ひとりも、ふたりも

 両想いに浮かれた次の日は、まず仁に「色々解決した」と伝えた。詳しいことは話してなくても、あの日助けてくれたのは間違いなく仁だ。霧島もいたから、後でお礼を言っておこう。

「この前はありがとう」
「おー、解決したならよかった。ハニーとしても一安心」
「それもう忘れてた。つか、ハニーって自分で言うなよ」

 後ろの席から手を伸ばした仁がポンポン肩を叩いたかと思えば「冬木!」と、少し離れた席の想を呼んだ。

「勝手に貸しにしとくから」
「いつか返すよ。色々と」

 意味がわからない仁の言葉に想はわかってるかのようににっこり笑顔を返していた。絶対わかってないのにかわいいな。

「想って天然なとこあるよな?」

 同意を求めて仁を見ると、ジト目で見られた。明らかに何言ってんのこいつという顔をされている。言われなくてもわかる。

「何だよ、ハニーならわかれよ」
「いくらダーリンでもそれには賛成できねーわ。怖いよ」
「俺は仁が怖いわ」

 もう一度想に視線を向ける。ひらひらと手を振ってくれて、俺もそれに応えた。仁が「浮かれてんなー」とつぶやくのが聞こえた。そのとおりで言い返せない。

 俺の前を通りかかったみみちゃんが挨拶の後で「いいことあったんでしょ」と先に言われた。今言おうと思ってたのに。

 仁とみみちゃんの2人には隠しごとが難しそうだ。

「うん。その……何やかんやあって急展開で、うまくいった」
「そうなの!? 良かったね。おめでとう」

 周りに気を遣ってこそこそと話してくれるみみちゃん。その表情が明るくて、俺も自然と口元が上がる。

「うん、ありがとう。みみちゃんも今度のデート頑張って」
「がんばるよ。匠から選んでもらった服もあるし」
「あればっちりみみちゃんに似合ってたよ。報告待ってる」

 任せて、とみみちゃんは両手を握りしめてコクリとうなずいた。

 ゆっちは何も知らないだろうから、しばらくしたら言おうかな。みみちゃんに様子を聞いて考えることにした。

 そわそわして落ち着けない。うっかりしてると顔がほころびそうだった。

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 放課後、教室まで仁を迎えに来た霧島に声をかけた。

「この前はありがとう。あの場で言わなかったけど、俺は霧島の歌好きだったよ」
「あー、特になにもしてないのに。タクミくんは人たらしの気があるよね」
「ほんとのこと言ってるけど」

 お礼と一緒だと社交辞令っぽく聞こえたかな。あの場だと仁と勝負していたから、言いづらかった。当たり前に俺が上手い下手を判断できずに、勝負になってない。

 霧島は「そうだねぇ」と気のなさそうな返事をして扉の外側に寄りかかる。

「今度演奏してるのも聞きたい」
「文化祭ではやるよ。今日部室でも」

 パッと顔を上げて俺の向こう側を見据えた霧島が「文化祭だな」と言った。

「渉、もう部活?」

 振り向けば、想がこっちへ歩いてきている。俺の後ろに立って、当たり前のように肩に手を置かれた。
 
 霧島の視線も一瞬だけ俺の肩に行ったが、何も言わなかった。言われなかったのにむず痒い気持ちになった。

「仁迎えに来たらいないからまだ。タクミくんに今度ライブ来てねって話してたけど、想が連れてきてよ」
「行くよ。再来月?」
「そーそー。夏休みも練習がんばる」

 頑張ってね、と想が。俺も「頑張れ」と言い終えるか終えないかのうちに、霧島から「いいから早く帰りな」と笑われた。

 挨拶をしてから、リュックを背負い直して想と教室を出る。

 廊下はまだ少しざわついていた。校舎を出て歩いていくと、学校の生徒は見当たらなくなっていく。

 立ち止まった信号で想と2人だけになって、何を話したらいいものかわからなくて無言になってしまった。遠くでセミの鳴き声が聞こえている。

 想も同じなのかなとちらっと隣を見れば、全然そんなことはない。

 俺をじっと見ているご機嫌そうな想と目が合った。

「見てんなら何か言えよ」
「行きたいとこあるかなーって。ヒトカラ行ってみる?」
「お、いいね。そんでその後に夏休みの予定立てようよ」

 もうすぐ夏休みが始まる。課題は早めに終えたいからお互いの家でもいいけど、それだけじゃ足りない。

 大きめの図書館にも行ってみたいし、本屋で好きな本をお互いに買うとか。想が行きたがってたもんじゃを食べに行くのもいいかもしれない。

「暑そうだから外あんま歩きたくないなー」

 信号が青になって、歩き出した想がげんなりした声を出した。

 時間帯はもう夕方に差しかかろうというのに、コンクリートの照り返しがきつかった。

「あー、確かにこれ以上暑いのはやばいな。じゃあ図書館くらいでいいか」
「うん。ちなみに匠はどっちで言ってるの?」
「どっちって何?」

 何と何でどっち? 首を傾げると首を捻った想が「いつもどおりいてくれるのも嬉しいけど」と歩むスピードを落とす。

「ちゃんとデートのつもりでいてくれてる?」

 耳元で囁かれて、危うく横断歩道の真ん中で立ち止まりそうになった。すぐに歩きだして、想のあとに続く。

 心臓がぎゅんっとおかしな音を立てて、俺はシャツをつかんだ。

 そのつもりでいなかったわけじゃねえよ。ただ、はっきり言われると、よりいっそう意識してしまう。

 それだけで頭がパンクしそうになった。一緒に出かけるのなんてもう慣れてるはずなのに。

「いるけど、俺何もうまくやれねえかも」
「何を思ってるかわかんないけど、いつもどおりでいいよ。ただデートだなーって思ってくれてたら」
「気持ちだけでいいの?」

 想はんー、と視線を外す。

「俺はスキンシップとりたいけど、俺のやりたいこといきなり全部は俺だけの気持ちになるし」

 ちょんと想の小指が俺の指先に触れる。そこに全神経が集まっているみたいに熱かった。思考をエロい方向に持っていきそうになって、打ち消すように息を吐く。

 実際に口からこぼれ落ちるようなヘマはしなかったが、無駄にギャーと叫びそうだった。

 数秒で指先が離れて、その手で手元を押さえる。自分の顔がどんな色をしているか、鏡を見なくてもわかった。

「想像もしなくていいよ。顔真っ赤なの大丈夫? コンビニ入って涼む?」

 答えられないままいると、想から顔をのぞき込まれる。俺は首の後ろに手を当てて「大丈夫」とへらへら笑った。

「想のやりたいことも叶えてやりたいけど、今は聞くのもビビってる」
「俺のこと何だと思ってるの」
「意外とエロいやつだったりするのかなあって思ってる」

 ちら、と様子を伺うと想はひょうひょうと答える。

「それはわかんないかなぁ。でも匠が嫌がることはしないよ、約束する」
「うわー、かっこよくて何かやだ」
「何でよ」

 ははっ、と想が笑う。クールな顔がここまで笑うのって俺だけかなと自惚れたことを思った。

 カラオケの入口までは一緒で、1人ずつ受付をしてもらう。前に商店街を歩いているときに、想と『ここからカラオケだったんだね』と話していた場所にした。

 混雑していたら2人にしようと話していたものの、全くそんなことはなさそうだった。予定通り、1人で1時間の自由な時間。

 カラオケの個室に1人で入るのは初めてで、ゆっくりソファーに腰をおろす。カラオケのソファーってこんな広かったんだ。

 背もたれに腕を乗せて広げてみても、スペースに余裕がある。

 タブレットを手にとって、とりあえずランキングから1曲目を選んでみる。普段は自信がない曲は歌えないけど、1人なら気にしなくていい。

 ノリノリで1曲目のサビにさしかかった頃、急にドアが開いて俺は口をつぐんだ。飲み物が来ることをすっかり忘れていた。

 テーブルに置いてもらい、店員さんにぺこぺこ頭を下げる。ドアがしまった瞬間、気を取り直して途中から声を出す。

 1人でノッても音を外しても、いるのは俺だけで反応するのも俺だけだった。

 1時間はあっといまに過ぎて、先に外に出ていた想と合流して近くのファミレスで夏休みの予定を話し合った。

「連続でバイトの日もあるけど、夏休みは基本朝シフトだから午後は空いてるよ」

 スマホでカレンダーアプリを開いて、俺はバイトのシフトを確認する。想も短期バイトの予定があるらしく、日程を合わせて一緒に課題をやる日を決めていった。

「秋以降の予定もどんどん決まりそうだね」

 想が俺とのトークアプリ内のメモに話に出た場所を追加してくれた。思いつきで話しているから、現実的でないものもあるし、実際やってみたいかと訊かれたらよくわからないものまである。

「想の言った中華街は涼しくなったらありだよな」
「食べ歩きは匠としたいなーって。匠のこれ、夏祭り1人って1人レベル高そう」

 俺もやったことないよ、と想がテーブルに置いたスマホ画面をトントン指差す。

 お互いが浮かれている証のようで、何だかいいなあと思った。

「夏祭りは、屋台で好きなの買って落ち合うつもりでいたからあんま1人ではねえんだけど。屋台見て回るの1人はありじゃね?」
「いいね、匠が何選ぶか興味ある」
「だろ。花火大会あるときにして、花火も見よう」

 夏休みの間にやる花火大会を2人で探して、2人とも行ったことのない場所に決めた。

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 あっという間に夏休みが始まって、まずは課題を片付けてしまおうとバイト終わりに想の家でできる限りやった。みみちゃんやゆっちとも遊んで、カップルをからかうこともした。幸せそうな2人を見ているのは、疎外感よりも嬉しさが勝るのだと知った。

 想と何度か図書館へ通った。広めの図書館で別々に本を探して、会えたら2人でカフェにでも行こうと約束をしたのに、すぐに会えてしまって「面白くないね」と2人で笑った。

 そうして花火大会の日、会場へ到着すると予想以上の人で溢れかえっていて想と会えるのか不安になった。まずは1人で屋台を見て回る。この前の図書館では自分の好みを優先したのにかぶってしまった。

 食べ物だったら多少好みが違うし、かぶることもないだろう。選ぶのは多すぎても良くないから3つまで。

 あちこちから楽しげな会話や誰かを探す声がする。ときどき、人の多さに圧倒されながらも前へ進んでいく。駅での涼しさがもう恋しかった。沈んでいく夕日が建物の影に見えなくなっても、地面から伝わる熱気が続いている。

 想は何がいいのかな。1つ1つゆっくりは見ている余裕がなくて、すぐ決めなければ列のようになっている人混みを抜けられない。

 半ば勢いで決めて、ビニール袋を下げながらバッグを探る。

 想に連絡しよう。スマホ画面をつけると、想からここにいると丁寧に現在地の地図と写真が送られてきていた。

 ちょっと歩いた先のようで俺は首を傾げる。今いる場所とは逆方向で、花火からは遠ざかりそうだ。とにかく地図の場所へと向かうために踵を返した。

「あ、匠! よかった会えて」
「人やばかったな。こっちまで来たらあんまいなくて助かった」

 想を見つけられてホッとする。さっきの場所では、合流するにも一苦労だっただろう。

「こっち、川沿い歩いた先に公園あるんだって。ちょっと離れてるからいいかもって教えてもらった」
「誰に?」
「屋台の人」

 すげえ、と思ったまま口にした。想が気恥ずかしそうに「向こうから話しかけられたの答えてただけだよ」と顔をパタパタ扇ぐ。

 だんだん静けさを取り戻していった頃、住宅街にある公園と呼ぶには物足りないベンチが置かれたスペースには、誰もいなかった。

 花火が上がる音がして、俺は顔を上げる。

「おー、いいじゃん」

 夜空がパッと明るくなってから、ドォンという音が響く。一部がビルに隠れて見えるものの、人混みを思えばこの場所は最高だった。

 2人でベンチに腰を下ろして、ピンクや緑、黄色の大きな花火を堪能する。

「匠、飲み物買った? 2人分買ったけど余るかな」
「さすがすぎる。すげえ喉渇いた」

 想が麦茶のペットボトルのフタを開けた状態で渡してくれた。夢中になって水分補給をすっかり忘れていた。屋台で見かけたラムネも気になったが、今はこっちのほうがありがたい。

 半分ほどごくごくと飲んで、ふぅと息を吐く。

「1人満喫っつーか、疲れた。最初から想といればよかったわ」
「2人でいても疲れたんじゃない?」
「想を考える時間は楽しかったんだけど、想と話しながらだったら、もっとよかった」

 なるほど、と想がうなずいて自分の麦茶を飲んだ。想の表情も元気がなく見えた。

 次々上がる花火の音に混じって、どこかから風鈴の音が聞こえる。穏やかな風が肌を撫でた。

「1人なら、静かな場所のほうがいいんだろうなあ。美術館とかみたいな」
「そうだね。あ、ライブは静かじゃないけど1人でも楽しそうじゃない?」
「確かに。逆に2人だとどう?」

 麦茶を空にして、想を横目に訊ねる。すっかり花火から視線を下げた想は顎先に手を当てた。

「……こういうのは2人じゃないとできなくない?」

 ベンチに置いていた俺の手をそっと取って、想が指を絡ませる。目を逸らしたら負けだと思って逃げずにいると、花火が弾ける度に想の瞳にきらきら反射していた。

「これはまあ、俺の両手でもいけるっちゃいける」
「え、そういうこと言うの。匠の意思の通りには動かないよ」

 指の隙間でバラバラに動かして、もう片方の想の手が優しく手の甲を撫でてくる。照れよりも可笑しくなって笑ってしまった。俺の手に目を落として「わかった降参」と言った。

「俺と体温も違うしな。想、俺よりは冷たい」
「冷たいってほどでもないけどね。あと、これもそう」
「え?」

 顔を上げると、想がすぐそこまで迫っていた。

 花火が連続して上がっていく。

 心臓が跳ねて目を閉じかけた瞬間、想がふっと笑って指先だけが俺の唇に触れた。

「ね、2人じゃないと」
「わかったから、先に買ったもの見て」

 バクバクと上がった心拍数を落ち着けるように肩を丸める。想は呑気にビニール袋をがさがさと開けて「イカ焼きだ」と明るい声を出した。

 するんなら、最後までしろよ。とは言えなかった。今されたら、いろいろ保てる気がしない。

「今度するから、心の準備だけしておいてね」
「……できるか!」

 想の笑顔につられて、最初はむくれていた俺も笑ってしまった。