白銀が護りし緋の神子

 書斎を飛び出した憩は自分の部屋へと戻っていた。
(せっかく会えたのに、朔夜はお祖父様の味方をするんだから!!)
 土で汚れていた着物を脱ぎ捨てると、着替えもせずベッドへ横になる。
「……少しぐらい、味方してくれたっていいのに」
 朔夜が言うように、黄山が心配して言っていることも分かっていた。
 それでも、花火大会だけはどうしても行きたかったのだ。
「……朔夜はもう、忘れちゃったんだろうな」
 朔夜と初めて2人で行った花火大会は、初めて朔夜に想いを伝えた日。
(10歳だった私のことなんて、朔夜は妹ぐらいにしか思ってなかっただろうけれど)
 目を閉じると、あの日の光景が瞼の裏に浮かんだ。


「朔夜、今日の稽古はここまでじゃ」
「はい、ありがとうございました」
「朔夜、お疲れ様!!」
 稽古を見ていた憩は、朔夜に手拭いを渡す。
「ありがとな」
「憩よ、稽古は終わったのか?」
「はい。舞の稽古を終えてから見ておりました」
「ふむ、きちんと励んでいるようだな。
 そうじゃ、今日は花火大会がある。朔夜、憩を連れて行ってきてはくれぬか?」
「花火大会ですか?」
 黄山のその言葉に、朔夜は憩を見る。
「花火!! 行きたい!! 朔夜、行きたい!!」
 普段、屋敷から出られない憩は大はしゃぎだ。
「分かりました」
「憩、はしゃぎ過ぎて怪我をするなよ。
 朔夜にあまり迷惑をかけないように。いいな?」
「はい!!」
 それから2人で歩いて、花火大会へと向かった。

「朔夜! ねぇ見て、花が咲いてる!!」
「危ねぇからあんまりはしゃぐな……」
 朔夜は憩が走らないように手を繋いでいた。
 ヒューー……ドン!!
 夜空に大きな花火が打ち上がった。
「わぁ!! すごいね!!」
「あぁ、綺麗だな……」
「私、あっちに行ってみたい!!」
 憩は朔夜の手を放すと駆け出す。
「おい! 危ねぇから!!」
 朔夜が追いかけるも間に合わず、憩は転んだ。
「大丈夫か!?」
「……ごめんなさい」
「ったく、だから言ってんだろ!
 ……怪我してねぇか?痛ぇとこねぇか?」
「……大丈夫、ごめんなさい」
 憩が転んだこともあり、もう帰ろうと2人は歩いていた。

 転んだ時に捻ったのか、左足がジンジンと痛み、引きずりながら歩く。
「お前、痛ぇならちゃんと言えよ、バカ!! ほら、さっさと乗れ」
 憩の様子に気がついた朔夜は、自らの背中を差し出す。
「……大丈夫、自分で歩ける」
「嘘つくな、引きずるほど痛ぇんだろ? 早く乗れ」
 朔夜のその言葉に、憩は渋々応じた。
「舞をやるやつは、足を大事にしろ」
「うん、ごめんなさい……」
「別に怒っちゃいねぇよ」
 朔夜はそう言うと、憩を背負って屋敷へと歩く。
 大きくて優しい背中にギュッとしがみつくと、落ち着く匂いがした。
「どうした? 足、痛ぇのか?」
「ううん、違うの。ありがとう」
「これぐらい何でもねぇよ」
「……朔夜、大好きだよ」
「はいはい、ありがとな」


 憩は目を開けると、大きなため息をついた。
「朔夜にとって、私は今も子供なのかな……」
 4年前より、背も手も大きくなっていた朔夜。
 先程は会えた嬉しさで、思わず抱きついてしまったが、朔夜はどう思ったのだろう。
 そんなことを考えていると、コンコンコンと扉を叩く音が聞こえた。
「どなたですか?」
「いこ、俺だ。 開けてもいいか?」
「ちょ、ちょっと待って!!」
 まさかこのタイミングで、朔夜が来るとも思わず、何も身につけていなかった。
(こんなはしたない格好、絶対嫌われる……!!)
 憩は急いで起き上がると、浴衣を羽織り袴を履いて扉を開けた。
「朔夜、どうしたの?」
「悪い、遅くに。その、帰ってきて、きちんと話してなかったからよ……」
「……さっきはごめんなさい、朔夜に八つ当たりしちゃって」
「別に気にしてねぇよ。それより、ちょっと外に出ねぇか?
 爺さんから許可も得てるし、いこが嫌じゃなければ……」
「行く! 着替えるから、ちょっと待ってて」
「急がなくていい、下で待ってっから」
 そう朔夜は言うと、憩の頭をポンポンと撫で、部屋の扉を閉めた。
「もう!! 人の気も知らないで!!」
 憩は顔を真っ赤に染めながら、フリル付きの白いスタンドカラーブラウスへと着替える。
 襟の真ん中に黄玉(トパーズ)のブローチを留め、ブラウスの上から葡萄色(えびいろ)の羽織を纏った。
(お母様の形見も忘れずに……)
 羽織の胸元に、銀製の華奢な簪を忍ばせる。
「これでよし」
 本当は背中まである髪も結いたかったが、朔夜を待たせるわけにもいかない。
 憩は部屋を出ると、朔夜が待つ玄関へと向かった。

「朔夜、ごめんお待たせ」
 憩は階段の手すりに寄りかかり、本を読んでいた朔夜に声をかける。
「別に、そんな待ってねぇよ。髪、結わなくていいのか?」
 朔夜は持っていた本を胸ポケットにしまいながら問う。
「うん、大丈夫! これ以上待たせるのは嫌だし」
「そうかよ。じゃあ、後ろ向け」
 憩は疑問に思いながらも、言われるがままに後ろを向いた。
 スッと朔夜の手が、憩の髪を梳く。
「ちょ、朔夜!? 何してるの!?」
「お前が髪結ってこないからだろ」
「だから、それは待たせたくなくて……」
「俺を待たせたくないって言うなら、俺が結えばいい」
 朔夜は器用に両サイドの髪を編み込み、ハーフアップにすると、
 葡萄色(えびいろ)の大きなリボンの髪飾りを中央に挿した。
「できたぞ」
「すごい、ありがとう朔夜! このリボンはどうしたの?」
 憩は窓ガラスに映る自分の姿を見ながら嬉しそうに問う。
「それは……、任務で京に行ったときに見つけたんだよ。
 いこ、葡萄色(えびいろ)好きだろ? だから、似合うと思って……」
「覚えててくれたの?」
「まぁ、忘れはしねぇよ」
「ありがとう、ずっとずっと大事にする!」
 憩はにっこりと笑いながら伝えた。
「それより、早く出るぞ。あんまり遅くなると、爺さん心配するからな」
 憩から目を逸らしながら言うと、朔夜は玄関の扉を開けた。

「ねぇ、どこに行くの?」
「どこも行かねぇよ。お前連れてたらどこも入れねぇし」
「出かけるんじゃないの?」
「出かけるとは言ってねぇよ」
「そっか、せっかく朔夜が髪結ってくれたのに」
「んなのいつでも結ってやるよ。
 つーか遅ぇな。すぐ来るんじゃねぇのかよ、あいつ」
「誰か来るの?」
「あぁ、細小波(いさらなみ)が迎えに来るって言ってたんだけどよ」
(れん)様が!?」
「……なんか、嬉しそうだな」
「うん! 漣様に会うのも久しぶりだから」
「……そうかよ」
 2人がそんな話をしていると、門戸の前に車が止まった。
「悪い悪い! 遅くなったわ!」
 言葉の割に全く悪びれない様子で、車を降りてこちらにやってくる。
「おい、遅ぇんだよ細小波(いさらなみ)。待ちくたびれたわ」
「お前さ、俺一応先輩なんだわ」

 細小波(いさらなみ) (れん)、23歳。帝国陸軍特務部隊所属。
 憩の兄である旭と同期で、憩のことも幼い頃から知っている。
 兄貴分で親しみやすい性格だが、男女問わず距離が近いため誤解を与えやすい。

「漣様、お久しゅうございます」
「おう憩!! 久しぶりだな。お前、また美人になったなー!」
 漣は憩の頭をガシガシと力強く撫でる。
「漣様、髪が乱れますので……」
 憩は朔夜が結ってくれたリボンの位置を直す。
「あぁ、すまん。んで、どこ行けばいいわけ?」
 漣は車のドアを開ける。
「いこ、細小波(いさらなみ)が乗せてくれるってよ」
「よろしいのですか?」
「あぁ、いいぞ! (そま)、お前が先に乗れ」
 朔夜は漣に言われるまま、先に車へ乗る。
「憩、足元に気をつけろよ」
「はい! これぐらいなら舞もやっていますし、大丈夫です!」
 憩は意気揚々と車のランニングボードに足をかける。
「あっ……!!」
 ブーツの底が滑り、体勢を崩した。
「バカ!!」
 グイッと朔夜が憩の腕を引っ張り、自分の方へ引き寄せる。
 直したばかりの葡萄色(えびいろ)のリボンが再び傾いた。
「ったく、気をつけろって言われたばっかだろが!」
「ご、ごめんなさい……」
「やっぱり(そま)を先に乗せて正解だったな」
 漣はつぶやくと、車のドアを閉めた。