「今はあやかしの医療技術も発達しているようで、顔や体の火傷の跡も大分なくなったと言っていました。顔に少し残った跡も術でカバー出来るとか…。僕の火は、体の内側に根をはりますが、テラが人魚だったのが幸いしたようです。人魚の力は、体内に潜り込む火の力を打ち消す力がありますから」
火は水で消す事が出来る、それと同じ事が、テラの体の中で起こっていたのだろうか。
「…後は、叱られて、泣かれました。お互いバカねって、ごめんって」
そう笑うフウカの表情は、困った様子ながらも、どこか晴れやかだった。
テラは、婚約者の事をフウカに言い出せず、国民を巻き込んでの騒動になってしまった事、フウカを追い出す形になってしまった事をずっと後悔していたという。自分の傷は、確かにフウカの火を浴びて出来たものだけれど、それが自分を傷つける為ではなかった事、傷つけるどころか守ろうとした結果だった事は、テラも分かっている。フウカと会えなくなった日々の方が辛かったが、そうさせてしまったのは自分が悪い、この傷はその報いだと言っていたという。
皆、誰かを思いながらすれ違い、伝える事の出来なかった思いがあった。それぞれが、ようやく過去と向き合う事が出来るようになったのかもしれない。
シュガの罰も軽く済むそうだ、条件はあるが、釈放されたらしい。これからは、テラもシュガと向き合っていくという。形は褒められたものではなかったが、シュガの思いは、きっとテラにも伝わったのだろう。
フウカから話を聞き、なずなは、皆が良い方向へ進めていけるとそう思った。それが少しずつでも、きっと。
けれどそれが、少し寂しくもあった。皆の未来に、自分は居られないからだ。別に今生の別れでもない、近所だから会おうと思えば会えるのに。それでも、このアパートでのなずなの役割は、これで終わった。
思い残す事はない。
このメゾン・ド・モナコも、住人達も、少しずつ変わっていく。
自分が寂しいからと言って、その変化に水を差すわけにはいかない。
なずなは自分に頷いて、そっと深呼吸をした。
「良かった…これで心残りはありません」
そう心を決め、明るい表情を繕って顔を上げた。その言葉に、フウカは首を傾げた。なずなはフウカの顔が見れなかった。
「…どういう事です?」
「私は、火の玉の犯人が捕まって、皆さんが人と交流を持てるようになるのが条件でここにいましたから、もう出て行かないと」
「なずなさんは、ここに居るのが嫌なんですか?」
「そういう訳じゃないですけど…」
「…なら、居ても良いじゃないですか」
掠れる声に、なずなはフウカを見上げた。その困惑に揺れる瞳に、なずなの意思も揺らいでしまう。
「駄目です、あなたがいないと。ここに居て下さい」
手を握られ、真っ直ぐに告げられた言葉に、思わずドキリと胸が震えて、同時になずなは困惑した。
「で、でも、」
「もうあなたは、アパートの住人だって言ったじゃないですか!」
フウカの取り乱した表情に、なずなは思いがけず目が離せなくなる。
握られた手が縋るようで、フウカの瞳に戸惑う自分が映る。
「…あなたに、居てほしいんです」
それは、人としてなのか、それとも。
いや、その先は、自分の願望だとなずなは自身に言い聞かせる。けれど、こんな風にまっすぐに見つめられたら、離さないとばかりに手を握られたら、勘違いしてしまう。
良いのだろうか、フウカの隣にいても。
あやかしじゃなくても、その望みはあるのだろうか。
「…えっと、」
口を開けばその望みが体中を駆け巡り、思いが溢れてしまったみたいだ。言葉では何も発していないが、なずなの顔が突然真っ赤に染まり、それを見たフウカも、はっとした様子で手を放し、つられたように顔を真っ赤に染めた。
「あ、すみません!勝手な真似を、」
「い、いえ!」
慌てて否定すると再び目が合い、二人はまた顔を赤くして、焦って俯いてしまう。まるでお見合いのような空気だが、そのタイミングで、なずなの背中にするりと水が這い、驚いてなずなが振り返ると、その水が美しい人の腕に変わった。それは間違いなくマリンの腕で、気づくとなずなは、マリンに後ろから抱きしめられていた。
「マ、マリリンさん!?」
「なずちゃん、ここを出て行く気?」
ムッと唇を尖らせながらマリンが言う。
その話振りに、初めから話を聞かれていたのかと気づき、更には、この何とも言えない空気になるまで見届けられていたのかと、なずなは恥ずかしくなった。
だが、今のマリンの瞳は真剣そのものだ。恥ずかしい思いなんてすぐに掻き消えて、なずながマリンの言葉に戸惑っていると、気づけばアパートの住人達が二階に集まっていた。
「でも、私にはここにいる理由が…」
「なら、今から作ろうか。君がいないとこのアパートは成り立たないよ、またいつ人の世から出ていけって言われるか、しれないしね」
春風のおどけるような言葉に、なずなは瞳を揺らした。
まさかの思いに、胸が熱くなってくる。



