「ふふ、やっぱりこれが一番美味しい」
二人して笑ってドーナツを頬張ると、優しい甘さに懐かしさを感じる。ドーナツの味のせいか、それとも隣に結子が居るからだろうか。先程、アップルパイをご馳走になったばかりだが、不思議と口が進んでしまう。
多々羅がつい結子を見つめてしまえば、不意に結子がこちらを見上げ、目が合うと、柔らかに微笑んだ。その表情が綺麗で、愛らしさに満ちていて、多々羅の胸を激しく打ち鳴らすものだから、多々羅は慌てて明後日の方へ顔を向けると、この胸の高鳴りを打ち消すように、頭をフル回転させて会話の糸口を探した。
「そ、そういや、結ちゃんて、今一人暮らしなの?」
「うん。凛ちゃんも家を出てるけど、凛ちゃんは週一くらいで帰ってきてるみたい」
凛ちゃんとは、弟の凛人の事だ。春子に対してもそうだが、結子は近しい人達を、ちゃん付けで呼ぶ傾向にあるようだ。
「あ、おじいちゃんから愛ちゃんの事聞いた?」
「…うん、それで、正一さんから打診された。愛ちゃんの事、手伝ってくれないかって」
「本当!?やってくれるの!?」
苦笑って言えば、突然瞳を輝かせた結子の顔が迫り、多々羅は再びドキリと胸を震わせた。どんなに誤魔化そうとしても、間近に迫るふわりと香る甘さに、結子が女性なのだと気づかされてしまう。
「…えっと、俺で役立てるなら、やってみようかな、とは…」
「私は、賛成!あ、たーちゃんがよければだけど」
「でも、俺なんかが役に立つのかな…」
「たーちゃんなら大丈夫だよ!私達じゃ、会ってもくれないし」
「え?」
「おじいちゃんの店で暮らすようになってからは、私達の事も避けてるみたいで。おじいちゃんだけなんだ、愛ちゃんと会えるのは」
結子は寂しそうに多々羅を見上げて微笑んだ。
「ね、覚えてる?たーちゃんが、愛ちゃんに初めて会った日の事。愛ちゃんを守るって言った事」
「…うん…」
多々羅には、少々苦い思い出だ。あの時は、本気で愛の事を女の子だと思っていたし、恋をしていた。もし、愛が男の子だと知っていたら、あの時、何て言ったのだろう。
「私は、守れなかった。力になりたいけど、愛情って難しいね、人を弱虫にもさせるみたい。これ以上離れたくないと思うと、どう声を掛けたらいいのかなってさ。
愛ちゃん、私達を重荷に感じて離れたのかも。愛ちゃんは、好きで家族になった訳じゃないもんね」
「…そんな事ないでしょ」
「だって、辛そうだったもん」
「…何かあったの?」
その問いに、結子は少しだけ迷いつつ口を開いた。
「…愛ちゃん、話してくれないから分からないんだけど、中学に入る頃、留学したでしょ?あれって、勉強の為じゃなかった気がするの。その少し前にね、凛ちゃんが家で怪我した事があって、その時から愛ちゃんの様子がおかしかったんだよね」
「…愛ちゃんが、怪我させたって事?」
「違う違う!凛ちゃんも、ただ転んだだけって言って否定してるし、私達も怪我させたなんて思ってない。ただ、愛ちゃんだけが、あの時から距離を置き始めて…何年も一緒に居るのに、急によそよそしくなったっていうか…」
「それが、今までずっと?」
すると、結子は緩く首を横に振った。
「日本に帰って来てからは、だんだんその距離も戻っていったけど、去年かな…あの瞳の事で何かあったみたいでね、その時おじいちゃんも愛ちゃんと一緒に居たんだけど、ちょうど目を離してたみたいで、何があったか分からないんだって。それで、愛ちゃんはまた話してくれなくて」
結子は、ふぅと息を吐いて顔を上げた。
「家族って、何だろうね。私達がいくら思っても、愛ちゃんの心には届かない、辛い時に手を貸せないなんて、信用して貰えないなんて、私達はどうすれば良かったんだろ…」
そう言いながら、「やだ、情けないよね、こんな事言って」と、結子は笑ったが、笑いきれなくて、ポロッと涙を零してしまった。
多々羅は驚き、焦ってハンカチを差し出そうとしたが、なかなか見つからない。そのあたふたしている様子を見て、結子はおかしそうに笑った。
「ふふ、」
「あ、わ、笑わないでよ!かっこつかないな、俺」
「格好つけなくても、カッコいいよ、たーちゃんは」
「え?」と、多々羅は目を瞬いた。
「…愛ちゃんを私達の家族にしてくれたのは、たーちゃんだと思ってる。私ね、また愛ちゃんが遠くに行ったらどうしようって怖くて。今度また遠くに行っちゃったら、もう帰ってきてくれないかもしれない。もし、たーちゃんが良いなら、愛ちゃんの側に居てあげてほしい、私達の代わりに」
涙に滲む瞳が、多々羅を映す。零れる涙が綺麗で、それに触れたくなる。そんな自分の気持ちに気づき、多々羅はぎゅっと手を握った。
結子の涙を拭いたくて、いやそれよりも、真っ直ぐと自分を頼ってくれる事が、弟の穂守ではなく、自分を必要としてくれる事が嬉しかった。
多々羅にはもう、迷う理由はなかった。



