まだ恋じゃない!?

夏目さんのプライベートについてはあまり触れないようにしていたけど、今日からはもう遠慮しないことに決めた。
アパートで引越しの手伝いをしながら、この際ずっと気になっていたことを聞いてみようと思った。

「嫌だったら答えなくていいんですが」

「なに?」

「夏目さんって、なんでそんなにお金がないんですか」

ぶっちゃけ、連載作家の給料は悪くない。
駆け出しの頃はまだしも夏目さんはもう連載作家になったのだから、いつちゃんとした家に引っ越すのだろうかとずっと不思議に思っていた。
さっきも「敷金礼金が貯まったら」とお金がなさそうな素振りをしていたので、思い切って聞いてみようと思った。

「えっと……嫌いにならない?」

「返答によります」

どんな理由でも嫌いになることはないが、実は前妻との間に隠し子がいて養育費の支払いに追われているとかであれば、失神するかもしれない。

「俺、借金があって」

「あ、そうなんですか」

まさかの、借金返済に追われているパターンだった。
想像していなかったが、隠し子よりはぜんぜんマシだ。返済さえすればなんとかなる。安心して不覚にも笑顔を浮かべてしまった俺に何を思ったのか、夏目さんは焦った様子で続ける。

「違うの、あのね、最初は交通事故で倒れてた野良猫を病院に連れていったら、病院代を俺が払わなきゃいけなくなって。お金が足りなくて、近くのATMでキャッシュローンしたの」

「そうなんですか」

「そしたらその、返済日がくるでしょ?でも、俺はまだ連載なんて夢の話だったし、そんな大金は給料日になっても口座に入ってこないから、同じビルの別の階のATMで、返済するためのお金を借りたの」

「は?」

俺と出会うまでどうやって生活していたのか疑問に思っていたが。
やっぱり夏目さんは、常人の想像を超える生活をしていた。

「なんか消費者金融がいっぱい入ってるビルだったから、次はその上の階から借りて、また次はその上の上の階から借りて……って、そうこうしているうちに、どんどん金額が膨らんでいって……」

絶句する俺に、夏目さんは「嫌いにならないで!」と涙目になった。

「いくらですか」

「え、それは」

「いくらなんですか」

夏目さんの肩を掴んで揺さぶる。

「えっと……七海だから言うけど」

夏目さんの口から飛び出た衝撃の金額に、頭がくらくらした。
そんな大金、一体どうするつもりだったのか。

「俺が払います」

「え?」

「このまま永遠に膨らんでいくのを見てられません。消費者金融には俺が代わりに払いますから、夏目さんは俺に返済してください」

「え、そんなダメだよ!友達とはお金の貸し借りをするなって親に教わったし」

友人との金銭の貸し借りを躊躇できる倫理観で、なぜ消費者金融をハシゴすることになるのか。きちんと育ててくれたご両親がきいたら、崩れ落ちると思う。

「俺は、お金持ちなので」

「そうだよね、だって高笑いのトイプードルも住んでるちょー高級タワマンに住んでるもんね」

「俺の親父はいわゆる不動産王で、あのマンションは親父から譲り受けた俺のマンションです」

「ヒエ!?」

夏目さんのもともと大きくてきゅるっとした目がさらに大きく開かれた。

「夏目さんの借金なんて、エントランスにある無駄な噴水の維持費や水道代以下です。だから、気にしないで、ゆっくり返済してください」

「七海……」

「さっさと重版してくれたら、それが一番有難いんですが」

「うん!俺、すぐに七海に返せるようにがんばるからね!」

やる気に満ち溢れた夏目さんを横目に、俺は内心笑いが止まらなくなった。
これで夏目さんは、借金を返し終わるまで、名実共に俺から絶対に離れられない。
どこかの芸人が「キズナ」と呼んでいたものを感じて、俺はうっそりと笑みを浮かべた。