「お客さん、ここですね」
「なんじゃこりゃ」
七海の住所を伝えたタクシーが止まったところは、巨大な高級タワーマンションの前だった。タクシーの窓から見上げても、最上階が見えない。大手出版社勤務で高給取りだとしても、七海はまだ若いのに、あまりにもラグジュアリー過ぎる。
「七海って実はボンボンなのかな」
七海を肩に担いでぼやきながらエントランスに入ると、しっとりした音楽が流れている空間に、ライトアップされた巨大な噴水が設置してあった。
「俺の家には風呂もないっていうのに……」
貧富の差を見せつけられてふらふらと辿り着いたエレベーターホールも、ムーディーなライトアップがされていて、とにかく落ち着かない。銀座のバーに行くからって、めずらしく一張羅の古着を着てきてよかった。
ソワソワしていたら、ちょうどエレベーターですれ違ったトイプードルにも、馬鹿にしたように鼻で笑われた気までしてきた。
「そうだ、七海、カギどこ」
オートロックは人の後ろに付いて入ってきてしまったし。
重厚なドアの前で七海のおそらくブランド物っぽい鞄を漁って、高そうな革のキーケースを取り出す。
「ん?」
持ち上げると、オシャレなキーケースに似合わない可愛いラッコのキーホルダーが付いていた。取材旅行で水族館に行った時に、七海とお揃いにしたくて、無理やりあげたガチャガチャのキーホルダーだった。
俺はさっそく次の日から鞄に付けてたのに、七海の鞄には見当たらなくて、ダサくて嫌だったのかなってさみしく思ってたけど。
「七海、付けてくれてたんだ」
簡単にテンションが上がった俺は、いそいそと七海を抱え直して部屋にお邪魔する。
「うわ、すご……」
大理石の玄関に、やけに長い廊下。いい匂いのフレグランスに、趣味のいいインテリアが集められている。予想通りめちゃくちゃオシャレな部屋の、高そうなグリーンのコーデュロイのソファに七海を降ろす。壁にある電気のスイッチを押したら、なぜか部屋の隅にある間接照明のライトが付いた。わけがわからない。
何か飲ませたほうがいいかなと思って冷蔵庫を開けると、たぶん外国の炭酸水であろう透明な青いペットボトルがずらりと入っていた。さっきのトイプードルが高笑いしながら外国の水を飲んでいる絵が頭に浮かんできて、急いで振り払う。
「俺は日本の水道水、好きだけどね!」
ソファで半分眠っている七海を起こしてキャップを開けたペットボトルを手渡すと、黙って飲み干した。ここまで運んでくるのは大変だったけど、七海は酔うと弟みたいでめちゃくちゃかわいいという良い発見があった。
「七海、ベットまで運ぼうか?」
七海はふるふると首を振ったので、もう安心だと思って立ち上がる。
「じゃあ、俺は帰るから。カギ、ポストに入れとくからね」
とは言ったものの、果たしてこの広大な敷地でポストの場所なんてわかるのだろうか。遠い目をしていると、くんっと手を引っ張られて背中から七海に思いっきり倒れ込んでしまう。
「ごめん、七海、痛くなかった?」
「夏目さん」
「ん?」
七海は背後からコアラみたいにぎゅっと抱きついてきた。酔っ払ってるのか眠いのかわかんないけど、七海に甘えられたのは初めてだ。そして、めちゃくちゃ、めちゃくちゃ可愛い。
「夏目さん」
「うん、俺だよ」
後ろから首元に猫みたいに頭をすり寄せて甘えてくる七海にキュンキュンが止まらない。
「七海は今日も可愛いねぇ」
「夏目さん、好きです」
「!?」
いきなり耳元で掠れた声で「好き」とか言わないで欲しい。こんなに人の心拍数を乱して、なんらかの罪に問えると思う。この酔っ払いめ。
「はいはい、俺もだよ」
ため息をついて、お腹にまわる手をポンポンとあやすように叩く。
「夏目さんも、俺が好きなの?」
「ぐぅ」
急なタメ口も、法律で禁止してほしい。
「ねぇ、どうなんですか」
「わかった、好きだけど、ちょっともう勘弁して……」
今日はキュンキュンしすぎたせいで体力がすり減って、ぐったりしてきた。
「うれしい」
感極まったように七海が強く抱きしめてくれて、俺も嬉しくなる。
七海は知らないだろうけど、灰色だった俺のつまらない毎日は、七海に出会った日からカラフルに彩られた。そんな七海が俺の担当でいてくれて、人間として好きでいてくれて。俺は本当に幸せ者だと思う。
喜びを噛み締めていると、背後から鼻を啜る音が聞こえてきた。
「え、どうしたの急に」
七海の手をそっと剥がして、急いで向き合うように体勢を変える。七海はすぐに俺の胸に顔を埋めたから、泣いている顔は見えなかったけど。
「夏目さん、お願い、どこにも行かないで」
七海は迷子になったみたいに、俺のシャツを必死に握りしめた。怖い夢でも見たのかもしれない。
「俺なんかでよければ、七海が嫌って言うまで、ずっとそばにいるよ」
正面から七海を抱きしめて、安心させるように優しく頭を撫でる。
「約束してくれますか」
「うん、約束する。だから七海、泣かないで」
俺は漫画家のくせに口下手だから、気持ちが伝わるように優しく抱きしめることにした。しばらくすると、しゃくりあげていた七海の呼吸がだんだんとゆっくりになって、寝息が聞こえてきた。
触れ合ったところから伝わってくる七海の体温が暖かくて、俺もいつのまにか、眠ってしまったみたいだった。
「なんじゃこりゃ」
七海の住所を伝えたタクシーが止まったところは、巨大な高級タワーマンションの前だった。タクシーの窓から見上げても、最上階が見えない。大手出版社勤務で高給取りだとしても、七海はまだ若いのに、あまりにもラグジュアリー過ぎる。
「七海って実はボンボンなのかな」
七海を肩に担いでぼやきながらエントランスに入ると、しっとりした音楽が流れている空間に、ライトアップされた巨大な噴水が設置してあった。
「俺の家には風呂もないっていうのに……」
貧富の差を見せつけられてふらふらと辿り着いたエレベーターホールも、ムーディーなライトアップがされていて、とにかく落ち着かない。銀座のバーに行くからって、めずらしく一張羅の古着を着てきてよかった。
ソワソワしていたら、ちょうどエレベーターですれ違ったトイプードルにも、馬鹿にしたように鼻で笑われた気までしてきた。
「そうだ、七海、カギどこ」
オートロックは人の後ろに付いて入ってきてしまったし。
重厚なドアの前で七海のおそらくブランド物っぽい鞄を漁って、高そうな革のキーケースを取り出す。
「ん?」
持ち上げると、オシャレなキーケースに似合わない可愛いラッコのキーホルダーが付いていた。取材旅行で水族館に行った時に、七海とお揃いにしたくて、無理やりあげたガチャガチャのキーホルダーだった。
俺はさっそく次の日から鞄に付けてたのに、七海の鞄には見当たらなくて、ダサくて嫌だったのかなってさみしく思ってたけど。
「七海、付けてくれてたんだ」
簡単にテンションが上がった俺は、いそいそと七海を抱え直して部屋にお邪魔する。
「うわ、すご……」
大理石の玄関に、やけに長い廊下。いい匂いのフレグランスに、趣味のいいインテリアが集められている。予想通りめちゃくちゃオシャレな部屋の、高そうなグリーンのコーデュロイのソファに七海を降ろす。壁にある電気のスイッチを押したら、なぜか部屋の隅にある間接照明のライトが付いた。わけがわからない。
何か飲ませたほうがいいかなと思って冷蔵庫を開けると、たぶん外国の炭酸水であろう透明な青いペットボトルがずらりと入っていた。さっきのトイプードルが高笑いしながら外国の水を飲んでいる絵が頭に浮かんできて、急いで振り払う。
「俺は日本の水道水、好きだけどね!」
ソファで半分眠っている七海を起こしてキャップを開けたペットボトルを手渡すと、黙って飲み干した。ここまで運んでくるのは大変だったけど、七海は酔うと弟みたいでめちゃくちゃかわいいという良い発見があった。
「七海、ベットまで運ぼうか?」
七海はふるふると首を振ったので、もう安心だと思って立ち上がる。
「じゃあ、俺は帰るから。カギ、ポストに入れとくからね」
とは言ったものの、果たしてこの広大な敷地でポストの場所なんてわかるのだろうか。遠い目をしていると、くんっと手を引っ張られて背中から七海に思いっきり倒れ込んでしまう。
「ごめん、七海、痛くなかった?」
「夏目さん」
「ん?」
七海は背後からコアラみたいにぎゅっと抱きついてきた。酔っ払ってるのか眠いのかわかんないけど、七海に甘えられたのは初めてだ。そして、めちゃくちゃ、めちゃくちゃ可愛い。
「夏目さん」
「うん、俺だよ」
後ろから首元に猫みたいに頭をすり寄せて甘えてくる七海にキュンキュンが止まらない。
「七海は今日も可愛いねぇ」
「夏目さん、好きです」
「!?」
いきなり耳元で掠れた声で「好き」とか言わないで欲しい。こんなに人の心拍数を乱して、なんらかの罪に問えると思う。この酔っ払いめ。
「はいはい、俺もだよ」
ため息をついて、お腹にまわる手をポンポンとあやすように叩く。
「夏目さんも、俺が好きなの?」
「ぐぅ」
急なタメ口も、法律で禁止してほしい。
「ねぇ、どうなんですか」
「わかった、好きだけど、ちょっともう勘弁して……」
今日はキュンキュンしすぎたせいで体力がすり減って、ぐったりしてきた。
「うれしい」
感極まったように七海が強く抱きしめてくれて、俺も嬉しくなる。
七海は知らないだろうけど、灰色だった俺のつまらない毎日は、七海に出会った日からカラフルに彩られた。そんな七海が俺の担当でいてくれて、人間として好きでいてくれて。俺は本当に幸せ者だと思う。
喜びを噛み締めていると、背後から鼻を啜る音が聞こえてきた。
「え、どうしたの急に」
七海の手をそっと剥がして、急いで向き合うように体勢を変える。七海はすぐに俺の胸に顔を埋めたから、泣いている顔は見えなかったけど。
「夏目さん、お願い、どこにも行かないで」
七海は迷子になったみたいに、俺のシャツを必死に握りしめた。怖い夢でも見たのかもしれない。
「俺なんかでよければ、七海が嫌って言うまで、ずっとそばにいるよ」
正面から七海を抱きしめて、安心させるように優しく頭を撫でる。
「約束してくれますか」
「うん、約束する。だから七海、泣かないで」
俺は漫画家のくせに口下手だから、気持ちが伝わるように優しく抱きしめることにした。しばらくすると、しゃくりあげていた七海の呼吸がだんだんとゆっくりになって、寝息が聞こえてきた。
触れ合ったところから伝わってくる七海の体温が暖かくて、俺もいつのまにか、眠ってしまったみたいだった。
