瀬々市、宵ノ三番地




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「実はさ、少し前に舞子(まいこ)さんから相談受けてたんだ。華椰(かや)の様子がおかしいから何か知らないかって」

店へ戻ると、愛がそう教えてくれた。

「お互い同じ不安を抱えてたのかな…良い親子ですね」
「血は繋がってないけどな」

その言葉に、多々羅は瀬々市(ぜぜいち)の家族を思い浮かべた。

「血は関係ありませんよ、どう絆を紡いでいくかが重要です」
「…簡単じゃないよ」
「でも、愛ちゃんは頑張ってましたよ」

愛は思わず多々羅(たたら)を見上げた。

「瀬々市の人達は、家族だと思ってますよ。(ゆい)ちゃんや凛人(りんと)だって、自分のせいで愛ちゃんが出て行ったと今も思ってます」
「…会ったのか」

愛の溜め息混じりの言葉に、多々羅は後ろめたさを感じながらも頷いた。

「うちの弟なんか、俺がいなくて清々するって感じだし…だから、俺はずっと愛ちゃんが羨ましかった」
「……」
「優しい家族に、凄い力も持って、それに綺麗なオッドアイも」
「やめろ」
「ずっと悔しかった、どうして自分を悪いように言うんですか」
「やめろってば」
「愛ちゃんは、愛ちゃんですよ」
「……」
「自分が怖がられて、だから何だって言うんです。慕ってくれる兄弟がいて、守ってくれる家族がいて、大事に思ってくれる人や物達がいて、自分を駄目みたいに言わないでよ」
「簡単に言うなよ!俺は、巻き込みたくないんだよ!」
「巻き込んでよ!」

愛はびくりと肩を跳ねさせ顔を上げた。そこに、必死な多々羅の顔がある。

「その瞳に何があったのか分かんないけど、それだって俺達には重要じゃない。
俺達は、そうやって愛ちゃんと過ごして来た、その瞳は怖いものじゃない、俺達がそう言ってる、それで良いんです。今の愛ちゃんが、本当の愛ちゃんなんだから」
「…そんなの」

躊躇う声に、多々羅は「待ってて」と二階へ駆け上がる。結子から預かったプレゼントを持って戻ると、愛の前でその包みを剥がした。きっと愛は自分からは受け取らないと思ったからだ。
包みの中には茶色い革の箱があり、その蓋を開けると、中には腕時計があった。

「すみません、勝手に開けちゃって。瀬々市の皆さんからのプレゼントです」

そう言って愛の左手を取ると、多々羅はその手首に腕時計をはめた。
シックな革のベルトの腕時計は、愛のスーツに良く似合っている。愛の為の腕時計だ、その針は、しっかりと時を刻んでいる。まるで、共に寄り添うように。一人ではないと、伝えるように。

「俺には何も出来ませんけど、俺ここで働くの楽しいんです。愛ちゃんが嫌でも俺は居ますよ、あなたの助手として、どんな事も一緒に受け止めます、もしその瞳が何であっても、一緒に受け止めます。俺だけじゃないよ、皆そう思ってるんだよ」



多々羅の言葉に、時を刻むその針に、愛は俯いたまま唇を噛みしめ、腕時計に触れた。

時が進む。足を抱えて踞っている情けない心を丸ごと包んで、壁の向こうに見える空、そこに居るのは。

「何も出来ないわけ、ない」
「え?」
「昔から、俺を俺でいさせてくれる」

無条件に連れ出されてしまう、怖くないと、この手がまた。
愛は唇を引き結んだ。
愛だって、優しい世界に居たい。家族がいて、多々羅がいて、皆がいて。だけど怖い、きっとまた誰かを傷つける。

「愛ちゃん?」

それでも、この手を突き放せない。それなら、愛も顔を上げて進まないといけない。時計の針が背中を押す。こんなに、思ってくれる人達がいる。
愛は顔を上げた。

「…ちょっと、付き合ってくれるか?」
「え?」
「…ちゃんと、謝りたい人がいるんだ。でも、まだ一人じゃ怖いから」

情けないけど、と俯く愛に、多々羅は首を振ってその腕を掴んだ。

「行きましょう!俺は助手ですから、どこにでも付き合いますよ!」
「…はは、何だよそれ」

愛は、やっと昔のように笑ってくれた。