遠くから、何度も名前を呼ばれている気がする。
意識は目覚めているのに、瞼が重たくてなかなか開かない。体が重苦しい。誰かが俺にのしかかっているような感覚だ。石のように固まっている身体は、言うことを聞いてくれない。思考だけが、必死に動き回る。
あれ? これって、もしかして、金縛りってやつじゃね?
え!? いや、怖えぇ。
これ、目開けたら幽霊見えるとか? だったらこのまま目覚めないで二度寝すれば良くね? ってか、マジ怖えぇんだけど──!! どうすんの? これ?
『遠夜』
慌てふためく脳内に、今度ははっきりと俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。しかも、その声は。
「暁⁉」
ようやく閉じていた瞼の鍵が解かれるように、薄暗い中にぼんやりと光が視界に入り込んでくる。それが徐々に鮮明になってくる。
懐中電灯で顎下から青白い顔を照らして、こちらをじっとりとした目で見つめているアツキのドアップの顔に、思わず「ヒッ!!」と短い悲鳴をあげてしまった。
ケラケラと笑って俺から離れたアツキに、ドクドクと尋常じゃないほどに震え上がった体と心臓。足りなくなってしまった酸素を浅く細かく吸入する。ヒュ、ヒュ、と音がするほどに恐怖心が湧き上がってくる。
目の前で笑うのは、確かに俺の親友アツキで間違いない。顔を見たし、目も合ったし、俺を呼ぶ声だってあいつのものだ。
だけど……だけど、今目の前にいるのは。
「……な、なんで……お前、足、透けてんの?」
震える唇を噛まないようにゆっくりと、乱れる呼吸を整える間もなく、震える指で足元を指差す。笑っていたアツキはその瞬間、ピタリと動きを止めた。
真夜中の静寂が一瞬にして舞い戻る。
寝る前、満月が綺麗だと思って、カーテンを開きっぱなしで窓の外を眺めていた。いつの間にか寝落ちしていたらしい。
月の光が部屋の中を照らしだす。
アツキの身体の下半分が、俺の部屋の背景と同化しているのに気が付いた。
『わりぃ、俺死んだ』
「……は?」
足元から視線を上げれば、いつものアツキの笑う顔。眉が下がって、俺には頼りなくみえる顔が、ますます頼りなさを倍増させる。
気は弱いくせに髪を染めたり、ピアスを開けたがったり。強がってばっかりいたアツキが、普段となにも変わらない笑顔を向けていた。
『さっきね、バイクでスピード上げすぎちゃってさ、カーブ曲がりきれなくてそのまま崖の下に真っ逆さま。気がついたらここにいた。うん、だから、たぶん死んだわ、俺』
あははと、他人事のように笑いながら話すから、俺は意味がわからずにジッとアツキの姿を見つめる。
遠く、救急車と消防車のサイレンが聞こえてくる。
「……今?」
『うん、今、たぶん』
信憑性のない言葉で返事をするアツキに、ため息をついた。
『ほら、お前に言ったじゃん俺。死んだら化けて出てやるって』
◇
それは、二日前の話だ。
学校からの帰り道。小さい頃から馴染みのあるたい焼き屋に寄って、俺はあんこ、アツキはカスタードクリームのたい焼きを片手に歩いていた。
「なぁ、見てよこれ」
そう言ってからたい焼きを口に咥えると、ガサゴソと制服のポケットの中を探り出す。目当てのものを取り出すと、たい焼きをまた手に持ち直して、もう片方の手に持っているものをこちらに向けてきた。
「取っちゃった♪」
自慢げに歯を見せて笑うアツキの手元にあるのは、運転免許証。
「は────!?」
思わず俺が伸ばした手をスルリとかわして、アツキは悪戯に笑った。
「誕生日過ぎたから取れたんだよねーっ」
「まっじかよ!! すっげぇ! いいなーってか、教習所いつの間に行ってたの? 最近忙しいとか言って、意味わかんねー行動してたのってこれだったのかよー! ふっざけんなって」
アツキはいつも俺より先を行きたがる。
俺の成績が上がれば勉強して追い抜いていくし、髪染めよっかなぁって呟いた次の日には、俺に染めろとドラッグストアで買ってきたカラーリングの箱を押し付けてきた。ピアスだってノリだけで両耳、計五つと鼻に一つ。
周りから一線置かれ始めているのは目に見えていたけど、やりたい事を躊躇いもなくやってしまうアツキのことが、俺は大好きだ。
見た目のせいで先輩からは目をつけられるし、他校の知らない奴に絡まれることもしょっちゅう。だけど、アツキは喧嘩しても絶対負けないし、普段頼りない顔してるわりに、本気を出すとまぁまぁ、と、言うか結構ヤバい。
俺は友達だから笑っていられるけど、間違っても絶対にこいつだけは敵に回したくはないと思っている。
そんなアツキだけど、ただ一つ、好きな子にだけはめっきり弱い。アツキに彼女が出来たのは、高校に入ってすぐだった。
『アツキ、真白に告られたんだろ?』
『ばっ……か! どこで聞いたんだよ!』
『え? 真白本人』
『ああ!? マジかよ。なにしてんだあの女』
『アツキくんにオッケーもらえました! これからよろしくお願いしますって、律儀に挨拶しにきてくれたんだよー?』
『なんだよそれ。おかんか』
『いや、嫁でしょもう』
『よ!? よめぇ……!?』
『あははは! アツキ顔真っ赤だぞ! なに、照れてんの?』
『あ? ヤんぞコラ』
『ヤんない、ヤんない!』
鋭い眼光を向けながらも耳は真っ赤だから、笑いを堪えるのにこっちは必死だ。
中学校の時からアツキは真白のことが好きだった。俺とアツキはヤンチャで先生や親に怒られることは日常茶飯事。周りの奴らには、手をつけられないとか、近寄るなとか言われていて、クラスの中でも浮いていた。
そんな中でも、真白だけはいつも挨拶をしてくれて、話しかけてくれて、いつだって優しかった。
真白は強い男の子が好きだと言っていた。
アツキは強かったし、誰も立ち向かうことなどできないくらいに威厳があった。
二人は、順調に付き合っていたと思っていたのに。
「俺さ、真白にフラれたわ」
「は?」
「俺みたいな不良は嫌なんだって」
食べかけのたい焼きをジッと見つめる瞳に、さっき自慢げに免許証を見せつけてきていたような陽気さはない。悔しそうなアツキの横顔に、俺は返す言葉が思いつかなかった。
「まぁさ、真白って真面目じゃん? クラス委員とか立候補しちゃうくらいだし、俺とは最初っから釣り合わんよなぁっては思ってた」
力無く、ははっと笑って、残りのたい焼きを口に詰め込んだアツキの瞳は、真っ赤に充血しているように見える。
「……泣いたら?」
「は⁉ 泣かねーよ! 泣くかよバカ!」
ドスドスと、わざと足音を響かせて歩き出すアツキに、切なくなった。
「あいつが言い出したんだよ。もっと遠くまで行ってみたいって言った俺に、バイクの免許取ってみたら? って。だから一生懸命勉強したしバイトもしてようやく取ったんだよ。久々に学校に来てみれば、いきなり別れるとか言い出して。意味わかんねーし、なんなんだよ」
クッソと、小石を蹴り飛ばしたアツキの背中が、小さく震えているような気がした。
「もう知らねーよ。あんなやつ……っ……死んだらぜってぇ化けて出てやる! じゃあな」
「……え、あ、おう、また明日な」
死んだらとか、不吉なこと言ってんじゃねぇ。
次の日、アツキは学校に来なかった。
放課後、真白の姿を見つけた俺は、おせっかいなのは百も承知で、アツキが辛いままなのは嫌だったから、彼女に声をかけていた。
「真白、ちょっといい?」
「……うん」
俺がなにを聞きたいのか、薄々勘付いているのか、真白はすんなりついてきてくれた。
「なんでさ、あいつと別れたの?」
やっぱりと言った顔で、真白は困ったように俯いた後でポツリと話し始めた。
「……お父さんにね、怒られたの」
「え?」
「アツキくんが喧嘩してるとこ、見かけたんだって。止めに入ったら、お父さんまで殴られかけたみたいで。いくら子供の喧嘩でも、誰彼構わず人に手を挙げるような奴とは付き合わせられないって。見た目だけじゃなくて、中身まで非道なやつだって。学校に無断でバイトまでしてルールを破るような子に、真白と一緒にいて欲しくないって。あたし、お父さんに泣かれちゃったの」
悔しそうに眉を顰めて、口元をキュッと閉めると、潤み出す瞳から涙がこぼれ落ちた。
「あたし……アツキくんがバイト始めた理由が、あたしの言葉のせいだって、言えなかった……そりゃ、人のこと殴ったり喧嘩したりするのはもちろん悪いことだけど……学校に内緒でバイトしてるのは、あたしがバイクの免許取れば良いじゃんなんて、軽はずみなことを言ったせいだから。それなのに、あたし、そのことお父さんに言えなかった……あたしまで、悪い子になる勇気が……なかったの。だから……」
ぽろぽろと頬を伝った涙が、乾いた地面を斑点模様に色濃く染めていく。
「なんだ、アツキのこと嫌いになったわけじゃないんだ?」
俺の声に、真白は小さく頷いた。
なんだかホッとした。
どんな理由で喧嘩をして、真白のお父さんにまで手を出しかけたのかは分からないけれど、少なくとも、真白はアツキのことをちゃんと好きだったんだ。
このことを、アツキに伝えるべきかどうか。
悩みながら空に浮かぶ満月を眺めて、いつの間にか眠ってしまった。
◇
そんな俺の目の前に、突然足のないアツキが現れたんだ。
「なにやってんだよ!!」
『なんだよいきなり』
俺が完全に覚醒してベッドから起き上がって詰め寄ると、アツキは驚いたように目を見開く。胸の中がザワザワと騒ぎ出す。
「お前、なんで俺に化けて出てきてんだよ! 来るとこちげーだろっ!! っつーか、どこで事故った!? 今から俺が助けに行く!」
ハンガーにかけてあったウィンドブレーカーを乱暴に取ると、袖を通しながら部屋のドアを開けた。
「遠夜どこ行くの? こんな時間に」
「ちょっと友達探してくる」
「ええ!? なにかあったの?」
「わかんねぇ! とりあえず行ってくるから!」
母親に止められるのも振り切って、玄関から外へと飛び出した。
「おい! どっちに向かえば良い?」
ふわふわと宙に浮かぶアツキを睨みつける。
『……奥山公道』
「めっちゃくちゃ山ん中じゃねーか! 遠いって! でも仕方ねぇ!」
すぐに左へと足の向きを変えて、庭に置いていた自転車に跨った。
さっきから救急車のサイレンが遠くに聞こえていて、鳴り止まない。
本当に死んでんじゃねーぞ、アツキ。
「お前自分がどうなってんのかわかんねーの?」
全速力でペダルを漕ぐ俺の横を、涼しげな顔をして着いてくるから、どうしたって腹が立つ。
『別にどうなってたって良いよ』
心底どうでもいいような言い方に、昇った血が沸き上がった。
「っざけんな!! お前知んないかも知れねーけどな、真白、お前の分のノート自分とは別にとってたり、必要な課題や提出物まとめたり、休んだ時に周りがこそこそ文句言ってる時に、自分が悪いわけじゃねーのに、ごめんねって謝ったりしてたんだよ! で、真白はお前のこと、嫌いで別れたんじゃないっ」
ぜぇ、ぜぇっと一気に捲し立てた後に、全体力消耗。立ち漕ぎだった姿勢をサドルに戻すと、垂れ流れる汗を手の甲で拭って、また気合を入れ直す。
「お前、最近喧嘩して大人の男の人殴らなかった?」
『……え』
「その人、真白の父ちゃんだって! 運悪過ぎだろ。なんで手あげたんだよ?」
『……殴ってねぇ……』
「は?」
『真白の父親のこと、俺は殴ってねぇよ。最初に俺が殴った奴らは、真白のことバカにしたんだ。それを説明しても、あの人は俺を許さなかった。俺みたいな奴と付き合っていることの方が、私は恥ずかしいんだって、真白とは別れてくれって頭下げられた』
ペダルを漕ぐ足に力が入らなくなって、俺は自転車を止めた。
『そのすぐ後だよ。真白から別れようって言われたのは』
「お前、このままでいいの?」
真白に別れようって言われたから、承諾したのか? それが本心じゃないことだって、分かってたんじゃないのか? それに、アツキ自身の気持ちはどうなるんだよ?
時折通り過ぎる車のヘッドライトが、アツキの身体を透かして通り抜けていく。眩しさに目を細めてから、アツキへと視線を向けた。
「なぁ、俺んとこにこうやって出てきたのってさ、後悔してるからだろ? 死にたくなんてないんだろ? なぁ!」
そこに本当にいるのかいないのかも分からないアツキに叫ぶ。
今にも消えてしまいそうなくらいに、夜の闇に溶け込み始めたアツキの姿。真っ赤な目をこちらに向けて、半透明な涙を溢した。
『……助けてくれ……遠夜……』
大粒の涙が、次々と流れくるヘッドライトでキラキラと輝いた。
「絶対、死なせねぇ!! 生きろ! 事故ったくらいで死ぬなんて、俺はゆるさねぇからな!」
体力ももう限界だ。ガクガクと震える足に力が入らない。けれど、なんとかペダルを踏み込んで、アツキが事故った場所までようやく辿り着いた。
野次馬もまばらで、警察車両も見当たらないし、救急車も停まっていない。
どうなった?
ずっと憑いて来ていたはずのアツキの姿は、少し前から見えなくなっていた。震える手でしっかりとハンドルを握る。自転車から降りて、道ゆくラフな格好の男性に声をかけた。
「あ、あのっ、今、今の事故って……」
「ああ、なんか男の子がバイクで事故ったらしいよ。まだ若い子だって。だいぶ前に救急車で運ばれてったらしい。もしかしたらもう……」
男性はそこまで言うと口篭って、じゃあと、去っていった。俺は軽く会釈をして現場のあたりを遠目に眺めた。
「どうか、無事でいてくれ……アツキ……」
祈るように空を見上げる。星がとても綺麗に見えた。
大丈夫。大丈夫。
アツキはもう二度と俺の前に出てきたりなんかしないはずだ。
来た時よりも時間をかけて、家までの道のりをゆっくりと歩く。通りを走る車はだいぶ少なくなった。携帯は家に置いてきてしまったから、今が何時なのかもわからない。何時に家を出たかもわからないから、時間の感覚が全くない。
ただ、頭上に瞬く星は綺麗で、吐き出す息はますます白さを増した。たぶん、夜中といっても良いくらいの時間にはなっているんだと思う。
歩道橋を自転車を引いて登る。階段を上り切って視線をまっすぐに向けると、透き通る姿に見知った顔。全身の血の気が引いていくのを感じた。
「……どう、して……」
足がすくんでそこから進めなくなった。吐き出す息が短く荒くなる。
街灯がぼんやりと照らすだけの、厚い雲が月を隠す闇夜。
悲しい顔をして、こちらを見ているアツキの姿に、嘘であってほしいと願う。
『真白のこと、よろしくな』
悲しげな笑顔を残して、深い黒の闇に、光の粒となってアツキは消えた。
「そんなの、しらねぇ。ふざけんな……」
ただ、消えていくアツキを見ているしか出来なかった。俺は、アツキを助けてやれなかった。
◇
アツキがいなくても世界は何事も無く回っていく。
当然、クラスの奴らは驚いていたし、しばらくはアツキの話題で持ちきりだった。だけど、そんな話も時間が経つごとに薄れていった。
そしてまた、いつも通りの日常を過ごし始めるんだ。
「遠夜くん、これ」
「ああ、ありがとう」
真白はしばらく意気消沈したようになにも喋らなくなってしまっていたけれど、ようやく最近になって笑顔が戻ってきた気がする。
真白から手渡されたものは、アツキの付けていたピアスだ。
「あいつ何個開いてたんだっけ? 穴」
「んー、確か……五つ? かな。あ、鼻にも付いてた気がする。だから、六つ?」
「穴あけすぎだろ」
フッと笑って、受け取ったシルバーリングのピアスを、最近開けた左耳の穴に装着した。真白の耳にも、同じようにアツキのピアスがついている。
「お前、マジでバカじゃん」
『うるせーな! 言っただろ? 死んだら化けて出てやるって』
「うん、言ったね。でも、やっぱり、死なないでほしかった……」
ピアスを付けた瞬間、目の前に現れたのは、あの日見たのと同じ、足のない半透明なアツキの姿だった。
「ごめん、助けてやれなかった……ごめん」
情けなくて、悔しくて、考えると涙が込み上がってきてしまう。あの日から、なんだか俺は涙もろくなった。仕方ないことだ、だって、大好きな親友を失ったんだ。涙が出る理由にくらいなるだろう。
『しょうがないっしょ。あれは。まぁ、酷い事故だったし。希望は薄かったんだ。だけど、お前が血相変えて俺のこと助けてくれようとして、嬉しかった』
頼りなく笑うと、俺から視線を外してアツキは真白の方を向いた。
『ごめん、真白。また会えて嬉しい。やっぱ俺と真白は釣り合わなかったってことだよ。悔しいけどさ。これからもずっと見守ってるから、だから、俺みたいな不良にはもう引っかかるなよ。とくに今隣にいる奴にはほんと気を付けろよ』
「はぁ!? なんでだよ」
立ち上がってアツキに近づこうとすると、後ろから真白に引っ張られた。
「……ごめんね……ごめんね、アツキくん。あたしにちゃんと勇気があったら、あんなこと言われないで済んだのに……」
『気にすんな、真白。俺は真白の夢、ずっと応援してるから』
「……うん。頑張る」
『よっし、じゃあ、遠夜と真白が幸せになることが俺の幸せだから、きっとそれが叶ったら、こうやって化けて出ることもなくなるかもしんないし、それまでよろしく頼むわ』
ケラケラといつものように陽気に笑うアツキ。その姿は、俺と真白にしか視えていない。
「授業中笑かすのだけはやめろよな」
『あれ! めっちゃ面白いんよなー! やめらんねぇ』
「は!? ふざけんなって、マジこの前数学の乃木に睨まれてヤバかったんだからな!」
アツキのピアスを付けると、アツキの姿が視えるようになることに気が付いたのは、真白だった。
死んだら化けて出てやるなんて、物騒なことを言うのは俺にくらいだろうけど、きっと、アツキは真白にまだ未練たらたらだ。
確実に会いたくて出てきているのがわかるし、それを拒否しない真白は、やっぱりアツキのことを想っているからなんだろう。
二人が幸せになることはこの先ないのかも知れないけれど……今は、このまま二人のことをそっと見守っていきたい。
『よっしゃ、たい焼き食いにいこーぜー』
「え? アツキその姿で食えんの?」
『いんや、わかんねーけど』
「なんだよそれ」
真白と俺の間。
三人分の笑い声がこだまする。
アツキは未練を晴らすまで、そばにいてくれるらしい。嬉しいような、悲しいような。なんとも言えない複雑な気持ちだ。
「ところで、アツキ自身の未練って何なの?」
『それなー、分かんないから一緒に探して』
「は?」
アツキの未練を解消するのは前途多難な予感しかない。
でも、今は俺と真白しか助けになってやれないんだろうから、どうにか協力してこいつを成仏させなきゃない。まぁでも、とりあえず、今は楽しければそれで良しとしよう……かな。
意識は目覚めているのに、瞼が重たくてなかなか開かない。体が重苦しい。誰かが俺にのしかかっているような感覚だ。石のように固まっている身体は、言うことを聞いてくれない。思考だけが、必死に動き回る。
あれ? これって、もしかして、金縛りってやつじゃね?
え!? いや、怖えぇ。
これ、目開けたら幽霊見えるとか? だったらこのまま目覚めないで二度寝すれば良くね? ってか、マジ怖えぇんだけど──!! どうすんの? これ?
『遠夜』
慌てふためく脳内に、今度ははっきりと俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。しかも、その声は。
「暁⁉」
ようやく閉じていた瞼の鍵が解かれるように、薄暗い中にぼんやりと光が視界に入り込んでくる。それが徐々に鮮明になってくる。
懐中電灯で顎下から青白い顔を照らして、こちらをじっとりとした目で見つめているアツキのドアップの顔に、思わず「ヒッ!!」と短い悲鳴をあげてしまった。
ケラケラと笑って俺から離れたアツキに、ドクドクと尋常じゃないほどに震え上がった体と心臓。足りなくなってしまった酸素を浅く細かく吸入する。ヒュ、ヒュ、と音がするほどに恐怖心が湧き上がってくる。
目の前で笑うのは、確かに俺の親友アツキで間違いない。顔を見たし、目も合ったし、俺を呼ぶ声だってあいつのものだ。
だけど……だけど、今目の前にいるのは。
「……な、なんで……お前、足、透けてんの?」
震える唇を噛まないようにゆっくりと、乱れる呼吸を整える間もなく、震える指で足元を指差す。笑っていたアツキはその瞬間、ピタリと動きを止めた。
真夜中の静寂が一瞬にして舞い戻る。
寝る前、満月が綺麗だと思って、カーテンを開きっぱなしで窓の外を眺めていた。いつの間にか寝落ちしていたらしい。
月の光が部屋の中を照らしだす。
アツキの身体の下半分が、俺の部屋の背景と同化しているのに気が付いた。
『わりぃ、俺死んだ』
「……は?」
足元から視線を上げれば、いつものアツキの笑う顔。眉が下がって、俺には頼りなくみえる顔が、ますます頼りなさを倍増させる。
気は弱いくせに髪を染めたり、ピアスを開けたがったり。強がってばっかりいたアツキが、普段となにも変わらない笑顔を向けていた。
『さっきね、バイクでスピード上げすぎちゃってさ、カーブ曲がりきれなくてそのまま崖の下に真っ逆さま。気がついたらここにいた。うん、だから、たぶん死んだわ、俺』
あははと、他人事のように笑いながら話すから、俺は意味がわからずにジッとアツキの姿を見つめる。
遠く、救急車と消防車のサイレンが聞こえてくる。
「……今?」
『うん、今、たぶん』
信憑性のない言葉で返事をするアツキに、ため息をついた。
『ほら、お前に言ったじゃん俺。死んだら化けて出てやるって』
◇
それは、二日前の話だ。
学校からの帰り道。小さい頃から馴染みのあるたい焼き屋に寄って、俺はあんこ、アツキはカスタードクリームのたい焼きを片手に歩いていた。
「なぁ、見てよこれ」
そう言ってからたい焼きを口に咥えると、ガサゴソと制服のポケットの中を探り出す。目当てのものを取り出すと、たい焼きをまた手に持ち直して、もう片方の手に持っているものをこちらに向けてきた。
「取っちゃった♪」
自慢げに歯を見せて笑うアツキの手元にあるのは、運転免許証。
「は────!?」
思わず俺が伸ばした手をスルリとかわして、アツキは悪戯に笑った。
「誕生日過ぎたから取れたんだよねーっ」
「まっじかよ!! すっげぇ! いいなーってか、教習所いつの間に行ってたの? 最近忙しいとか言って、意味わかんねー行動してたのってこれだったのかよー! ふっざけんなって」
アツキはいつも俺より先を行きたがる。
俺の成績が上がれば勉強して追い抜いていくし、髪染めよっかなぁって呟いた次の日には、俺に染めろとドラッグストアで買ってきたカラーリングの箱を押し付けてきた。ピアスだってノリだけで両耳、計五つと鼻に一つ。
周りから一線置かれ始めているのは目に見えていたけど、やりたい事を躊躇いもなくやってしまうアツキのことが、俺は大好きだ。
見た目のせいで先輩からは目をつけられるし、他校の知らない奴に絡まれることもしょっちゅう。だけど、アツキは喧嘩しても絶対負けないし、普段頼りない顔してるわりに、本気を出すとまぁまぁ、と、言うか結構ヤバい。
俺は友達だから笑っていられるけど、間違っても絶対にこいつだけは敵に回したくはないと思っている。
そんなアツキだけど、ただ一つ、好きな子にだけはめっきり弱い。アツキに彼女が出来たのは、高校に入ってすぐだった。
『アツキ、真白に告られたんだろ?』
『ばっ……か! どこで聞いたんだよ!』
『え? 真白本人』
『ああ!? マジかよ。なにしてんだあの女』
『アツキくんにオッケーもらえました! これからよろしくお願いしますって、律儀に挨拶しにきてくれたんだよー?』
『なんだよそれ。おかんか』
『いや、嫁でしょもう』
『よ!? よめぇ……!?』
『あははは! アツキ顔真っ赤だぞ! なに、照れてんの?』
『あ? ヤんぞコラ』
『ヤんない、ヤんない!』
鋭い眼光を向けながらも耳は真っ赤だから、笑いを堪えるのにこっちは必死だ。
中学校の時からアツキは真白のことが好きだった。俺とアツキはヤンチャで先生や親に怒られることは日常茶飯事。周りの奴らには、手をつけられないとか、近寄るなとか言われていて、クラスの中でも浮いていた。
そんな中でも、真白だけはいつも挨拶をしてくれて、話しかけてくれて、いつだって優しかった。
真白は強い男の子が好きだと言っていた。
アツキは強かったし、誰も立ち向かうことなどできないくらいに威厳があった。
二人は、順調に付き合っていたと思っていたのに。
「俺さ、真白にフラれたわ」
「は?」
「俺みたいな不良は嫌なんだって」
食べかけのたい焼きをジッと見つめる瞳に、さっき自慢げに免許証を見せつけてきていたような陽気さはない。悔しそうなアツキの横顔に、俺は返す言葉が思いつかなかった。
「まぁさ、真白って真面目じゃん? クラス委員とか立候補しちゃうくらいだし、俺とは最初っから釣り合わんよなぁっては思ってた」
力無く、ははっと笑って、残りのたい焼きを口に詰め込んだアツキの瞳は、真っ赤に充血しているように見える。
「……泣いたら?」
「は⁉ 泣かねーよ! 泣くかよバカ!」
ドスドスと、わざと足音を響かせて歩き出すアツキに、切なくなった。
「あいつが言い出したんだよ。もっと遠くまで行ってみたいって言った俺に、バイクの免許取ってみたら? って。だから一生懸命勉強したしバイトもしてようやく取ったんだよ。久々に学校に来てみれば、いきなり別れるとか言い出して。意味わかんねーし、なんなんだよ」
クッソと、小石を蹴り飛ばしたアツキの背中が、小さく震えているような気がした。
「もう知らねーよ。あんなやつ……っ……死んだらぜってぇ化けて出てやる! じゃあな」
「……え、あ、おう、また明日な」
死んだらとか、不吉なこと言ってんじゃねぇ。
次の日、アツキは学校に来なかった。
放課後、真白の姿を見つけた俺は、おせっかいなのは百も承知で、アツキが辛いままなのは嫌だったから、彼女に声をかけていた。
「真白、ちょっといい?」
「……うん」
俺がなにを聞きたいのか、薄々勘付いているのか、真白はすんなりついてきてくれた。
「なんでさ、あいつと別れたの?」
やっぱりと言った顔で、真白は困ったように俯いた後でポツリと話し始めた。
「……お父さんにね、怒られたの」
「え?」
「アツキくんが喧嘩してるとこ、見かけたんだって。止めに入ったら、お父さんまで殴られかけたみたいで。いくら子供の喧嘩でも、誰彼構わず人に手を挙げるような奴とは付き合わせられないって。見た目だけじゃなくて、中身まで非道なやつだって。学校に無断でバイトまでしてルールを破るような子に、真白と一緒にいて欲しくないって。あたし、お父さんに泣かれちゃったの」
悔しそうに眉を顰めて、口元をキュッと閉めると、潤み出す瞳から涙がこぼれ落ちた。
「あたし……アツキくんがバイト始めた理由が、あたしの言葉のせいだって、言えなかった……そりゃ、人のこと殴ったり喧嘩したりするのはもちろん悪いことだけど……学校に内緒でバイトしてるのは、あたしがバイクの免許取れば良いじゃんなんて、軽はずみなことを言ったせいだから。それなのに、あたし、そのことお父さんに言えなかった……あたしまで、悪い子になる勇気が……なかったの。だから……」
ぽろぽろと頬を伝った涙が、乾いた地面を斑点模様に色濃く染めていく。
「なんだ、アツキのこと嫌いになったわけじゃないんだ?」
俺の声に、真白は小さく頷いた。
なんだかホッとした。
どんな理由で喧嘩をして、真白のお父さんにまで手を出しかけたのかは分からないけれど、少なくとも、真白はアツキのことをちゃんと好きだったんだ。
このことを、アツキに伝えるべきかどうか。
悩みながら空に浮かぶ満月を眺めて、いつの間にか眠ってしまった。
◇
そんな俺の目の前に、突然足のないアツキが現れたんだ。
「なにやってんだよ!!」
『なんだよいきなり』
俺が完全に覚醒してベッドから起き上がって詰め寄ると、アツキは驚いたように目を見開く。胸の中がザワザワと騒ぎ出す。
「お前、なんで俺に化けて出てきてんだよ! 来るとこちげーだろっ!! っつーか、どこで事故った!? 今から俺が助けに行く!」
ハンガーにかけてあったウィンドブレーカーを乱暴に取ると、袖を通しながら部屋のドアを開けた。
「遠夜どこ行くの? こんな時間に」
「ちょっと友達探してくる」
「ええ!? なにかあったの?」
「わかんねぇ! とりあえず行ってくるから!」
母親に止められるのも振り切って、玄関から外へと飛び出した。
「おい! どっちに向かえば良い?」
ふわふわと宙に浮かぶアツキを睨みつける。
『……奥山公道』
「めっちゃくちゃ山ん中じゃねーか! 遠いって! でも仕方ねぇ!」
すぐに左へと足の向きを変えて、庭に置いていた自転車に跨った。
さっきから救急車のサイレンが遠くに聞こえていて、鳴り止まない。
本当に死んでんじゃねーぞ、アツキ。
「お前自分がどうなってんのかわかんねーの?」
全速力でペダルを漕ぐ俺の横を、涼しげな顔をして着いてくるから、どうしたって腹が立つ。
『別にどうなってたって良いよ』
心底どうでもいいような言い方に、昇った血が沸き上がった。
「っざけんな!! お前知んないかも知れねーけどな、真白、お前の分のノート自分とは別にとってたり、必要な課題や提出物まとめたり、休んだ時に周りがこそこそ文句言ってる時に、自分が悪いわけじゃねーのに、ごめんねって謝ったりしてたんだよ! で、真白はお前のこと、嫌いで別れたんじゃないっ」
ぜぇ、ぜぇっと一気に捲し立てた後に、全体力消耗。立ち漕ぎだった姿勢をサドルに戻すと、垂れ流れる汗を手の甲で拭って、また気合を入れ直す。
「お前、最近喧嘩して大人の男の人殴らなかった?」
『……え』
「その人、真白の父ちゃんだって! 運悪過ぎだろ。なんで手あげたんだよ?」
『……殴ってねぇ……』
「は?」
『真白の父親のこと、俺は殴ってねぇよ。最初に俺が殴った奴らは、真白のことバカにしたんだ。それを説明しても、あの人は俺を許さなかった。俺みたいな奴と付き合っていることの方が、私は恥ずかしいんだって、真白とは別れてくれって頭下げられた』
ペダルを漕ぐ足に力が入らなくなって、俺は自転車を止めた。
『そのすぐ後だよ。真白から別れようって言われたのは』
「お前、このままでいいの?」
真白に別れようって言われたから、承諾したのか? それが本心じゃないことだって、分かってたんじゃないのか? それに、アツキ自身の気持ちはどうなるんだよ?
時折通り過ぎる車のヘッドライトが、アツキの身体を透かして通り抜けていく。眩しさに目を細めてから、アツキへと視線を向けた。
「なぁ、俺んとこにこうやって出てきたのってさ、後悔してるからだろ? 死にたくなんてないんだろ? なぁ!」
そこに本当にいるのかいないのかも分からないアツキに叫ぶ。
今にも消えてしまいそうなくらいに、夜の闇に溶け込み始めたアツキの姿。真っ赤な目をこちらに向けて、半透明な涙を溢した。
『……助けてくれ……遠夜……』
大粒の涙が、次々と流れくるヘッドライトでキラキラと輝いた。
「絶対、死なせねぇ!! 生きろ! 事故ったくらいで死ぬなんて、俺はゆるさねぇからな!」
体力ももう限界だ。ガクガクと震える足に力が入らない。けれど、なんとかペダルを踏み込んで、アツキが事故った場所までようやく辿り着いた。
野次馬もまばらで、警察車両も見当たらないし、救急車も停まっていない。
どうなった?
ずっと憑いて来ていたはずのアツキの姿は、少し前から見えなくなっていた。震える手でしっかりとハンドルを握る。自転車から降りて、道ゆくラフな格好の男性に声をかけた。
「あ、あのっ、今、今の事故って……」
「ああ、なんか男の子がバイクで事故ったらしいよ。まだ若い子だって。だいぶ前に救急車で運ばれてったらしい。もしかしたらもう……」
男性はそこまで言うと口篭って、じゃあと、去っていった。俺は軽く会釈をして現場のあたりを遠目に眺めた。
「どうか、無事でいてくれ……アツキ……」
祈るように空を見上げる。星がとても綺麗に見えた。
大丈夫。大丈夫。
アツキはもう二度と俺の前に出てきたりなんかしないはずだ。
来た時よりも時間をかけて、家までの道のりをゆっくりと歩く。通りを走る車はだいぶ少なくなった。携帯は家に置いてきてしまったから、今が何時なのかもわからない。何時に家を出たかもわからないから、時間の感覚が全くない。
ただ、頭上に瞬く星は綺麗で、吐き出す息はますます白さを増した。たぶん、夜中といっても良いくらいの時間にはなっているんだと思う。
歩道橋を自転車を引いて登る。階段を上り切って視線をまっすぐに向けると、透き通る姿に見知った顔。全身の血の気が引いていくのを感じた。
「……どう、して……」
足がすくんでそこから進めなくなった。吐き出す息が短く荒くなる。
街灯がぼんやりと照らすだけの、厚い雲が月を隠す闇夜。
悲しい顔をして、こちらを見ているアツキの姿に、嘘であってほしいと願う。
『真白のこと、よろしくな』
悲しげな笑顔を残して、深い黒の闇に、光の粒となってアツキは消えた。
「そんなの、しらねぇ。ふざけんな……」
ただ、消えていくアツキを見ているしか出来なかった。俺は、アツキを助けてやれなかった。
◇
アツキがいなくても世界は何事も無く回っていく。
当然、クラスの奴らは驚いていたし、しばらくはアツキの話題で持ちきりだった。だけど、そんな話も時間が経つごとに薄れていった。
そしてまた、いつも通りの日常を過ごし始めるんだ。
「遠夜くん、これ」
「ああ、ありがとう」
真白はしばらく意気消沈したようになにも喋らなくなってしまっていたけれど、ようやく最近になって笑顔が戻ってきた気がする。
真白から手渡されたものは、アツキの付けていたピアスだ。
「あいつ何個開いてたんだっけ? 穴」
「んー、確か……五つ? かな。あ、鼻にも付いてた気がする。だから、六つ?」
「穴あけすぎだろ」
フッと笑って、受け取ったシルバーリングのピアスを、最近開けた左耳の穴に装着した。真白の耳にも、同じようにアツキのピアスがついている。
「お前、マジでバカじゃん」
『うるせーな! 言っただろ? 死んだら化けて出てやるって』
「うん、言ったね。でも、やっぱり、死なないでほしかった……」
ピアスを付けた瞬間、目の前に現れたのは、あの日見たのと同じ、足のない半透明なアツキの姿だった。
「ごめん、助けてやれなかった……ごめん」
情けなくて、悔しくて、考えると涙が込み上がってきてしまう。あの日から、なんだか俺は涙もろくなった。仕方ないことだ、だって、大好きな親友を失ったんだ。涙が出る理由にくらいなるだろう。
『しょうがないっしょ。あれは。まぁ、酷い事故だったし。希望は薄かったんだ。だけど、お前が血相変えて俺のこと助けてくれようとして、嬉しかった』
頼りなく笑うと、俺から視線を外してアツキは真白の方を向いた。
『ごめん、真白。また会えて嬉しい。やっぱ俺と真白は釣り合わなかったってことだよ。悔しいけどさ。これからもずっと見守ってるから、だから、俺みたいな不良にはもう引っかかるなよ。とくに今隣にいる奴にはほんと気を付けろよ』
「はぁ!? なんでだよ」
立ち上がってアツキに近づこうとすると、後ろから真白に引っ張られた。
「……ごめんね……ごめんね、アツキくん。あたしにちゃんと勇気があったら、あんなこと言われないで済んだのに……」
『気にすんな、真白。俺は真白の夢、ずっと応援してるから』
「……うん。頑張る」
『よっし、じゃあ、遠夜と真白が幸せになることが俺の幸せだから、きっとそれが叶ったら、こうやって化けて出ることもなくなるかもしんないし、それまでよろしく頼むわ』
ケラケラといつものように陽気に笑うアツキ。その姿は、俺と真白にしか視えていない。
「授業中笑かすのだけはやめろよな」
『あれ! めっちゃ面白いんよなー! やめらんねぇ』
「は!? ふざけんなって、マジこの前数学の乃木に睨まれてヤバかったんだからな!」
アツキのピアスを付けると、アツキの姿が視えるようになることに気が付いたのは、真白だった。
死んだら化けて出てやるなんて、物騒なことを言うのは俺にくらいだろうけど、きっと、アツキは真白にまだ未練たらたらだ。
確実に会いたくて出てきているのがわかるし、それを拒否しない真白は、やっぱりアツキのことを想っているからなんだろう。
二人が幸せになることはこの先ないのかも知れないけれど……今は、このまま二人のことをそっと見守っていきたい。
『よっしゃ、たい焼き食いにいこーぜー』
「え? アツキその姿で食えんの?」
『いんや、わかんねーけど』
「なんだよそれ」
真白と俺の間。
三人分の笑い声がこだまする。
アツキは未練を晴らすまで、そばにいてくれるらしい。嬉しいような、悲しいような。なんとも言えない複雑な気持ちだ。
「ところで、アツキ自身の未練って何なの?」
『それなー、分かんないから一緒に探して』
「は?」
アツキの未練を解消するのは前途多難な予感しかない。
でも、今は俺と真白しか助けになってやれないんだろうから、どうにか協力してこいつを成仏させなきゃない。まぁでも、とりあえず、今は楽しければそれで良しとしよう……かな。



