S.S:Silent Society

学食は昼のピークを少し過ぎていて、ざわめきが一段落ちていた。
トレイがぶつかる音と、遠くの笑い声が混じる中で、智輝は空いていた席に腰を下ろす。

「この時間に学食来るん、久しぶりやな」

向かいに座った悠誠がそう言って、箸を割った。

「たまたま時間できてん。次の講義まで一時間だけやけど」
「準備とかええん?」
「顔見れるほう取った」

さらっと言われて、智輝は一瞬だけ箸を止めた。
返事はせずに、味噌汁を一口飲む。

「……相変わらずやな」
「何が?」
「そういうとこ」

言い切らずに終わる。
それ以上は続かないのも、分かっている。
そのとき、背後から声がした。

「あれ、藤宮?」

振り返ると、トレイを持った男子学生が立っていた。
少し長めの前髪と、どこか人懐っこい目。

「蒼」

悠誠が顔を上げる。

「一人?」
「いや、今日はたまたま。……って、席空いてる?」
「座れば」

蒼は遠慮なく向かいの席に腰を下ろし、トレイを置いた。
そこでようやく智輝を見る。

「で、こっちは?」
「ああ」

悠誠が短く言う。

「東雲。心理学」

「智輝」

智輝も一言だけ添える。

「相良蒼(さがらあおい)法学部」
「よろしく」

形式的でも、距離を詰めすぎるでもない挨拶。

「てかさ」

蒼が箸を動かしながら、何でもない調子で言う。

「サイレントソサエティ、なくなったって聞いてんけど」

智輝の動きが、一拍だけ遅れる。

「……誰から?」
「推理研の先輩。前から知ってたらしい」

「ああ」

悠誠が間に入る。

「部室も返して、去年で終わった」
「えー、まじか」

蒼は少しだけ眉を上げた。

「俺、あれちょっと羨ましかってんけどな。部室あって、話聞く系のやつ」
「羨ましがられるようなもんちゃうで」

智輝が言う。

「ほぼ誰も来えへんかったし」
「それでもさ」

蒼は気にせず続ける。

「話聞くって、簡単そうで一番めんどいし、逃げ道ないやん」

智輝は、箸を置いた。

「……せやな」
「俺さ」

蒼は少し照れたように笑う。

「最初、推理研行くつもりやってん。でも間違えて同好会のほう行ってもうて」
「あるあるやな」

悠誠が笑う。

「白石さんと、今の代表な。先輩二人おってさ」

蒼は続ける。

「ここちゃうでって言われてんけど、せっかくやから話だけしていきって」

智輝は、その名前で察した。
白石――ミステリ研究会同好会の中心人物。

「結局、そのまま入ったん?」
「うん。気づいたら」

軽い言い方だったが、後悔はなさそうだった。

「今は何人?」
と悠誠が聞く。
「俺と白石さんと、一回の子一人」
「ちっさ」
「やろ。でも居心地ええで」

蒼はそう言って、何でもない顔でカレーをすくう。

「サイレントソサエティも、そんな感じやったんちゃう?」

智輝は少し考えてから答えた。

「……似てるとこは、あったかもな」

それ以上は言わない。蒼も深追いしなかった。

「また話聞くとか、やらへんの?」

蒼の問いは軽い。でも、雑でもない。
智輝は首を振る。

「自分からは、せえへん」
「ふーん」
「でも」

一拍置いて、続ける。

「話してきたら、聞くかもしれん」

蒼は一瞬だけ目を瞬かせてから、にやっと笑った。

「それ、もう始まってるやつやん」

智輝は何も返さなかった。否定もしない。
悠誠が横で、静かに笑っている。

「智輝、そういうとこやからな」
「何やねん」
「変わってないって話」

蒼は二人の間を見て、何も言わずに箸を進めた。
言葉にしなくても分かる距離感が、そこにあった。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

「俺、次ゼミやわ」

蒼が立ち上がる。

「またな」
「おう」
「またな」

蒼は軽く手を振って、人の流れに紛れていった。
残された二人の間に、さっきより静けさが戻る。

「……変なん連れてきたな」

智輝が言うと、

「せやろ」

悠誠が即答した。

「でも、嫌いやないやろ」
「……まあ」

否定しきれない返事。
悠誠はそれを聞いて、満足そうに味噌汁を飲んだ。


学生会館の一階、夕方のソファスペース。
昼のざわつきが引いて、人の気配がまばらになっている。
白石涼真(しらいしりょうま)は、壁際のソファに座っていた。
膝の上に置いた鞄に手をかけたまま、スマホの画面を見ている。
蒼は、少し遅れてやってきた。

「待たせました?」

声をかけると、白石は顔を上げる。

「今来たとこや」

嘘ではない言い方だった。
蒼は向かいに座らず、自然に隣へ腰を下ろす。

「一回の子、今日は無理らしいです」
「聞いた」
「レポートやって」
「時期やな」

それで話は終わる。
三人の集まりが、今日は二人になっただけ。特別な説明はいらない。

蒼は鞄を足元に置いて、背もたれに体を預けた。

「今日、講義長かったです」
「専門課程やろ」
「はい」
「お疲れ」

白石はそれだけ言って、蒼のほうを見る。
視線は一瞬。でも、ちゃんと向いている。
学生会館の奥で、自動ドアが開く音がした。
外はもう、夕方の光に変わり始めている。

「今日は、どこまでやった」

白石が聞く。

「証拠法の続きです。眠くなるやつ」

「分かる」

白石は短く笑った。
蒼はその横顔を見て、言いかけた言葉を飲み込む。
別に、話さなくてもいいことだった。
しばらく沈黙が落ちる。でも、居心地は悪くない。

「……帰るか」

白石が言う。
蒼はすぐに頷いた。

「はい」

二人は同時に立ち上がる。
白石が一歩先に歩いて、蒼が半歩遅れて並ぶ。
学生会館を出ると、外はもう夕方の空気だった。
白石は無言で歩き出し、蒼は自然に隣へ並ぶ。

「今日は静かやったな」

白石が言う。

「一回の子おらんかったですし」

「そうやな」

歩きながら、白石が蒼の鞄にちらっと目をやる。

「それ、重そうやな」
「資料入れすぎました」
「ほら」

白石は何も言わずに、自分の鞄の持ち手を少し緩める。
蒼は一瞬だけ迷ってから、そこに資料を移した。

「……ありがとうございます」
「いつもやろ」

言い方はぶっきらぼう。でも、拒む気配はない。
信号で止まる。蒼は無意識に、白石の少し内側に立っていた。
人の流れから、庇うみたいな位置。

青になる。

「晩飯、冷蔵庫なんやった」

白石が歩き出しながら言う。

「昨日の残りです」
「足りるか」
「どうかな。白石さんが多分、俺の分まで食べるんで」

白石が、鼻で笑った。

「蒼が食うの遅いからや」

並んだ影が、同じ速度で伸びる。行き先を確認する必要はない。
蒼は思う。この人と帰る道は、説明がいらない。
白石も、蒼が隣にいる前提で歩いている。
それが、もう当たり前になっている。
それだけのやりとり。
でも、帰る場所が同じであることは、言葉にしなくても分かる。

信号を渡る。二人の影が、並んで伸びる。
蒼は、白石の少し後ろを歩きながら思う。
名前を呼ばれている距離。並んで帰るのが当たり前になっている距離。
白石は、振り返らない。でも、蒼がそこにいる前提で歩いている。

「やっぱり、総菜だけ買い足すか?」
「そうですね。」

白石のわかりにくい優しさが蒼は嬉しかった。


数日後、学生会館の奥、ソファが並んでいる一角。
夕方になると人が減って、声が少しだけ響く場所だ。

智輝は、壁際の席に座って文庫本を読んでいた。
部室が無くなってからは、ここで過ごすことが増えている。
読むというより、ページをめくっているだけに近い。
頭のどこかに、昼に聞いた話が引っかかっている。

——司法試験対策ゼミの模試、流出したらしい。

確定した話じゃない。
「らしい」「聞いた」というレベルの噂。
でも、その手の話は広がるのが早い。

向かいのソファに、二人組が座った。
どちらもは見覚えがある。
一人は学内でよく見かける、落ち着いた雰囲気の男。
もう一人は、先日学食で一緒になった悠誠の同級生だ。

もう一人、蒼が、よく喋る。

「え、ほんまに? それ、ゼミとしてアウトちゃうんですか?」
「まだ分からん。ただ、教授が動いてるって話や」

声のトーンは軽い。
でも、話している内容は軽くない。
智輝は視線を本に落としたまま、耳だけを向けていた。

「でもさ、盗まれたって決めつけるの、早くないです?」
「普通はそう考えるやろ」
「普通、なあ……」

その「普通」に、少しだけ引っかかりを感じる。
喋っている方——蒼が、ふと首を傾げた。

「盗まれたなら、鍵の話が出るんちゃいます?」
 でも今、出てる話って“問題が出回った”だけでしょ?」

隣の男——白石が、小さく笑う。

「蒼、また始まったな」
「だって変やもん」

智輝は、そこで初めて顔を上げた。

「……それ、どういう意味?」

二人の会話が、止まる。蒼がぱっとこちらを見る。

「あ、ごめん。聞こえてた?」
「うん。ちょっとだけ」

白石が、智輝を一度見てから、視線を戻す。

「盗難と流出は、違うって話。
 盗まれたなら“なくなった理由”が要る。でも、流出なら——」
「“余った”だけかもしれへん」

蒼が、智輝を見る。

「そう思わへん?」

智輝は、少し考えてから答えた。

「……盗まれてない可能性、ってことやろ」
「うん」

白石が、ようやく智輝に向き直る。

「君、法学部?」
「心理学部です」
「東雲、やったな」

名前を知っている。でも、親しいわけじゃない。
学生会館で、何度か見かけた程度の距離。

「ミステリ、好き?」
「読むのは好きです」
「推理する方は?」
「……得意ではないです」

正直に答えると、蒼が笑った。

「それでええねん」
「白石さんは考える係、俺は聞く係やから」

白石が、軽くため息をつく。

「勝手に役割決めるな」
「でも合ってるでしょ?」

智輝は、そのやりとりを見て思う。
この二人、距離が近い。でも、べたついていない。
会話のテンポだけで分かる関係。

「その噂、どこまで聞いてる?」

白石が聞く。
でも、踏み込みすぎない声。

「教授が調べてる、ってとこまで」
「それだけなら、まだ事件やないな」
「うん」

蒼が身を乗り出す。

「でもさ、これ、もし本当やったら」
「ゼミ内で完結せえへん話になるやろ」

智輝は、頷いた。

「当事者だけの問題では、なくなる」
「やろ?」

そこで、白石が一言。

「……お前、これに関わる気ある?」

智輝は、即答しなかった。
少しだけ、間を置く。

「今の時点では、ないです」
「でも」
「話を聞くことになったら、最後までは聞く」

白石は、その答えを否定しなかった。

「それで十分や。
 俺らも、まだ“考えてるだけ”やしな」

蒼が、にっと笑う。

「なあ東雲、もし、誰かが“話を聞いてほしい”って来たらさ」
 俺らにも声かけてくれへん?」

智輝は、一瞬だけ考えてから、頷いた。

「状況次第やけど」
「うん、それでええ」

三人のあいだに、奇妙な沈黙が落ちる。
約束でも、同盟でもない。
白石が立ち上がる。

「講義ある」
「俺も」
「東雲、またな」

蒼が手を振る。

「続きあったら、教えて」

二人が去っていくのを、智輝は見送った。

(……名探偵、って感じでもないな)

智輝が白石を知っていたのは、名探偵だという噂があったからだ。
どこまで本当かは、誰も知らない。
でも、
“考え方の違う人間が、同じものを見ている”
その感覚だけが、胸に残った。



学生会館のソファは、夕方になると空気が変わる。
昼のざわめきが抜けて、話し声が自然と低くなる時間帯だ。
智輝は、壁際の席で文庫本を閉じた。
読む気が失せたわけじゃない。ただ、文字が頭に入らなくなった。

——噂は、もう学内に回っている。

法学部の司法試験対策ゼミ。
模試の問題が、事前に出回っていたらしいという話。
誰が言い出したのかは分からない。
でも「余分に刷られた問題用紙があった」という情報だけは、やけに具体的だった。

(……使える人間、限られてるな)

智輝は、無意識にそう考えてから、すぐに首を振る。
考えるのは、白石あたりがやればいい。
自分は、話を聞く側。
それだけは、もう決めている。

そのとき、少し離れたソファに座る学生が、落ち着かない様子で立ち上がった。
周囲を一度見回してから、智輝の方を見る。
一瞬、目が合う。すぐに逸らされる。
——それでも、分かった。

(……聞いてほしい顔や)

確信に近いものだった。
智輝は立ち上がり、相手との距離を詰めすぎない位置で声をかける。

「……今、少しだけええ?」

相手は驚いたように目を見開き、それから、ゆっくり頷いた。

「……はい」

通路脇のベンチ。
ここに座るのは、これが初めてみたいな気がした。

学生は、しばらく黙ってから言った。

「俺……名前、出そうになってて」

智輝は、相槌を打たない。
続きを待つ。

「ゼミで、模試の準備手伝ってたんです。コピー室にも出入りしてて」
「それで……『一番怪しい』って」

声が、少し震える。

「やってないって言っても、信じてもらえなくて」
「説明しようとすると、余計に突っ込まれて……」

智輝は、ゆっくり息を吐いた。

(これは——相談や)

慰めでも、助言でもない。
事実を、順番に並べる必要がある話。

「ひとつずつ、聞かせて」

智輝はそう言った。

「誰に、何を言われたか」
「どこまで、事実で」
「どこからが、憶測か」

学生は驚いたように智輝を見てから、ぽつぽつと話し始めた。

——余分に刷られた問題用紙は確かにあった。
——処分は、担当教員がすることになっていた。
——でも、その場に立ち会った学生は、複数いる。
——なのに、名前が出たのは自分だけ。

「……おかしいって、思うんですけど」
「でも、どう言えばいいか分からなくて」

智輝は、話を遮らず、最後まで聞いた。

「……ありがとう」

それだけ言う。

「今の話、整理すると」
「君が“疑われてる理由”と、“やってない理由”は、ちゃんと分かれてる」

学生の顔が、少しだけ上がる。

「これ、君一人で背負う話やない」
「でも、俺が代わりに動く話でもない」

線を引く。

「——考えるの、得意な人は知ってる」
「話、繋いでもええ?」

学生は、少し迷ってから、はっきり頷いた。

「……お願いします」

その瞬間だった。

少し離れた位置から、聞き慣れた声が飛ぶ。

「ほらな」

白石だった。
いつの間にか、蒼と一緒に立っている。

「“聞く係”が動いたら、次は“考える係”の出番や」

蒼が、すぐに口を挟む。

「いや、でも俺は内部犯行やと思うんですけど」
「刷り過ぎたんやったら、売ろうと思う人間おっても——」

「それは早い」

白石が、即座に切る。

「“売る”前提なら、もっと派手に広がってる」
「今は、噂の段階で止まってる」

蒼が、口をへの字に曲げる。

「……また俺の推理、捨てられました?」
「捨ててない。位置を確認しただけや」

智輝は、そのやり取りを見て思った。

(……噛み合うな)

考え方が違うのに、同じ方向を見ている。
それが、不思議と分かる。

「コピー室に出入りできた人数」
「処分を“誰が・いつ・どこで”したか」
「そこが曖昧なまま、名前だけ先に出た」

白石は学生を見る。

「それは、“犯人探し”が始まる前に」
「“責任押し付け”が始まってる」

学生の目が、大きく開く。

「教授に話す」
白石は続ける。
「誰がやったかは言わん」
「ただ、管理手順と確認不足を指摘する」

蒼が口を挟む。

「もし内部で誰かがミス隠してたら」
「そこ、炙り出されますし」

白石は、ちらりと蒼を見る。

「今はまだ、“可能性”の段階や」
「位置を確認するだけでええ」

蒼は、納得したように口を閉じた。

白石は学生に向き直る。

「君は」
「聞かれたことだけ、事実で答えたらええ」
「余計な説明はいらん」

学生は、深く頭を下げた。


翌日。
法学部棟では、小さな噂が流れ始めていた。

「処分手順が曖昧やったらしい」
「教授が確認してるって」

名前は出ない。
誰が怪しいとも言われない。

ただ、話題は
“誰がやったか”から
“どう管理されてたか”へ移っていく。

疑われていた学生の名前は、自然に消えた。





疏水沿いの道は、夕方になると音がほどける。
水の流れる音が、二人の間を埋めるみたいに続いている。

智輝は、隣を歩く悠誠との距離を気にしていない。
近いとも思わない。
ただ、並んでいることが当たり前になっている。

悠誠が、足を止めた。

引かれた手に、智輝も立ち止まる。
距離が詰まる。
触れていないのに、体温だけが先に届く。

「なあ」

低い声。

「今日は、何してた」

「話、聞いてた」

「それだけ?」

「……それだけ」

悠誠は返事をせず、智輝の顔を見る。
一週間分を確かめるみたいな視線。

「会えへん間、何考えてたか、聞いてへん」

智輝は少し迷ってから、正直に言う。

「……会えたら、触れてもええかな、とか」

言った瞬間、息が浅くなる。でも目は逸らさない。

悠誠の手が、ゆっくり腰に回る。引き寄せる力は強くない。
それでも距離は、もう残っていない。

「それ、俺に言わなあかんやつや」

額が触れる。息が混じる。

「一週間やぞ。慣れた顔、せんといて」
「……慣れてへん。慣れる気も、ない」

悠誠の腕が、はっきりと背中を抱く。
逃げ道を塞ぐ位置。

「せやろな」

低く言って、続ける。

「我慢してる顔で、平気なふりされるほうが、しんどい」

智輝は言葉を返さない。代わりに、悠誠の服を掴む。
指先が、離れる気のない場所。

「……離れるほうが、もっと、嫌」

その一言で、悠誠の呼吸が変わる。

唇が重なる。
最初は浅く。確かめるみたいに。
でも、離れない。
角度を変えて、もう一度。今度は深い。

智輝が息を乱す。それを待って、悠誠が寄せる。
舌が触れる。一度じゃ終わらない。逃がさない深さで、絡める。

智輝の指が、背中に回る。服越しに、力がこもる。
悠誠の手が、後頭部に滑る。引き寄せる。
長い。
息が足りなくなるまで、離れない。

唇が離れても、額は触れたまま。呼吸が混じる距離。
そのとき、疏水沿いの灯りが、ひとつ点いた。
悠誠が、名残惜しそうに息を吐く。

「……帰らなあかんな」

智輝はすぐに頷かない。
代わりに、もう一度、唇に触れる。
今度は智輝から。短いけど、はっきりと。

「……次、いつ」

悠誠の腕が、ぎゅっと締まる。

「来週。絶対、空ける」
「……待つ」

そう言いながら、離れない。
悠誠は額を寄せたまま、低く言う。

「待たすの、嫌やけどな、でも我慢してる顔、次は俺に見せろ」

智輝は、少し考えてから答える。

「……考えとく」

それでも、手は離さない。

最後に、もう一度だけ、深く口づける。
今度は、別れを知ってるキス。
指が絡んだまま、ようやく歩き出す。
疏水の水音が、二人の背中を追いかけていた。