道端で座り込んでしまえば、目の前に誰かの足が止まった。
はっとして顔を上げると、困惑した様子でフウカがいて。
「…大丈夫ですか」
目を合わせてはくれないが、しゃがんで声を掛けてくれる。
なずなはいよいよ泣きそうになったが、そんな自分の気持ちは押し込め、フウカの手を掴んだ。だが、その瞬間、なずなの手は思いきり払いのけられてしまった。パシッと乾いた音に驚いたのは、なずなだけでなく、手を払ったフウカも同じだった。
互いに目が合い、沈黙する。傷ついた顔を浮かべたのは、フウカだった。
「…すみません」
そう立ち上がり、再び走り出そうとするフウカに、なずなははっとして、転びそうになりながらも、すかさずその手を掴んだ。
「大丈夫です!何ともありませんよ、フウカさん!」
なずなは両手で、ぎゅ、とその手を握った。グローブ越しのフウカの手、自分よりも大きくて、いつも助けてくれるフウカの手。フウカがどんなにこの手を否定しても、なずなはフウカの手が優しいことを知っている。
フウカはその手を払おうとしてか、その腕に力が入ったのを感じたが、なずなの手を振り払う事はなかった。そして、フウカは恐る恐るといった様子で、なずなを振り返った。
その瞳は、不安と戸惑いに揺れ、なずなはその瞳を、負けじと見つめた。
「…大丈夫ですから」
そんな言葉しか浮かばない自分に、なずなはまた自分が情けなくもなったが、それでも伝わる事を願って、フウカの手を握った。フウカの腕からは、徐々に力が抜けていくようだった。
「…あなたは、本当に…」
くしゃ、と空いた手でフウカは髪を掻いた。その指が微かに震えていたが、もう逃げないでいてくれる事が分かり、なずなはようやくほっとして、自分の手に視線を落とした。そして、再びはっとして手を放した。
「あ、ごめんなさい!大事な手なのに!」
恋しい人の手を握ってしまった恥ずかしさも勿論あるが、それ以上に気にしなくてはいけない事がある。
赤くなって、青くなってと忙しいなずなに、フウカはその意味が分からないようで首を傾げた。
「…大事などでは、」
「だって、料理人の手なのに…」
フウカはきょとんとして目を瞬いた。それからややあって、どこか困ったような、泣いてしまいそうな、そんな様子で眉を下げた。
「…本当に、あなたはどうして、」
「…フウカさん?」
言葉が切れた事に不安を覚え、なずながおろおろとしながら顔を上げれば、フウカはそっと顔を伏せ、それから、なずなの手をそっと取った。なずながどきりとしていれば、フウカは「大丈夫ですか?」と優しく声を掛けてくれる。その表情は、困ったような微笑みだったけれど、今度はしっかりと目を合わせてくれた。
「は、はい、すみません、お見苦しいところを…」
フウカがこちらを振り返ってくれた事は嬉しいのだが、なずなは格好悪く転んで落ち込んで、醜態を晒してばかりだ。なんだか急に恥ずかしくなって、なずなの方が顔を見れなくなってしまう。
「いいえ」
しかし、そんななずなを、フウカは笑ったりしない。なずながそろそろと顔を上げると、フウカは「いいえ」と繰り返し、そっと目を伏せると、手のひらにあるなずなの手を柔らかに包んだ。その表情は、どこか泣きそうにも見え、なずなは小さくその手を握ると、すくっと立ち上がった。それから、フウカの両手を改めて手に取ると、にこりと笑顔を浮かべた。
「帰りましょう、フウカさん」
その様子に、フウカはきょとんとして顔を上げていた。
なずなの笑顔は、笑顔と呼ぶにはどこかぎこちなかったかもしれない。泣きそうで、恥ずかしそうで、それらを気合いで押し込めて、必死に立ち上がったような仕上がりだ。それでも、まっすぐと気持ちは逸らしたりはしない。
フウカはそんななずなの思いに、やがてそっと表情を緩めてくれた。「はい」と頷いてくれたフウカに、なずなは思わずほっとして表情を緩め、それから、「では」と、どこか照れくさそうに手を引くと、フウカはなずなの手を頼りに立ち上がった。



