ひとりも、ふたりも

 1人で何かをするのも、だいぶ慣れてきたんじゃないかと思う。今朝は早めに学校最寄りについて、意味もなく1人でぐるっと周りを散歩してみた。

 朝でも気温が高くなるこの時期にそんなことをするんじゃなかったと後悔したものの、おかげで涼しい教室が最高だった。

 想は何かと俺を誘ってくれるようになって、想や俺の行きたい場所に出かけたり一緒に帰ったりするようになった。

 みみちゃんとゆっちとは前より遊ぶ頻度は下がったけど、その分2人の距離が近づいてそうだ。

 放課後、自動販売機で飲み物を買ってくると想が教室を出て行ってしばらくしても戻らない。俺は教室の窓から下を覗いてみる。

 俺しかいない静かな教室は、俺が立てる音すべて響いて聞こえた。

 外にある自動販売機で買うと言っていた。あれ、と見えた人影に首を傾げる。

 何でみみちゃんが想と話してるんだろうと見ていると、いつの間にか横に立つ霧島が肩に手を置いてきた。

「タクミくんはさぁ、何で想と仲良いの?」

 目を細めて微笑む霧島。目が全然笑ってないタイプだ。え、これって何でか、答えによっては俺が罰を受けるとかある?

「冬木と仲良くなりたかったからだろ。な、匠」
「何で仁までいんの? つか、2人して何なんだよ。霧島はまずクラスが違うよな?」

 もう片方の肩に仁の手が置かれて「暑苦しいわ」と苦笑しつつ、肩を下げて手から離した。冷房が効いてても、気分が暑い。

 霧島は「細かいことは気にしなぁい」と呑気な返事。まあいいかと放っておくことにした。

 外に目を戻すと、みみちゃんの表情がパっと明るくなって、想も微笑んでいる。何なんだろう。気になっても、さすがに聞こえない。

 鎖骨の辺りがちりちりと痛んで、そっと押さえた。

「暑いのに何話してんだろうなぁ」
「こっからじゃさすがに聞こえないな」

 何でこいつら俺を挟んで会話するの? 何なの?

 交互に目をやると「声かけるか」と仁はガラッと窓を開けた。おい、バカやめろと声に出しても間に合わない。

「冬木ー! 早く戻って来なよ」
「想が戻って来ねーから、タクミくん退屈だってさぁ」

 息ぴったりで楽しげな両隣。想の視線がこちらを向いて、俺は小さく手を振った。

 霧島には肩を組まれるし、仁の手がポンポン俺の頭を叩く。想から見たら絡まれてる図になってるだろうか。

「渉、ふざけてるなら怒るからね」

 さっきまでの楽しげな雰囲気から一転して、いつになくピリついた空気を含んだ想。ここまで声がはっきり届いた。

「ごめん、からかいすぎた」

 すぐに両手を挙げる霧島を見てから、想が仁の方へ顔を向ける。冷めた目だった。

「松田くんは何?」
「何も。ただ、リュックつけてるストラップのシリーズあげようかって匠と話してただけ」

 シャツの胸ポケットから猫のストラップを取り出した仁。俺はああ、と納得した。

 この前、想からもらったストラップを学校用のリュックにつけてたら、仁からどうしたのか訊かれて答えたことがある。そのシリーズのストラップをくれるのは初耳だけど。

「何これ。箱に頭突っ込んでるネコってこと? 俺より想にあげたほうが喜ぶと思うよ」
「これは匠にあげるから、匠から冬木にあげたらいいじゃん」
「仁がいいならそうするかな」

 声を張り上げることはしなかったので、想には届かなかったらしい。怪訝そうな顔をしている。隣のみみちゃんも眩しそうに手をかざしながら俺をじっと見つめていた。

 それから想と何かを話して、みみちゃんがまた顔を上げる。

「匠ー! 今度、一緒に冬木くんに勉強教わろー!」
「え?」

 何の話だっけ? 最近話した中にそんな話題が出ていただろうかと脳内で振り返っても出てこない。

「会ったついでに、勉強教えてほしいってお願いしてみたの!」

 いえいっとでも言ってそうなみみちゃんの得意げな表情。テスト勉強やばいって嘆いてたから、救世主を見つけたのかもしれない。

 迎えに来たゆっちに連れられて、帰って行く2人を見送った。

 気づけば想の姿はなくて、俺は窓を閉めて自分の席へ戻る。霧島と仁も当然のようについてきて、俺の前の席に座って体を俺の机に向けた。

「軽音部は?」と訊ねれば、仁が「冬木の反応見るほうが楽しいからまだ行かない」と澄ました顔で答えた。

 それに、と仁が続ける。

「クールなやつがクールじゃない顔すんの、見てて楽しい」
「お前ほんとにいい性格してるよな。想に怒られろよ。てか、霧島がまずこいつに怒れよ」

 いいのか、と言うと霧島はきょとんとしてうなずく。

「おれは想が色んな顔すんの見てて面白いからいいよ」
「いいのかよ!?」
「タクミくんも面白いし」

 何で俺? と思ったものの、仲良く「なー」と顔を見合わせる2人の思考を俺が理解できるとも思えなかった。霧島が仁と似てるなら、わかるわけもない。

「想が何で霧島と仲良いんだか不思議だ」
「それはねぇ……入学したばっかのとき、おれこの髪だし先輩に絡まれてたの。そしたら、通りかかった想が校則に違反してないんだから問題ないってきっぱり言い返してくれたんだよね」

 かっこいいでしょ? と霧島がなぜか自慢気に微笑んだ。

「かっこいいな」
「それで、おれはもう一生ついていきますくらいの気持ちだった。しばらくは想が一緒にいるのおれくらいだったのに、他にも一緒にいる友達増えちゃってさぁ」

 それはいいことなんじゃねえのか、と霧島をのぞき込むと「ムカつく」と面と向かって言われた。語気に強さはなくて、いじけているのに近いことはわかった。

「俺、霧島の立ち位置奪ったりはしてねえよな?」
「それはないね。想がおれをないがしろにしたことはねーし」
「だよな。よかった」

 ホっとしていると、じろりと霧島の目が俺を捉える。机に寄りかかって頬に手を当てた。

「おれが誘うと先約でタクミくんいること増えたけど、タクミくんも面白いから全部許した」
「ちょっと許されてなさそうな気もするけど、まあ……ありがとう?」

 で、いいのかわからない。霧島から不満そうな空気は感じられないから、丸く収まったことにしよう。

 話を聞いているだけに徹していた仁がクスクスと笑った。

 廊下からスピード感のある足音が聞こえた。もうそろそろ想も戻ってくるだろう。

「匠、ごめんお待たせ」

 想が走ってくるのは予想外だった。自分の席から荷物を取って、息を整えている。霧島が後ろで「ほらな第一声がタクミくん」と小声で呟く。

 それはたぶん、今日の予定が俺とだからだろう。

「渉、部活いいの? まさか、また先輩に絡まれた?」

 ハッとして眉を寄せる想に、俺は「想が俺ばっか構ってるけどいいよって許可もらってたんだよ」と霧島に代わって口を開いた。

 ちゃんと心配されてんじゃねえか。俺より仲良いくせに。

「比較されると困るけど、俺は渉のこと大事な友達だと思ってるよ。それじゃだめなの?」
「だめじゃねーよ。おれは想の親友の自覚あるし」

 立ち上がった霧島は「じゃあおれはそろそろ部活行くから!」と明らかに顔がほころんでいた。

「渉が行くならオレも行くわ。匠は勉強してわかんないとこあったらオレに聞けよ。またな」

 ダーリン、と語尾にハートがついていそうなテンションで言われた。まだ続いてたのか、それ。

「おー、ありがとう。頑張れよハニー」

 片手を挙げると仁に手のひらをペシペシ叩かれた。何だよ、と俺はふっと息を吐く。

「冬木もまたな」と、仁が想に耳打ちした。本当に怒られればいいと思うけど、優しい想はにこやかに「またね」と返しただけだった。

 ご機嫌そうな霧島は仁がそのまま連れて行く。

 2人が行ってしまった後、挙げたままになっていた手首を想がつかんで「えっ」と声が出てしまった。

「行こ。かき氷食べるんでしょ?」
「うん。かき氷って旗見かけて、想と行こうって思ってた」

 早く行こうの意味だと気づいて、俺は空いてる手でリュックを背負う。先を歩く想に続いて静かな廊下を歩いていく。

 2人分の足音だけが響いている。まだつかまれたままの手首に熱が集まる。その温度が想に伝わりそうで、吐く息が微かに震えてしまった。

「かき氷、何食べたい?」

 明るい声を出すと、想の足が止まる。

「ごめん、手。引っ張ったままだった」
「急いでるから引っ張ってくれてんのかと思った。違った?」
「違わないけど、色々……頭ぐるぐるしてたら話すの忘れてた」

 最悪だ、と独り言のように呟いた想が手を離した。別に離さなくても良かったのに。そんなに気にされると、どう言ったらいいのかわからなくなる。

 何を思っているのか、想は額に手を当てて深刻そうな顔をしている。今度は俺が「急ぐには変わりねえし、いいじゃん」と想の手を引いた。

「……そっか。じゃあいっか」
「そうだよ。想は考えすぎなんだって、でも俺も気持ちはわかる。かき氷食べて頭冷やそう」

 何それ、と想が吹き出した。俺もホっと息を吐きつつ「かき氷で冷えるだろ」と笑った。

 かき氷が溶けきる前に食べることに夢中で、食べ終わってから写真を撮ればよかったと思った。とりあえず、俺より先に運ばれてきたのにまだ頑張って食べている想は撮っておく。

 大量の氷を摂取したおかげで外に出てもしばらくは快適に感じられた。残念なことに駅に着くまでには背中に汗が滲んでいた。

「頭も冷えたかも。匠の言うとおりだった」
「だろ。想のは最後、ちょっと溶けてたけど」

 慌てる想を思い出して、ふっと口元が上がってしまう。スマホを出してさっきの写真を確認する。ついでに焦る想が可笑しくて動画も撮っていた。

「ここで再生するのはやめてよ。俺も再生するからね」
「待って。想は何を撮ったの?」
「帰りに歩く匠。楽しそうだったから」

 ほらと見せられた想のスマホ画面に視線を落とす。うわ、俺って想といるときこんな顔をしてるのか。

「俺の顔やばくね?」
「何でよ。かわいいよ」
「想、俺のこと猫か何かだと思ってる?」

 そう言って、あ、そうだ、とさっき仁にもらったストラップのことを思い出した。箱に頭を突っ込んで後ろ足がはみ出したネコのストラップ。

「これ、仁からもらったけど想のが好きだろ」
「松田くんて、よくわかんないね」
「仁は変わったやつだけど、いいやつだよ」
「仲良いよね」

 想は自分のリュックにネコのストラップをつける。俺と同じネコのものは、落としたら嫌だから家に飾ったらしい。

 また飾るのかな、と思っていたら「これはありがたくつけとこうかな」と言っていた。

「仁は中学からだからなあ。俺のことわかってくれてる」
「俺も、想のことわかりたいけど時間が足りないな」

 唇を尖らせる想を見て、満たされている自分に辟易した。

 :

 珍しく、みみちゃんから2人でカラオケに行こうと誘われた。帰り道に腕を組まれて、そのまま連行されたに等しい。

 電気が明るいままの個室で、宣伝のためにテレビ画面からはやりの曲が流れている。

「ゆっちとケンカでもしたの?」
「してない! けど、ゆっちがこの前女の子といるの見ちゃったんだよねー」

 みみちゃんは指先でくるくると毛先を弄ぶ。

 なるほど、それは大変な事態だ。何と言うべきか悩んでいるうちに、みみちゃんがタブレットに触れる。普段は食べないようにしているはずのフライドポテトを注文した。

 何となく距離が近くなってきていたから、相談されたら面倒だなって思っていたのが本音だ。なるべくその雰囲気から逃げていた。

 前の俺なら、この状況になっても、のらりくらりで適当にその辺から拾い集めたような言葉をかけていたかもしれない。

 だけど今は、そんなことはしたくない。大事な友達のためにちゃんと答えたい。とか、これまでの一方的で最低な自分を思えば、これもまた勝手な話かもしんねえけど。

「ゆっちが女の子といるの、嫌だった?」
「すっごく嫌だった。でも、あたしは彼女じゃないから言えないもん」

 俺はみみちゃんがゆっちを好きなのも知っていて、ゆっちがみみちゃんを好きなのも知っている。とはいえ、ゆっちは仲良くなったあたりで言われたことだ。

 今違ってたら、俺が最悪なことを引き起こしてしまう。それは絶対に避けたいし、人の気持ちを俺がバラしてしまうのも良くない。胸にしまっておくことを選んだ。

「誰か訊かなかったの?」
「匠は好きな人が女の子と歩いてるの見たら訊ける?」

 訊けねえな、と俺は目を伏せる。1人分空いてた位置にみみちゃんがタブレットを持ったままズレてきて、俺の隣に腰を下ろした。

 あれ、と違和感に気づいて顔を上げる。俺の恋愛対象が同性なことは、話したことがない。

「……みみちゃん、俺と距離が近いよな」

 言葉を選んだら、逆に探りを入れるような言い方になってしまった。

「あ、ごめん。隣座ったのキモかった?」
「いや、そういうのじゃねえけど。みみちゃんは女の子だから、俺とあんま近すぎるのが良くねえかなって思った」

 一緒にいることだったり腕を組んだり、当たり前にやってくる。それって、ゆっちからすると誤解を生みそうだ。

 例え、みみちゃんが俺をそうでないと思ってたとしても。たぶん、ゆっちには気づかれてねえはずだから。

「匠は友達だもん。友達とすることはいいかなって思ってた。匠も嫌がってないと思ってたけど……あ、嫌がってるの言えてなかった!?」

 離れようか? と焦るみみちゃんに笑ってしまった。ほんとに失礼な話だけど、こんな気遣いのできる女の子だと知らずにいた。
 
「わかっててこの距離感なら、俺も気にしない。みみちゃんがどう思ってやってるかわかんなくて……正直困ってたし、ゆっちはわかってねえだろ」
「えー、匠のこと好きだと思われてるってこと? 匠もそう思ってた?」
「それはねえな」

 みみちゃんから恋愛感情を持たれていると思ったことは一度もない。ゆっちが好きだと聞いてたからかもしれないが、ゆっちと俺に対してでは明らかに態度が違っていた。

 みみちゃんにとって、ゆっちだけが特別に見えた。

 オレンジジュースの氷が溶けて、カランと音を立てる。ストローでくるくる混ぜてから喉へ流し込んだ。

「でしょー? もしそこがわかんないなら、仕方ないかな」
「ゆっちが好きなのに? 俺のことなら、言っても別にいいよ」
「匠は関係ないよ、あたしの譲れない部分だもん。もしそれで、あたしと匠のことを疑うなら、それがあたしが好きになったゆっちだったってだけだよ」

 ふふ、と微笑むみみちゃんのことをかっこいいと思った。それと同時に、こんな素敵な子が俺が本を読んでただけで似合わないと言うだろうかと疑問が浮かんでくる。

 俺が本を人前でなるべく読まないようにしていたのは、みみちゃんから似合わないと言われたから。言われて、俺もそんな気がしたのが一番の理由。

 俺が選んだことだ。でも、そもそもみみちゃんは言わなさそうに思えた。

「話変わって悪いけど、みみちゃん前に俺が本読んでるの似合わないって言ってたよな? あれ何で?」
「匠が本読んでるの似合わない? 本読むのに似合う似合わないとかあるの? えーっ、あたしそんなこと言ったのかな」

 みみちゃんが考えているうちにフライドポテトが運ばれてきて、2人でつまんだ。

 もぐもぐしていたみみちゃんが、パンと両手を合わせる。

「――匠が読んでた小説の実写化でヒロインの子が着てた服が似合わないよね……みたいなことは言ったかも。もっと似合う感じの服あるのに、何であれが選ばれたんだろって話したかなー」

 本のタイトルを確認されて「それだった」と答えた。

「じゃあ合ってると思う。本じゃなくて、服の話だね」
「マジか。俺てっきり本読んでんのが似合わねえって話だと思ってた」

 人の話をちゃんと聞いてなかった上にマイナスに捉えて、被害者ぶってた。ありえねえ、とため息が漏れた。

「その場で訊いてくれたら、すぐ違うって言えたのに。匠、教室で読まなくなったの気にしてたからでしょ」

 肘で小突かれて、正直に「すげえ気にしてた」と打ち明ける。

「けど、自分が気にしてたからそう聞こえちゃってただけだったんだなあ」
「時間経っちゃったけど、誤解解けてよかったよ。匠が気にしてること、大体あたし気にしてないと思うもん」
「そうなのかも」

 せっかく高校で新しい人間関係になったのに、上辺だけで大事なことを見過ごしたままにするところだった。

「ゆっちのことも、俺が思ってるだけかな」
「そうじゃないかなー。何だとしても、女の子と歩いてたのは別の話だし」
「まあ、そっか。俺が見たことにして、誰か訊いてみようか?」

 みみちゃんの予想も外れてるだろうけど。こればっかりは俺も確かめないと言えない。

 みみちゃんはポテトを口に放り込んで唸る。

「彼女って言われたら立ち直れない。あたし、結構自惚れてるのにー」
「みみちゃんがそう思うなら、そっちが正解なんじゃねえの。俺はみみちゃんが決めたことを応援するし、協力もするよ」

 潤む瞳をこちらに向けるみみちゃん。使ってないおしぼりを開けて差し出した。

 そっと目尻に押し当てたみみちゃんは「自分で訊いてみる」と力強く言った。

「オッケー。2人になりたいときは言っといて」
「わかった、ありがとう。匠も好きな人いたら協力するからね」

 お返しに言ってくれてるのだとしても、味方がいると思えて気持ちが軽くなった。みみちゃんが俺を見て、ふっと柔らかく微笑んだ。

 俺が誰かを好きなように見えてるのかもしれない。

 あえて何も言わないでおいた。どうせ訊かなくたって、想像はついてる。みみちゃんも訊かないでくれた。

「あ、勉強会で途中から2人になるのってどう? 最初からって言いたいけど、あたしとゆっち苦手科目が同じだから冬木くんからは教わりたい」
「いいよ。俺らが移動したほうがやりやすそうだし、想にも話つけとく」

 早速スマホを出して、個別で想に勉強会について連絡を入れておく。テスト勉強はしたいから、別の場所で続けられればいいだろう。

「冬木くん返事来た?」
「そんな早く返事――来た。いいよって」

 返って来たいいよの文字を目でなぞっていると、《匠は俺の家来る?》と追加された。一旦顔を上げて、また画面に戻す。

 心臓の鼓動が速まった。想は、俺のことどう思ってるんだろう。

「匠にもいいことあった?」
「……わかんねえ。いいことなのかな」

 画面をタップする指先が止まる。これ以上近づいたって、どうせどうにもならない。

「冬木くん、何だって?」
「家に来るかって。これって、俺のこと信頼してくれてるってことじゃん。でも俺はたぶん、その信頼を裏切っていくことになるんだと思う」

 そんなのキモいだろ。せっかく仲良くなれたのに。

 俺は例え本人に伝えなくても、この場ですら好きだと言葉にしたくない。言ったら戻れないから。

「恋って、片想いをしてる間は少なからず相手の信頼を裏切るものじゃないかなー。あたしだって、ゆっちの信頼を裏切ってるよ」

 みみちゃんは氷が溶けて薄まっているりんごジュースを口にした。

「友達のふりして、好きなんだもん。それって、匠の言う裏切りでしょ?」

 自分と同じだと言ってくれてるようでかえって胸が痛かった。俺も同じでありたいけど、みみちゃんと同じになれない。

 想の恋愛対象がどうかなんて、訊けるかよ。俺とみみちゃんでは前提が違う。

「みみちゃんはさ、ゆっちの恋愛対象が自分と違うかもしれないことに悩んだことはある?」
「……ない。ごめん」

 みみちゃんがしゅんと背中を丸める。俺もわかってて訊いたから、意地の悪いことをした。

「や、俺も謝らせたかったわけじゃなくて……ただ、想がどうなのかわかんねえから、怖えなって話」

 フライドポテトに手を伸ばして、数本まとめてつまむ。塩気が喉に来て、オレンジジュースを飲み干した。

 みみちゃんの話を聞くはずが、俺も話してしまった。気が緩んだ。

「それは怖いよね」
「うん。だからとりあえず、仲良くいられたらいいかな。みみちゃんの恋バナだったのに俺がセンチになってごめん」
「ううん、匠の話も聞けて嬉しいよ」

 ふふっと溢れるような笑みを見せるみみちゃん。ゆっちとうまくいってほしい。

「勉強会、一緒にがんばろうね!」
「うん。まずはテスト勉強頑張らねえと」
「違う! 恋のほう」
「や、勉強が先だろ」

 おー、と握り拳を差し出すみみちゃんに苦笑する。こつんと俺の拳を軽くぶつけた。

 スマホを持ち直して、想に 《行く!》と返事を送った。すぐに《楽しみにしてる》と返ってきて、胸がざわつく

 俺だって、楽しみだよ。みみちゃんとゆっちを2人にするために、俺がスムーズにやんねえと。

 テレビ画面から流れる流行りのラブソングが、やけに耳に残っていた。