声の掛け声だったんだけどな。聞こえていたのかよ……」
がくり、とうなだれた川島の頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
「負けたからといって僕らの能力を餌に、菫女子高校の子に接近しないでよ」
姫川が追い打ちをかけるように、川島にくぎを刺す。
「分かっているよ。仲間を売るような汚い真似はしねえ。戦闘前の能力開示はご法度だしな」
先ほどまでの勢いはどこに行ったのか、川島は意気消沈して体を小さくさせていた。奴の前にいる小柄な姫川が、普段より大きく見えるくらいに。
〈 了 〉
