白銀が護りし緋の神子

 2人が話していると、向こうから車が走ってくる。
「あ、お祖父様の車だ」
 (れん)から眷属(スロール)が出たとの連絡を受け、総司令自ら出てきたのだ。
 朔夜はレイピアを腰から抜くと、刃先を下に向け左胸の前に掲げる。特務部隊式の敬礼だ。
「3人とも大事ないか?」
 黄山は車から降りながら声をかける。
「爺さん、いこを危険な目に遭わせました。申し訳ございません」
 朔夜は黄山に頭を下げる。
「そんな、朔夜は悪くないでしょ?」
「憩の言うとおりじゃ。討伐、ご苦労だったな」
 黄山は朔夜の肩を叩く。
「お主らは儂の車で先に帰りなさい。ここは漣と儂で処理する」
「……分かりました。いこ、帰るぞ」
「うん。あの、お祖父様」
 憩の呼びかけに黄山が振り返る。
「あのお方、丁重にお願いいたします」
 憩の金色の瞳が揺れるのを、黄山は見逃さなかった。
「……分かっておる。安心して先に戻りなさい」
「はい。朔夜と先に帰っております」
 憩は朔夜に促され、車へと乗り込んだ。

 屋敷へと向かう車内、憩は窓の外を眺めながら、先程の光景を思い出していた。
 朔夜は、窓ガラスに映る憩の顔を見て、何を考えているかだいたい予想ができた。
「いこ、眷属(スロール)になっちまったやつは、討伐するしかねぇんだ……」
「うん。知ってる。総司令の孫だもの、それぐらいの知識はあるよ」
 憩は朔夜を見ると、切なそうに笑う。
「最近は特務部隊(俺たち)を警戒して、本体(ヴァンパイア)は姿を見せねぇんだ。汚ねぇやり方だよな」
「お祖父様も言ってた。眷属(スロール)ばかりで、なかなか吸血鬼(ヴァンパイア)を倒せないって」
「お前、爺さんから結構話聞いてんのな」
 朔夜は、憩を護るために白銀まで作った黄山が、特務部隊の話を伝えていることに違和感を感じた。
「うん。最近はよく話してくれるの。眷属(スロール)を間近で見たのは初めてだったし、お役目があることも知らなかったけどね」
「まぁ、出会わねぇのが一番だからなぁ」
 そんな会話をしていると、あっという間に屋敷へと着いた。

 運転手が車のドアを開け、2人が車から降りていると、
「憩ちゃん!! 大丈夫!? 怪我はしていないの!?」
 と、玄関からものすごい勢いで飛び出してきた人物がいた。
「お姉様、お仕事はどうされたのですか?」
「憩ちゃんが危ない時に、お仕事なんてしていられないわ!!」
 と、言うとギュッと憩を抱き締める。

 相楽(さがら) (なごみ)、21歳。旭の妹で、憩の姉だ。
 特務部隊には所属していないが、吉原遊廓の芸花魁(アイドル)として人気を博している。
 おっとりしつつ強かな性格で、憩とは正反対なところが朔夜は苦手だった。

「朔夜くんも無事でよかったわぁ。憩ちゃんを護ってくれてありがとう」
「いや、別に、仕事なんで……」
「うふふ、そんなこと言って。朔夜くんは本当に素直じゃないわねぇ」
 と和はにっこり笑う。こういうところが朔夜は苦手なのだ。
「お姉様、とりあえず私たちは無事ですから。お仕事にお戻りください」
「もう、憩ちゃんたら。私はお邪魔みたいだから戻るわね。朔夜くん、憩ちゃんをお願いねぇ」
 和は憩の頭を撫でると、先程2人が乗ってきた車へと乗り込み、吉原へと戻っていった。
 
 和が去った後、2人は居間へと移動しソファで紅茶を飲んでいた。
「相変わらずだな、和は」
「ごめんね、疲れるよねお姉様」
「いや、まぁ、少しな……」
「ふふっ、朔夜はお姉様苦手だもんね」
「いこと違って、話しにくいんだよ」
「それはお姉様が私と違って美人だから、緊張するってこと?」
 憩は紅茶のおかわりを注ぎながら問う。
 もうだいぶ遅い時間だ。使用人たちも部屋に戻っており、居間には2人しかいない。
「はぁ? 違ぇよ。いこみたいに、裏表なく言ってくれる方が楽なんだよ」
「ふーん、でも美人だとは思ってるんだ……」
 憩は拗ねたようにつぶやく。妹である憩から見ても、和は綺麗だ。
「そりゃあ、吉原で売れてるくらいだから美人なんじゃねぇの」
 朔夜は悪気なく答える。事実、売れっ子なのだ。
(……朔夜もやっぱり、お姉様みたいな女性が好きなんだ)
「うん? どうした?」
 俯いてしまった憩に、朔夜は声をかける。
「ううん、なんでもない。明日はまたお仕事?」
「まぁ、そうだな。午前中は会議に呼ばれてるし、夜は偵察があるからな」
「そっか。そうだよね、お仕事しに帰ってきたんだもんね……」
「なんだよ、寂しいのか?」
 朔夜は揶揄うように笑うと、憩の頭を優しく撫でる。
「べ、別にそんなことない!! 子供扱いしないで!!」
 憩は顔を赤らめながら立ち上がると、
「おやすみ……!!」
 と部屋へと帰っていった。
 自分以外誰もいない静まり返った居間で、朔夜は4年前の憩と、今の少し大人になった憩を重ねていた。
 あどけなさは今も残るが、昔よりもさらに綺麗になっている。
「……ガキだなんて、思ってねぇよバカ」
 朔夜はソファに身体を預けながら、天井を見上げた。

「……素直に寂しいって言えばよかった」
 翌朝、憩は化粧台の前で昨晩のことを後悔していた。
 それと同時に、髪を触られた時の朔夜の手や、撫でられた時の温もりを思い出してしまい、1人頬を染める。
「お姉様みたいなお淑やかな女性になったら、朔夜は好きになってくれるのかな……」
 鏡に映る自分の顔を見ながらつぶやく。金色の瞳にも自分の顔が映っていた。
「もう!! いつになったら伝わるのー!!」
「……何でけぇ声出してんだ?」
 憩を呼びに部屋へと迎えに来た朔夜が、扉の向こうから声をかける。
「さ、朔夜!? どうしたの?」
「爺さんが、お前を呼んでこいって。開けてもいいか?」
「うん、どうぞ……」
 カチャ、と音がして扉が開く。
「おはよ、いこ」
「お、おはよう、朔夜」
 昼に見る隊服姿は、夜とはまた違う魅力があり、憩は思わず朔夜から目を逸らす。
「昨日のこと、まだ怒ってんのか?」
「……昨日のこと?」
「ほら、子供扱いすんなって言ってただろ」
「あれは別に、怒ってたわけじゃなくて……」
「でも、今、目逸らしたじゃねぇか」
「いやそれは、違くて……」
 まさか、朔夜が格好良すぎるから、なんて言えるはずもない。
「まぁいい、とりあえず行くぞ。爺さん待ってっから」
 そう言うと、朔夜は憩に背を向け部屋を出ていく。憩もその後を追った。

 朔夜に連れられて書斎に入ると、旭と漣が揃っていた。
「ごきげんよう、漣様。お祖父様、お兄様、おはようございます」
「おはよ、憩! 昨日は巻き込んですまなかったな!」
 漣が憩の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「おい、触んじゃねぇよ。嫌がってんだろ」
 朔夜が憩の頭から漣の手を退けた。
「嫌がってないよなー? 憩」
「はい! 漣様に撫でられても、なんとも思いません!」
「ねぇ、それは流石に俺でも傷つく……」
「一生傷ついてろ」
 そんな3人のやり取りを旭は微笑ましそうに眺めている。
「あの、お祖父様。どうして私が呼ばれたのでしょうか?」
 憩はこの精鋭メンバーの中に、何故自分が呼ばれたのか、全く想像ができなかった。
「皆が集まったら話す。憩にとっても悪い話ではないぞ」
「分かりました。お兄様はご存知なのですか?」
「いや、僕も新設部隊にこの2人が所属すること以外、何も聞かされていないよ」
「そうですか。ということは、朔夜も漣様もですよね?」
 憩の言葉に2人は頷く。
「旭と(そま)がメンバーってことしか聞いてないぞ」
「俺は旭のことは聞いたが、細小波(いさらなみ)のことは知らねぇ」
「はぁ!? 昨日伝えただろうが!!」
「うるせぇな、だから組みたくねぇんだよ……」
 2人が言い争っていると、コンコンコンと扉を叩く音が聞こえた。
「失礼いたします。黄山様、寒凪(かんなぎ)様がお見えになりました」
 その名を聞いて、旭、漣、朔夜の3人は顔を見合わせる。
(お兄様がそんな顔をするなんて、とても怖い方なのかな……)
 旭は普段、感情を表に出さない。そんな兄が表情を変えたのを見て、憩は不安になった。
「うぬ、入りなさい」
「……失礼します」
 が、想像とは裏腹に、部屋に入って来たのは、まるで雪のように儚げな青年だった。
 漆黒の隊服が、一層それを引き立てる。

 寒凪(かんなぎ) 千歳(ちとせ)、18歳。帝国陸軍特務部隊所属。
 常に冷静沈着で、実力も十分にある隊士だが人付き合いが極端に苦手。
 相手の心を突き刺す、棘のある言葉を放つため、隊内であまりよく思われていない。

「千歳にも白銀に所属してもらう。実力はお主らも知る通りじゃ」
「千歳、これからよろしくね」
 旭は恐る恐る声をかける。
「……どうも」
「おいおい、旭にどうも、はないだろ!」
 漣が千歳の肩を叩いた。
「……あんまり触らないでもらえます?」
「何度会っても、愛想のねぇやつだな」
 朔夜が面倒くさそうにつぶやく。
「……それはお互い様では?」
 3人が明らかにイラついたのを、憩は察した。
「千歳様、お初にお目にかかります。憩と申します。以後お見知りおきください」
「……千歳、でいいよ。よろしく」
 憩に挨拶された千歳は、手を差し出す。
「よくねぇよ! つーかお前、いこにだけ態度違ぇな」
 朔夜は憩と千歳の間に割り入ると、千歳が差し出した手を払う。
 千歳は払われた手をさすると、朔夜をじっと見る。
「……憩のこと、いこって呼んでるんですね」
「そこはどうでもいいだろ!!」
「カカッ!! 白銀(しろがね)は、いい部隊になりそうじゃわい」
 黄山は5人のやり取りを見て、楽しそうに笑った。
「それより、5人目っていつ来んだ?」
「そうだね、揃わないと話が進まない」
「寒凪みてぇなやつじゃないといいけどな」
「……僕も杣さんみたいな人は嫌だな」
「おい、ふざけんなよテメェ……」
 コホン、と黄山が咳払いをすると、それまで騒いでいた4人が静かになる。
「皆が待っている5人目じゃが、もう来ておるぞ」
「まさか……総司令が直々に、ですか?」
「何、寝ぼけたことを申しておるのじゃ旭。儂よりも白銀に相応しい者がいるじゃろうが」
 黄山のその言葉に、4人の視線が一斉に憩へと向く。
「え……? 私……!?」
 全員から向けられた視線に、1番困惑しているのは憩本人だった。