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後日、夏の熱い日差しの下、愛は多々羅に手を引かれ、とある体育館へとやって来ていた。そこは、日々、様々なスポーツやイベントなど催しが開かれている大きな総合体育館で、今日は弓道の試合も行われている。二人は、椿の応援にやって来たのだ。
「なんで嫌がるんですか」
「見たって俺の気持ちは変わらないからだよ」
まっすぐな想いは眩しすぎて、受け止めきれない。だから、愛は椿の試合には行かない、行きたくないと、朝から頑張っているのだが、意外と力持ちの多々羅に引きずられ、結局会場まで来てしまっていた。
多々羅だって愛の気持ちは分かる、でも、椿の気持ちだって分かる。
最後に見てほしいのだ、自分の勇姿を。
椿は、愛の恋人になりたい願望はあるものの、諦めていると言っていた。それでも、ただ愛と仲良くなりたいし、側にいたいのだ。人と距離を置きたがる愛が、椿には寂しくて仕方ないのかもしれない。椿が好きな愛を、愛自身にも好きになってもらいたいのかもしれない。
「それでも、あなたに見て欲しくて頑張ってるんです。一度くらい良いじゃないですか。物の想いは受け止められるのに、人はどうでも良いんですか」
違うでしょと諭され、愛は仏頂面ながら、結局は素直に多々羅に従った。
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会場には、多くの人が詰めかけていた。保護者や各学校の生徒達が、その一矢の行く先を、固唾を飲んで見守っている。
愛と多々羅も、観覧席となっている二階の端の方で、その様子を見守っていた。
今日は、ヤヤも二人と一緒だ。ヤヤは、久し振りに目にするという弓を射る人々、その会場の様子に興奮した面持ちで、子供のサイズになって多々羅の膝の上に座っている。体が大きい方が見やすいのだろう。
選手の集中が、その緊張が、その体の動きから伝わってくる。会場を支配するその静かな緊張感は、神聖な空気を連れてくるようで、見ているこちらまで緊張し、身が引き締まる思いだった。
「あ、椿ちゃん」
この空気感の中で、椿は大丈夫なのかと多々羅は心配で落ち着かなかったが、いざ椿の姿を目にしたら、そんな心配は吹き飛んでしまった。その足の運びから、眼差しの行方まで、椿はまるで別人のようだった。
いつもは騒がしい椿が纏う静謐な空気。それを引き裂く一矢。
伸びた背筋に美しい所作は、弓を扱うその指先に至るまで、高校生の大会といえども、まるで高尚な舞台を見ているようで。
凛としたその姿に、彼女がもう少女ではないのだと、思い知らされるようだった。
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「見てくれた?見事に惨敗だったけど!」
「…いい線行ってたんじゃないか、よく頑張ったな」
試合が終わり、会場の外で目敏く愛の姿を見つけた椿は、部活の仲間を放り出し、一目散に愛の元へと駆けてきた。その様子からは、先程の凛とした佇まいは欠片も見えず、見慣れた彼女の姿に、多々羅は少しほっとしていた。
やって来た椿に、愛が労いに頭をポンと撫でれば、椿はいつもの恋する少女の顔を通り越し、わっと子供のように泣き出してしまった。困って愛は多々羅を振り返ったが、多々羅は肩を竦めるだけだ。
「愛ちゃんやっぱり大好きー!付き合ってー!諦めるの無理ー!」
「断る!離せ!鼻水つけるな!」
「深谷先輩!」
撫でたばかりの頭を鷲掴んで腕を伸ばし、必死に椿と距離を取ろうとする愛と、例え顔がぶさいくになろうとも、愛にしがみつこうとする椿。そんな中、椿は声をかけられ、ぼろぼろの顔で振り返る。椿の後輩だろうか、制服姿の子もいれば、弓道着姿の子もいる。
「探しましたよ!」
「探させて悪かったな、ほら行け」
「え、先輩の彼氏ですか?」
「そうなの!」
「違う!」
即答の二人に周囲は笑いに包まれ、「それじゃあ行きますよ」と椿に声を掛けつつも、愛と多々羅に頭を下げ、後輩の彼女達はあっという間に椿を連れていってしまった。
「愛ちゃん、私、諦めないからねー!」
半ば引きずられながらも負けじと叫ぶ椿に、愛は頭を抱えたが、愛の周りは賑やかな方がきっと良いと、多々羅はその様子に表情を緩めた。椿の思いが成就するかは本人達次第だが、もしかすると、もしかするのだろうか。今は駄目でも、未来は誰にも分からないのだから。
「……」
そう考えて、多々羅の胸には少しばかり不穏な空気が過るのを感じた。
もしそうなったら、自分は愛の側に居られるのだろうか。
不意に沸き起こった不安に、多々羅は慌てて頭を振った。
いや、愛に恋人が出来たとして、自分が首を突っ込む事ではない。そんな権利、助手にはない。
でも、と、多々羅は顔を俯けた。自分はただの助手で、大した仕事も出来ない。出来る事といえば家事くらいで、そんな自分は、その内、愛とこんな風に過ごす事も出来なくなるのだろう。いつか愛にパートナーが出来たら、その家に多々羅は不要だ。
「…やっと行ったな…」
疲れたように溜め息を吐いた愛がこちらを見上げるので、多々羅は慌てて表情を取り繕った。
愛に恋人が出来たら寂しいとか、何を考えているんだろう。こんな微妙な気持ちを知られたら、すぐに店から追い出されそうだ。
それにこの気持ちはきっと、弟が離れていくのが寂しいと思う兄の気持ちと同じだ。実際の弟には傾けられなかった思いが、愛に向かってしまったのかもしれない。
前にもそう答えを出したじゃないかと、多々羅はそう自分を無理矢理納得させ、そんな気持ちを悟られないようにと、努めて明るく声を掛けた。



