「なんで?」
新原くんと運命のような出会いを果たしてからはや一か月。
叶わない恋だと自覚していた俺は、恋心や妄想はすべて作品にぶつけるべく、自分と新原くんをモデルにした純愛ラブストーリーを新連載にすることに決めていた。なのに。
「どうして一回も会えないの!」
あの日以来、面倒くさがる七海に頼み込んで営業部と同じ階の会議室を取ってもらっているのに、すれ違うことすらない。
「ナナエモン、なんとかしてよ〜」
打ち合わせもそこそこに、七海の高そうなおしゃれシャツに縋り付く。いつものことながら、めちゃくちゃいい匂いがする。
「俺が営業部の後輩に連絡先聞くって言ったのに、嫌がったのは夏目さんですよね」
「そういう恋のはじまりは嫌なの!連絡先は、自分で会って聞きたいの!」
「いまどき中学生でもそんなことしませんよ」
なんの香水使ってるんだろ。七海のシャツの匂いをくんくん嗅いでいたら、頭上からわざとらしいため息が聞こえてきた。
「ならどうして新原と会えないのか、その毒キノコみたいな頭でちょっとは考えてみたらどうですか」
「毒キノコ!?」
最近は新原くんに会えないならと美容院に行くのもサボっているせいで、トレードマークの金髪もプリンだし、髪も伸びてマッシュヘアなのも気になってはいたが、それを毒キノコだと思われていたなんて。
「好きな人に会えないから身だしなみを整える必要がないとか、いまどきの小学生でもそんなことしませんよね」
七海のなかで、俺の学年がどんどん下がっていく。恥ずかしさで折れそうになるが、ここで引いてはいけない。
「ははーん、さては俺が新原くんのことばっかり考えてるからヤキモチ焼いてるんだな」
「まぁ……否定はしません」
「え、ほんと?」
ごくたまに微量しか感じられない七海のデレを追いかけようと、タブレットを取り出した七海の顔を覗き込んだら、「うるさい」と強めのデコピンをくらった。
「だとしても、夏目さんの創作意欲に繋がりそうなイベントを、俺が邪魔するわけないじゃないですか」
「わかってるけどさぁ」
ぶーぶー言っていたら、少しだけ間があって、七海にしてはめずらしく言いにくそうに口を開いた。
「夏目さんが乗り気だったので黙ってましたが……やっぱり、新連載は別のテーマにしましょう。あのあと新原は営業部から引き抜かれて、海外コンテンツ事業部の立ち上げリーダーになったんです」
「へぇ」
その事業部がなんなのかはよくわかんないけど、すごいことだけは理解できた。
「営業部の後輩に聞いたんですけど、海外と行ったり来たりで、連絡するのを彼らも遠慮するほど忙しいらしいんです」
「そうなんだ……」
あんなに爽やかで可愛いのに、仕事もできる新原くん、やっぱり好きだ。
「ちょっと、聞いてます?」
七海から鋭い指摘が飛んできて、トリップから戻る。
「新原が落ち着くまで半年以上かかるそうです。現実と創作がリンクしてる夏目さんのことだから、会えない新原がモデルの作品は、絶対に創作意欲が底をつきます。別のテーマにしましょう」
「でも、」
「好きになるなとまでは言いません。ただ担当編集として言わせてもらうと、連載のモデルにするのはリスクがありすぎます。『真夜中のアクアリウム』も、休載になりかけたのを忘れたんですか」
「それは……」
前作の『真夜中のアクアリウム』は、七海と行ったカフェの店員さんに一目惚れして、彼をモデルに描いた作品だった。
途中で彼に彼女が出来たことがインスタで判明してからというもの、俺のラフネームはどんどん迷走し、なにがあったのかついに天下一武道会が開催される直前までいった。
慌てた編集部から命を受けて、七海が原作、俺が作画担当の回が複数回あったことは思い出したくない記憶だ。
「でも、前作がピュアな初恋コメディ系だったから、次は新境地を見せて欲しい、読者の心を揺さぶるような切ない純愛を表現して欲しいって編集長に言われたでしょ」
「なにがピュアなコメディだ、あやうく拳で決着をつけるところでしたよね」
七海が暗い目をして呟いた。
「俺、本当に新原さんと会えなくて苦しい。もしこの気持ちを作品に昇華できたら、漫画家として成長できる気がするの」
七海の目をまっすぐに見る。
「ねぇ七海、七海がいれば俺、できる気がするんだけど」
「……わかりました。そこまで言うなら」
七海は苦い顔のまま、頷いた。
「その代わり、途中でなにがあっても折れないでください。この新連載で、絶対に売れましょう。大丈夫、夏目さんの漫画は世界で一番面白いです。夏目さんが走り抜けてさえくれれば、俺が絶対に証明してみせます」
「うん、ありがとう、絶対売れよう」
どんなときも俺の漫画を一番に考えてくれる、自慢の相方の期待に応えられるような作品にするべく覚悟を決めたつもり、だったんだけど。
新原くんと運命のような出会いを果たしてからはや一か月。
叶わない恋だと自覚していた俺は、恋心や妄想はすべて作品にぶつけるべく、自分と新原くんをモデルにした純愛ラブストーリーを新連載にすることに決めていた。なのに。
「どうして一回も会えないの!」
あの日以来、面倒くさがる七海に頼み込んで営業部と同じ階の会議室を取ってもらっているのに、すれ違うことすらない。
「ナナエモン、なんとかしてよ〜」
打ち合わせもそこそこに、七海の高そうなおしゃれシャツに縋り付く。いつものことながら、めちゃくちゃいい匂いがする。
「俺が営業部の後輩に連絡先聞くって言ったのに、嫌がったのは夏目さんですよね」
「そういう恋のはじまりは嫌なの!連絡先は、自分で会って聞きたいの!」
「いまどき中学生でもそんなことしませんよ」
なんの香水使ってるんだろ。七海のシャツの匂いをくんくん嗅いでいたら、頭上からわざとらしいため息が聞こえてきた。
「ならどうして新原と会えないのか、その毒キノコみたいな頭でちょっとは考えてみたらどうですか」
「毒キノコ!?」
最近は新原くんに会えないならと美容院に行くのもサボっているせいで、トレードマークの金髪もプリンだし、髪も伸びてマッシュヘアなのも気になってはいたが、それを毒キノコだと思われていたなんて。
「好きな人に会えないから身だしなみを整える必要がないとか、いまどきの小学生でもそんなことしませんよね」
七海のなかで、俺の学年がどんどん下がっていく。恥ずかしさで折れそうになるが、ここで引いてはいけない。
「ははーん、さては俺が新原くんのことばっかり考えてるからヤキモチ焼いてるんだな」
「まぁ……否定はしません」
「え、ほんと?」
ごくたまに微量しか感じられない七海のデレを追いかけようと、タブレットを取り出した七海の顔を覗き込んだら、「うるさい」と強めのデコピンをくらった。
「だとしても、夏目さんの創作意欲に繋がりそうなイベントを、俺が邪魔するわけないじゃないですか」
「わかってるけどさぁ」
ぶーぶー言っていたら、少しだけ間があって、七海にしてはめずらしく言いにくそうに口を開いた。
「夏目さんが乗り気だったので黙ってましたが……やっぱり、新連載は別のテーマにしましょう。あのあと新原は営業部から引き抜かれて、海外コンテンツ事業部の立ち上げリーダーになったんです」
「へぇ」
その事業部がなんなのかはよくわかんないけど、すごいことだけは理解できた。
「営業部の後輩に聞いたんですけど、海外と行ったり来たりで、連絡するのを彼らも遠慮するほど忙しいらしいんです」
「そうなんだ……」
あんなに爽やかで可愛いのに、仕事もできる新原くん、やっぱり好きだ。
「ちょっと、聞いてます?」
七海から鋭い指摘が飛んできて、トリップから戻る。
「新原が落ち着くまで半年以上かかるそうです。現実と創作がリンクしてる夏目さんのことだから、会えない新原がモデルの作品は、絶対に創作意欲が底をつきます。別のテーマにしましょう」
「でも、」
「好きになるなとまでは言いません。ただ担当編集として言わせてもらうと、連載のモデルにするのはリスクがありすぎます。『真夜中のアクアリウム』も、休載になりかけたのを忘れたんですか」
「それは……」
前作の『真夜中のアクアリウム』は、七海と行ったカフェの店員さんに一目惚れして、彼をモデルに描いた作品だった。
途中で彼に彼女が出来たことがインスタで判明してからというもの、俺のラフネームはどんどん迷走し、なにがあったのかついに天下一武道会が開催される直前までいった。
慌てた編集部から命を受けて、七海が原作、俺が作画担当の回が複数回あったことは思い出したくない記憶だ。
「でも、前作がピュアな初恋コメディ系だったから、次は新境地を見せて欲しい、読者の心を揺さぶるような切ない純愛を表現して欲しいって編集長に言われたでしょ」
「なにがピュアなコメディだ、あやうく拳で決着をつけるところでしたよね」
七海が暗い目をして呟いた。
「俺、本当に新原さんと会えなくて苦しい。もしこの気持ちを作品に昇華できたら、漫画家として成長できる気がするの」
七海の目をまっすぐに見る。
「ねぇ七海、七海がいれば俺、できる気がするんだけど」
「……わかりました。そこまで言うなら」
七海は苦い顔のまま、頷いた。
「その代わり、途中でなにがあっても折れないでください。この新連載で、絶対に売れましょう。大丈夫、夏目さんの漫画は世界で一番面白いです。夏目さんが走り抜けてさえくれれば、俺が絶対に証明してみせます」
「うん、ありがとう、絶対売れよう」
どんなときも俺の漫画を一番に考えてくれる、自慢の相方の期待に応えられるような作品にするべく覚悟を決めたつもり、だったんだけど。
