ひとりも、ふたりも

 次の日、教室に着くと冬木はまだ来ていないようだった。ざわついた室内で声をかけられたクラスメイトに挨拶をしつつ、自分の席に座る。

「匠、そわそわしてんのキモいからやめて」

 一緒に登校して来た仁が後ろの席に腰を下ろして、呆れたように言った。俺は体を後ろに向けて仁を見る。

「そわそわしてんじゃねえよ。冬木を探してたの。昨日、勧められて本買ったから」
「マジ? 全然話がわかんねーけど、会ったの?」

 冬木となると仁も興味が湧いたらしく、机に身を乗り出す。俺はにやりとしながら「聞きたい?」と訊ねた。

「匠の一方通行がついに終わったか気になる」

 俺の一方通行って何?

「俺は仁が言ったことのほうが気になるんだけど」
「たまに冬木のこと見てるじゃん。その割に話さねーから、匠の一方通行だなと思ってた」
「えっ、そんな見てんの? 俺」

 うん、とうなずいた仁は頬杖をついて「やっぱ自覚なしか」とにやりとした。

「1人でいるのかっこいいなあとは思ってたけど、見過ぎはキモいよな。気をつけるわ」
「や、大丈夫だろ。言ってたのは冬木の保護者だし」

 保護者と聞いて、ああ、と納得した。冬木は1人のことも多いけど、たまに一緒にいるのを見かける別のクラスの人。

「……って、クラス違うやつから見てそうなのやばくね?」
「まあ、そもそもオレが(わたる)にそう言ったからな」
「結局仁なのかよ。てか何の話してんだよ」
「最近、部活で暇なときに話してる」

 暇なときに何を話してるんだよ、と俺は苦笑した。冬木と仲良い人から俺の人となりが誤解されるだろうが。ただの羨望の眼差しなのに。

 大して仲良くもないやつがじっと見てるとか怖いだろ。せめて本人には気づかれていないことを願う。

「お、冬木来たじゃん」

 仁が目線を外して、教室に入ってきた冬木を目で追う。俺も冬木の席へ目を向けた。

 ざわついた教室の中で、冬木の纏う空気だけ異質な気がした。

「ちょっと行ってくる」
「おう、いってら。頑張れよ」

 何が、とは答えずに冬木の元へ進んだ。すぐにこちらに気づいた冬木がふわりと柔らかく微笑んで、俺は片手を挙げる。

 我ながら、ぎこちない仕草に歯噛みしたくなった。俺、昨日の今日でテンションおかしくねえかな。おかしくても、わかんねえわ。

 机にリュックを置いた冬木が立ったまま、少しだけ首を動かして俺と目を合わせる。

 息を吐いてから俺が「おはよう」と言うと、優しい声の「おはよう」が返ってきた。それから「昨日の小説、どうだった?」と冬木から訊ねられて、ありがたく乗っかる。

「帰ってからすぐ読んだ。すげえ面白かった!」
「そう、良かった。あれ、話としてもすごいし仕掛けがちょっと狂気だよね」
「わかる。気づいたときはページ捲りながら鳥肌ものだった」

 そうだよね、と興奮気味に冬木がうなずく。冬木も誰かと共有したかったのかな。

 俺は昨日読んで感動と驚きで声が出たし、すぐにでも冬木に伝えたかった。クラスのグループにいるから友達追加しようと思えばできたけど、一方的にしてもメッセージが届かないかもと夜遅くまで悩んで送れなかった。

「白石くんに渡す本持ってきたの早かったかなと思ったけど、昨日の読み終わったならちょうどよかった」

 冬木はリュックから小説を出して、差し出す。まだ文庫本が発売されていない単行本。

 受け取ったその重みに目を見張りつつ「ありがたく借ります」と言った。他の持ち物もあるのに、わざわざ持ってきてくれたのか。これは1日では読みきれないかもしれない。

「返すのはいつでもいいよ」
「助かる。あ、俺からのお礼はどうする? 昼飯一回とかでもいいよ」
「それは高すぎて見合ってないよ。まだ考えられてないから、考えとく」

 後ろのほうでみみちゃんとゆっちの声がして、俺は無言でうなずいた。2人が来たということは、もうすぐチャイムが鳴るだろう。

 話が終わってもまだいる俺を、冬木が不思議そうに見つめている。あー、とかえっと、を繰り返すわりにさらっと言葉が出てこない。

 首の後ろに手を当てて、床に視線を落とした。

「あのさ、冬木のこと友達追加してもいい? クラスのグループにいる“ふゆき”って、冬木だよな?」
「ああ、そうそう。もちろん」

 何だそんなことか、と呟く冬木。顔を上げれば、スマホを出しているところだった。

 クラスのグループメンバーにいる冬木を見つけて、友達追加をする。よろしく、と送ってから、白石匠のフルネームも付け加えた。

 即既読になって、よろしく、と(そう)の名前だけで返ってきた。これは名前で呼んでもいいってこと!?

「想、ありがとう。またあとで!」

 外してないことを願いながら、言い逃げをしてしまった。そそくさと自席に着いて、仁から「お疲れ」と小突かれる。

 俺はうなずきを返すのみで、机に突っ伏した。冬木――想の反応は、確認する勇気がなかった。

 :

 昼休み、教室で仁の机に向かい合ってサンドイッチを食べていると「放課後って空いてる?」と想から話しかけられた。

「ふっええあいえる!」
「……え?」

 もごもごする口元を押さえながらの答えは想に伝わらなかったらしく、想が眉を下げて首を傾げる。

 待ってのつもりで、俺はもう片方の手のひらを突き出す。慌てて飲み込もうとして、うまく言葉にならない。

 仁が見兼ねたように「待ってくれって」と代わりに話してくれた。

「ちなみにさっきのは、すっげえ空いてるだと思う。匠は何で食べかけのまで詰め込んだの?」
「……間違えたんだよ!」
「どんな間違えだよ」

 仁がバカにしたようにふっと笑ったかと思えば、想もクスクスと笑っていた。俺の視線に気づいて「あ、ごめん」と笑うのを止める。

「想がいきなり話しかけてくるからだろ」
「俺のせいなの?」
「そうだよ。で、放課後は空いてるけど……どっか行く?」

 熱を帯びる頬を気にしながら、想に訊ねる。何もツッコまれないあたり、名前呼びは問題ないようだ。

 想が「そうしよう」と答えてすぐ後に「想! 遅くなってごめん!」と、ざわめきを割って聞こえた。

「渉、今行くから待ってて」

 少し声を張り上げて答える想。こんなふうに声出せるんだな。意識して聞いたことがなかった。

「じゃあ、どこ行くかは放課後決めよう」

 教室の扉まで急ぐ想の背中を見つめながら、俺はパックのジュースを啜った。霧島(きりしま)がこちらを見て、微かに笑ったような気がした。

「あ、仁に笑ったのか。一瞬俺かと思ってビビった」

 笑いかけられるほど知った仲じゃない。

「まあ、匠も含めてっちゃ含めてなんじゃね。渉とは楽しみの共有してるから」
「何だよそれ?」

 内緒、と口の端を上げて仁はひらひらと教室の外へ手を振った。

「俺も手振っとくか」

 仁に合わせて手を振ると「やほー」とブンブン手を振ってきた。

「ほら、渉も喜んでる」
「よくわかんねえな」

 派手な赤みがかった髪をした霧島と想の組み合わせは、これまでにも何度か見たことがある。それでも、改めて見ると不思議だった。

 :

「ごめん、みみちゃん。俺用事あるから、ゆっちと行ってきて」

 ええ、と不満そうに唇を尖らせるみみちゃん。ゆっちには目だけで頑張れよと伝えておいた。

 今日は想が放課後誘ってくれたから、堂々断れる。楽しみを顔に出していないつもりだったが、去り際のみみちゃんから「匠のその顔腹立つ」と言われたので、緩んでしまっているかもしれない。

 みみちゃんとゆっちに手を振って見送っていると「部活行ってくる」と仁から肩を強めに叩かれた。

「いってらっしゃい」
「ちょっと冷たくね?」

 顔を近づけて「ダーリン」と仁からの初めての呼び名に意味がわからなさすぎて答えられなかった。顎先に両手を当ててかわいこぶった姿に思わず吹き出す。

「何、ハニーって言えばいいの?」
「そう、じゃあな」

 よくわからないまま行ってしまう仁も見送って、想の席へ向かおうと振り返る。と、想が後ろに立っていた。

「想いたのかよ。いるなら言えよ」
「お取り込み中かなって思ったから」
「全然取り込んでねえから。これからどうする? どっか行きたいとこあんの?」

 帰り支度の整った想の隣に並んで、ポケットからスマホを取り出す。想と出かけるならどこがいいんだろう。

「図書室行かない? 1人の楽しみ方、知りたいって言ってたよね」
「オッケー、図書室な……え?」

 うっかり反応が出遅れてしまった。てっきりお礼にどこかへ付き合うのだと思っていた。

「図書室には2人で行くけど、好きな本を探すのは各自で席もどこに座ってもいいし。けど、帰りは一緒に帰るのってどうかな」

 頬を撫でていた涼しい風が止まる。教室を出ろと委員長の声がした。

 隣の想がフリーズする俺にわたわたしている。俺は教室を出ようと促して廊下に出てから「ほんっとにありがとう!」と心の底から感謝の言葉を伝えた。

 俺が思いつきで言ったことに真面目に考えてくれてるとは予想もしていなかった。

 昼飯一回なんて安いくらいだ。お礼が見合ってないのは俺のほう。

「よかった。図書室って1人で行きやすい場所かなって」

「図書室ってどこにあるんだっけ?」と、俺は最初の校舎案内以降、全く使っていない図書室の場所が浮かばなかった。

「3階の突き当りだよ。白石くん、あんま行ったことないの?」
「うん、あんまってか行ったことねえわ。同じ階の自習室は使ったことあったけど」

 想は図書室よく行くの? とあえて名前を強調してみるも、想は気にする様子はなく「俺は図書室好きだよ」と言った。

 俺の想呼びも、もしかして気づかれてねえ感じ? 最初からだと思われてる可能性もある。ちゃんと、名前で呼んでいいか訊いてからにすべきだったかな。

 ぐるぐる考えながら階段を上がって行くと「ね、匠くん」と突然、名前を呼ばれた。

「……っ、何? 想」
「ううん、匠くんがあんまり自然に名前呼んでくれてるから気づいてなかったことに、気づいた」

 ふふっと笑うその口元を見て、ほんとは気づいててあえてなんじゃないかと思えた。わかってて、からかわれてたのかも。なんて、そんなわけねえか。

「匠でいいよ。俺だけ想って呼んでるの、外してるかと思ってちょっとビビってた」
「全然。気づいたとき嬉しかった。匠は学校では本読まないの?」
「あー、うん。読む時間もそんなにねえし」

 みみちゃんから言われた似合わないが俺には重くて、学校ではやめてしまった。

「そっか。じゃあ、今日は特別だね」

 図書室に着いてすぐ、想は「ここからは自由行動にしよう」と1人でいくつもある書棚のほうへ吸い込まれるように行ってしまった。

 学校内なのに、自習室とも違う不思議な静けさのある場所。ページの捲る音やささやかな話し声がする。ただ、ベストを着ていても半袖シャツでは身震いするくらいの寒さだった。冷房が効きすぎだ。

 くしゅん、となるべく抑えてくしゃみをする。感じる視線から逃れようと、俺も書棚を適当に見ていくことにした。

 懐かしい。小学生の頃、シリーズの途中でやめてしまったものがある。少し前に話題になった本なんかもあるようだった。こんなにたくさん本があるのに、あまり人がいない。

 ウロウロしているうちに想のいる場所まで来てしまった。集中しているのか、俺に気づいてなさそうだ。

 声をかけてもいいんだろうけど、せっかく1人を満喫しているところを邪魔しないように黙っていた。

 想が見ているあたりとは、反対側の書棚にある背表紙を眺めていく。これだけたくさんあると意外にどれを読もうか決められなかった。

「これ、俺はおすすめかな」

 スッと横から伸びてきた手。ちらりと横を見上げると、言わずもがな想だった。

「1人の時間なのに、いいの?」と、周囲を気にしつつ小声で訊ねる。

「あっ、俺のほうこそ邪魔しちゃった? 好きな系統似てそうだから、ついおすすめしたくなっちゃった」

 ハッとして、しまったというように眉をハの字にする想。意外と気持ちが先にくるタイプなのかな。

「本ありすぎて、どれにしようか悩んでたからありがたい。これ読んでみる」

 安堵したような想の微笑みに、俺も笑みを返した。ここで読み終えられなかったら借りればいい。もっとも、このくらいなら読み終わるだろう。

「あと、これなんかも面白いよ。匠は読んだことある?」

 想から耳元で囁かれて、俺は耳たぶを触りながら「昔読んだかも?」と答えた。俺のすぐ目の前の本を手に取るための距離とはわかっているけど、ちょっとむず痒い。

「これ、結局誰が犯人なんだっけ?」
「えー、そこが大事なとこだよ」

 そうなんだけど、と言おうとして、想から顔を背ける。ひっくしゅん、と堪えきれないくしゃみが漏れた。肌寒さから自分の腕を擦る。

「ここ冷房強めだよね。これ着ていいよ」

 背負っていたリュックからさっとカーディガンを出して、着やすいよう広げてくれた。俺は慌てて「ベストあるからいいよ」と遠慮したものの「いいから」と、押されてしまった。

 想が持ってくれているカーディガンに袖を通すと、肩のあたりを整えてくれた。我が家とは違う柔軟剤の甘い香りに包まれる。

「ありがとう。あったかい」
「よかった。図書室来るときはカーディガンのがいいよ」

 ジャージ持ってきたついでに図書室というのもありかもしれない。カーディガンだとこの時期、俺は忘れそうだ。

「羽織るもん持ってくるようにする。つか、想は寒くねえの?」
「うん。今は寒くないし、本読むときは冷房当たらない席に座るから大丈夫」

 さすが、図書室には慣れてるのか。さっき読んだか訊いてきた本を手に取ってから「俺も誰が犯人か忘れたから読んでみる」と言った。俺の前で小説を振って、歩いて行く。

 俺もそれにならうように後を追いかけて、想とは少し離れた席に腰を下ろした。小説を広げて、一行目に目をやる。
 
 席に座る人はまばらで、図書室を見回しても全体生徒の割合に対している人が圧倒的に少ない。いつもは騒がしい校内で、こんなに落ち着ける場所があるとは知らなかった。

 おかげで普段から読むスピードが早い俺は、集中して読み進められた。あっという間に読み終えて、本を閉じる。満足感による深いため息が漏れた。

 すげえ面白かった。複数のバラバラだと思っていた話が実は点で、ラストの話で線になっていく過程にページを捲る手が止められなかった。

 俺の予想する犯人とは大きく違う人が犯人で、してやられた気分になった。

 想のいる斜め右を一瞥すると、想も集中して読んでいるみたいだった。長い指がページを捲る音が聞こえる。サラサラとした黒髪が揺れていた。

 あんま見てると気づかれるかも、と視線をまた文字に戻す。とても心地のいい時間の流れだった。

 3冊目に差しかかったところで最終下校のチャイムが鳴って、俺はノートの切れ端を挟んだ。これは借りることにしよう。

 そんなに長い時間ではないのに、ものすごく満たされている。楽しかった。ただ学校で本を読んだだけなのに、誰にも邪魔されない空間が確かにあった。

 1人と言い切っていいかはわかんねえけど、最高の1人時間を過ごせた。

 想はこうやって楽しんでいるんだなあ。俺も色んな楽しみ方を見つけたい。

「なあ、お礼は思いついた? これ、俺ばっか得してねえ?」

 図書室を出て、階段を先に下りていく想に声をかける。

「俺も今日楽しかったから、それでいいよ」

 いやいや、それだと俺がよくねえわ。想の隣に並んで「俺にしてほしいことねえの?」と、さっきカーディガンを貸してくれたときの想に負けないくらい押してみる。

 そうだよ、もう返したけどカーディガンまで借りたし。何のお礼もないのは俺の気が済まない。

「また1人の楽しみ方も教えてほしいし、何かしら俺使ってできることあんだろ。やっぱ昼飯?」
「お昼はいつもコンビニか近くのスーパーで買ってきてるからいいよ……そうだ、帰りにアイス食べて帰ろうよ」
「お、じゃあそれ俺が奢るわ」

 想が眉を下げて「それはいい」と、首を横に振った。

「俺が食べたいものを一緒に食べてくれたら、満足だから」
「それは俺が満足じゃねえんだけど」
「お礼してくれるんでしょ。なら、俺が満足するものを優先すべきじゃない?」

 想が言うなら、今日のところはそういうことにしておこう。

「じゃあ、俺にしてほしいことあったら教えて。どこ行きたいとか何してほしいとか。今日のアイスはノーカンで」
「匠はわからずやだなぁ」
「わからずやで結構だよ」

 昇降口は部活終わりの生徒が数名いて、その中にはギターを背負った仁も混ざっていた。想に「ちょっと行ってくる」と伝えて、仁に駆け寄る。

「お疲れ仁」
「おつ。ダーリンも逢瀬が終わったとこか」
「まだそれ続いてたのかよ。逢瀬ってなんだよ、早く帰れよ……ハニー?」

 一応、俺も続けてやる。そうするよ、と言った仁は俺の後ろにいる想に愛想よく手を振った。手を振って挨拶するような仲ではなかったと思う。

 想ものろのろと手を振り返すが、明らかに戸惑っている。

「仁は何してんの?」
「怒られそうなこと」
「想はそんなことじゃ怒んねえだろ。てか、そう思うならまずやるなよ。仁も一緒に帰る?」
「やめとく。冬木も困るだろ」

 それもそうだな、とうなずく。仁に別れを告げて、想の前に立つ。

「ごめん、あいつが訳わかんねえことしただろ」
松田(まつだ)くんてフレンドリーだよね」
「うん。それに救われてきた部分もあるけど、さっきのはよくわかんねえから想は気にしなくていいよ」

 行こ、と想の肩をポンポン叩く。想にちょっかいかけるとか、何考えてんだあいつ。俺だって仲良くなったばっかりなんだから、余計なことをしないでほしい。

 和らいだはずの夕暮れの日差しが首筋をじりじり照らして、熱を帯びた。想とコンビニまでの道のりを歩いて行く。

「えっ、犯人教えてくれねえの?」
「それ教えたらつまんないよ。今度、図書室で借りてみてよ」

 想がさっき読んでいた本の犯人を教えてほしいと強請ると、想は小さく笑った。さっき言ってくれれば、そのまま借りてきたのに。俺もさっき訊けばよかった。

「明日すぐ図書室行くわ。気になりすぎる」
「うん。ほんとの1人時間になるね」
「そのために今言ったの?」

 想はまさか、と首を横に振る。

「匠が訊くから、思いついただけ。でも、ちょうどよかったかな」
「そうだな。えー、確かマスター出てくるよな……マスターが犯人だった気がするんだけど、あってる?」
「さぁ、どうだろうね?」

 昔読んだのに、うっすらとしか覚えがない。含み笑いを浮かべる想を横目に、俺は早く答え合わせがしたくて仕方がなかった。

 それだけじゃない。今日貸してもらった本も気になるし、図書室で読み途中になった続きも気になる。時間が足りるだろうかと思うほど、胸の内が軽くなる。明日もし誘いがあっても、断ろう。

「色々読みたいもの増えたけど、想に感想送ってもいい?」
「いつでも連絡して。直接、匠と感想話すのも面白そうだし学校でもいいよ」

 いつもより重みのあるリュックでも、足が軽く感じられた。

 コンビニでアイスを食べるのに、想が2人で半分にしようと1つを手に取る。俺がそれを奪って、レジへ持って行った。

「1人だと多いから、匠がいるでしょ」
「これは確かに。けど、友達は1人で食ってたな」
「えー、多いよ」

 ふっと吹き出す想を見て、俺も口元が自然に上がっていた。

 次の日には気になるものは早々に読み終えて、想と感想を言い合った。図書室にも行って、新しく借りた本も読んだ。

 犯人が俺の予想と違っていた。そのことを想に伝えると、想は「読んでよかったでしょ」とクスクス笑った。その通りだ。

 同じ感想になったかと思えば意見が分かれたものもあったり、好みが違う部分もあると知ることができた。